異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

4.心を鎮める祈り

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 しかし、何か温かい物……とは言っても、何でも良いワケではないだろう。

 俺にとってのホッとする食事が婆ちゃんや母さんの料理であるように、兵士達が今の状況を忘れて安堵できる味が有るに違いない。
 しかし、正直な話俺はプレイン共和国の人達の食事をあまり知らないのだ。

 ライクネスやラッタディアなんかの他の国の料理なら結構長い間食べていたので、この国ではこんな味付けが良いんだなあとか何となく分かるんだけど、プレインのは残念ながらよく分かってないんだ。

 一応何日も滞在はしていたけど、この国の食事をガッツリ食べたのは【工場】の時だけだったし、あそこでは何を食べたのかすら今はもう思い出せないし……。

 でも、俺が喜ぶための料理じゃないんだから、兵士達が喜ぶ物を作らなきゃダメだよな。……と言う訳で、ちょっと悪いなと思ったけど、マグナに「プレイン共和国でよく食べられる家庭料理」について聞いてみる事にした。
 マグナもショックを受けていたようだけど、兵士達から離れた所で「彼らのためにホッとする料理を作りたい」と言ったら快く協力を申し出てくれた。

 まあ勿論、ブラックとクロウは不機嫌そうだったけど、今は仕方がない。
 とにかくマグナに手伝って貰って、少しでも傷を癒して貰わねばな。

 そんな訳で俺はマグナ監修の元、少し遅い夕食を造る事になった。

 ……と言っても、この精神的にキツい状況でガッツリした物を食べる気力は兵士達には無いだろう。ブラックとクロウは何事もなくケロッとしてるけど、それはあくまでも部外者だからで、そのうえ場馴れしてるからなんだろうなあ。

 まあ、討伐依頼なんてやってれば惨劇が起きた家の中を調べる事も有るだろうし、それは理解出来るんだけど……慣れちゃうのもなんだか辛い気がする。
 任務が有るんなら寧ろ場馴れしているのは好都合だけど、人が死んだ現場を何の感情も無く動き回るようになるのは、俺としては少し心苦しかった。

 まあ、この世界では人が簡単に死ぬから、一々そんな感傷を引き摺っている訳には行かないんだろうけど……婆ちゃんが「ほとけさまは大事にね」っていつも言ってたから、いつか慣れるとしても手を合わせる気持ちだけは忘れないでおきたいな。

 それはそれとして、まずはお腹に入れるべきなのは温かい物だ。
 この状況では普通の食事は食べられないかも知れない。だとしたら、彼らがよく知っている料理の中でもスープのようなものを作るべきだ。
 出来れば少しでも腹に溜まる物が良いけど、そんな都合の良い物が有るかな。

 なーんて思っていたら、マグナが良い料理を教えてくれた。

 曰く、それは“納屋のスープ”という料理で、プレイン共和国の国民が貧富関係なく前菜や軽い食事として食べているスープなんだそうな。
 その名前の由来は色々あるらしいが、納屋で作っても簡単に出来るスープという説が一般的なんだとか。そこのところを詳しく聞きたかったけど、今はそんな場合ではないので自重しておこう。

 とにかく作る物は決まったので、材料を集める事にした。
 「納屋のスープ」と言うだけあって必要な物はとても少ない。

 完熟前のリンゴイモに、この世界ではおなじみのタマネギモドキのタマグサ。そして、保存用にスパイスのついた干し肉。これだけである。

 リンゴイモってのは、プレイン共和国における主食だ。
 俺も全貌は知らないんだが、その実の形は窪みが少ないじゃがいもそのままで、皮は熟し具合でどんどん赤くなっていく特徴がある。熟す前のリンゴイモは少し水分が多めのジャガイモという感じで、真っ赤になったものは甘味が増すのだそうだ。

 今回はそのリンゴイモが砦の畑に実っていたので、ありがたく使わせて貰う。
 それにしても、まさかトマトみたいに実ってるとは思わなかったな……イモなのに。
 本当に不思議な植物だが、それを言うなら花がが出来るはずの場所にタマネギの本体が鎮座しているタマグサもおかしいので、深くは考えない事にする。

 スパイスのついた干し肉は、クロウの故郷である獣人の国・ベーマスから輸入した調味料を使ったものらしい。俺は初めて聞いたが、どうやらクロウの国は南国に有るが故かそれとも過酷な土地だからか、香辛料的な物がいくつか存在するようだ。
 スパイスって、獣人にとっては刺激物なのでは……? とも思ったが、今聞いたら話が止まらなくなりそうだったので今度詳しく聞いてみる事にしよう。

 とにかく今は、納屋のスープだ。
 静かに厨房へと戻った俺達は、こっそり調理を始める事にした。
 ……と言っても、料理はごく簡単な物なんだけどね。

 リンゴイモを丁寧に裏漉ししてペースト状にしたものを、少しの干し肉とタマグサを煮込んで作って置いたベースに入れて溶かし煮詰めるだけだ。
 何のスパイスが入っているのかは分からないけど、味見した限りはコショウっぽい感じと、漢方的な香りが微かに有るがコンソメかダシみたいな旨味が感じられたので、俺の世界とはまた少し違うスパイスなのかも知れない。

 マグナにずっと横で味見して貰いながら、そして何故か不機嫌なブラックとクロウにも味見の匙を渡しつつ、コトコトと煮詰めて数十分。これで完成だ。
 なんかバターとか牛乳とか必要な気もするし、どっちかと言うとこれポタージュだなと思ったが、これで良いんだろうか。マグナは上機嫌で「完璧な仕上がりだ」と言ってくれたけど、どうにも不安だ。

 しかし、そんな不安も兵士達にスープを出した時にはすっかり解消されてしまった。

 特に工夫のない“納屋のスープ”でとても不安だったのだが、それを彼らの目の前に出した途端、彼らは疲れた顔ながらもゆっくりと口に含んでくれたのだ。
 こういう時って「もっと美味しくしよう!」と思ってしまう物だけど、それが相手のためになるかっていうとそうじゃないんだな。

 ……泣きながら、一心不乱にスープを啜っている人達を見て強くそう思った。

「……マグナ、ここちょっと頼んでいい?」

 やっと少し気力が出て来たらしい兵士達を見ながら、俺は隣にいるマグナに耳打ちをする。何故かマグナはビクッとしたが、すぐに姿勢を直して俺に小声で返してきた。

「それは構わんが……どうするんだ?」
「うん。ちょっと……お供えして来ようと思って」
「オソナエ?」

 初めて聞いた言葉だと言わんばかりに眉を歪めて聞き返すマグナに、俺は簡単にその好意の説明をしてやった。
 「お供え」とは、死者を喜ばせたり安らかにさせたりする供物のようなもので、魂を慰める効果があるものであり、例えそこに死体や魂が無くても想いが有れば届く物だと信じられている迷信めいた行事なのだと。

 まあ、大方自己満足ではあるんだけど、それがもしかしたら少しでも彼らの苦しみを癒すのだと言うのなら、やったって損は無いと思うんだ。
 そんな俺の説明にマグナは聞き入っていたようで、少し頬を染めて頷いていた。
 とにかく解ってくれれば話が早い。ジェラード艦長と兵士達はマグナに頼んで、俺達三人は一か所ずつ惨劇が起こった場所に野草の花とスープを備える事にした。

 ……すっかり日が暮れてしまっているけど、やっぱり周囲は静かだ。
 だいぶ奥まで来てしまったのか潮風の香りはもう無く、少し湿った風が砦柵を越えじっとりと俺達の肌を撫でて通って行った。

 何だか嫌な風だ。けれど、それでも異形の気配は無かった。
 今はそれもありがたいけどな。

「…………」

 無言で小さな皿を幾つか用意して、血塗れの小屋にスープを置く。
 手を合わせて、酒瓶と花を置いて、何人犠牲になったのか分からない場所で誰とも知らぬ人達のために、俺は心から安らかになれますようにと祈った。

「ほんとツカサ君って不思議な事するよねえ」
「祈るのは墓や祭壇だけで充分だと思うのだがな」

 祈る俺の背にブラック達が不思議そうに言葉を放るが、それでも二人は俺の自己満足を笑わずに根気よく待ってくれていた。
 こういう時に、二人は大人なんだなって改めて思うよ。本当ありがたい。

 ――――そんな風に考えながら、俺は三か所の鎮魂を終えた。
 こんな場所ではやっぱりずっと置いておけないから、数分経ったら冷えたスープは俺が全部飲み干したけど、少しでも慰霊になってたらいいな。
 やらなくても良かったんだろうけど、気にしいの俺は後できっと後悔するだろうからやって良かった。そう思う事にしよう。

 死者のスープをご相伴に与かり、すっかり体の中も外も冷えてしまった俺は、再び三人で食堂へと戻ってきた。すると、さっきは取り乱していた兵士達もだいぶん落ち着いていて。食後の飲み物だと出した温かい麦茶も感謝しつつ受け取ってくれた。

 良かった。一時はどうなる事かと思ったけど、やっぱり彼らも兵士なんだ。自制する力も冷静になるだけの気力も元から持っていたのだろう。
 俺のやった事って、結局の所いらないお節介だったような気もしてきたけど、喜んでくれていたしまあ良いか。




 ――――そんなこんなで、今日は見張りを立てながら眠る事になった。
 もちろん、眠る場所は食堂だ。兵舎の個室や備品室からありったけの布なんかを持って来て、みんなで雑魚寝する事になったのである。

 当然ブラックは「はぁ!? なんでこいつらと一緒に寝なきゃ行けないんだよ! 僕はツカサ君と一緒に別の場所で寝るから良いよ」なんて言ったが、今はいつ異形が襲って来るか判らないんだから仕方がない。
 今度死ぬほど添い寝するからと宥め倒して、なんとか収まって貰った。

 ……はあ、本当コイツはどこでも同じ調子で……。しかし今の状況では、ブラックの「いつも通り」がありがたくも有るのが何だか悔しい。
 くう、俺もこんな状況で笑える胆力が欲しいよ。

 やはりこれが伝説の冒険者とヒヨッコの俺の差なのかなあと思いつつ、今日の所は固まって雑魚寝をする事にしたのだが――――何だか目が覚めてしまった。

「うぅ……」

 周囲は明かりも落として既に薄暗い。
 だけど外は月明かりか何かで明るいのか、暗視が出来ない俺でも動く事が出来た。

 じりじりと起き上がり、俺はもじりと足を動かす。
 ……しょんべん。スープ飲みすぎた。まさかこんな弊害が有るとは。
 自覚すると余計に我慢出来なくなってきて、俺はブラックの不埒な腕を解いて立ち上がった。チクショウお前、いつのまに俺を抱き枕にしてやがったこの。

「んんぅ……つかしゃく……どしらのぉ」
「ションベン行って来るだけだっての。起きなくて良いから」

 こういう時は眠りが浅いらしくて、ブラックはすぐにムニャムニャと口を動かしながら起き上がって来ようとする。しかしこんな事で睡眠時間を削らせる訳には行かない。
 寝ておけといかつい肩を地面に押しつけようとしたのだが、しかしブラックは俺の手など物ともせずに起き上がって、目を擦りながら立ってしまった。

 …………なんでこうこのオッサンは一々付いて来ようとするんだろうか……。

「一緒にいこぉ」
「もう……」

 こうなったらしゃーない。
 次に起きて来て付いて来ようとしたクロウを何とか抑え込みつつ、俺とブラックは外の便所に一緒に向かった。……まあ、心配してくれたんだろうけどさあ。でも、こういうのってかなり子ども扱いされてるみたいで、凄く恥ずかしいんだっての。

 状況が状況だし、ワガママ言ってるのは俺なのは解ってるんだけどね。
 はあ、いつか俺も一人でションベンできる立派な冒険者になりたい。オッサンと連れションとか笑い話にもならんわい。

 色々考えつつもすんなりスッキリした俺は、再びブラックと共に食堂へ戻ろうとしたのだが……兵舎から出てくる影を見つけて思わず立ち止まった。

「シッ。……あれは、あのモジャヒゲだね」
「ジェラード艦長? ……あ、ほんとだ。でもどこに……」

 少し足取りが重い感じに見える艦長は、そのまま俺達がいる方向とは別の方へと歩いて行く。どこへ行くのか心配になって暫く見つめていると、ジェラード艦長は物置小屋に辿り着き、ドアを開いてじっと突っ立っていた。
 ……数分待って見たが、動く気配がない。

 どう考えても、触れちゃいけないような気がするんだけど……でも、このまま一人で置いて行くワケにもいかないよな。
 ブラックと覚悟を決めて、俺達はそっと艦長に近付いた。
 すると、さすがに相手も俺達が近付いて来た事は気配で察していたようで。

「……この酒と花、お前が置いてくれたのか」

 沈んだ声でそう言われて、俺は「はい」と肯定した。

 すると、艦長は鼻を鳴らして両手をポケットに突っ込み、少し頭を下げる。まるで、小屋の中の見えない何かに軽く礼をしているかのようだった。

「…………兵舎の個室でな、あいつらの遺品を見たよ。そのまま残っていた」
「……ええ」
「俺達は“こういう事”も覚悟して、兵士になったつもりだ。同僚が死ぬことも、部下が死ぬことも、いつかは訪れる事だと受け入れていたつもりだったんだ。だがなぁ……まさかこんな、遺体すら残らねえ死なんて、あいつらが不憫で仕方なくてよ……」

 ジェラード艦長は、少し鼻を啜る。
 その音は明らかに悲しみを含んでいて、艦長帽を帽子を目深にかぶり目を隠していても、彼が泣いているのはどうしても解ってしまっていた。

 だけど、誰もそれを責める事は出来ない。

「……ありがとうな……。お前にとっては知らねえ奴だ。関係のねえ奴だ。だけどよ、俺ぁ鎮魂の仕方なんて、ちっとも習っちゃあいなかったんだ。……ぬるま湯みてえな海にいすぎてよ、悼む事すらも忘れちまってたんだなァ……」
「……ジェラード艦長……」
「情けねえなあ、情けねえよ……こんな事になってるとも知らず、今まで俺は……」

 肩を震わせて、いくつもの涙の雫を傾けた頭から零す。
 俺は、大人が泣いた所なんて数えるほどしか見た事が無いし……ほとんどが、今隣にいる奴で、ジェラード艦長みたいな老成した人が泣く姿を見ても、戸惑う事しか出来なかったけど……だけど、それが格好悪いなんて少しも思わなかった。

「…………遺品、絶対に持って帰りましょう」
「ヒヨッコ……」

 こちらを驚いたような眼差しで見やる相手に、俺は微笑んで見せた。

「ここに居た人達の遺品を持って帰る事が出来るのは、ジェラード艦長だけだと俺は思います。だから……調査して、絶対に生きて帰って、本当の葬式をしましょう」

 彼らが真実救われるのは、きっと彼らを一番思っていた人達に祈られる時だ。
 俺ではない。ここに居た兵士達を知っている人にしか、それは出来ない。
 だから、絶対に生きて帰ろう。

 ……なんだか大仰なことを言ってしまったが、ジェラード艦長はらしくない朗らかな笑顔を見せて眦の涙を指で飛ばした。

「ハハ……もうお前の事は、ヒヨッコ呼ばわり出来なさそうだな。坊主」
「ぼ、ボウズ……」
「小僧と坊主は何の違いがあるんだよ」

 今まで黙っていたブラックが不機嫌そうに呟くが、本当に謎だ。
 だけど、ジェラード艦長が俺達に対してまた少し歩み寄ってくれたような気がして、俺は嬉しくなってただ笑ったのだった。














※ちょっと遅れました、申し訳ない(;´Д`)

 
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