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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編
なにもかもが
しおりを挟む「あーあ。影、全部出して良かったのかな?」
暗闇に染まった背後で、クスクスと笑う声がする。
煩わしいほどにこちらを嘲る声。人を人とも思っていない声だ。
「……これまでに集めた気で事足りると思いましたので。アレはもう必要のないコマでしょう。どうせ足止めにもならない事は、最初から解っていたことですし」
そう言いながら、ただ視界の先を見やる。
夜に暗く沈む森林の先には、星空を移した海原が見える。
そしてその向こう側に、細々とした灯りを浮かべるた頼りない船の影が見えた。
――――そこに、あの子供が居る。
そう思うだけで、胸の内が勝手に苛立ちささくれ立った。
「ホントかなあ。クロッコ、君は嘘つきだからね。本当は今、物凄く苛立ってボクのコトすら引き裂いて殺したいと思ってるんじゃないのかな?」
黒衣で包んで沈めたはずの身を、いとも簡単に逆撫でして苛立たせる。
確かに今自分は激昂しているのかも知れない。だが、それを仕掛けたのは今現在の相手であって、あの黒曜の使者の子供がやった事についてではなかった。
深く息を吐いて堪え、ただ答える。
「私が望んでいるのは、そんな事ではありません。お分かりのはずでは」
冷静な声で答えると、影の中の相手はころころと笑った。
「あはははっ! まあ良いけどね。だって今ボクは凄く楽しいからさ。だって、あの子は海を従えたんだよ?! あの影を殺すならもっといい方法が有ったのに、そんなくっだらない事を一生懸命やって気絶するなんてさ! ふふっ、くふっ、ふははっ! 本当最っ高……! バカな事を一生懸命やって倒れるなんておっかしいの!」
「…………」
「ねえ知ってる? 天才ってさ、一周回ってバカが大好きらしいよ。だって、自分には一生かけても思いつかない突飛な事を思いつくからなんだって。……でも、それって言い換えると天才の発想力ってバカに劣るってことだよね! だったらさぁ、天才の定義ってなんだろって思わない? あはははっ」
言っている事は、ただ誰かの神経を逆撫でするための戯言だ。
それを相手は延々繰り返している。繰り返して弄び、対象の反応を見て心底楽しそうに笑っているのだ。
だが、それを止める事は誰にもできない。
黒衣の中に隠した拳を握り、一言も声が出ないように口を噤んだ。
それを察したのか、相手は言葉を落ち着ける。
「……で? 全ては計画通りに行ってるの?」
未だおどけるような声。だが、その声が偽りである事は解っている。
背後で自分を見つめている“それ”は、この世界で最も恐ろしい存在だ。出会った時から、全てはこの存在に支配されている。
最初からずっと、そうだった。
「……元から、あの子供をピルグリムにおびき寄せる事が私の悲願です。全てはこのために、この時のために長い時間を費やしてきた」
「そうだね。だからキミは、理から外れたボクを蘇らせた。黙っていれば、いずれは消えて無くなっていただろうボクをね」
「…………」
「はははっ、とんだ逆賊だよキミは。まあ……だからボクも“面白い”と思ったんだけどねぇ。だって、キミみたいな狂った神族は初めてだったんだから!」
ああ、そうだ。
狂っている。あれを見た時から、あの会話を聞いた時から、背後にいるこの存在がそうだと気付いてしまってから……自分は、狂ってしまった。
呪われろとすら思った存在と手を組んで、憎き“黒曜の使者”という称号を持つあの子供を、今こそこの世界から葬り去ろうと思っている。
本来なら、それは神族としては最もやってはいけなかった事だ。
“真実”を知ったのなら、なおさら忌むべき悪行だった。
だが、もう遅い。
もう自分は壊れてしまった。狂ってしまった。この狂った世界の真実を知り、もうこの世界の事を何もかもを愛せなくなってしまった。
今はただ、己でも言い表せぬ激情に身を焦がすしかない。
「でも、本当に出来るのかな? 殺した方が早いと思うけどなあボクは」
「……これが成功すれば、神も人も関係が無くなります。最早何も恐れる必要はありません。もう人類が懊悩する事も無い」
「だけどそれ、上手くいくかなぁ」
「行きますよ。バカなグリモアが散々協力してくれましたからね。白鏐の書がなくとも、白金の書で事足りる。……あの愚かな神も、多少は役に立ちました」
「あははっ、言うねえ。だけど良いね。神族だというのに、神を憎み殺そうとするその心……とても良いよ! 特別で滅茶苦茶でゾクゾクするよ……!」
何を言う、と、心がまたざわつく。
この存在に従って来たが、今まで一度もこの存在を崇めた事は無かった。
もとより、最も邪悪である時に出会った存在だ。神の所在も信じられなかった自分にとって、影に潜むこの存在は自分と同じようなものだった。
そう。壊れている。
狂って、壊れて、どうしようもなく……今に、倦んでいる。
「……明日、決行です」
「どうなるかじっくり観戦させて貰うことにするよ……。ふふっ、今までの努力が叶うといいねえ、クロッコくん。ボクみたいな一番憎らしい相手に土下座までしてやっと来た道だもんねえ! さて、計画通りに行くのかなぁ」
風が、海から吹きぬけて来る。
その潮風を吸い込むような暗闇から、この世の全てを嗤う声がした。
「…………」
この世界は、地獄だ。
真実は毒で、目に見える全てはまやかしでしかない。
それを楽しむ存在など、この世界に在ってはならないのだ。
例え……純粋に、世界が美しいのだと微笑む存在であったとしても。
(………………もう、遅い)
そう。遅い。後悔するのも、正気に戻るのも遅すぎた。
なにもかも。
この世界の、何もかもが。
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