異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

27.誰しもが無自覚に背負うもの

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   ◆



 ……なんだか、耳が鬱陶しい。

 いや、これは煩いんだ。まだ目の前は真っ暗なのに耳から色んな音が入って来て、俺は恐らく目を覚ましてしまったんだろう。
 まだもう少しまどろんで居たいのに、耳からどんどん音が入ってくる。

「……からっ、何でお前に指図されなきゃ行けないんだって言ってるんだ! 食事が必要なら勝手に取って来てここで食べるから良いんだよ!」
「そういう訳にも行かんと言っておろうが! この船に乗っている以上貴様らも乗組員と同じ扱いだ! 特別扱いはせん、さっさと食って来んか馬鹿どもが!」

 これは……ええと……ブラックと、えっと……そうだ。ジェラード艦長だっけ。
 ブラックもかなりシブくて低い声だと思ってたけど、ジェラード艦長のカミナリオヤジその者な声を聴くと、まだちょっと若い声だったんだなあって思うよな。

 三十後半なのに若いって褒め言葉なのか難しい所だけども、でも年相応の声ってあるからな……。じゃなくて、えっと、これ喧嘩してる?
 うわあ、やだな、目を開けたくないな……でもこれ仲裁しないと駄目だよな。

 仕方ない、目を開こうかな。そう思った所で、ゴンと大きな音がした。
 なんか人が呻いている。さっさと連れて行け、なんて声が聞こえてズルズルと何かを引き摺るような音がしたけど、一体どういう事だろうか。

 ううむ、尚更目を開けたくなくなってしまったんだが……でも開けるか。

 南無三ッなんて思いつつゆっくり目を開くと、ぼやけた視界に赤いなにかが見えて、それが白い何かの向こうへ消えて行った。
 これはええと……ああ、きっとベッドを区切るためのカーテンだな。学校の保健室にあった奴だ。ってことは……俺、医務室のベッドに寝てるのかな?

「……おっ、あっ、目が覚めたのかお前」

 そう言われて視線だけ声の方へと向けると、そこにはずんぐりむっくりの髭モジャなオッサンがいる。ジェラード艦長だな。流石に医務室ではパイプを吹かしていない。
 凄いガンコそうだけど、やっぱり艦長と言うだけあってTPOがしっかりしてるなあ。

「ジェラード艦長……」

 うわ、なんか凄い声がもったりしてる。上手く喋れてない。なんだこれ。
 もしかして舌が上手く動いてないのか。
 段々と頭がはっきりしてきて焦るが、ジェラード艦長はそんな俺の顔の前に椅子を持って来て座り、顔を覗き込んできた。

「無理をして声を出すな。お前酷い顔をしとるぞ」
「え……」

 何それ、これ以上更に酷い顔に成ったら女の子にモテないじゃん。それは困る。
 思わず眉を歪めると、ジェラード艦長はヒゲに覆われた頬を掻いた。

「まあ大した事じゃない。しっかり休んでメシをたらふく食えば回復するだろうよ。幸い、お前のお蔭で被害は軽微だし、影の野郎のせいで倒れたのも数十人程度だ。水麗候の持って来てくれた光るタマも、まだ備蓄がある」
「はぇ……」
「水麗候には後で謝っとけよ。らしくないくらいキイキイ喚いて、あの小僧と全く同じ風に心配してたんだからな。タマの中の汁を呑ませる時なんて、鳴いて喚きながら小僧と『自分が飲ませる』なんて喧嘩してたぐらい同様してたんだからな」

 え……シアンさん、俺に対してそんなに心配してくれてたの……?

 ど、どうしよう……そんな、お婆ちゃんモードなのは知ってるけど、クール系な容姿でほんわかギャップな絶世の美女と同一だと思うと、そんな風に心配して貰ったら何だかドキドキしてきちゃうよ。

 えへ、そ、そうか。シアンさんが俺をそんなに心配してくれてたんだぁ……。

「おいコラ、調子に乗ってヘラヘラすんなよ。水麗候は、本当にお前の容体を心配しておられたんだからな。……俺には何が起こったかよく分からんが、お前の事だから、どうせ無茶な技か何かを使ってあのイカを手助けしたんだろ。体を治したら水麗候に土下座でもしとけ。いいな」
「あ゛い……」

 ジェラード艦長に軽く頭を小突かれて、俺は気の抜けた返事をする。
 そ、そうだよな。結局の所心配させたわけだし、シアンさんからしてみれば孫としてみようとしていた奴が無茶したんだから、そりゃ心配して当然だよな。
 孫が大好きな婆ちゃんってのは、例外なく物凄く心配してくれるもんなんだ。そんな風に優しくしてくれる相手を悲しませたのはいけない事だ。後で謝ろう。

 ううむいかんな。どうもシアンさんについては「美女! お婆ちゃん! 美女!」って思考がはしゃいだり甘えたりになったりしちゃうから、何か感情が渋滞するわ。
 俺も美女モードとお婆ちゃんモードで気持ちを切り替えられるようにならねば。

「それと……まあ、なんだ」
「?」

 シアンさんの事で頭がいっぱいだった俺に、不意にジェラード艦長が煮え切らないような言葉を落としてくる。何だろうかと寝ころんだままで見上げると、相手は何故か照れ臭そうな顔をしながら頬を掻いていた。

 どうしたのだろうかと不思議だったが、ジェラード艦長は間抜け面だっただろう俺にポツリと呟いた。

「……今まで、邪険にしてすまんかったな。……お前はてっきり、あの一件の被害者だとばかり思っておったから、戦えるとは知らんかったんだ。だから、兵士達に緘口令を敷いて、お前が必要以上に戦闘に関わらんようにしたつもりだったんだが……結果的に、それも無駄になっちまったな」
「え……でも、俺別に強くないし……実際弱いですよ……? あ、じゃあ、あの無視も監視も……俺が変な事しないようにじゃなくて、ただ普通に監視してたと……」

 そっか。それなら急にジェラード艦長が俺達と会話してくれるようになったのか納得が行く。今までは俺を非戦闘員として見ていたから、お互い余計な感情が湧かないように兵士達に無視をさせてたんだな。
 監視も、ただ単に俺が危なくないように見守ってたのか。

 だけど、一回目の戦闘でそうも言っていられなくなり、俺達も会議に参加したり情報を照らし合わせなければいけなかったから、当初の予定が来るってどんどん俺達と話す事になってしまって、今がこの状態……と。

 なんだ。じゃあ、ジェラード艦長って厳しいんじゃなくて普通に良い人だったのか。
 優しいけど、やり方がちょっと特殊でガンコだと思われちゃうタイプなんだな。

「コラ、おめえ何笑ってんだ生意気だな」
「ご、ごめんなさい。でも、何か……艦長って、真面目すぎるんだなって思って」

 色々深く考えすぎると、ちょっと極端な方向に思考が行きがちだ。
 だから、俺への対応も「無視しろ!」ってなっちゃったんだろうな。
 でもそれが解ったから今笑える訳で……なんというか、こんな風に二人でゆっくり話す暇も無かったから、話が出来て良かったよ。

「なんだ、笑ったと思ったらニヤニヤしやがって。気色悪りぃな」
「いや、なんか……ゆっくり話せる機会が有って良かったなって……。俺、今まで艦長の事ちょっと誤解してたから……。今までずっと、俺を守ろうとしてくれてたんですね、ありがとうございます」

 素直にそう言うと、相手は髭から僅かに覗く頬を赤くして照れたようだった。
 うーん、そうだよな。普通の大人って照れてもデレデレしないよなあ。

「ぐっ……ゴホン。礼なんていらん。こんな事は兵士として普通の事だ。……それに、俺達は既に一度お前を守れなかった。……本当なら、罵られても仕方がねえ」
「…………?」
「……あの【工場】の事だ。本来なら、プラクシディケ様の派閥に下っていた中でも主戦力だった我々が、お前達を助ける為に動くべきだった。だが、あの時は十二議会の動きが不穏で読めなくてな……対応が後手後手に回り、斥候班だったナルラトの兄――ラトテップに一任せざるを得なかったんだ。……そのせいで、お前を助け出す事も、ラトテップを助ける事も出来ずに……お前の目の前でむざむざ死なせちまった」

 そう、か。
 ナルラトさんがこの船に乗っているのは、海上機兵団の団員だからだ。
 だとしたら、ラトテップさんも同じ所属だったのだろう。だから、二人は連携を取ってシディさんを守れていたんだ。元々ラトテップさんも機兵団員だったのか。

 でも、だからと言ってどうしてジェラード艦長に責任が有ると言うんだろう。
 あの時の事は、いわば俺が元凶だ。俺がこの世界に転移さえしなければ、クロッコは再び動き出す事も無かったし、あの【工場】を造って俺を捕えようともしなかった。
 ラトテップさんが死んだのだって俺がレイプされかけたからだ。

 だから、俺の力不足以外に責められる事なんて何も無かった。あれは、誰も悪くは無いんだよ。助ける事が出来たはずなのに、何も出来ずにラトテップさんを死なせてしまった俺が悪いんだ。……気にするなと言われても、それだけは確かなんだから。

「ジェラード艦長や、他の機兵団の人達のせいじゃないです……。あれは、俺が弱いばっかりに……。だから、責められるのは俺です……」
「お前はそう言うだろうさ。……だがな、責任ってのは一人だけが背負い込んで済むような軽い荷物じゃねえんだよ。お前はまだガキだから解らんだろうが……一番酷い目に遭ったお前がそうやって悔やむことで、俺達は更に責任を負う。大人ってのは、ガキの責任を倍以上背負うように出来てんだよ。お前が悔やむ限り、俺達の失態も永遠に消える事はねえんだ」
「そんな……」

 そういうモンなの?
 なんで、何も悪い事はしてないジェラード艦長が責任を負うんだ。
 俺にはよく分かんないよ。だって、あの時ラトテップさんを救える可能性が有ったのは、俺以外にいなかったのに。

「…………贖罪させろとは言わねえよ。だがな、これだけは言っておく」
「……」
「お前は、自分が言うほど弱くねえ。お前があの時悔やんだお蔭で、このちっぽけな大船団は、最小限の被害で済んだんだ。……ナルラトも言っていたと思うが、お前がアイツを思う限り、アイツは報われる。ラトテップの死は、お前を強くした。だから、もうお前はあの時のお前じゃねえ。今立派に誰かを救う事が出来た。……だろう?」
「艦長……」

 見上げる俺を、艦長は少し笑ったような目で見返してくれた。

「悔やむなら、次を見据えろ。俺達もお前と共に責任を負い、アイツの死を悔やんでいる。もう二度目を起こすまいとして強くなるためにな。……だから、お前はそのまま進めばいい。……だが、ああいう無茶は今後やめてほしいもんだがなあ?」
「うぎゃっ、ぢゅっ、ずいまぜんっ!!」

 ああああ頭をガシガシしないで下さい物凄く力が強くて目が回るうう!!
 なんでこうオッサンってのは力加減が出来ないんだっ!

 頼むから離して下さいと懇願する俺に、ジェラード艦長は破顔した。

「がははっ、そうだそうだヒヨッコはそうやってはしゃいでろ」
「う゛う゛う゛う゛……」
「まっ、そういうワケだ。……イカもずーっと船の横にいて煩わしいから、さっさと体を治して追っ払えよ」
「えっ……イカちゃんが……?」

 この感じだと、俺って相当寝てたっぽいのに……イカちゃんはずっと待っててくれたのか!? しかも、兵士の人達もイカちゃんを傷付けずにずっと……?

「あ、あの、イカちゃんは兵士と仲良くしてますか」
「あ゛ン? 仲良くって……お前以外誰があんなデカブツ可愛がれるんだよ。何もしてねえから安心しろ。とにかく、お前はしっかりとメシ食ってだな……」

 あ、これお小言モードに入ったのでは。
 普段から怒られている俺は察知して身構えたが、しかしそうなる前にタイミングよくベッドを覆っている白いカーテンの一部が開いた。

「うおっ、あっ、な……なんだ、ジェラード艦長……いたのか……」
「おうなんだ、坊ちゃんもヒヨッコの見舞いか。厚い友情だなァ」

 入って来たのは、紛れもなくマグナだ。

 相変わらずのクールな顔つきで、一見すると汗一つ掻かなそうな美形っぷりだが、ここにジェラード艦長が居る事には驚いたらしく目を見開いていた。

 クロウほどじゃないけど、マグナも結構表情を動かさないからレアだなこれ。

 ぼけーっとその様を見つめていると、マグナは少し戸惑ったような表情をして俺とジェラード艦長を見比べた。
 そうして、何故か言い難そうに艦長に言う。

「その……すまないが、ツカサを借りられるだろうか」
「俺に聞くんじゃねえよ。そういうのはコイツに聞きな」

 ん。俺ですか。
 急に話を振られて気付くと、マグナは微妙な表情のままで俺に近付いて来て、床に膝を付き俺の顔の傍に来る。なまじ美形なもんだからちょっとドキッとしてしまったが、マグナはそんな俺の事など気にせず赤い瞳でじっと見つめてきた。

「ツカサ、少し話をしたいんだが……体調は大丈夫か」
「あ、うん……。今は平気だと思う」
「なら、こことは違う所で話をしたいんだが……」
「じゃあ、甲板に行こう。イカちゃんの事も気になるし……」

 ゆっくりと起き上がろうとした俺を、マグナが支えて起こしてくれる。
 本当こういう時に気遣ってくれるのがイケメンって感じだよなあ……ううむ、ここまで完璧に動かれては嫉妬心も湧いてこないわい。

「あの小僧どもには俺が半刻過ぎたら話しておいてやろう。たっぷり話してこい」

 お前も心配しただろうからな、と付け加えて、ジェラード艦長はカーテンの向こう側に出て行ってしまった。
 ……心配。マグナも俺の事を心配してくれたのか。

「マグナ、俺が何をしたかもう知ってるのか」
「……まあな。伝声管は生きていたし、外の様子は嫌でも伝わって来た」
「そ、そっか。……えっと……なんか、心配かけてごめんなさい……」

 ブラック達があれだけ心配したんだから、マグナにだっていらない心配をさせたんだよな……。そう思うと申し訳なくて謝った俺に、相手は首を振った。

「とにかく、甲板に行こう。ここにはまだ寝ている奴もいるからな」
「あ……そ、そうだな」

 マグナの手を借りながらベッドから降りた俺は、少しふらつきながらも甲板へ向かうべく歩き始めたのだった。













※なんだかオッサンズの影が薄いですが次章は濃いのでお許しください…
 今章は次で終わりです(二話同時更新。片方短い)。

 
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