異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

24.海の底より寄り来たる

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「おいヒヨッコ、さっさと船倉にでもこもってろ! そこの小僧共はどうでも良いが、お前は後で兵士を治療して貰わねばならん。上陸前に体力を消耗されたらコトだ。影どもに見つからんよう、荷物の間にでも入り込んでおけ」
「なっ……!」

 この状態を見て、逃げろってのか。

 一瞬俺の自尊心が頭をカッと熱くしたが、しかしそれを必死に否定する。
 そうだ、違う。感情に任せて動いちゃ駄目なんだ。

 俺は体力も無く弱い。頼みの綱である曜術も、あいつらには通用しない。
 白いもやもなく直球で突っ込んできた以上、俺の役目はもう回復しかないんだ。ここに俺がやるべき仕事は無い。迷惑になるだけだ。

 だから、言う通りにした方が良い。
 本当に悔しいけど、何も出来ない自分が情けないけど、俺はブラック達やオッサン艦長みたいに割り切れもしないし、頭が良い事も思いつかないんだから。

「…………ブラック、クロウ、行こう……」
「ツカサ君……」

 ああもう、同情したような声を投げてくんなよ。みじめになるだろ。

 だけど、こんな事でいじけてたら動けなくなる。さっさと引っ込まなきゃな。
 中に入ろうと、揺れる船の上でなんとか立ち上がろうとする。
 しかしその様子があまりに情けなかったのか、ブラックとクロウが俺を補助しようとしたのか、両手を出しながら変な格好で駆け寄ってくる。ええい俺は生まれたての馬か何かかっ、やめろ俺はひよこじゃねえ! いや助けは嬉しいけどね!?

 しかしなんともメンツが立たない……。
 まあ最初からメンツなんてないんですけどさあ。

「ツカサ君大丈夫? 僕にだっこされる?」
「そ、そこまでは……」
「いいよっ、ほらツカサ君抱き着いて来て! 僕がツカサ君のむにむにぷるんぷるんのお尻を両手でがっちり揉みしっ、いやつかんで、恋人だっこしてあげるから!」
「ずるいぞブラック、俺にもツカサの尻の片方を寄越せ」
「ばーっ!! この非常時に何考えてんだドアホーッ!!」

 今の状況見ましたよね!? 非常事態だって解ってますよね!?
 なんでおめーらは毎回毎回隙あらばスケベな事ばっかり実行して来るんだ、何かのノルマなのか、強いられてんのかあっ!!

 ああもうこんな事してる間にも影は迫って来てるって言うのに。
 あっそうだ、逃げる前にイカちゃんも連れて行かないと……ヘタしたらイカちゃんまで影達にいじめられて、何かを吸い取られてしまうかもしれない。
 そう思い、俺は船首の方に声を掛けた。

「イカちゃん! こっちおいで!」

 イカちゃんは今も謎の影に対して必死に威嚇しているのか、支えとして使っている足の触手以外を広げたまま動かない。
 俺達を守ろうとしてくれているのかな。でも、このままじゃ危ないよ。

 謎の影の攻撃もだけど、兵士達の動きに巻き込まれて怪我をするかも知れない。
 そんな事になったら俺の方が泣いちゃうよ。とにかくイカちゃんをバケツに入れて、早く船内の安全な所に行かなければ。

 そう思い、俺がイカちゃんを抱き上げようと一歩踏み出すと。
 イカちゃんは俺が何をしようとしたのか解ったのか、くるりとこちらを向いて威嚇のポーズを一旦く。そうして、元気よく「クイッ」と鳴いて両手役の触手を上げ、まるの形を一生懸命に作ってみせた。

 まる。丸って、どういうこと?

 よく解らなくて、イカちゃんに手を伸ばそうとすると、イカちゃんは再びこちらに背を向けて――――そのまま、船首から海に跳んだ。

「!?」

 なっ……なに、何でっ。
 イカちゃんなんで!?

 海に帰りたかった……いや、違う今のはそんなんじゃ無かった。だけど、じゃあ、どうして。何でこの危険な時に海に飛び込んだんだよ!

「イカちゃん! イカちゃん!!」
「わっ! だっ、ダメだってばツカサ君! キミまで飛び込む気!?」

 慌てて船首に近付こうとする俺を、ブラックがまたもや抱き留める。
 だけどそんな事を気にしてる場合じゃない。イカちゃんを連れ戻さないと。ただでさえここは船だらけで海が波立ってるんだ。イカちゃんの小さな体じゃ巻き込まれてしまう。それでなくても敵がいるのに、いつ接触するか解らないのに!!

「ツカサ、大丈夫だ落ち着け。落ち着くんだ」
「そーだよツカサ君ッ、アイツは海に帰ったんだから心配ないって!!」
「だけど!!」

 半狂乱みたいな声が出てしまう。でも、それほど心配だった。
 だって、あの子は人間に簡単に捕まっちゃうようなモンスターじゃないか。少しの刺激で死んじゃうかもしれないのに、そんな子を今海に逃すなんてありえない。

 イカちゃんにとっては危険な物が沢山あるのに、ああもうッなんで離してくれないんだよブラックの馬鹿っ、馬鹿馬鹿馬鹿!!

「うるせぇなあ落ち着けヒヨッコ! あのクソッタレどもは海上を走るだけで海中には手を出さん! チビイカも海中に潜れば無事だ!」
「ッ……」

 よっぽど腹にえかねたのか、ジェラード艦長が怒鳴りながら俺にそう言う。
 その耳をビリビリさせるような低く鋭い声に、思わず体が固まる。だけどそのせいか、今の言葉が急に頭の中にスッと入って来て、俺は息を吸った。

「いっ、イカちゃん、無事なんですね……!?」
「人と意思疎通できる変なイカだ、どうせそのくらいの事は察しとるだろう。そんな事はどうでも良いから、お前らは早く行かんか!」
「はっ……はい……!」

 それなら良い。イカちゃんが無事でさえ居てくれればそれで良いんだ。
 あっでも、本当にあの子海に潜ってくれたのかな。威嚇してたから、もしかしたら敵に立ち向かおうと海上に出ているかも知れない。だとしたら危険だ。

「艦長さん、イカちゃんが海上に顔を出してないか確かめて下さい! 俺それ確かめたら素直に船倉行きますから!!」
「あ゛ぁ!?」
「ブラック達もっ、頼むから! あの子は俺達を助けてくれたんだぞ!?」

 すぐに済ませる。だから、一度だけでも確認してくれ。
 そう懇願すると、ブラックとクロウは渋々うなずき、ジェラード艦長も俺の剣幕に少しヒいたかのような顔をしたが、舌打ちをしつつもぶっきらぼうに了承してくれた。

 良かった、イカちゃんの無事が確認できるならそれでいいんだ。
 事は一刻を争う。早く確認してイカちゃんの無事を確かめなければと、俺達は再び船首へと向かいそれぞれに船の縁に手を掛けて海面を覗こうとした。

 と――――その、瞬間。

「ゴォオオオオォ!!」
「――――!?」

 まるで飛行機が響かせる轟音のような凄まじい音が聞こえたと思ったと、同時。
 目の前に一気に海がせり上がり、船体が大きくあごを取られて浮き上がって、俺達は背後に転がり落ちるまいと必死に船のふちつかんだ。

 海からの飛沫が豪雨のように体に一気に降りかかる。
 痛いぐらいの海水の量に思わず顔を伏せたけど、でも、今の轟音に嫌な心当たりが有って、俺は顔の海水を腕にこすり付けて落とすと、前方を向いた。

 海が、大きく揺らいでいる。あまりにも大きく揺れる船は、なすすべもない。
 こうなっては……


 目の前に、あの白く大きな巨体が立ちはだかっていては、戦艦も無力だった。

「く……クラー、ケン……」

 誰かが、その巨体の名前を呟く。

 ……そうだ。俺達はこいつを知っている。海を割って現れた、このモンスターを。
 だけど……何も、こんな時に来なくたって……!

「ハハ……こいつぁ……。今日は厄日か……?」

 ジェラード艦長が自嘲するような声で小さく笑う。
 だけど、誰もその言葉に何も言い返せなかった。

「…………イカに攻撃してみる?」

 なんとも言えないような声で、横に居るブラックが言葉をこぼす。
 冗談のつもりで言ったのかも知れないけど、誰も何も言えない。ただ、俺達の目の前に在るイレギュラーを見て、言葉を失くすしかなかった。

 ……仮に攻撃したとしても、絶対に一撃は喰らう。
 この至近距離では切っても叩いてもどこかしらが必ず船体を傷付けるだろう。そうなってしまえば、俺達の計画もガーランド達の頑張りも全てが水の泡だ。
 最早、玉砕覚悟で戦うか、それとも諦めて海に沈むかの二択しかなかった。

 こんなことになるなら、もっと力を付けておけば良かった。
 もっと色んな事を出来るようになって置けばよかった。俺が、モンスターを造ったと言う黒曜の使者のように、従える力を持っていれば……!

 だけど、考えても遅い。
 ゆっくりとこちらを向く以下の目玉に、背筋が凍る。
 最早、これまでか。そう思った俺の目の前で、ぎょろりと目玉が動き……――

 クラーケンは、再び俺達に背中を向けた。

「え……?」

 何が起こっているのか、よく分からない。
 だけど、クラーケンはまるで俺達に興味を失くしたかのようにアフェランドラから離れていく。どういう事なのか理解出来ずに固まる俺達を余所に、クラーケンはいまだに怒号が響く木造帆船の群れへと進んでいった。

 まさか、ガーランド達に攻撃をするつもりなんじゃあ……。

「う……あっ……」

 声が出ない。止めなきゃ。絶対に止めなきゃ。
 だけど、そう思っても最早距離が離れすぎている。クラーケンはもう船団のところへ差し掛かっていて、俺達の真正面に居た船のかたまりを……かたまり、を……。

「え……っ……?!」

 壊さない。その長く太い巨大な触手は、振り上げられていなかった。
 それどころか、クラーケンは、ひしめき合っている船を、横に強引に避け始めたではないか。しかも、難なく当たり前のように、道を造るがごとく。

「な、何だあれ……どうなってるんだ……!?」

 ブラックが頓狂とんきょうな声を出すが、誰も答えられない。
 さもありなん。俺達を襲ってきたはずのクラーケンが、今は俺達を殺しもせずに「道を通りたい」と言わんばかりに、鬱陶うっとうしそうに船を左右に書き分けているのだ。

 クラーケンの性質から考えても、あまりにも奇妙な事だった。
 だけど、クラーケンはどんどん船を書き分け海路を造り進んでいく。

 強引に押しのけられた船はぶつかり大きく揺れたが、驚く事に壊れるほどの衝撃は与えられていないようで、混乱してはいるものの誰も海に落ちてはいない。
 どうしてそんな事になるのか不思議でならないが、そういえばクラーケンが進む時だと、周囲に波が立つ事も無く、海面はとても穏やかに見える。

 もしかして、クラーケンはえて海を波立てないように進んでいるのか。
 だけど何のために。まさか、船を壊さないためなのか?
 いや、そんなまさか。

「おい、船の群れを抜けるぞ……!」

 ジェラード艦長が選手にかじりついてクラーケンの背中を見つめる。
 その巨体は、とうとう最後の船を押しのけてついに先頭に歩み出てしまう。

 さえぎる物が何もなくなったクラーケンは、そこでぴたりと止まった。

「あっ……!! かっ、影が!!」

 もう、すぐそこに、大波のように群れとなった影の群体がせまっている。
 間に合わなかった。最早どうする事も出来ない。こうなってしまったら、もう。

「あのクソイカ、影をこっちに来させるために道を作ったのか!?」
「チクショウ、やっぱりあの野郎グルだったのか!!」

 ブラックの驚く声に、ジェラード艦長の怒声がかぶる。
 だとしたら、もう俺達を守ってくれる盾は無い。このままでは、ピルグリムに上陸する事すら出来ないではないか。

 せっかくガーランド達が、俺達の為に頑張ってくれているのに。
 それなのに、俺達は……。

「…………っ」

 でも、だけど、何故か俺は……そこまで絶望する事が、出来なかった。
 何故かは解らない。だけど、あのクラーケンが俺達の事を一瞥いちべつした時に、どうしてだか俺はクラーケンに対する危機感が失せてしまっていた。

 イカちゃんとずっと一緒に居たからだろうか。
 それとも、何か術を掛けられたのか。
 解らないけど、俺は……何故か、クラーケンに悪態をつく事が出来なかった。

 そんな俺達を背に、クラーケンは何本もの触手を大きく天にかかげる。

 まるで、どこかで見たような威嚇のポーズだ。
 どこかで。どこかで…………。

「…………まさか……」

 思わず、声が漏れた。
 だが、クラーケンは俺の声など当然聞こえる事も無く、影の波にその何本もの触手を掲げた様を見せつけ――――

「ゴォオォオオオオオ!!」

 凄まじい声を上げて、前方に向けそのまま一気に海面へと打ちつけた。

「――――……ッ!!」

 まるで、落雷が目の前で落ちたかのような恐ろしい音が響く。
 思わず鼓膜を抑えた俺達の目の前に広がった光景は、想像を絶する物だった。

「バカな……ッ」

 誰かが、絶句する。

 その声が消えた方向には……
 クラーケンの巨体を覆う程の大波が、唐突に出現していた。












 
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