異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

17.知る事さえ出来れば怖い物ではない

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「い、イカ?」

 にしては、俺が知っているイカよりも小さい。ティッシュ箱ほどの大きさで、足が短いっていうかなんというか。そういや目もカエルとかヤギみたいだ。
 全体的にずんぐりしてて、どんぐりっぽくもある。
 でも、足が短くて目が大きいからマスコット的な可愛さがあるかも……?
 とにかく、スーパーで見かける足が長いイカとはちょっと違う感じだった。

「なんだぁ? なんでここにカトルセピアが居るんだ?」
「え? か、カットなんだって?」
「カトルセピア。えーと、ランク1のザコモンスターだよ。中身を捨てて干して焼いたら、良いツマミになる。モンスターとは言うけど、体当たりかスミ吐きぐらいしか能がないから一般人でも捕獲出来るし、採りたては何故か魚みたいに臭みがないから人気なんだ。ただ、コイツは東の島国や北の海にいるはずなんだけどなぁ」

 不思議そうにしげしげと握り込まれたチビちゃんイカ……じゃなくてカトルセピアを見やるブラック。そんなブラックとは違い、クロウは相変わらずの無表情でじっとイカを見つめてたらーりとよだれを……っておい!

「酒のさかな……あぶる……干してあぶったら、うまい……」
「わーっ、ちょっとお前らやめろっ! イカがおびえてるだろ!!」
「クゥイーッ! クィーッ!」

 あっ、この世界やっぱりイカも鳴くんですね!
 じゃなくて、そりゃ美味しいものかもしれないけど、無暗に喰おうとすんなよ!

 ここに居るのが珍しいイカだったとしたら、何か変な事が起こってるのかも知れんだろうが。喰う喰わないはとりあえず後回しにしろ。
 つーか嫌がってるし攻撃して来てないでしょその子。離してあげてお願い。

「えー、せっかくの珍しいアテ……じゃなくて美味いモンスターなんだよぉ? ここでさばいて干しておつまみにしようよぉ」
「だーもーっ! だからっ、そいつはモンスターなのに俺達に攻撃もしてこないし、何かおかしいだろって言ってんの! もうちょい冷静になれ!!」

 俺に冷静になれと説いた口で早速目の前のエモノを考えなしに食おうとしているとか、お前らは何故すぐに自分の行った事をくつがえすんだ。
 そんなんだから俺も尊敬しきれないのに……いやとにかく、頼むからもう少しそのイカの事を考えて下さい頼むから。

 俺のそんな必死の懇願に、ブラックとクロウは「食べちゃ駄目なのぉ?」と言わんばかりの残念そうな顔を見合わせたが、渋々イカちゃんから退いてくれた。

「ふう……それで、キミはどうしたの? 戦おうとしたんじゃないんだよね?」

 人間の言葉が解るだろうかと思ったけど、ペコリア達もロクも不思議と俺の言う事は理解してくれていたし、このちっちゃいイカちゃんだってもしかしたら俺の言葉を聞いてくれるかもしれない。
 そう思い、腰を屈めてイカ……ではなく、カトルセピアというモンスターに優しく問いかけると、相手は短いイカの足をバタバタと動かしてクイークイーと鳴いた。

 そうして、しゅぽんとクロウの手から逃れると海に逃げ帰ってしまう。

「ああ~、おつまみがぁ」
「おバカ! お前らが怖がらせるからだろ!」

 なんでそうアンタらは酒とかエロい事には理性の歯止めが効かないの。
 俺より三大欲求に素直すぎではと思ったが、それを言うとまたややこしい事になりそうなので、ぐっとこらえて俺は波止場から海を覗き込む。

 すると、カトルセピアは小さな足を器用に動かしながらスイスイと海の中を泳ぎ、俺に気付いてちょっとだけ潜ってしまった。
 うーん、やっぱり怖がらせちゃったかな……。

 そういえばイカは臆病な性格だって聞いた事が有るぞ。タコもイカも頭が良いとは言うけど、そういやタコと比べてイカって人間に近付く話とか聞いた事が無いな。
 タコは好奇心旺盛って言うから、そういう違いがあるのだろうか。
 何にせよ、嫌われちゃったかなあ……。

 ちょっと残念に思いながらも、綺麗に透き通った海の底の岩場に隠れる小さなイカちゃんを見つめていると……なんと相手は、岩場の影から覗くようにこちらをチラッと確認しに来たではないか。

 ……あれっ……実はイカって、けっこー可愛い……?

「ツカサ君、ツカサくーん」
「これはヤバいな」

 オッサンの声が左右から聞こえるが、今は構っていられない。
 短い足で必死に岩場にしがみ付きつつ俺をチラチラしてくる可愛い小動物に、俺は何と言うかもう、辛抱しんぼうたまらなくなっていた。
 だって! ああっ、なんでこう足が短くてちょこまか動く物って可愛いんだっ!

 あんな風に「気にしてますよ……?」みたいな感じでチラチラ見られたら、そんなもんキュンとせずには居られなくなるでしょーが!!
 クソッ、イカが可愛いなんて気が付きたくなかったっ!
 美味しいって評判なのに、今度から倒すのに一瞬ためらっちゃうじゃないか!

「はぁあぁあん可愛いぃいい……っ」
「え? イカを? え?」
「ブラック、ツカサは今日悪いキノコでも食べたのか」

 左右の可愛くないオッサンうるさい!
 ううう我慢出来ないっ、撫でたい触りたい仲良くなりたいよおっ。

「お、おいで~、怖くないよ大丈夫だよ~。おいでおいで~!」
「ツカサ君、その興奮した顔だと逆に逃げるんじゃないの」
「ムゥ……」

 ぐううこの一々文句言いやがって。
 でもそうだな、ハァハァしてたらねこちゃんもわんちゃんも寄って来ないもんな。
 結構な回数それで逃げられたから自重しなくては。

「おいでおいで~、こわくないよ~、怖くないお兄ちゃんだからこっちオイデ~」
「ツカサ君から不審者みたいな言葉が……」
「まるでブラックみたいだな」
「殺すぞクソ熊」

 何故コイツらは勝手に仲が悪くなっていくんだ……。
 心底不思議に思いつつも小さい可愛いイカちゃんに手を伸ばしてチョイチョイと振っていると――――なんと、恐る恐るまた浮上して来るではないか!

 逃げないように興奮を抑えながら手を伸ばしていると……器用に足全部を揃えて、スイッと素早い速度で浮上してきたカトルセピアは……そのまま俺の伸ばした手に近寄って来て、一本だけ足を伸ばし、チョンと触ってくれた。

 アッ、あっ、ああぁああああああ可愛いぃいいいいいい!!
 何それっ何そのチョンってやつ!!
 そんな「こわくないかな?」て感じで触るとか超可愛いんですけど、もう今すぐにナデナデしてぎゅってして可愛いと言いまくりたいくらい可愛いんだけどおお!

「ど、どしたのかな~っ、何か用があったのかなー?」

 鼻息が荒くなって顔がめちゃくちゃ熱くなっているが、必死に抑えて優しい感じでカトルセピアに問いかけてみる。
 すると相手は考え込むように数秒止まると、少し沈んだ。
 あっ、帰っちゃうの? あ~……沈んでっちゃうう。

「イカちゃん……」

 やっぱり俺の顔が怖かったのかなあと反省していると……なんと、カトルセピアは海中で頭を海面の方へ立て、一気にそこから飛び上がったではないか。
 まるでロケットみたいに突進して来た体は、簡単に空へと浮きあがる。
 それでどうするのかと思ったら、こっちの方へ……って、このままじゃ地面にぶつかっちゃうよ! うわあ!

「いいいいイカちゃん!」

 慌てて両手を広げアワワと左右に動く俺だったが、カトルセピアは焦る事も無く、その足を目一杯広げて足の間に有った白膜を一気に広げると……そのままパラソルのような形になり、俺の手の上にふわふわ落ちて来て安全に収まってしまった。

「クィ」
「イカちゃん空飛べたんだねえ」

 感心したように言うと、相手は嬉しそうに足を互い違いにビチビチと動かした。
 ンンッ、ちょっ、ちょっとその喜び方は反則ですがっ。

「えっと、その……それで、どうしてこんな所にいるのかな? 迷子? 俺達に何か用事でもあったのかな」

 俺のてのひらの上に乗って来たってことは、やっぱりある程度人間の言葉が理解出来る生き物のはずだよな。俺の言っていることが解らなくても、ニュアンスで感じている可能性もある。それで俺を「近付いても良い相手だ」と思ったのなら、近付くだけの理由をこのイカちゃんは持っているはずだ。

 だから聞いてみたのだが、イカちゃんは大きな頭をふらふらと左右に動かし、その短くて可愛いゲソで自分の目の下をぷにっと抑え、ヒレをひらひら動かすだけで。
 もしかして悩んでるのかな……?
 やだ……イカって可愛いじゃない……。

 思わず心の中でオネエみたいな物が呟くが、我慢だ。まだ爆発するな。

 背後でオッサン達の声がうるさいが、必死に冷静になりながら掌の上のカトルセピアを見つめていると、相手は何か思い出したのか「はい!」と手を上げるがごとく、ゲソ一本をピッと上げた。

 あああああ短いお手手で一生懸命挙手きょしゅしてるのかわいいいいいい!

「な、なにかな? エヘッ、エヘヘッ」
「ツカサ君が順調に気持ち悪くなってる!!」
「もう末期だ」
「クィー。クィッ、クィー」

 まるで子犬が鳴いているような可愛い声を出しながら、カトルセピアは何かを必死に訴えて来る。だけど、残念な事に俺には何が言いたいのか解らない。
 うーん……俺が動物の言葉を理解出来るスキルでも持っていたら良かったんだが、生憎あいにくとこの世界にはスキル要素がない。
 というか、普通のモンスターと意思疎通するには、捕まえて守護獣にするしか方法が無かった。しかしこんな小さなモンスターを捕まえるのもなあ。

「クィ~、クゥィーッ、クィ?」
「ごめんなあ、俺、君の言葉分かんないんだ……」
「クィー……」

 ああ、そんなあからさまにショボンとしないで。
 猫のイカ耳みたいに体の横にちょんとついたヒレが、悲しそうに垂れている。
 ううむ、なんとか何を言いたいのか理解してあげたいんだけど、ロクショウ達ならともかく海の生物だと更に表情を見分けるのが難しくてなあ……。

 どうしたもんかと思っていると、カトルセピアは急にピンとヒレを張って「そうだ!」とでも言いたげに手の役目らしい二本の足をピンと挙手した。可愛い。

「クィッ、クゥイッ」
「んん? あっ」

 何か言ってと思ったら、小さなイカちゃんは急に俺の手の上でジャンプして、また海の中に帰ってしまった。しかし、今度はすぐに潜る事無く、俺にお別れをするかのように、片手をぶんぶんと振ってみせる。
 そうして、そのままイカ泳法で沖合の方へと行ってしまった。

「……なんだったんだ、あのイカ」
「ぐぅ……珍しい酒のつまみが……」

 ようやく喧嘩を止めたらしい二人が、再び俺の横にやって来て、すいすいと去って行くカトルセピアを見やる。……こいつらが問答無用で獲物を捌くようなヤバい奴らじゃなくて本当によかったぜ……。
 しかしクロウ、お前は本当にマジで喰う気マンマンだったのかよ。やめて。

「とにかく、ツカサ君の掌に乗って来て友好的な態度を見せたって事は、別に人族に恨みを持ってる感じじゃないっぽいね」
「お、おう。何か言いたげだったんだけど、俺には言葉が解らなくってさ……」
「それで帰っちゃったの?」

 不思議そうに俺を見てくるブラックに、俺は相手の顔を見上げながら頷く。
 クロウもそこは気になったみたいで、ウウムと唸りながら腕を組んでいた。

「だが、あの様子ならいずれまた来るのではないか。ツカサに対しては警戒しなくなっていたみたいだしな」
「そ、そう? だったら嬉しいけど……」

 ホントにまた来てくれるかな。
 何だか気になるし、ちょこちょこ様子を見に来てみるか。

 あの子だって、俺が怖い人間かどうか知らなかったから最初は近付くのを躊躇ためらっていたんだろうし、この調子なら次は何を話したかったのか教えてくれるかも。

 そんな事を思いながらしばしアフェランドラが停泊している沖の海をながめていると、背後から俺達を呼ばわる声が聞こえてきた。

「おーいお前らー! 報告会が始まるから集まれってよー」

 あの声はナルラトさん。今日はコック帽を被ってないな。
 っていうか、報告会ってなんだ?

「ナルラトさーん、報告会ってなんですかー」
「俺は知らーん! 上官殿と水麗候すいれいこう、そんで襲われた奴らもいるみたいだぞー」

 ナルラトさんが言うには、今までの情報をもう一度みんなで話し合い、今後の方針を決めるのだそうな。それに対してブラックは「一々集まって何の意味があるの」と言わんばかりの嫌そうな顔をしたが、対面して話し合った方が色々思いつく事もあるのだ。シアンさん達もきっとそう言う事を期待しているに違いない。

 だったら、俺達も参加すべきだよな。
 目の前で謎の影を見た訳だし、クラーケンの事も話さないとだし……。

「とりあえず、ヒマは潰せそうだな」
「そりゃそうだが……はぁー……いやだなぁ会議……僕寝てたいなぁ」

 なんか真っ当な会社勤めのオッサンみたいなこと言ってる。
 まあでも、たいして仲が良くも無い大勢の人と意見をぶつけ合うのって、俺みたいなオタクとか陰キャなら尚更なおさら精神が削られるしなあ。ブラックは女にモテ放題でムカつくけど、内面はわりと陰タイプだから気持ちは解らんでも無い。

 しかし、そうも言っていられないから仕方がないのだ。

「嫌なのは解るけどさ、話し合いをして方針を決めなきゃ動けないだろ?」
「ウム。情報は戦いにおいて最も重要な物だ。軽んじてはいかん」

 ほら、クロウもこう言ってるじゃないか。
 武人であり大人でもあるクロウがこう言ってるんだから、絶対行かなくちゃ。

「そうは言うけどなぁ」
「ああもうまどろっこしい! ほーらっ、いくぞ!」
「むー」

 ええいほおふくらませて変な顔をするんじゃない。
 俺とクロウは、渋るブラックを背中から押してナルラトさんに付いて行った。













※会議とか言ってますがバッサリ割愛しますのでご安心ください(´・ω・)

 
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