異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

14.少しずつ形を拾う

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   ◆



 明けて、翌日。

 昨日は色々とあって本当に、ほんっっっとぉおおに大変だったが、俺は気絶する事なく朝を迎えられたのでそれだけで胸がいっぱいだった。

 ……風呂あがりからブラックにネチネチ言われるわ、それでブラックとクロウが喧嘩をしだして俺が仲裁するハメになるわ、それに加えてマグナが何か様子が変だからと気遣おうとしたら急に逃げられるしそれを見咎められたオッサン二人にまたもやネチネチ言われるわベッドの上であわや再戦の憂き目に遭うかのピンチになるわで本当に昨日は大変だったのだ。

 しかし俺が無事に就寝して朝を迎えられたのは、シアンさんのおかげだろう。
 あまりのオッサン達の剣幕に辛抱しんぼうならんとなったのか、シアンさんが俺に助け船を出して、部屋に止めてくれたのである。

 本当にもう、なんという優しいお婆ちゃんだろう。まさしく女神だ、女神。
 婆ちゃんはいつも孫の味方だと言うが、アレは本当の事だよなあうん。

 お蔭で俺は部屋を訪ねてきたエネさんとも話せたし、シアンさんには肩たたきとか足踏みとかお婆ちゃん孝行を存分に出来たし、言う事無しだった。
 シアンさんに「一緒に寝る?」と聞かれたけど、そこは流石にその、美女の姿の方を思い出してしまうので、丁重にお断りしておいた。これで俺の愚息が元気になってしまったら、シアンさんにも申し訳ないしブラック達に言い訳が立たないからな……。

 人間、いついかなる時も女性には紳士たれって奴だ。うん。
 ……まあ正直、何か遭った時にブラック達に痛い腹を探られたくなかっただけなんですが。だってあいつら、こういう時ほどカンが働くのか、俺が隠したい事をビシバシ追及して来るし……。こんな状況でややこしい事になりたくないぃ。

 ただでさえクロウと、その……ふ、風俗プレイみたいな事して、キスしまくってたのに……。これでシアンさんにまでおっ勃てたなんて知られた日にゃどうなる事か。
 もう俺は「お仕置き」なんてごめんだぞ。ごめんだからな!!

 …………とまあ、本当に疲れる事の多かった昨晩だったが、俺は見事にベッドインして健やかなる眠りをゲットし、朝を迎えたと言うわけだ。

 しかも、今回は寝起きからして格別だ。
 朝からシアンさんの微笑みと優しい「おはよう」の声で気持ち良く起こされた俺は、いつもやっている事とは逆で、シアンさんに優しく髪を梳いて貰った。

 これがもう、昔婆ちゃんや母さんにやってもらった時みたいで気持ち良くて、再び眠ってしまいそうになるくらい天国だったんだよな……。ガキの頃は全く気にした事なんてなかったけど、思い出すとあの時間は至福の時間だったのかも知れない。

 俺はもう“する側”だったからこんな感覚忘れてたけど……自分を慈しんでくれる親や身内に頭を撫でられるのって、凄く安心するもんなんだな。
 ……たぶんもう、一生して貰えなかっただろうから、シアンさんにこうして甘やかして貰えて本当に良かったと思う。

 シアンさんが俺に「この世界でのお婆ちゃんになってあげる」と言ったのは、きっと俺がこの世界に残ると決めるのを予測していて、だからこそ、甘ったれな俺の為に“逃げ込める身内”になろうと思ってくれたのかも知れない。
 だとしたら、俺はもうシアンさんに足を向けて寝られないよマジで。

 シアンさんにはこれまでも色々とお世話になってるけど、頭が上がらない。
 いつか俺も、ちゃんとシアンさんに恩返ししたいな。
 俺の事を身内だと思ってくれてるんだから、俺もシアンさんの事を婆ちゃんみたいに大事にしたいもん。これからは婆ちゃん孝行もしなくっちゃ。

 …………おっと。閑話休題。

 シアンさんと仲良く並んで支度したくをした俺は、それから部屋を出てブラック達と朝食を摂り、さてこれからどうしようかと今現在食堂の長机で全員座っているのだが。

「……ああ、来たわね」

 ちょうど何か話すべきだろうかと思い始めた頃に、食堂にエネさんが入って来た。

 まるでタイミングを見計らったかのような登場だったが、これはまあ偶然だろう。
 入って来るなり獣のように唸り始めたブラックを無視して、エネさんは俺の向かい側に座っているシアンさんの隣に立った。

「昨日の報告について、各所に調査を依頼した結果が返ってきました」
「あら、早いわね。……それでどうっだったの?」

 別段驚いても居ないシアンさんの言葉に、クールな表情を崩さぬままでエネさんは静かに報告を続ける。それは、こんな内容だった。

 ――――俺達が昨日体験した様々な事について、シアンさんとエネさん、それと船に乗っていた荒くれ漁師みたいなヒゲクマ上官が話し合って、それから色々な所に送った質問状の返答によると、妙な事が解ったらしい。

 まず、謎の影について。
 今回影に遭遇した兵士達が帰港してすぐに目覚めたので、その人達の話を合わせて今までのデータをモンスターの研究家に送った所、該当する物が一件だけ存在したと言う。それがまた、奇妙な回答だった。

 有識者いわく、その“謎の影”と非常に似た性質を持つモンスターは、数十年ほど前に討伐された【邪龍王】という謎の多いモンスターだけなのだという。
 【邪龍王】は凄まじい能力を持ち、その種族の判定すら今でもハッキリしていない謎多き存在であるが、報告によるとその能力の一つに【ドレイン】という技が存在していたらしい。
 ……ドレイン、というのは、まんま俺の世界の魔法と一緒の効果がある技だ。
 文字通り、相手から何かを吸収して自分の糧にする禁断の技。

 この異世界では、他人から曜気や大地の気を奪う行為は、通常では実現できないと言われている。他人に曜気を与える事が出来る俺や、俺から曜気を奪えるグリモア達は特別だ。だから、まさしく神にも等しい禁忌の術とも称されるほどの危険な能力として、記録されていたのだと言う。
 その【ドレイン】の性質と、謎の影の略奪行為が非常に似ていると言うのだ。

 俺達は“謎の影”は「黒籠石こくろうせき」から生み出されたモンスターで、だから人の気を奪う攻撃をするんじゃないかと漠然と思っているだけだったが……もし仮に【邪龍王】と言うモンスターと同じ技を使っているのだとしたら、話が違ってくる。
 あれが「攻撃」ではなく「技」なのだとしたら、襲った後に必ず消える意味が解らなくなってくるのだ。

 もしあの攻撃が【ドレイン】で、攻撃として俺達に向けられていた物だとしたら……あの一撃だけで、消えるはずがない。
 相手は吸い取った分の力を使うために、更に攻撃をして来るはずなのだ。
 なのに、彼らは必ず消えてしまう。呪いを解いても、襲って来る事など無い。
 まるで使い捨ての絆創膏ばんそうこうのように、張り付いて剥がれたらそれで終わりと言う感じだった。…………考えてみると、それってかなりおかしいよな……。

 俺達に向かって来たのは、敵対行動を起こすためだと思っていた。
 だけど、相手は一向に攻めてこない。特定の海域に出て来たのは何かを守る為なのかと思えば、逃げるこちらを追撃してくる事も無い。
 なにより……あれからずっと、敵は攻めて来もしないのだ。

 その事を聞いて、シアンさん達はある結論に達した。
 それは――――
 相手は【ドレイン】で俺達の大地の気を吸い取るためだけに出現して、吸収した“気”を、どこかに転送しているのではないか……という、ものだった。

 …………でも、それなら色々と辻褄つじつまが合う。
 あのクロッコが作り出したモンスターなら、尚更なおさらだった。

 アイツが考えも無しに、こんな手緩てぬるい方法を使っているとは思えない。そこには何か理由が有って、俺達を上手く操ろうとしているんだ。
 街に上陸してこないのも、恐らく理由があるはず。それはまだ分からないけど……人から抽出した大地の気をロクでもない事に使っているのは、確かだろう。

 もしそれが正しいのだとしたら……もう二度と、誰かを犠牲にする訳には行かなかった。その人の為にも、今から起こるだろう凶事を防ぐためにも。

 …………。
 ただ、ちょっと……俺も、気になる事が有る。
 この話をしている時に、シアンさんとブラックの表情がやけに暗かった気がするんだけど……アレは一体なんだったんだろうか。
 あの雰囲気は聞いても教えてくれない感じだったし……ブラック達はもしかして、邪龍王の事で何か思う事でもあるのかな。知りたいけど……でも、今は考えている暇なんてない。忘れた方が良いだろう。

 ――――一息ついて、次はクラーケンの報告を聞かされた。

 クラーケンの事も調べたらしいのだが、こちらについてはモンスターの学者さんも首をひねっていたと言う。
 元々クラーケンは北方の海域を牛耳ぎゅうじる存在なのだそうだが、知能はとても高くて、エサを捕獲する時以外は基本的に海の中にいるのだそうな。
 それがこれみよがしに姿を見せて、じっとしていたなんてありえないらしい。

 いくら珍しい物が浮いているからって、用心もせず海面に出て、観察しただけで帰って行くなんて絶対に無いのだそうな。
 そんな事をするなら、絶対に船を攻撃している……との事で。

 ……確かに攻撃されたけど、アレは誰の目から見ても、俺達を狙っているようには見えなかった。だって、甲板に穴をあけたのは事実だけど、その触手は誰もいない所を叩いていたんだもんな。自分も戦いたいのなら、普通に兵士を狙ったはずだ。
 けど、それを考えると……ますます「何故出て来た?」って話になる訳で。

 “謎の影”の正体はうっすら見えて来たような気がするけど、相変わらずクラーケンの事はちんぷんかんぷんだった。

「……とまあ、モンスター達についてはこんな感じなんだけど……」
「ジェラード艦長の話によると、船体の破損は軽微な物で、航行に支障はないとの事ですが……対策を立てないとこのままではイタチごっこになると思われます」

 エネさんの言葉に、ごもっともだと俺達全員が頷く。
 相手の正体がつかめて来たかも……と言っても、ただそれだけで、倒し方も何も解っちゃいないんだもんな……。航行するつっても、今のままじゃダメだよ。
 また人が襲われないように、ほんとどうにかしないと。
 でも、どうすりゃいいんだか。

「戦ってみて解ったけど……アイツら多分、全属性の曜術を吸収するぞ。剣も拳もまったく通用しないし、触れたら終わりだ。あんなのどうやって倒せってんだよ」

 ブラックもさすがにさじを投げたようで、ぶっきらぼうに声を漏らす。
 でも、俺もその意見に同意だった。だって、ブラックとクロウですら、あの影に苦戦してたんだぞ。あれじゃ誰がやってもどうしようもないよ。

 触れずに倒せる方法があればいいんだけど……ヒントすらないしなあ。

「とにかく……今日は人員不足で船が出せないみたいだから、私は一度ディルムに戻って文献を調べてみるわ。確かめないよりはマシでしょうからね」

 そう言いながら席を立ったシアンさんに、エネさんが付き従う。

「私も、ツテで探ってみます。御三方はくれぐれも勝手な事をしないように」
「うるさいなこのれ乳陰険インケン女。お前に言われなくたってわかっとるわ」
「申し訳ありませんツカサさん、腐れ脳みその性欲モンスターの言語が私にはどうも聞き取れないのですが、なんと言っているんですか」
「殺そう、ツカサ君コイツ殺そう!!」
「ぬぅ……拳が効かない相手とどう戦えばいいのか……」

 あーあーもう滅茶苦茶ですよ。

 まったくもう、何でこうブラックとエネさんは年甲斐も無い喧嘩をするのかね。
 実際、そう仲が悪いって訳でもないと思うんだけど、二人は心底お互いを嫌ってるみたいだし……ああ訳が解らない……。

 お願いだから俺に話を振らないでくれと思いつつ、ふと食堂を見て……俺は、ある事に気付いた。いや、有る事って言うか、そういえばマグナいなくない?
 あれ、そういや朝から見かけてないけど、どこに行ったんだろう。

「あ、あの、シアンさん、マグナってここに居ないんですか?」

 出て行く寸前だったシアンさんに慌てて問いかけると、相手は振り返り不思議そうに首を傾げた。

「あら? おかしいわね、彼も今日はこの兵舎に泊まったはずだけど……」
「あれ……じゃあ……寝坊とか……もしかして、気分が悪いとか……」
「そうねぇ……ツカサ君、ちょっと見て来てくれないかしら」
「それは構いませんが……」

 ブラック達が何て言うかな。
 恐る恐る振り返るが、ブラックとエネさんはギャアギャアとしょうもない言い合いを続けていて、クロウは自分の拳についてうんうんと悩んでいるようだった。

「お婆ちゃんが見張ってるから、行ってきなさい」
「す、すみません……」
「良いのよ、マグナさんが起きて来ない事には、機関部の調整も出来ないのだし」

 そういやそうだな。アフェランドラはマグナが作った戦艦だ。
 一番詳しい人がいないと、整備もままならないだろう。

 よし、その大義名分があるなら起こしに行って大丈夫だな!
 昨日は、風呂の後からずっとマグナとギクシャクしてたから、今日はいつも通りに仲良く行こう。せっかく久しぶりに会えたのに、こんなんじゃ駄目だ。

 俺はマグナとたくさん話したい事があるんだから、なんとか仲直りして貰わないと……昨日の風呂の感想だってまだ伝えられてないんだしな。
 よし、気合を入れてマグナが寝ている部屋に行ってみよう!













 
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