異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

10.そう来るとは思わなかった1

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「よく解んないけど……とにかく知らせるのは必要だね。……ツカサ君、ここに」
「一緒に行く!!」
「ありゃ、言いたい事わかっちゃった?」

 解らいでか。アンタこういう時はいっつも俺を下がらせようとするんだもん。

 俺を守りたいと思ってくれるのはありがたいけど、シアンさんが言ったように今の最高武力は間違いなく俺達だ。俺自身に力が無かったとしても、ブラック達の力を倍増させられるのも、体を一気に回復させる事が出来るのも、俺しかいない。

 こんな場所に避難させるなんて、理性の面から考えても「装備の持ち腐れ」だ。

 戦力にならなくたって、回復バックパックやブースターは有る方が嬉しいだろう。いざって時に必要になるかもしれないし、そういうアイテムはいくら持ってたって邪魔にはなるまい。そもそも、閉じこもってたら何の力にもならないじゃないか。
 これは、ブラックから離れたくない守りたいっていう感情からだけじゃないんだ。

 「黒曜の使者」という有用な“道具”を、使わない手は無い。
 こちらがいつ不利になってもその状況をくつがえせるように。

 そう理性で思うからこそ、ブラックについて行きたかったんだ。

 ――だけど、ブラックはそんな俺の思いを知ってか知らずか、何だか煮え切らないような顔をして口をもごもごと歪める。

「でもさ、出港する前も言ったけど、あいつらはツカサ君を見つけたら何か違う動きをしてくるかも知れないんだよ? 正直、あんまり前線に出したくないよ……」
「うーん……そりゃ分かるけど……でも、いざって時に備えて、俺も参加できた方がいいだろ? あっ、じゃあ、先頭には立たないようにする。船室に入るドアんところに居て、危険な時はそのまま引っ込むようにするから! なっ、それならいいだろ」

 ブラックが心配するのも仕方がない。あの“謎の影”がクロッコに作り出されたモンスターだとすれば、俺を見つけたら殺すかさらうかするだろう。
 それくらいヤバい相手だってのは、俺にだって解る。だから、見つからないように充分注意するって。俺だって痛いのはヤだし。

「うーん……それならいいかなぁ……」
「ほらほらっ、早くしないと!」

 あの影の速度はかなりのものだ。早く知らせないと接触してしまう。
 俺の声に急かされたのか、ブラックは再び俺を抱き抱えると躊躇ためらいもなく見張り台から飛んだ。急激に落下する……かと思いきや、ブラックは帆を上げ下げするためのロープを掴んでいたのか、柱に適度に足を付けながら段階的に下りていく。

 おお、これって海賊がよくやる降り方だよな。
 やっぱり自由自在に動けるとこんな事も簡単に出来るのか……。

 変な所で感心していると、あっという間に俺は地上に降ろされてしまった。
 その途端、クロウとナルラトさんが詰め寄って来る。

「ツカサ、謎の影が向かって来ていると言うのは本当か」
「えっ、ええ!?」
「俺達ゃ耳が良いからよ、あのくらいの距離なら充分声も聞きとれるんだ」

 ナルラトさんが補足してくれたが、そういえばそうだったな。獣人は人族より五感が優れているんだっけ。でも、クロウは今まで船酔いしないためにちょっと閉じてたハズで……ハッ、まさか俺達が何を言うか聞き耳を立てていたのか……?

「おっと、それはともかく……かなりヤバい状況ッスね。俺報告してきますわ」

 あっ、ナルラトさん逃げた!!
 いやでも今の状況じゃ仕方ないけどさ!

「とにかく……僕達は船首に行くよ。ツカサ君は……」
「ま、まだ来てないからちょっと離れて付いて行くよ。陰にいればいいんだろ?」
「うーん……まあ仕方ないか。もしツカサ君にしか姿が見えなかったら困るもんね」

 良かった、納得してくれた。
 でも、そうだよな。なんだかちょっとおかしいんだ。

 俺には海の向こう側からやってくる“謎の影”が見えていたけど、ブラックにはその光景が見えていなかったっぽいんだよな。
 でも、海の上に黒い点々が走って来たら誰だって分かるだろうし……第一周囲には青色しかないんだから、見間違えようはずもない。見落とすなんてないはずだ。
 俺より経験豊富なブラックが見落とすなんて事は有り得ないのだ。

 だけど、ブラックには見えなかった。
 と言う事は……相手は何かの術を使っているかも知れない事になる。
 そのせいで姿が見えなくて次々に倒されたら、いずれは全滅だ。
 だから、そうなる可能性を考えて、危険だと解っていても俺を近付けさせることを選んだんだろう。ブラックはこういう所で冷静だ。
 まあ、さすがは歴戦の冒険者って奴だよな。

 俺はブラックとクロウの後ろを少し離れて付いて行きながら、船の遥か先に揺れる水平線を睨み付けた。
 …………ヤバい。やっぱなんかこっち来てる。
 しかも一体じゃないぞ、十体ぐらいいるんだけど!?

「ぶぶぶぶブラック、ブラック! 十体いるっ! やっぱこっち来てる!!」
「ええ!? み、見えないな……」
「ウム、見えん」

 船首近くまで進んだ二人だが、本当に影の集団が見えていないのかキョロキョロと探している。二人が見つけられないって、相当じゃないのか。
 もしかしてあいつらって、何気に高レベルな敵なの?
 まあ、あの諸悪の根源が作り出した凶悪なモンスターだし、もしかしたら黒籠石こくろうせきが使われているかも知れないんだから、強くてもおかしくないけど!

 でも、見えないなんて事、今まであったんだろうか。
 ああもう“謎の影”の詳細をもっと聞いてくるべきだったー!

 ちくしょう、こうなったら目視でギリギリまで見続けてやる。
 目をらして真正面からやってくる奴らを見つめていると――影の集団の周囲に、なにか白い物……いや、あれは……もや……? もやが掛かっているのが見えた。

「ブラック、クロウ! あいつらの周りに何か白いモヤみたいなのが掛かってる!」
「えっ、どこ!?」
「真正面!」

 俺の声に二人とも咄嗟に正面を向くが、しかし何も見つけられなかったようで困惑したような顔でこちらに振り返って来た。
 ええい二人同時にそんな顔してこっちみんな、ちょっとクスッと来ただろうが!

 でも、見えないって事はやっぱりこれ……何かの術がかかってるのか?

 どうしよう、どうやって晴らせばいいんだ。考えて、混乱しかけた俺の背後から、怒ったような声が飛び込んできた。

「気の付加術だ! おい中級の兵士ども、さっさとこっちに来んかァッ!! 正午の方向に【ゲイル】で海上を波立たせろ!!」

 ちょっ、な、なんだこの頑固おやじみたいな凄い怒鳴り声!

 思わず耳を塞ぎながら振り返ると、そこには白い軍服のような服を着た、厳つい顔付きの眼帯おじさんが……あっ、背後にナルラトさんが居る。
 ってことはこのおじさんが“上官”で、兵士達に「俺達と喋るな」と言ってた人?

「早ようせんかア!!」

 空気をビリビリと震わせるほどの大声に、遥か後方から「はい!」と怯えたような緊張したような声が聞こえて、数人が船首の方へとやってくる。
 ブラック達はこちらを見て目を丸くしていて、特にクロウはちょっとだけ熊耳の毛をぶわっと膨らませていたが、さきほどの言葉を思い出したのか船首の先を向いた。

 目の前で、兵士達とブラックが船首の向こう側の海上に向かって手を伸ばす。
 その体の周囲に黄金の光がゆらゆらと立ち昇り、彼らのてのひらにその光は集まって行った。これだけ人数がいると圧巻だ。

「おい小僧、敵はどのへんだ! 大体で良いからせ!」
「えっ、えっと、そこです!!」

 船から数百メートルほど離れた所にまで迫っている。
 俺が指差した方向をオッサンは確かめると、また大声を張り上げた。

「射程、狂いなーし!! 用意!」

 号令のような声と共に、手を出した兵士達が一斉に船首に沿ってふちに整列する。
 ブラックはそのまま船首部分へと追いやられ、クロウも背後に控えた。

 兵士達の掌の光が一気に強くなり、球体のようなものが手の前に現れる。

「疾風、ッてぇ――――!!」

 猛獣の咆哮ほうこうのような声で一気に光が広がり、瞬間――海を押し下げながら進む透明な何かが、船から駆け出した。
 あれは風だ。ゲイル……疾風の術が、力を合わせる事によってより巨大で広範囲に広がる術に変化したんだ。でもアレって、よっぽどタイミングを合わせないと上手くいかないんじゃ無いのか?

 それをいとも簡単にやってのけるなんて、海上機兵団って意外と凄いのかも。

 思わず目を見張った俺の視線の先を、疾風は進む。
 白い靄を纏った影の群体と、ぶつかる、と、一気に影の周囲にまとわりついていた靄が後方へと引っ張られて……ついに、消え去った。

「――――!! やっぱり何か術を使ってやがったのか……!!」
「み、見えたんですか!?」

 思わず背後に居た上官らしき人に問いかけると、相手は俺の方を見て……嫌そうな顔をしつつ「チッ」と舌打ちをした。

「お前……ああくそっ、小僧がこんな戦場にいるんじゃねえぞ!! とっとと船室に戻ってろ!!」
「ヒェッ」
「あーはいはいサーッセンした! ツカサ、ほら後は任せて船室いこうぜ!」

 至近距離で怒鳴られて思わず硬直してしまった俺を、ナルラトさんが抱えあげて船室へと連れて行こうとする。
 俺は荷物かとツッコミを入れたかったが、しかし船室にまで行くのはブラック達との約束でもあるわけで……ああもう嫌がって良いんだか悪いんだか。

 でも、どうしよう。
 前方には謎の影がいて、後方ではクラーケンが船を掴んでいる。
 これっていわゆる「前門の虎後門の狼」なんじゃないのか。

 俺、本当に何もしなくて良いのか?
 俺だけすぐに逃げられる用意をしてて良いんだろうか。












 
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