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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編
9.目をくらませる
しおりを挟む「うわああああ!! クラーケンだー!!」
俺達じゃない、誰かが叫んだ。
そう。そうだ、俺はコイツを見たことが有る。この途轍もなく巨大なイカは、男装の麗人ことタイネ……ファスタイン船長が操っていたイカだ。
だが、イカといってもただのイカじゃない。
クラーケンと言うからには、絶大な力を秘めているのだ。
前回対峙した時は色々と煮え湯を飲まされるような事をされたが、クラーケンの方だって俺達に対しては並々ならぬ思いがあるだろう。
端的に言うと、使役されたり倒されたりで恨んでるに違いない。
……だが、ちょっと待てよ。
このクラーケンが、俺達と戦ったクラーケンとは限らない。だとしたら、軽く脅かしたら逃げてくれるんじゃないだろうか。
そう思ったのだが。
「おかしいな、この海域にクラーケンがいるはず無いんだけど……」
「ムゥ、なんだかあのイカ、見覚えがあるような……」
おい、フラグ立てるのやめて。そこの有識者二人そういうこと言うのやめて!
そりゃ、そう言えばクラーケンは北方の海の生き物って言ってたけどさ、でも南の海が見てみたくて旅をして来たイカだっているかもしれないじゃないか。
だったらアイツには人族に対する感情なんて何にもないはず……ないよな……。
……いやでも、人間に追い立てられたとか、そもそも人を殺して食べる種族とか、とにかく色々あるわけで……ああどうしよう!! どっちにしろダメじゃん!
俺が頭を抱えている間にも、兵士達は槍とか剣を持って船尾を固める。
クラーケンは波に揺られながらそれをじっと見つめていたが、びたりとデカい触手を船の縁に乗せて来た。あっ、それはヤバい!
「っ……! ッ、て……撃てー!」
「うわっ!! おっ、おい、撃ちはじめたぞ!?」
俺達がまごついている間に、後衛の兵士が剣や槍を一斉にクラーケンへと向けて、その杖を赤や青色に光らせる。あれは曜気の光か?
あっ、刃の先端から炎の玉と水の玉が出てる!!
そう思ったと同時、いくつもの弾が一斉にクラーケンへと放たれた。
「――――ッ!」
爆発音や大砲を放った時のような音が周囲に響いて、クラーケンの体に弾が次々に命中する。だが、集中砲火されていると言うのにクラーケンはその巨体をぴくりとも動かさなかった。これって、効いてないってことなんじゃ……。
「あーあーバカだねー。水の攻撃は寧ろ活性化させるだけだし、あんな鼻くそみたいな半端な火球じゃ表面を焼けもしないってのに」
「えっ」
まるで馬鹿にしたような口調でそう言いながら、ブラックは心底見下したような目をしながら小指で鼻をほじっている。しかしその下品な様子に誰もツッコミを入れる事などなく、クロウも全くだと言わんばかりに頷いていた。
「うむ、あの様子からして全く効いていないな。躊躇せずに斬りかかった方が、まだ勝てる見込みがあったと言うのに……バカな兵士達だ」
「まあ船上での戦いはこれが初めてっすからねー」
「はぁ!?」
驚く俺達に構わず、ナルラトさんはのんびりとした態度で頭を掻く。
いや、アンタこの船の乗組員でしょ! 何悠長に構えてんの!
つーかブラック達も解説してないで……ああもうこんな事してる場合じゃないっ。
こうなったら俺だけでも兵士の人達に加勢しないと!
「あー待って待ってツカサ君、行っちゃ駄目だってばー」
「ぐえっ」
おっ、お前、首を肘でガッてすんな息が止まっただろうが!
しかもこの非常事態に止めるなんてどういう事だ。どう考えても兵士達と一緒に戦った方が良いだろうが。相手は攻撃があんまり効かないクラーケンだぞ。
どう考えても加勢すべきだろと俺を捕獲するブラックを睨み付けると、相手は俺に向かって呆れたような顔をして眉を上げた。
「あのねぇツカサ君、ここで出しゃばったらまーた嫌われちゃうかもよー? それに、あの手のモンスターは斃すんなら二番手三番手の方が圧倒的に有利なの」
「はぁあ!?」
「相手は地面の中を自由に動けて、潜る事も出来るんだよ? 船の上でしか動けない僕らは圧倒的に不利だし、船を一気に壊されたら打つ手も少なくなっちゃう。戦況の全体図が見えにくい前線にばっかり兵士が集まってたら、横っ腹をどーんってされて沈没しかねないよ?」
「それが何で助けない方が良いって結論に行きつくんだよ!」
横っ腹を打たれかねないってんなら、余計に早急に叩いた方が良いだろう。
このままクラーケンを怒らせて沈没したら笑い話じゃ済まないぞ。
だが、ブラックはと言うとそんな俺の焦りなどどこ吹く風で。それどころか、俺の腰をガッチリと掴んだかと思うと、ぺらぺらと喋りだした。
「今の所、あのクラーケンは反撃してきてないし、船を壊そうとする感じでもない。なら何か目的があるのかも知れないって事さ。それが何なのかは解らないけど、僕達は幸い、あの三流兵士達より曜術が使えるから……」
そう言葉を途切れさせた瞬間。
「うわぁあ!?」
急に、凄まじい浮遊感が襲ったと思ったら――――俺は、ブラックに抱えられて、遥か中空に移動していた。
「ちょちょちょちょちょブラックッ、ブラック!? なっ、なにこれっ、なっ!!」
「はーいはいはい、大丈夫ー。さっ、一緒に見張り台行こうねー」
「みっ、見張り台!?」
思わずブラックの首にしがみ付いてしまうが、その間にブラックは空中で器用に体を捻って見張り台の上に着地した。おい、これ何メートルあると思ってんだ。
無意識に体中から血の気が引いたが、そんな俺を抱き締めたままでブラックは下を覗く。こんなに高い場所なのに、何とも思っていないようだった。
「ほら見てツカサ君。ここならクラーケンの様子が良く見えるでしょ」
「うぇ……」
そう言われて恐る恐る下を見ると、必死に曜術を発動し剣を打ち当てている兵士の集団と、それに対してただ動かずにいるクラーケンが見えた。
確かに、ここからだと全てが見えるけど……。
「あー、やっぱりな。あのイカ、全然攻撃する気ないじゃん」
「それ、どういう事?」
「船を抱えるようにして横に浮かんでる触手があるだろう? 本当はね、あれが一番長い触手で、不意打ちをするのに効果的な物なんだ。……だけど、あのクラーケンは全くそれを使おうとしていない。……だからちょっとおかしいと思ってね」
「……じゃあ、ブラックはサボッてたんじゃなくて、本当に様子見してたのか」
「あのねツカサ君、キミは僕の事をなんだと思ってるんだい」
そりゃまあ、歴戦の凄い冒険者だとは思ってるけど……でもアンタ真面目な時と腐抜けた時が半々過ぎて判断できないんだもん。
本当に戦いたくないのかと思っちゃっても仕方ないだろ。
日頃の行いが悪いと今度は俺がぶーたれると、ブラックは苦笑して俺の頬にキスをしてきやがった。……だ、誰も居ないから良いけど……良いけど!!
「じゃ、じゃあ、あのクラーケンは何が目的で船に上がって来たんだ?」
「うーん、それが解らなくてねー。あの様子だと、どうも人を襲って食ってやろうってワケでも無さそうだし……」
確かに、あれだけ攻撃されてるのに大人しいのも変だよな。
この船が珍しくて近寄って来ただけとか……でも、それなら人間に攻撃された時点で逃げたりするよな。鬱陶しくなって船だって破壊し出してもおかしくないのに。
……どうして攻撃する事も無く、船にしがみ付いているんだろう。
一度も反撃しないから、なんだか可哀想になって来たよ。このまま帰ってくれないだろうかとクラーケンを見つめていると、不意に海の生き物特有の目玉をギョロリとこちらに向けた……ような気がした。
「…………」
まさか、標的をこちらに向けて攻撃……なんてことはないだろうか。
固唾を飲んで見守っていると、あの一番長い触手の片方が浮き上がって来た。
ついに何かアクションをしてくるのだろうか。
ブラックと一緒に緊張していると――――
「…………?」
なんだか、背後から冷たく気持ちの悪い風が撫でて来たような感覚が有った。
今はブラックに抱え込まれているから、熱いことは有っても寒い事はないはずなんだが……。気のせいだと思っても、何故かぞわぞわして気になってしまう。
今は目の前のクラーケンをどうにかする方が先なのに。
なのに、どうしても……背後が、気になって。
「ブラック、ちょっとごめん」
「ん? うん」
俺の声が真面目な事に気付いたのか、ブラックは簡単に離してくれる。
こういう時の潔さは憎らしいけどありがたい。そう思いつつ、俺は高く狭い見張り台の上で、じりじりと方向を変えて後方――船からしたら前方を見やった。
「…………」
水平線の向こう側には、何も見えない。
良く晴れた青空で、視界も悪くないけど、でも……何か違和感を覚える。
この平和な海域の何が違和感を醸し出しているのだろうか。
なんで俺は、クラーケンよりも船の前方の方が気になるんだろう。そうは思いつつも、見る事を止められず、次第に強風がごうごうと吹いて来た見張り台に膝を付き、縁に齧りつくようにしてじいっと海原を見つめた。
「ツカサ君?」
ブラックが呼ぶ。だけど、自分でも不思議なんだけど目が離せない。
どうしてこんな風に気になるんだろう。そう思って揺らぐ水平線に目を凝らした。
細めた目で、ピントを合わせる。その、視界の中心に――――何かが、見えた。
いや、あれは「何か」ではない。あれは、たぶん……。
「……!! 来た……!」
「え? なに、どうしたのツカサ君」
呼吸が一気に止まる。
視てはいけない物を見たかのような衝撃に、一気に体から汗が噴き出した。
だって、海の向こうに見えた物は。
「か……影……」
「…………え……!?」
「影っ、影が来た!! ブラック降ろして、知らせないと!!」
そう。俺が水平線の向こうに見たのは影。
俺達が戦わなければいけない、謎の敵だったのだ。
「でも僕には何も……」
「早く! 兵士達に知らせないと!!」
甲板の兵士達全員が、クラーケンに気を取られている。
こんなヤバい状況であいつらに出くわしたら大惨事確定だ。そうなる前に早く兵士に知らせて戦闘態勢を整えないと。
なんだろう、凄く嫌な感じがする。
どうしてそう思うのかは分からないけど……でも、放っておいてはいけないんだと言う思いが、何故か俺を強く突き動かしていた。
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