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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編
8.この海にひそむもの
しおりを挟むいまいち今の状況が呑み込めていない俺達を余所に、ナルラトさんはそれだけ言うと再び厨房へ引っ込んでしまった。
よく解らないが、座って待っていた方が良いだろうか。
怪訝そうな顔をするオッサン達を抑えてなんとか椅子に座らせると、丁度ナルラトさんが底の深い皿を三ついっぺんに持って来た。
「あいよっと。ホレ、飲め飲め。腹が減っとるとまた船酔いすっぞ」
パンに付けて食べろと渡されたのは、浅黒い色の雑穀パンと少しオレンジ色が強い黄金色のスープだ。上と連絡を取りつけるからとりあえず喰っとけ、と言われて素直に席に就いてスプーンを持った。
最初はサラサラだと思っていたスープだったが、パンを浸してみると結構トロみがある。あんかけみたいな感じだ。試しにパンを浸し柔らかくなったところで口に運ぶと、何とも言えない独特の風味が口に広がった。
「んんっ……! な、なんだこれ、ちょっと辛いな!」
ブラックが驚いたような声を出すが、その通りだ。
香辛料が生み出すヒリついた辛さが舌に触って、体がじわじわと熱くなる。
だけど、このスープはそれだけではない。
香ばしさとコクのある甘さが同居していて、ハーブの香りと言うのか、少し植物の青さが感じられる味がして、カレー……というよりは、熱い国に在りそうな、葉物のペースト的な……。とにかく、独特だが悪い味ではない。
俺は今までこういう味を体験した事が無かったので、美味いかどうかハッキリ判断しかねたが、なかなかイケるぞ。
ブラックもわりと気に入ったみたいで、あまり好きじゃないらしい雑穀パンも順調に減っている。どうやら吐き気なんかは治まったみたいだな。いや、もしかしたら、このスープも整腸作用とかそういうのがあるのかなあ。
……レシピを聞いたら教えてくれないだろうか。またブラックが船酔いした時とかに、今度はオレが作ってやりたいんだが……こういうのは秘伝のレシピかなあ。
それにしても、香辛料入ってる感じなのに、クロウはあんまり気にしないな。
こういうのもやっぱり武人としての訓練で平気になるんだろうか。それとも、このスープに関しては獣人も平気で食べられるのかな。
ナルラトさんが平気でこのスープを作ってたくらいだし、この世界の獣人って案外刺激物もへっちゃらだったりするのかな……。
色々考えつつ食事を続けていると、外に出ていたナルラトさんが戻ってきた。
「よしよし、ちゃんと食ってるな。どいつが船酔いかは知らんが、兄さんがたも顔色が良くなってきたじゃねーか。そっちの獣人族の兄さんは……よく喰えたな、それ。アンタ熊族だろ」
えっ、やっぱり熊族ってこういうのダメだったの。
真偽はいかがかとクロウを見やると、相手は無表情なまま目を瞬かせた。
「…………オレは訓練しているからな。だが、甘いにこしたことはない」
あ、やっぱり辛いのよりは甘いのが好きなのか……蜂蜜大好きだもんな……。
とすると、平然と食べていたのは、もしかしてやせ我慢だったのだろうか。
やだ、ちょっと可愛い。
「うーむ、やっぱり“ジャイアント”は一味違いますねえ。俺の故郷じゃあ、薬扱いのスープだったんですけどねえ~」
「えっ、ナルラトさんそんな物を……」
「まあ治ったらそれで良いっすわ。んで、上官に伝えたんですけど……」
あ、そうだ。その事を忘れかけていた。
結果はどうだったのかと彼を見やると、ナルラトさんはネズミの耳を少し動かして呆れたように風と溜息を吐いて見せる。
「ありゃダメだな。最初はちょっと気にしたみたいだったが、情報元を聞いた瞬間に『あの三人は信用ならん』だとさ。……ったく! こんな海の上で意地を張ったってどうにもならんのは知っとるはずやとに、本当意固地な奴らたい!」
おお、方言。
もしかしてナルラトさんって、ちょっと感情が高ぶると方言が出るのかな?
しかし、やっぱり信じて貰えなかったか……ナルラトさんに取り次いで貰ったら、なんて思ってたけど、情報元がそもそも信用出来ないならどうしようもないか。
「すまんな、ツカサ……言って来てやると言っておいてこのザマとは……」
「いえ、気にしないで下さい。しかしそうなると……もう、自分達で周囲を警戒するしか無いのかな……。三時間程度だし、出来ない訳じゃなさそうだけど……」
でも言い出したのは俺だし、気になるならちゃんと最後まで見続けなければ。
まあ、俺ってば実質何十キロも旅しちゃってる冒険者だし? タフだし?
見張りの仕事もここで本領発揮して見るってのも良いんじゃないかな。
いつもはブラック達が無理矢理に夜の番をやっちゃうから、俺は夜通しの見張りもした事が無かったんだけど、これが良い機会じゃないか。
ブラックと二人で旅してた時にちょこっとだけやったあの時を思い出せ俺。
今からは生っちょろいことは言ってられないんだからな!
……しかし、俺の決意とは裏腹にブラックは全然納得が行っていないようで。
「えぇー!? ずっと甲板の上に居るのぉ!?」
「ブラック……。いやまあ、つまんないだろうけどさ、それなら部屋に戻って寝てても良いんだぞ? お前やっと船酔いが治まった所なんだし」
「それもやだよ! ツカサ君一人にしたら何が起こるか解らないじゃないか!」
「オレが付いて行くから心配いらんぞ」
「お前が付いて行くから一層心配なんだよクソ熊!!」
こらこらお前クロウに何て事を言うんだ。
だったら一緒に居るか、などと言おうとした。と、同時。
「うわあッ!?」
「うおおぉ!?」
大きく船が傾いて、目の前の空になった皿が大きく動く。
咄嗟にそれぞれ皿をキャッチしながら机にしがみ付いた俺達の耳に、ぎぎぎと船が大きく軋むような音が聞こえた。
「なっ、何が起こったんだ!?」
「これは……」
クロウとナルラトさんが耳を動かして状況を把握しようとしている。
徐々に船が均衡を取り戻すのに立ち上がりながら、周囲に視線を走らせた。
何を聞きとっているのだろうか。ブラックと一緒に二人を交互に見ていると、不意にクロウが低い声で呟いた。
「……悲鳴も怒号も聞こえないな、モンスターではないのか」
「機関部も無事みたいだ。……ってことは、岩礁にでもぶつかった……なら、もっと騒いでるか……一体どういうことッスかねえ」
機関部って、マグナが調整しているエンジンの所だよな。
そこは無事で、悲鳴も何も聞こえてこないって言うなら……ホントに謎だぞ。一体何が起こったと言うんだろう。
「とにかく甲板に出よう。このまま中に閉じ込められたら、たまったもんじゃない」
「う、うん……」
「あっ、俺も行きますわ。仕込みも終わりましたし」
言い方はアレだが、言わんとする所は分かる。
というか、何か非常事態が起こってたら手伝った方が良いもんな。
そうとなったら言うが早いか、俺達は四人で甲板へと飛び出した。すると、甲板は悲鳴こそ上がっていない物の、兵士達がドタバタと走り回っていて。
「一体どうしたんだろ……」
「周囲に敵の気配は無いな」
「うーん、何か確認してるみたいではあるけど」
クロウが耳で探って、ブラックが目でざっと周囲を見渡す。
それに、ナルラトさんが「ふむ」と声を出して腕を組んだ。
「もしかしたら、さっきの話が関係してるかもしれませんよ。俺聞いてきますわ」
そう言って、彼は一番近くにいる兵士に駆け寄って行った。
ナルラトさんなら兵士達も話してくれるよな。期待しながら兵士と話しこんでいる姿を見ていると、数分もしない内にナルラトさんは戻ってきた。
「どうも岩礁に当たったとかそう言うんじゃないみたいッスね」
「……? どういうことだ」
問うクロウに、ナルラトさんは弱り顔で頭を掻いた。
「それが……船体が急に後ろに引っ張られた感じがしたっつぅんですよねえ」
「え……」
それってもしかして……俺が見た“白い何か”と関係あるんじゃ……。
思わずナルラトさんを見上げると、相手もゆっくりと頷いた。
「無いとは言えないだろうな。どっちにしろ、ここで一旦止まって船体に傷が無いかどうか調べなきゃいかんだろうし……気にするようにはなるんじゃないかね」
「じゃあ僕達がずっと甲板に居なくていいよね~、ね~ツカサ君!」
「ム、じゃあ休んでいるか」
「お前らなあ! 手伝うって気持ちはねーのかよ!」
まったく、このオッサン達は協調性の欠片も無いんだから!
何で俺が逆にこんな事を言わなきゃならんのだと怒ろうとした瞬間。
俺の耳に、ざざざと耳がパンクするくらいの波立ったような轟音が聞こえて、再び船が大きく揺らいだ。思わず腰を落として床にしがみ付きながら、音が聞こえた方を振り返り――――俺は、息を呑んだ。
空が、暗い。太陽に雲が掛かってしまったのか。いや、そうではない。
俺達は、なにものかの影の中に入ってしまっているのだ。
その……なにものか、は……。
「ウソだろ……」
白く巨大で……長い腕を伸ばす、見た事のある、モンスター。
もう二度と会いたくないと思っていた存在が、そこに居た。
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