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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編
6.束の間のティータイム
しおりを挟むやっぱり厨房は銀ピカで、汚れ一つない。
普通の船はこういう感じが普通なんだろうか。それとも、この船には綺麗好きなコックさんが多いとかそう言う感じなのか。
どちらにせよ、どこかに触れるのが憚られて、俺は周囲に触れないようにナルラトさんがいる方へと歩いて行く。
ナルラトさんはカウンターから離れた少し奥まった所で、なにやら戸棚をゴソゴソと漁っているようだった。
「えーと…………おっ、あったあった。これだ」
何かを見つけたのか、ナルラトさんの腕が止まる。
しかしそのまま腕を引く事は無く、彼は俺の方を向いた。
「で、その船酔いしてる奴ってのは甘い物は平気か?」
「あっ、いや、どっちかって言うとあんまり食べない方です」
「じゃあコッチのが良いな」
そう言いつつ戸棚から取り出したのは、リンゴぐらいの大きさのビン。コルクで封をされたビンを開けると、そこからは独特のスウッとする香りが漂ってきた。
うーん、嗅ぐだけで鼻の中が通る感じのこの香りは……。
「えーと……ミント……ハッカ……ですか?」
「おう、よく判るな。これは青藍薄荷っつう奴で……一般的な薄荷だ」
ナルラトさんが、ビンに入っていた物を油紙っぽい紙の上に出してくれる。
外に出されたソレからは仄かに薄荷の香りが漂って来たが、出て来た物の見た目は俺が知っている薄荷とはちょっと違う感じの物だった。
セイランハッカと言われる物は乾燥させた上で保存されていたらしく、ちりちりと丸まっていて高級なお茶っ葉のようだ。
だけど、その色は緑でも深緑でもなく……少し紫が混ざった青色だった。
これがこの世界のハッカなのか……。
「ちょっと噛んで見るか?」
「あっ、す、すんません俺ハッカ苦手で……」
「はは、大丈夫だって。まあ噛んでみいや」
若干方言っぽさを感じる言葉遣いでそう言われて、俺は小さな欠片を恐る恐る口に含んで噛んで見る。すると。
「ん……! あれっ……なんか……」
「大丈夫だろ」
「は、はい。スッとするけど柔らかい刺激だし、甘みが有るから平気です」
この味、どっかで……と思ったけど、アレだ。
焼き肉屋で渡してくれる、ちょっとミント感が弱くて俺でも噛めるガムだ!
なるほど、こんな感じだったら俺でも頬張れるぞ。
清涼感があってスーッとするけど、鼻にツンと来るほど酷いってワケじゃないし、なにより果物のような甘みが嬉しい。徐々に効いてくるタイプのメントールみたいな感じだが、これをどうするんだろう。
「うむ。じゃあ、そこのポットとカップを取ってくれ」
「あ、はい」
かまどに嵌め込まれていた大鍋の一つを開けながら言うナルラトさんに従い、俺は食器棚の中に入っていたティーポットを取り出す。
戦艦に似つかわしくない可愛らしいポットだが、コレを使うって事は……お茶でも淹れるのかな。そんな俺の予想通りに、ナルラトさんはポットに茶漉しを装着して、軽く一つまみ青藍薄荷を入れた。そこに、熱湯を注いで蓋をしっかり閉じる。
そうして二三分置いて、ナルラトさんは茶漉しを取り出した。
これは……いわゆるミントティーって奴だろうか?
でも、どうしてコレを作ってくれたんだろう。
不思議だなあと思う俺に、ナルラトさんは答えてくれた。
「薄荷茶は、船酔いしてる奴に効くんだ。……と言っても、胃が気持ち悪かったり、頭が痛いとか気持ち悪いってのに効くだけだが……それでも何もしないよりずいぶん楽になるんだぜ」
「へぇ……! じゃあ、これを飲ませたら少しは良くなりますね!」
「マシって程度だろうがな。とりあえず、コレ飲ませて吐かなかったら次に冷たい物を飲ませてやんな。吐きたいっつうんなら、吐かせるのも大事だぞ」
「それ、胃が荒れません……?」
「喉にずっと詰まって苦しむよりマシだろ」
まあそりゃそうなんですが……うーん、まあでも色々知ってる人の言う事に従う方が良いか。うだうだ悩んでいても仕方がないしな。
それに、悩んでいる間に折角作って貰った薄荷茶が冷めてしまう。
水とバケツと一緒に早く持って行ってやろう。
「これ、頂いて良いですか?」
「お前のために作ったんだから、持ってってダメなワケなかろうもんさ。遠慮せず持ってけよ。ソレで駄目なようだったら、もっぺん来い。荒療治を教えてやる」
さあ行け、と、水が入った水筒とバケツを一緒に持たせてくれるナルラトさん。
あまりの至れり尽くせり具合に思わず感動してしまったが、こんなに色々良くして貰って良いんだろうか。さっきの事もまだちゃんと話せてないのに……。
「あの、あの、ありがとうございます」
「いーから。……ま、上手く行ったら、後で俺んトコに来てくれや」
話す事が有るからよ、と言われて、俺は深く頭を下げ食堂を後にした。
今はとにかくブラックを楽にしてやらなきゃな。
「よし、これで何とかなるかも……」
バケツに水筒とタオルとカップを入れて、大事にティーポットを抱える。
零さないように慎重にしつつも、俺は出来るだけ足を速めて甲板へと向かった。
数分の事とはいえ、ブラックは今にも吐きそうになっているかも知れない。揺れは緩いままだけど、これでもキツい人はいるもんな。
急いで階段を上がり再び甲板へと出ると、日差しが目を焼いてきた。
やっぱり船の中の明るさと外の明るさは違う。目を慣らしながら、俺はマストの柱に背中をくっつけて体育座りで突っ伏しているブラックへ駆け寄った。
「ブラック、戻って来たよ」
デカい声で呼びかけると頭に響くかもしれない。なので、抑えた声音でブラックに話しかけて傍に近付く。するとブラックは膝に顔を埋めたままで呻いた。
良かった、まだ吐き気を催してはいないらしい。
「バケツ持って来たけど、吐く?」
そう言うと否定するように呻く。頭を振る事すら気持ち悪くて無理なんだろうなぁ……。それを考えると気の毒で仕方ないが、ここは少し頑張って貰わねば。
「じゃあ、飲み物は飲めるか? 温かい薄荷茶を作って貰って来たんだ。飲んだら、少しは気分が良くなるかもって」
「う゛ううぅ……」
ブラックは、ゆっくりと顔を上げる。
やっぱり青白くやつれていて、額に手を当てると冷たい。
体が冷えてるのもあまり良くないらしいし、お茶で少しは落ち着いてくれると良いんだけど……この状態でお茶、飲めるかな。
「ほら、飲める?」
カップにお茶を注いで近付けてやる。
ブラックは虚ろな菫色の瞳で暫くあらぬ場所を見つめていたが、やがて潮風に乗って己の鼻孔に入って来たお茶の香りに「すひっ」と鼻を鳴らした。
「のう゛ぅ」
飲む、と言いたいのかな。言語になってないぞ。重傷だぞ。
大丈夫かなと思いつつも、ゆっくり体を起こすブラックを見守りカップを手渡す。
数秒躊躇っていたブラックだったが、手が温かくなる感覚に何か良い感触を覚えたのか、恐る恐ると言った様子で上唇を伸ばしてずぞぞと啜った。
ちょっとずつ、カップの中の温かい薄荷茶を飲んでいくブラック。
いつ我慢出来なくなるかとバケツをもって待機していた俺だったが……意外な事に、ブラックはお茶を飲み干してしまった。
「おかわり、いる?」
問いかけると、ブラックは頷いてカップを差し出す。
体温が自分の発熱とは異なるもので温められたのが利いたのか、少しだけ体が楽になったらしい。とはいえまだ気分が悪いのは継続しているだろう。
カップにお茶を注いでやると、ブラックは一度ずつ口に茶を含み、うがいをするかのように飲みこむたびに空を見上げるように顎を上げる。
恐らく、スースーする感覚をより喉や鼻に伝える為に、上顎にぶつけるようにして呑み込んでいるのだろう。実際、熱がある時や温まりたい時はそうする事も有る。
時間をかけてポットの中のお茶をカラにする頃には、ブラックもだいぶ落ち着いたようだった。顔も、ほんのり青さが抜けて来たぞ。
その調子だと水を渡すと、ブラックはゆっくりと口に含みながら呑み込んだ。
「……どう?」
「…………ん゛……ちょっとは楽……みたい」
良かった、喋れるくらいには回復したようだ。
本当はもっと良くしてやりたいが、俺にはどうすればいいのか解らないからなあ。
いざとなったらナルラトさんに聞きに行かなきゃ。
「ふう……まだ気分悪いけど、さっきよりは良いよ……ツカサ君、ありがとう」
「礼を言われるほどじゃないよ。お茶だって、厨房の人に作って貰ったんだし。後でお礼を言いに行こうな」
「えぇ~……お礼ぃ?」
ロコツに嫌そうな顔をするブラックに、俺はびしっと指をさす。
「こらこら、その人は俺達の恩人の弟さんなんだからな」
「おとこなの」
「だーもーっ! 普通のお兄さんだから気にすんな!!」
ったくコイツは俺が男と話すと一々疑いやがって!
大体、俺に変な事を仕掛けて来るのはアンタやクロウみたいな嗜好の持ち主だけで、普通の人は俺と普通に接してくれるんだってば!
なのに、なんでこうも攻撃的なんだろう……。
でも、そうやって考える余裕が出て来たんだから、もう平気だよな。
だったら、次にやる事は一つだ。
「なあブラック、まだキツかったらそこに居て良いんだけど……俺、ちょっと兵士の人に話をしてきて良いか?」
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大きくてゴツゴツしてて、掌も皮が厚くて硬い、大人の手。
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