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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編
1.思わぬ再会
しおりを挟むかつて海は、神の領域と言われていた。
その裾野に人を受け入れながらも、見果てぬほどの広さと未だ底知れぬ深さによって陸に暮らす者を拒み、決して受け入れる事は無い。
例え自由に泳ぎ回れたとしても、その深淵を知るには程遠く、長い間その不可解な流れに揺蕩う事すらも出来ない。長く居続ける事すら、海は許さないのだ。
そのうえ、昔から海は異形の巣窟と言われている。
人々は海に目を向けた時から、いつ水底から襲うかも判らない脅威に怯えながら、己の体のように脆弱な木の箱舟に身を任せて海を渡っていたのである。
――――しかし、いつの頃からか海にまだ見ぬ世界を求める者がいた。
陸を分断し取り囲む海を、牢獄のようだと考え抗おうとした破天荒。大陸を回り、未だ見ぬ他の陸地を夢見た夢想家、大陸が小さいと嘆く剛の者に、純粋に海への憧れと探究心を抑えきれずに舟をこぎ出した冒険者。
今は名も無き者達が、未だ繋がりのなかった各大陸の者達が、神の領域を侵す事を恐れず、一斉にこの大海を攻略しようと海路を開いたのである。
やがてその情熱は新大陸の発見と共に航路を繋ぎ、新たな大陸と種族を人々は目の当たりにする事になる。それが俗にいう“大陸の夜明け”であった。
……だが、異なる種族がかち合った時、それが良い方向に転ぶとは限らない。
当然のことながら文化の違いによる争いは頻繁に巻き起こり、その度に人々は己の国の文化を持って船を“より戦に向く船”として改造し、武装し始めた。
それが、ベランデルン公国の暦ではつい二百年ほど前の事。
ゆるりと時が流れて、それでもまだ人々は木造の帆船から脱却できず、戦船もまた進化の流れは緩やかだろうと思われていたのだが……ある一国だけは違った。
それが、今はもう事実上の亡国となったプレイン共和国である。
大陸で唯一技術大国として名を馳せていたプレインは、千人をゆうに超えるほどの“金の曜術師”を召し抱え、一国の政府のもとで様々な技術開発を行っていた。
例えば、冷蔵機能を持った水筒や、湯沸しの機械。最も普及しているのは、火力の調節が出来るかまどだろうか。とにかく、プレインは日々、曜術で動く魔法の道具――曜具を研究し、各国へと輸出していた。
そんな国であれば、当然国を守るための武力にも技術が及ぶ。
その最たる例が――――
「あの……戦艦、ですか……」
シアンさんの説明を聞いても、俺はポカンと開けた口を締める事が出来ない。
しかし、そんな俺のマヌケ面も見ないふりをして、シアンさんは頷いた。
「そう。あれがプレインの誇る【海上機兵団】という海の騎士団が所有する戦船……曜力艦・アフェランドラよ」
「なっ……」
なに……それ……なにその名前……。
か……か…………
格好いい……!!
「ツカサ君、目が変だよツカサ君」
「キラキラしている」
何その格好いい名前!
そう言われてみればあの巨大な船は側面に幾つもの砲門が造られており、威圧するように閉じた真四角の切れ目を主張している。
どうも、船首の下や船尾にもなにか大砲のような物が有るらしい。
それに、良く見えないけど甲板あたりにも見慣れない設備があるっぽいし……ああっ、なんて好奇心をくすぐる戦艦なんだ!
どうしてこう戦う乗り物って格好いいんだろう……!!
ファンタジーな馬車や竜も大好きだけど、やっぱり武装した船や飛行機、車とかは男としてはロマン中のロマンって奴だろう。こんな金属で作られた厳つく光る戦艦が大海原に浮かんでいるのも滾るが、なによりあの砲門から一斉に砲弾が放たれたとしたら、どれほどの迫力だろうか。
絶対に船も海も揺れまくるぞ!!
巨大な戦力を自分の指揮一つで動かし敵を殲滅する……くぅううたまんねぇ!
あーもーあの戦艦の材質ってなんなんだろう、武器はあれだけなんだろうか、このファンタジーな世界だったら絶対に魔法要素あるよな!?
だとしたら兵装だって絶対普通に大砲だけじゃないだろうし、対空砲は無くても、何かそれに代わる魔法的なモノがあったりして……ううん考えきれないっ!
近付きたいっ、近付きたいけどあの船はプレインのだし兵団の物だから、一般人は絶対に近付けないだろうし……ああでも見たいっ、中が見たいよおお!
「ツカサ君、ツカサくーん。お~~い?」
「ダメだ。ツカサはまた遠い世界に行ってるぞ」
あっ、目の前で何かブンブンしてる。邪魔だぞクソッ。
もっとあの戦艦を見せろと目の前のデカい何かを振り払おうとするが、手をガシッと何かに掴まれてしまった。
「おいっ、なにすんだ!」
せっかく今滾りに滾りまくってたのに……と、手を引かれた方向をみやると……すっごく不機嫌な顔をしている、オッサン二人が……。
「…………えーと、な、なに?」
何だか不穏な空気を感じてちょっと明るい声を向けるが、二人の顔は変わらない。
赤い髪を陽の光にキラキラ輝かせているのに、ぶすくれた顔をして無精髭を強調させている美形が勿体ないオッサン。それと、熊の耳を不機嫌そうにちょっと斜めにしながら、無表情だがほんの少しだけ口を尖らせて拗ねているオッサン。
……どっちも顔は美形なだけに、本当に残念だ……色々と……。
「なに? じゃないよツカサ君。僕達のこと放っておいてお船にキャーキャーしてさぁ! もうっ、ツカサ君の馬鹿っ可愛いっセックスしたい!」
「死んで下さい」
「エネさん直球の言葉は勘弁して!!」
そうだ、そうだった、ここにはエネさんとシアンさんが居るんだ。
俺達は今、ランティナの船着き場でシアンさんと話をしようとしていて……それで、シアンさんが少し離れた海上で停泊しているあの戦艦を見せてくれたんだっけ。
そう、あの戦艦……あの格好いい“ようりょくかん”って奴を……!
……いや、あの、興奮してる場合じゃないな。
えーと、何の話だっけ。あとブラック、さらっと俺に抱き着くのやめて。
「え、えっと、それでその……あのよーりょくかん……」
「曜力……つまり、曜気の力を用いた大型船って事ね。便宜上の名前だから、そこはあまり気にしなくて大丈夫よ。それで……話を戻すけど、貴方達には今からあの船にのって、最前線に発ってほしいの。今は何故か“謎の影”の侵攻も止まっているけれど……いつまたやってくるか分からないから……」
「なるほど、一番強い僕達にどうにかして欲しいって訳だね」
実に簡単な要望だ、と俺の上で頭をうんうんと頷かせるブラック。
確かに単純明快だし、ブラックとクロウの強さは折り紙つきだし……俺も、黒曜の使者の力で何か出来る事が有るかも知れないけど……でも、だからって最前線に出て大丈夫なのかな。そもそも対処法が解らないんだから、再び船を出すのも凄く危険な事なんじゃ……。
でも、シアンさんが俺達しかいないって思ってくれてるなら、行かずにはおられん訳で……うーむ、大丈夫なのかなあ。
そんな事を考えていると、クロウも懸念があったのか小さく手を上げた。
「だが、プレイン共和国の船にのっても平気なのか。プレインの兵士達からすれば、オレ達は憎き敵に思えても仕方がないと思うのだが」
あっ、それもそうだよな。
間接的に……と俺は思っているが、それでも国を破滅させた一因は俺達にも有ったワケだし、それを知っている兵士がいるとしたらかなり問題だ。
中には俺達が船に乗るのを嫌う人もいるだろう。
それに、戦艦ってのはその国の兵力と技術そのものだ。
他国の人間がおいそれと簡単に乗艦出来るような物ではない。
「ああ、それは大丈夫よ。……ほら見て、艀がやってくるわ」
「……?」
はしけってなんぞ。
首を傾げると、俺の肩に顎を乗せて至近距離でブラックが説明してくれた。
「ハシケってのはね、大きな船が港に接岸できない時に使う小さな船だよ。アレで人や荷物を陸に運んだり、逆に船に積み込んだりするんだ。ランティナの港は他の帆船とかが犇めいてる場所だからね。あのデカい船は停泊出来なかったんだ」
まあ、深さ的にはあの戦艦も充分接岸できそうなんだけどね、とブラックは言う。
うーむ……やっぱし物知りだなあ……。
深さとか俺には全く判らない事だったけど、でっかい船が接岸するのにも色々条件が必要なんだな。
でも、ならばアフェランドラから出された艀に乗って来たのは何なんだろう。
シアンさんが何だか意味深に微笑んでいるが、俺には見通せない。
ちょっともどかしく思いつつも艀が近付いて来るのを見つめていると――――その船の上で、キラッと白く光る何かが見えた。
あれは……頭?
白……いや、光るんだから銀髪だろうか。
誰か乗って来たのかなと思いつつ見ていると、その銀髪の誰かが立ち上がって、俺達の方に大きく手を振り出した。
…………あれ。なんかあの背の高い姿、見覚えがあるぞ。
まさか、あれって……。
「えっ……あれっ……あれ!?」
「おおいツカサ! 久しぶりだなー!」
いつもと少し違って、はずんだ大きな声を出しながら手を振る、銀の髪の男。
近付いて来てハッキリと見えた赤い瞳とその顔に、俺は目を見開いた。
「マグナ!!」
そう、あれは……マグナ。
この世界で出来た、俺の初めての友達だ!!
「ツカサー!」
「おおーいマグナー!!」
思わず手を振ると、相手も力一杯振り返してくれる。それが嬉しくて堪らない。
お前、来てたのか。どうしたんだいったい。ああ、喋りたい事がいっぱいある。
元気でやってたのか。もしかして機関士とかそういう仕事をしてるのか。
嬉しくて、喋りたい事が一気に溢れて来て、思わず身を乗り出してしまう。
そんな俺をブラックは更に抱え上げて、何故か波止場から後退る。
「またあの道具バカ坊主が……っ」
「あらブラック、貴方マグナさんと仲悪かったの? 困ったわねえ……」
「シアン様、この男はだいたいの男が嫌いです」
あらあらと言わんばかりに頬に手を当てるシアンさんに、またブラックが怒りそうな事を言うエネさん。ああ、なんでこう辛辣なのか……。
「それで、何故彼がここに」
唯一冷静なクロウが問いかけると、シアンさんは「そうだったわね」と手を叩く。
「詳しい話は彼が到着してからにしましょう。ツカサ君も積もる話はあると思うけれど、それは後にしましょうね」
なにせ、これからゆっくり語り合えるのだから。
そう言うシアンさんに、俺は少し胸がどきりと高鳴ってしまう。
それってもしかして、しばらくはマグナと一緒に居られるって事だろうか?
だったら嬉しいんだけどな……。
→
※新章は、久しぶりにマグナとのパーティー
ロクショウはツカサの中では相棒なので友達とは少し違うみたいです
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