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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
袖振り合うも多生の縁2
しおりを挟む何が何だかよく判らないが、とにかく言われたままに付いて行く。
背後でギャーギャーと何か聞こえた気がするが、今はそんな場合ではない。
スキンヘッドお兄さんに乞われるがまま人だかりへ入ろうとすると、その中の一人が俺に気付いたのか、周囲の人達に怒声を浴びせかけた。
「おうテメェらどきやがれい! 子猫ちゃん様を早く船長ン所に連れてくんだよォ!」
そう言いながら周囲の屈強な男達を脇へ避けさせるのは、なんだか見た事が有るような感じの、ガラが悪い海賊の手下っぽい人達だった。
うーん、あのバンダナのオッサンも、鷲っ鼻の兄ちゃんも見た事あるんだけどな。
どこで見たのかな、思い出せないなぁ。思い出したくないのかもなあ。
「さっ姐さん、こっちです」
「あの、頼むから女偏の付く名称で俺を呼ばないで」
慣れたはずだが、やっぱり衆人環視の中で嫁とか姐とか呼ばれるの嫌だ……。
そういう事を言うのはせめてオッサン達だけにしてくれと心の中で嘆きながら、俺は人だかりの間に出来た道を、人相の悪い屈強な男達に守られながら進んだ。
背後にブラック達の気配がしないが、まあ、アレだ。シアンさんがなんとか穏便に連れて来てくれてるだろう。今はとにかくガーランドだ。
でも、殺しても死ななそうなおバカのガーランドが、どうしたんだろう。
「な、なあ、ガーランドはどうしたんだ?」
隣にいるスキンヘッドお兄さんに聞くと、相手は弱ったようなしょげたような表情に顔を歪めて、泣きそうな声で答える。
「そ、それが……ガーランドの兄貴も他の奴らと同じように、正体不明のモンスターを排除するために出陣したんですが……他の奴らにゃ手は出させねぇって先頭切って飛び込んだもんだから……凄い数のモンスターに襲われて……ッ!」
「え……」
「くうっ……! おっ、お頭は、立派に立ち直るんだって言って酒も陸じゃァ飲まずにヒンコーホーセーってのを貫いてたのにっ!!」
「船長はっ、船長は、子猫ちゃん様に見合う男になるんだと言って、苦手なセダ爺の長話まで聞いて立派な海の男ってェ奴になろうとしてたんですゥ!! なのにっ、アッ、ア゛ァーッ!! 一人で突っ込んだもんだから集中砲火喰らってア゛ーッ!!」
何かもう色々とっちらかってるしツッコミを入れたい部分が多過ぎるが、とにかくガーランドは心を入れ替えて海賊ギルドで頑張っていたんだな。
そんで、今回は先陣を切って皆を守ろうとしたら、心が先走ってついつい独断先行してしまい、黒い人影のようなスライムのような謎の物体に群がられて真っ先に昏睡状態に陥ってしまった……と……。
……更生しようと頑張ってたのは偉いが、その……う、うーむ、深くは言うまい。
とにかく、ガーランドがピンチって事だよな。
先陣切って、という事は、たぶん最初に攻撃を受けたんだろうし、だったら本当に危険かも。どう考えても長い間の昏睡状態ってのはヤバいよな。そりゃガーランドの子分達もこんだけ取り乱すわ。
ドンビキしたり憤ったりと言う気持ちは有ったが、ガーランドが善人に成ろうとして行った結果の事だと言うのなら、俺は笑えない。
俺の中ではまともな小悪党とかいうちょっと残念な評価だったが、良かれ悪しかれ人の為に素性も知れない相手を斃そうと突っ込んだのは凄いと思う。
正体不明の物に対峙するのは、誰だって怖かろう。
だが、その恐れを吹き飛ばすためにガーランドは敢えて飛び込んだのだ。
それが愚かな事だったとしても、誰も責められないだろう。だって、ガーランドが飛び込んでくれたお蔭で相手の動向や性質が解ったんだから。
……だったら、俺に出来る事が有れば早くやってやらなければ。
海賊子分のおっさん達に囲まれて、俺は倉庫に入る。
すると、入った瞬間に倉庫の高い壁にまで届くような沢山の声の洪水がわっと耳に入り込んできた。
「――――っ!」
「姐さんこっちです!」
スキンヘッドお兄さんに手を引かれて、入口から奥へ真っ直ぐ通る通路を歩く。
だけどその通路は、左右に壁や荷物が積まれているワケじゃない。ベッドや厚布が敷かれただけの寝床が有って、数えきれない人達が寝て出来た通路だった。
きっと元々は、俺の世界みたいに仕切りのないとても広い倉庫だったんだろう。
だけど今は野戦病院みたいに野ざらしの机が並び、忙しなく人が行き交っている。
薬を調合する人がいたり、それを飲ませたり看病する人がいたり……その中で、眠っている人達に寄り添って泣いたり祈ったりしている、人達も居て。
正直……こんな事になってるなんて、思わなかった。
「みんな、乗組員でやす。俺達の船だけじゃなくて、ベリファントの爺様や、同乗していた冒険者とか漁師連中とか……とにかく、海に出て戦おうとした奴らのほとんどが、こうなっちまってんです」
「あのギルド長のリリーネ姉さんの船も、船員を取られちまったんスよ」
「えっ……」
思わず絶句すると、俺の周囲を固めていた悪人面の海賊達は慌てて手を振る。
「あっ、で、でも、ギルド長は無事でヤスよ!?」
「そうそう、要を失っちゃあどうにもなんねえからな。二人のギルド長は今、対策を練る為にカンヅメなんスわ。……さ、俺達の船長はこっちです」
そ、そっか、良かった……あの二人までとなると、いよいよピンチだからな……。
リリーネさんはこの強面の連中を統率できるほど強い美少女さんだし、俺が師匠と呼ぶファランさんも、気弱なアルアル口調のエセ中華青年だけど実は凄い剣豪なんだ。そんな二人まで倒れていたとしたら……ああ、考えたくも無い。
でも、その時はいつ来るかも判らないんだ。
とにかく、俺がこの昏睡状態を解除できるのかどうか、やってみなければ。
悪人面の海賊子分達に連れられて倉庫の奥の方にやってくると、そこには病院のように天幕が張ってあった。どういう事かと思っていたが、海賊子分集団が言うには「一番最初に特攻して、そのうえ多数の影に取り憑かれていたので、何か特別な事が起こるかも知れない」とのことで隔離してあるのだそうだ。
今のところその兆候は無いし、ガーランドも大人しく昏睡状態になっているらしいのだが……なんにせよ、早く状態を確認しないとな。
俺は子分たちに天幕を開けて貰いその中に入った。
「ガーランド?」
呼びかけながら真正面を見ると、土嚢を敷き詰めて作ったベッドに屈強な体の大柄な男が静かに眠っている。近付いてみると、顎のがっしりとした美丈夫が目を閉じて昏々と眠りについていた。……やっぱり、目覚めてないんだ。
「どうっすかね、姐さん……」
「うん……生気はない……な……」
日に焼けた健康的な肌をしてるのに、顔は驚くほどに白い。穏やかな顔で寝ているけど、その状態が普通ではない事は俺にだって解る。額に手を当ててみたが、体温は驚くほど低かった。
ガーランド……あの時は気付かなかったけど、藁色の少しくすんだ金髪なんだな。
今更ながらに相手の容姿を見て、俺よりも美形だなと落ちこまないでも無かったが、そんな場合ではない。とにかく俺はガーランドの体を調べるべく、まずは大地の気を見てみる事にした。
黒曜の使者である俺は、見ようと思って意識を集中させれば気の色が見える。
だが、その体には全く光が見えなかった。
念の為に俺の背後で心配そうにしている子分達も見てみたけど、彼らの体の周りには、金色の光がオーラのように薄らとまとわりついているのが見える。
じゃあ、あの状態が普通の状態なんだよな。
……と言う事は……ガーランドの状態はとても酷いってことで……。
「お、おねげえします、船長を治してやってくだせェ」
「頼みます姐さん、後生ですから!」
「う……で、出来るかどうかは分かんないけど……とにかく、やってみるよ」
そうまで期待されたら緊張してしまうが、今更ムリですとは言えない。
とにかく……こうなった原因を探らなくちゃ。
でも、大地の気を纏えないってどういう事なんだろう。普通はそんな事は無いってブラックも言ってたし……だとすると、絶対に原因があるんだよな。
じゃあ、まずは目に見える病気があるのかどうかを【アクア・レクス】で探ってみよう。気持ち悪くなるけど、今は仕方ない。少しくらいなら耐えられるだろう。
「この者に巡りし力を、我が目に示せ――――【アクア・レクス】……!」
ガーランドの体に両掌を押し当てて、そう詠唱した、瞬間。
視界が大きくぶれて一気に“別の視点”が現れた。
「――――ッ……!」
この感覚は、何時まで経っても慣れない。
自分が今見ている光景と、真っ暗な画面に青い光の線が走る回路図が描かれていく光景。ガーランドの体に範囲を絞ったけど、それでも人の中の水路は膨大だ。
その水路が描かれていくたびに、頭痛が酷くなるような、船酔いをした時のような吐き気が湧き上がって来て、思わず膝を付く。
「あっ、姐さん!」
「うわっ、ツカサ君!?」
「ツカサ、どうした」
なんか背後から声が聞こえる。でも、今は振り向けない。
必死に水路を探り、ガーランドの体の中をスキャンしてみたが……やっぱり、肉体的には何の問題もなかった。
「っ、はぁっ……はぁっ……」
「ツカサ君たらもう! 無茶しちゃだめだって……!」
頭が痛くて両手で抑える俺を、ブラックが背後から抱き締めて来る。
それだけで少し痛みが和らぐような気がして、俺は感謝の意味を込め頷いた。
「ツカサ君、どうだった?」
シアンさんもやって来たのか、訊いて来る。
彼女は、俺が何をしたのかを解ってるんだ。話が早くて助かる。
「な……なにも……体内には、問題は……なかった、です……」
「そう……ごめんなさいね、ツカサ君……本当なら私がやるべきだったのに……」
「いえ、こ、こんな大変な事、シアンさんにさせられませんよ……っ」
シアンさんがこんな苦労をしなくて済むなら、俺の吐き気なんて安いもんだ。
どっと溢れ出る汗を額から拭って、俺は深呼吸をした。
……まだヘバっていられない。原因を突き止めなくちゃ……。
「体内に悪い物は何も無かった。ということは……どういうことだ?」
「そうね……。もしかしたらまた、呪いの類かしら……」
「……!」
呪い。呪いって、もしかして……エメロードさんに掛けられたアレか。
だとしたらアクア・レクスで見つけられなかったのも納得が行くが……。
「ツカサ君、あの時の……クロウクルワッハさんを救った時と同じように、もう一度この男の体を視てみてくれないかしら」
「……そ、そっか…わかりました……!」
ブラックに支えられて何とか立ち上がると、俺は再びガーランドを見た。
そうだ。俺は、忘れていた。
あの時も……クロウが黒い靄に覆われていた時も、俺はアクア・レクスを使って「何も見つけられない」と言っていたんだ。
もしガーランド達の症状がクロウの時と同じだとすると……俺は“見方”を間違えていた事になる。最初から「大地の気」ではなく「靄」を視るべきだったのだ。
「よし……っ」
気合を入れて、もう一度ガーランドを見る。
今度は、体の周囲を覆っている何かが無いかと探るように。すると。
「…………! あっ、あった……!!」
そこには。
ガーランドの胸の上には、確かに――――
黒い竜巻のような物が、ガーランドの体から光を奪うように渦を巻いていた。
「ツカサ君、見えたの?」
ブラックの言葉に、俺は頭がぐらぐらしながらも必死に頷く。
ああ、見えた。確かに見えるぞ。
漏斗状の変な竜巻が、ガーランドの胸の上に乗っている。ティッシュの箱を立てた程度の大きさだが、その色はどす黒く、明らかに良くない物だった。そうか、これもやはり呪いなんだな。クロウに掛けられたものと似たようなものだったんだ。
だとしたら、対抗する術は一つしかない。
「シアンさん、黒籠石をあるだけ集めて下さい!」
「そ、それでどうにかなるかもしれないのね?」
「可能性があるってレベルですけど、出来るだけやってみます!」
この黒い竜巻がガーランドから大地の気を奪って昏睡状態にしてるんなら、竜巻を掻き消せば、ガーランドの体内の気も復活して来るはずだ。
俺の推測が正しいかどうかは分からないけど……やってみるしかない。
クロウを救うために必死で創り上げた【アクア・ドロウ】を、もう一度使うんだ。
「ツカサ君……大丈夫……?」
「ツカサ……」
ふらふらしながらもシアンさんに力強く言い放った俺に、ブラックは心配そうな声を出して、抱き締める腕を強めて来る。
クロウも、俺の手を握って「心配だ」とでも言うような目で見つめて来ていた。
二人を困らせているのは申し訳ないけど……でも……真っ正面から心配してくれているんだと思うと、俺の心は余計に奮い立って来る。
ブラック達がそうやって支えてくれるから、俺は今も正気で居られるんだよな。
ガーランドだって……ブラック達みたいに、子分を奮起させる大事な存在なんだ。
絶対に、助けてやるからな。
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