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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
25.例えそれが貴方を苦しめるとしても
しおりを挟む――――モンスターを作り出す機械と、黒籠石。
エネさんから聞いたたった二つの言葉は、それだけで今聞いた話の点と点を繋ぐ。
それほどの凄まじい意味と力を持っていた。
「そう、だ……もし、黒籠石を元にモンスターを作り出せたとしたら……」
口から零すように掠れた声を発した俺に、その場の全員の視線が突き刺さる。
特に、両側からは息を飲む音がはっきりと聞こえてきた。
「だとしたら……犯人はアイツ以外に考えられようも無い……」
「バカな……本当にモンスターを人の手で作り上げただと……?」
さもありなん。この世界の基準に合わせれば驚くべき事だしな。
ブラックもクロウも『モンスターを造る機械』の事は理解していても、それを使用しモンスターを生み出していたのは、途方もない昔……古代とも言えるかもしれない時代の頂上的な存在だと思っていたんだ。
だから、今そんな事が出来るはずがないと無意識に思っていたんだろう。
超古代の遺物は、時々「今の自分達には出来まい」という思いを抱かせる。
特に、原理も何もわからない恐ろしい技術なら、そう思って触れようとは思わないだろう。下手に動かせば危険かも知れないからな。
普通はそう思うからこそ、驚くのだ。出来ないはずの事を実現させられて。
……でも、俺も正直、こうなるなんて思っていなかった。
数々の点が繋がれて線となった今では「アレはそう言うことだったのか」と思えるけど、その時点ではこうなる事なんて予測できないんだ。
そもそも、俺達はその機械が存在する事を知っていても動かす事など出来ないし、中身がどうなっているかを理解する事も恐らく難しかっただろう。
アレは、超古代の遺物……恐らくは、俺と同じ世界から来ただろう【黒曜の使者】が作ったデタラメな機構になっている機械のはずだ。
人の想像した物を精確に辿るのは、最も難しい。
だからこそ、それを読み解ける者が存在するなんて思わず、無意識に「あの機械が取られてしまったのか」と他人事のように思ってしまっていたんだ。
こんな事なら、もっと気を配るべきだった。思い出すべきだったんだ。
そうして早くクロッコの潜伏先を見つけていれば……被害が出ずに済んだのに。
「……ツカサ君、過ぎた事を悔しがっても仕方ないよ」
不意にそう言われて振り向くと、ブラックが俺を見つめていた。
「ブラック……」
「ツカサ君の事だから、どーせ『もっと早く俺達が気付いていれば……』なーんて思ってるんだろうけど……大体、僕らにそんなヒマあったと思う? イスタ火山からずっと神族の浮島に監禁されっぱなしで、その後は落ちて記憶喪失だったんだよ? 絶対そんなヒマ無かったって。ここでの事だって、無駄な事じゃないさ。お蔭で僕は腕も完全に直ったし」
ね、と言いながら、ブラックは未だ出来たての皮膚のような白さを残す左腕を俺に見せる。肘を曲げて見せつける腕は、確かにしっかりとブラックの腕として機能しているようだった。
「ツカサさん、確かにこの塵芥の言う通りです。しかし……ここに隠れていた事は、必ずしも良かったとは言えないと思いますが」
相変わらずブラックと喋る時だけ言葉が刺々しくなるエネさんだけど、ブラックはと言うと、目を細めて勝気な顔をしながら「やれやれ」と言わんばかりに盛大に息を噴き出した。
「は? お前らと一緒に居たらツカサ君に集中して気を貰えないだろうが。今だって熊公が来てツカサ君の愛情が分散してるってのに、その状態じゃ絶対に今よりも治りが遅かったに決まってる。お前らはそうして時間を潰してもいいってのか?」
「ぐ……」
珍しくエネさんが口籠る。
ということは、彼女もそう思ってるって事なんだろうか。
……確かに二人きりじゃなかったら、俺もブラックの為にアレコレしようって思う事も無かったかも。だ、だって、早く治すための方法が、その……やらしかったし。
そうなると、やっぱりブラックを治すのには時間が掛かったよな……。
「ほーら言えないじゃないか! ツカサ君が集中して僕に気を送ってくれないと僕は治らなかったんだから、これは正当なる休暇だっ、治療休みだ!」
「クッ……ツカサさんがこんなクズ外道の婚約者でなければ……」
エネさん何か違う所で悔しがってませんか。
それ確実に「正当な理由じゃ無きゃボコボコにしてるのに」って意味ですよね。
「フハハハ! ……ってな訳だから、ツカサ君は気にしなくて良いんだよ~。責任が有るとしたら、報告してたのに探しきれなかったコイツらが悪いんだから」
おい、語尾にハートマークつけたような声音をだすな。
ああでも、ちょっとホッとしちゃう自分がイヤだ。そりゃ、自分のせいじゃないよって言われたら心が軽くなるんだけど……でも、今までシアンさんは色々な情報を秘密裏に獲得してきたわけだし、それを考えると誰のせいでもないような。
まあ、俺が悪いと言われたらもうハイって言うしかないんだけど……。
「……とにかく、今までの情報から推察すると……今回の事はクロッコの仕業としか考えられないんです」
「魔族に照会はとったのか?」
クロウの問いかけに、エネさんは頷く。
「はい。人族がまだ知らない魔族かと思い連絡を取りましたが、あちらでも確認していない謎の種族と言うことでした。この件に関しては、既に適任者をベランデルンに派遣し調査して貰っています。間もなく詳細が解るかと」
「詳細が解ったら、どうするんですか?」
もしそれで魔族だと判明したら、どうなるんだろう。何か同盟とかがあって無暗に殺したりは出来ないって感じになるのかな。でも、相手はモンスターだし、魔族にとってモンスターってのはどうなるんだろう……?
獣人からすると遠い親戚でも殺すことに抵抗は無いみたいだが、魔族だとまた違う感情があるんじゃないだろうか。その事で「待った」をかけられたら、それはそれでヤバいよな……もう何人も昏睡状態に陥ってるんだし……。
心配になって俺が問いかけると、エネさんは一拍置いて答えた。
「結論がどうであれ斃す事になります。魔族・神族・獣人族を含む全ての人族には、世界協定が取りまとめた不可侵条約が存在し、各種族の政治・宗教・領地等を不当な理由で侵す事は禁止されているのです。ですから、今回の理由なき侵攻が仮に魔族の物であったとしても、こちらが遠慮することは有りません」
「なるほど……。じゃあ、後は敵の情報がハッキリして、どう動くかなんですね」
「はい。そこで是非とも、ツカサさんとクロウクルワッハ様、そしてそこの塵芥にも前線へと出陣して頂きたいのです。……なにより、これがクロッコのやった事であれば、貴方がたにとっても……そうすべき事ではないかと」
「……それは、シアンの言葉か?」
ブラックの少しイラついたような言葉に、エネさんも少し眉根を寄せたが頷いた。
今はもう、争っている暇など無いのだとでも言うように。
「そうでなくとも……最前線の名を聞けば、ツカサさんは居ても立っても居られないと思います」
「え……」
どういう事だ、と目を見張った俺に、エネさんは間髪入れずに続けた。
「謎の群体が目指しているのは、ベランデルン公国最東端の港町――――
貴方達が滞在した港町である【ランティナ】なのですから」
ランティナ。
ランティナって、あの……俺が心の中で師匠と呼んでいる、マンガで良く見かけるような中国人っぽい感じのギルドマスター・ファランさんがいる、あの港町?
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「そっ、そんな!! なんでそこに!?」
思わず、席を立ってしまっていた。
ガタンと大きな音を立てて椅子が倒れるが、気にして居られない。
異様に興奮して息を荒げる俺に、エネさんは少し苦しげに顔を歪めて目を伏せた。
「それもまだ……分かりません。解らない事だらけなのです。ですが、我々にも一つだけ、確信できる事が有ります」
それは、何なんですか。
口に出す事も出来ずに表情だけでエネさんを見る俺に、相手は答えた。
とても真剣で、迷いなど一つも無い顔で。
「謎の存在に倒され昏睡状態に陥った人々を助けられるのは、貴方だけだと」
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