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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
22.酒の席での正気の目ほど怖い物は無い
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「つかしゃくぅ~ん……僕のこともぉ……もっとなれなれしてよぉ~」
「ナレナレって何だ……撫で撫でだろ……」
「つかさぁ……おれはぁ……おれわもっとかまえぅう」
「あーもー解ったからっ、お前ら早くベッドに入れよ!!」
ちょっと心が軽くなって、大体三十分くらい経っただろうか。
心が軽くなった俺とは全く関係なく、オッサン達はぐでんぐでんに酔っぱらって、テーブルに頬をくっつけていた。
だがそれも仕方のない事だ。何故なら、それだけ酒を飲んだんだからな。
久しぶりの酒に気が緩んだのか、それともついつい手が動いてしまうほど美味い酒だったのかは解らないが、とにかく二人は戸棚に並んでいた酒を次々に開けてしまっていた。おかげで、テーブルの上は最早瓶で占領される有様だ。
部屋の中は酒のにおいが充満するし、窓を開けようとすると「寒いぃ」とか言って嫌がるしで、もう俺まで酔ってしまいそうなほどヒドい状況だった。
……まあ、何の憂いも無く酒が飲めるのは良い事だとは思う。お酒が美味しいのも肝臓が元気な証拠だから別に良い。良いんだけどさ。
でも、大柄なオッサン二人を介抱する俺の身にもなって欲しかったなぁ……。
「らえなえしえ~」
「あーっもーっはいはい!」
机に懐きながらとてもオッサンとは思えないワガママを言い出すオッサンに、我慢ならずヤケになって頭をガシガシ掻き回してやる。
どうせ酒を飲んでるんだから強弱なんぞ解るまい。
しかしそんな風にブラックに構ってやったら、今度はクロウがぶーたれるわけで。
「ブりゃっくずるいぞ……つかしゃ……オレもぉ……」
「はいはいはい!」
だーったくこのオッサンども!!
さっきの雰囲気なんだったんだよ、俺の感動返せ!
そりゃこいつらは元々こんなんだけどさ、でも普通ならあの後良い感じで終わって何事も無くベッドインして健全に朝を迎えたりするんじゃないの。俺の知ってる漫画の展開はその後何事も無く気持ちよく朝だぞ、それがなんで酔っぱらってんだ!
お前らは俺より酒が大事なのかと思わず叫びたくなったが、そんなもん好物の前では「そうだよ」としか言われないので騒ぐことも出来ない。
ああそうだな、そうだよな。俺だってそういう好物は沢山あるからな。
でもさ、大人ってもうちょっとこう……こう……っ!
「あへへぇ、つあしゃくんもっろ~」
「ぐぅう……ぐぅうん」
「あーもー……本当頼むからもう寝ろよぉ……」
テーブルの上に何本酒瓶が転がってると思ってるんだ。もう寝てもおかしくない量だってのに。酒豪だとまだまだイケるのか?
くそう、ブラック達が「飲むな」と言わなかったら、俺だってこのくらい……。
「はへ~……」
「グゥ……」
「…………」
でも……こんだけグデグデになってるなら……俺だって、ちょっとくらい飲んでもバレないんじゃないのかな。
ずーっと酒を飲むなって言われてたけど、せっかくの異世界だし、この世界では俺だって成人してる扱いなんだ。なら、酒を飲んだって良いよな?
おあつらえ向きにブラックの飲んだコップに少し酒が残ってるし、あのくらいなら俺が飲んだって気付かれないだろう。別に酒瓶から減らしたわけじゃないモンな!
ナデナデしつつ、タイミングを見計らって俺はブラックの頭から手を離す。だいぶ酔っている相手は、その事に気付かずまだムニャムニャ言っているようだ。
よしよし、これなら簡単だぞ。
そう思い、そろーっと腕を伸ばしてコップを掴もうとする、と。
「つかさくぅ~ん? おさけはらめらって言ったでしょ~」
「げっ」
手をガシッと掴まれたかと思うと、ブラックは唐突に立ち上がった。
赤ら顔で目はトロンとしてて酔っぱらいのオッサンまんまなのに、それでも手の力や立ち姿は全く酔ったような感じじゃない。シラフそのものだ。
その姿を思わず見上げる俺をよそに、クロウもいつものように立ち上がる。
「ム……ツカサ、ダメだぞ……」
「ほーら、くまこーもそう言ってるだろー」
いやいやちょっと待て、アンタら微妙にさっきより酔いが醒めてません?
まさか、酔ってないんじゃ……いやでも、こんなに酒臭いのに?!
「もぉ~、せっかく今日はせっくすしないで寝てあげよーと思って酒を飲んでたのにぃ。そんなふーにするんだったら、僕にも考えがあるんだけどなぁ~」
そう言いながら、俺の方を見たブラックの目は……明らかに、正気だった。
「……! わっ、解った、解った解った! 寝るっ、もう寝るから!」
「ほんとー?」
「ホントホント! さー早くっ、早くいこう!」
こういう時、ちょっとブラックにゾクッとしてしまう。
いや、別に怖いとかじゃないし、怖い事されたって今更だから逃げたいなんて思う事もないんだけどさ。でも……なんというか、今みたいに「本当は酔ってないかも」と言う可能性を見せられると……底知れない何かを感じてしまうんだ。
これが「凄み」って奴なんだろうか。だとすると、なんか悔しい。
俺ってば結局ブラックの掌の上で踊らされてるみたいじゃん……。
「ツカサくぅん」
「……バカ」
さっきあんなに「ありがたい」なんて思ったのに、今は悔しくて「バカ」だなんて思ってる。それが余計に自分がちっちゃい男みたいで、なんか……ヤダ。
何がイヤなのかすらも解んないし、もう俺が俺にバカって言いたいよ。
「今日も一緒にねよぉ……ね……?」
しなだれかかって来る、酒臭いオッサン。
思いっきり体重をかけてきて顔を近付けて来るけど、さっきみたいな目はもうしていない。酒に潤んだ菫色の目をしているだけだった。
それがなんだか、無性にムカついて。
「……ひとりでねる」
「え?」
「もーいいっ、一人で寝る! お前ら絶対入ってくんな!!」
ブラックの体をすり抜けて、ポカンとしている二人を置いて寝室に走る。
少しは酒が効いてたのか、二人は俺が部屋に入るまで全く動けもせずにリビングに置いてけぼりになったようだった。
だけど今は、好都合だ。俺はしっかりと鍵をかけて、それから扉の前に椅子だの何だのとずりずりもって来ると、ベッドの上に乗っかろうと……思って、そこに二人の影を見て寝転ぶのを止めた。なんか今は、無性に触れたくなかった。
仕方がないのでシーツを引き摺って包まり、ベッドの間に寝転ぶ。
何がそれほど自分を苛立たせたのかなんて、解らなかった。
自分がどれほどしょうもない事をしてるかって事は、きちんと解ってるのに。
「…………ブラックの、ばか」
呟くけど、真っ暗な部屋では自分の声しか聞こえない。
やっと自分の事を考えずに済むようになったのに、ブラック達のお蔭でホッとしたのに、勝手にイライラして八つ当たりみたいにして……。
でも……だからって、俺にこれ以外二人に何が出来たんだろう。怒ったって、俺の怒りはブラック達にはニワトリの鳴き声みたいなもんだ。力も、頭脳も、生きてきた時間も心の強ささえも、俺は二人には敵わない。
たくさん助けられて、抱き締められて、助けられて……俺は、そればっかりで。
…………わかってる。
これは俺のワガママだって、分かってるんだ。
だけど、こうでもしないと……もっと泣き喚きそうで、どうしようもなかった。
結局俺は、酒も満足に飲めない、自分の心も抑えられない、相手が何を思っているかも解らないガキだ。ブラックの考える事すら、わからない。
二人は嘘は言わないけど、何かを明かしてはくれない。
ブラックがした正気の目を見た瞬間に、その事実を見せつけられたような気がして、自分自身のことすら解らなくなって七転八倒していた自分が、小さくて情けない男、いや……ガキだって言われたようで……たまらなく、悔しかったんだ。
だけど、こんな事をしている時点で俺はもう、どうしようもないガキなんだろう。
沈んで浮かれて勝手に憤って、バカみたいだ。
こんな事をしたら、明日二人に会うのが気まずくなるのに。
分かってるのに、何でこんなことしちゃうんだろう。
「……俺の、ばか……」
――――なんで、そんな風に自分を隠すんだ。
ブラックに言いたい言葉がそのまま自分に突き刺さって来て、頭を掻き回す。
なにより、あんな小さなことでこんな風にダダをこねる自分が嫌で仕方なかった。
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