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廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編
13.それは今まで感じた事のない物だったから
しおりを挟む「あっ……」
く……クロウ……?
本当に、クロウなのか。俺の幻覚とかじゃないのか?
仲間があんまりにも恋しいからついつい想像しちゃったとか、これはそういう類のモノじゃないのか。だって、シアンさん達に手紙を送ってまだ数日しか経ってないし、この世界の郵便物がそんなに早く届くワケがないよな。
じゃあ、やっぱりクロウじゃないのでは。
だけど俺達の目の前に男らしく立っている相手は、間違いなくクロウでしかない。
「く……クロウ……。クロウなのか……?」
ブラックに抱き上げられたままで問いかけると、クロウはすぐに俺に向かって嬉しそうに牙を見せて微笑んだが……視線を俺の下半身に落とした、途端。
「……――――ッ!」
クロウの髪の毛や熊耳が、思いっきり逆立った。
後ろで束ねて尻尾のようになっていた髪も例外なく膨らみ、その異様さはアニメのキャラクターのようで、現実だとはとても思えなかった。
だが、クロウの周囲に渦巻きながら現れ始めた橙色の禍々しい光が風を起こし、それが幻覚ではない事を俺に思い知らせて来る。
じゃあ、目の前に居るのは本当に。
驚いた俺の横で、ブラックが舌打ちをした。
「チッ……もう見つけたのか……」
まるで誘拐犯みたいな言い草だが、その事に突っ込む余裕は俺には無かった。
だって、目の前にいるクロウは……ブラックの言葉を聞いて、纏う光と同じ橙色の瞳をぎらりと怒りに光らせたのだから。
……ヤバい。これは、絶対にヤバい。
クロウが怒ってる。それこそ、今にも角を出しそうなくらい。
なにかヤバい事が起こりそうだ。これは絶対に止めた方がいい。
そう思って下に降りようとするが、ブラックが俺を離してくれない。
「ぶっ、ブラック! 降ろして……っ」
「え、なんで?」
「状況わかんねーのかよ!? クロウが怒って……っ」
「ああそう言えばそうだね。……はぁ……仕方ないなぁ」
何が仕方ないのか全く理解出来ないが、ブラックは俺を渋々降ろす。
しかし、クロウはそんな俺達に対して一歩二歩踏み込んできた。
――と、思った瞬間。
「グゥウッ……!!」
唸るような、歯を食いしばるような怒声が耳に聞こえて。
瞬きをする暇もなく、俺の横に居たブラックがふっとばされていた。
「…………え?」
ブラックが、吹っ飛ばされた?
訳が解らなくて、というか理解出来なくて、飛んで行った方を振り返る。
すると、ブラックは既に状態を起こし、口を拭っていた。もしかして口の中が切れて血が出たのだろうか。その険しい顔に思わずそちらの方へ向かおうとしたが、その前にクロウがブラックの方へと大股で近付いて行く。
「なんだよいきなり!! 馬鹿かお前は!」
当然、頬を赤く腫らしたブラックは怒っている。
しかし、クロウはブラック以上に怒っているみたいで、再び拳を振り上げた。
「お前こそなんだ……ッ!! こんなっ……こんな所に、連絡一つ寄越さず……!」
そう言いながら拳を降ろすクロウから、ブラックは逃げる。
しかしまずい事を言われたと思ったのか、その顔は苦々しい顔つきだった。
「連絡一つ、寄越さず……?」
ちょ、ちょっと待ってよ。俺、手紙書いてブラックに渡したんだけど。
俺達は「この場所に居るから心配しないで」ってシアンさん達に向けて手紙を書いて、お使いに行くブラックに手渡したんだけど!?
それが届いてないってどういう事、ま、まさかブラック……送ってない……?
「お前ッ、ツカサ君の前で……!!」
「煩い!! オレ達がどれだけ走り回ったと思っている、どれだけ水麗候や他の者達がお前らを心配したと思ってるんだッ!!」
「うおっ! このクソ熊、危ないだろうが殺すぞ!!」
助走を付けた拳で頬を殴られても、ブラックは持ち前のタフさで倒れもしない。
それどころか、力いっぱいに向かって来る拳を簡単に躱していた。恐らく、クロウが怒りに任せて攻撃しているから、難なく避けられるんだろう。
だって、本当なら拳闘はクロウに分があるんだ。思いっきり殴られた後のブラックが簡単に避けられるだなんておかしい。
クロウは、怒りに呑まれて自分でも抑えられなくなってるんだ。
だから、自分の攻撃が上手く当たらなくても破れかぶれで何度も何度もブラックを殴ろうとしている。逆に言えば、それだけ怒りが抑えられないんだ。
「う……っ」
足にまとわりついた液体が固まって、肌を覆っている。
その感覚に居心地の悪さを覚え……俺は、拳を握った。
……そうだよな。何を言おうが、結局俺はクロウ達に連絡できなかったんだ。
ブラックが手紙を届けなかったせいだと怒るのは簡単だが、ずっと一緒に居る俺がコイツの考えを読めなかったというのは、だいぶ問題だ。
確かにブラックも悪い。だけど、それなら俺だって悪い。
これが、赤の他人だったり友人だったり仲間だったりしたのなら、俺はただ「手紙を届けなかったブラックが悪い」と言って怒れただろう。
だけど、俺は……ブラックの、恋人だ。同じ指輪を持っている関係なんだ。
俺は、一緒に背負う存在だ。
ブラックが悪い事をしたのなら、俺も共にその罪を濯がなければならない。
俺が選んだのは、そういう関係だ。
婆ちゃんが言ってたのは、そう言う事なんだ。
……だから、これは俺だって謝らなければいけない事だ。
ブラックの為にも、クロウの為にも、俺が責任を持って謝らなきゃいけないんだ。
「……っ……! ふ……二人とも、やめろって!」
オッサン二人は未だに殴り合っている。
こんな時に止めないで、何が男だってんだ。殴られたってどうせ治るんだ。
前にも一回本気でぶっ飛ばされたんだから、平気だこんなの。
「オレはっ、オレ達は!!」
「ああもう煩いなァ!! そんなに殺されたいのかお前は!!」
二人ともヒートアップしてる。このままじゃ駄目だ。
俺は一瞬離れた二人の隙を狙ってその間に入り込んだ。
そして、ブラックに再び拳を振り上げようとしていたクロウに抱き着く。
「クロウごめん、俺が悪かったんだ! ブラックにちゃんと連絡してって言わないで、ずっとここでのんびりしてたから……!」
「ウッ、グ……ッ!!」
その言葉に、クロウの動きが止まる。
やっぱり、我を忘れた訳じゃ無かったんだ。良かった……。
安堵しながらも、俺はクロウを見上げて必死に謝った。
「ごめん……クロウ、本当にごめんな……。心配させて、本当に……」
「ツカサが、悪いんじゃない……っ。どうせ、こいつが悪いんだ……! 連絡をする手段があったのにそうせず、どうせツカサと二人きりで居たいからなどと考えて、ずっと黙っていたんだ! そうでなければこんな廃虚に潜むはずがない!!」
「っ……」
図星を刺されたのか、ブラックは言葉に詰まる。
お前やっぱりそんな事を考えてたのか……いや、黙って連れ去られて、ブラックと二人っきりの生活に浮かれてた気もする俺も悪いだろう。
もうちょっと俺が利口だったら、クロウ達の事を気に掛けていたはずだ。そしたらブラックだって、傷を治しながら連絡をしようと思ったかもしれないのに。
ああもう、やっぱり悪いのは俺なんじゃないのか。
「それなら、やっぱり俺だって悪いよ。クロウ達が心配してたのに、俺……ここで、ブラックの腕を治す事ばっか考えてて……。だから俺も悪いんだ。ごめん、クロウ、本当にごめんな……っ」
殴って済むなら俺も殴っていい。ブラックを止められなかった俺にも非がある。
普通ならそうしなくてもいいかもしれない。
でも、俺はブラックを知っている。だから、俺も怒られなきゃいけないんだ。
クロウの大きな体を出来るだけ抱き締めて、それから体を離す。
幾らでも殴っていいと態度で示した俺に、クロウはまた苦しそうに顔を歪める。
しかし、ブラックはと言うと。
「心配? はっ、どうだか。どうせツカサ君が僕に啼かされてないか心配だったダケじゃないの? この横恋慕熊が僕の事なんて心配するわけないだろ」
そんな事を言いながら、殴られた頬を抑えて不機嫌そうに顔を歪める。
口から血が滲んでいるのに急に心配になって、思わず近付こうとする。と……
背後から、絞り出すような声が聞こえた。
「ッ……ぐ……お、前は……お前と言う奴は……!!」
思わず振り返えると、そこではクロウが……――
クロウが、ぼろぼろと、涙を流して……泣いて……いて……。
「クロウ……」
思わず声をかけると、クロウは険しい顔で涙を流しながら、俺の所までよたよたと歩いて来た。そうして、鼻を啜りながら覆い被さるように抱き締めて来る。
久しぶりの、クロウのにおいだ。
ブラックとは違う太く逞しい浅黒い色の腕が俺を捕え、首筋に何かがひっつく。
ずびずびと動く鼻の感覚と吐息が感じられて、それがクロウの顔だと解った。
「お、れは……オレは、お前達の事を心配して……っ」
俺を抱き締める腕は、とても震えている。痛いくらいに抱き締めて来るのに、その様はとても頼りない感じだった。
いつものクロウらしくない。いや、これは……元々隠していたはずの、寂しがり屋でいつも不安を抱えている、子供の部分だ。これも、クロウの一部なんだ。
ああ、そうか。だから……出会いがしらにブラックを殴ったんだな。
本当に、心配だったから。心配で、どうしようもなくて、不安だったから。
だから……俺の「我慢しなくて良い」という言葉に従って、殴ったんだ。
ブラックの事も、どうしようもなく心配だったから……。
「ごめんな……でも……ありがとうな、クロウ。俺とブラックの事を、こんなに心配してくれて……本当に、ありがとう……」
肩にうずまる頭の髪を、優しく撫でる。
少し硬くてボリュームのある、不思議な色をしたクロウの髪。
精一杯の感謝と謝罪をこめて撫でると、クロウは泣き声を漏らしながら、俺の肩に懐くように頭をすり寄せて鼻を鳴らしていた。
「…………」
その様子に、ブラックはただ黙っている。
「……ブラック。クロウは本当に、お前の事も心配してたんだよ」
「…………なんで」
本当に解らないとでもいった様子で怒ったような声を返すブラックに、俺は笑顔になり切れていないだろう顔で笑った。
「クロウは、お前の事を大事な仲間で……大事な友達だって、思ってたからだよ」
こんな格好で、こんな事を言っても、しまらないかも知れない。
だけどブラックは目を丸くしてただ言葉を失くし――クロウの事を見つめていた。
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