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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
49.自分よりも大事な
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「……で、謝罪は?」
「え?」
耳元で不機嫌な声を投げられた気がするんだが、風の音で良く聞こえない。
何百メートルかは判らないが、とにかく今俺達は空の上に居るので、風が耳のすぐ横をしょっちゅう通過して、とにかく煩いのだ。
しかしそれも仕方がない。というか、全然耐えられる。
だって今日は天気が良いし、後ろにはぴったりブラックがくっついていて安全性もばっちりだ。それになんてったって、俺達は今ロクショウ乗っているからな!
そう、ロクショウ。俺の可愛い準飛竜ちゃんのロクと、空の旅をしているのだ。
寒いだの音が凄いだの後ろのオッサンの股間が怖いだのって事は、その一点でもう充分に許容範囲内である。ロクの黒い鎧みたいな背に掴まって飛ぶ空が、気持ちよくないワケがなかった。……と、そういう話ではないな。
あれから…………レッドと少し話した後から、俺達は村の人が外に出て来る前に早々とベルカシェットを出立していた。
別に急ぐ必要は無かったんだけど、レッドの為にはその方が良いと思ったのだ。
もちろん、レッドとはあの後もどうするかを話した。
今までの不安定さが消えて何だか凛々しくなったレッドは、お母さんの事をキチンと受け止めて、今までの事を整理してからブラックに謝りたいと言ってたっけ。
だから、今のところは「今後クロッコに接触しない、外部の人間が侵入できない所に隠れる」という約束事を取り決めて別れる事にしたのだ。
で、今は帰宅途中の空の上、というワケで。わりとあっけなかった。
とは言え、別にレッドはブラックに対して敵意を持って「まだ謝れない」と言った訳ではない。この申し出はむしろ、ブラックに対して心の底から謝罪したいと思っての事だった。
現状、落ち着いたとはいえ、レッドは未だに気持ちが整理できないでいる。
自分が間違った事をしているのは理解しているし、母親の凄まじい過去を疑う気はもう無いが、それを受け入れて、今までの思い違いを正し心の底からブラックに謝罪するには、時間が必要なのである。
申し訳ないと思っていても、真実を明かされたばかりの状態では、考えを改めようとしても頭が付いて行かなかった。理不尽だったと理解していても、ブラックの事を憎み蔑むように教えられてきたレッドの認識は、すぐには消えてくれなかったのだ。
そんな状態では、心のこもった謝罪は出来ない。だから、今回は頭を下げるだけで許して欲しいという事で収めたのである。
……まあ、頭を下げてる時点で俺はレッドが本当に謝っていると感じたんだけど、本人が「それでは真に謝罪した事にならない」と律儀な事を言うから仕方ない。
でも、ブラックに対してそこまで真剣に言うようになったのは、凄い進歩だよな。
やっぱりレッドも、話せば解ってくれる良い奴だったんだ。
とは言え、そんなレッドの言葉にブラックは「は?」と不機嫌だったんだがな。
っていうか、ブラックが不機嫌だった理由は「またコイツが来るのか」って部分だったらしく、謝ろうと思うくらいなら二度と近寄るなと頻繁に口にしていた。
それを良しとすると流石に双方禍根が残りそうだったし、俺もちょっと思う所が有ったので窘めておいたが……ブラック、マルーンさんとの事や今までの事は本当にどうでも良いんだな。……正直、ちょっとホッとしたのは内緒だ。
だって、ブラックにとって辛い過去だったら俺だって心が痛いし……それに、もし、マルーンさんの事がずっと心に残ってたなら……その……い、いやだなぁ……っていうか…………う、うう、顔が熱い。ブラックが後ろに居てよかった……。
……と、とにかく、そんな感じで一応の決着を付けた俺達は、ベルカシェットの村を離れる事にした。んで、今俺達はロクショウの背中に乗って、大幅に移動していると言う訳で……いや、本当にここまで長かったよ……。
実は俺、昨晩レッド達と別荘に戻る前に、こっそりロクに「明日また呼ぶかも知れないから、アンナさんに取りなしておいてくれ」と伝えておいたんだよな。
それがまさか「帰路を短縮して貰う」事になるとは思わなかったけど……何にせよもう戦わなくて良かった。ロク達が傷付くのはやっぱヤだもん。
はー、でも、これでレッドとの事は一応ケリが付いたし、ブラックも命を狙われる事が無くなったんだ。クロッコという脅威はまだどこかに潜んでいるけど……今それを考えていても仕方がないよな。とにかく今は帰れる事を喜ぼう。
早くシアンさんやクロウ達に会いたいなあ。余裕が有ったらガストンさんにも会いに行きたい。ちょっと照れ臭いけど……あの人は、再会を喜んでくれる気がする。
ちょっと火傷の痕が増えちゃったから、会いに行く時は長袖を着ないとな。そうでないと、また「危ない事をするなと言っただろ!」とゲンコツされそうだし。
何だかもう、色んな人が恋しいよ。だって長い間離れ離れだったんだしな。
「ねえ、ツカサ君ってばっ! 話聞いてる!?」
「えっ?! えっ、あっ、な、何だっけ? 風の音が凄くて……」
おおっと、考え込んでてブラックの声が聞こえてなかった。
またもや不機嫌になられるのも怖いので、すっかり熱の治まった顔で振り返ると、相手は頬を膨らませて子供のようにむくれていた。
「もー、ほんとツカサ君ってば一個の事しか考えられないんだから……。だからさ、あのクソガキ、ツカサ君に対しての謝罪が無かったよねって言ってるの」
「謝罪って……」
そういやずっとそんな事を言ってたな。
ブラックにとっては俺に対しての謝罪も重要なのか。
いまいちその心情がよく判らなくて首を傾げると、ブラックはまた「ンモー」と憤った声を漏らしつつ、俺の背中にぴたりと体をくっつけて来た。
「ツカサ君、今まで散々酷い事されてたんだよ? なのにアイツ、一言も謝ってないじゃないか。本当なら自分の首を差し出してでも謝るのが普通なのに……それなのに、あのクソガキったらその事には謝らないんだよ!? おかしいよそんなの!」
「うーん……まあでも、炎の中で散々謝られたし……」
「そういう問題じゃないの! 誠意が大事なんだよ誠意が!」
何だか面倒臭い事になって来たな。誠意誠意ってクレーマーかお前は。
怒ってくれるのは嬉しいけど、一応の決着はついたワケだし、これ以上色々言うとブラックの精神衛生的にも良くないんじゃないか。
そもそも俺はそんなの気にしてないし……。
「誠意っていうか……俺はもう別に良いよ。そんな事考えても仕方ないだろ?」
「仕方なくないよ! よし、今から引き返して僕がアイツを殺……制裁してこよう」
「んん!? い、いいっ、そんな事しなくて良いってば!!」
何を言ってるんだこいつは。殺すって言いかけたぞ今!
いくらなんでもそれはとんでもない掌返しだろうが、駄目だってば!
慌ててブラックを振り返るけど、相手は風に赤い髪をバサバサ靡かせるばかりで、不機嫌な顔を崩そうともしない。
「なんでさ。ツカサ君だって苦しんだだろ? 記憶を消されて、毎晩体に悪戯されて、つっ、ツカサ君の柔らかいあんなとこやこんなとこも揉み揉みちゅぱちゅぱ……あーっ考えただけでも腹が立つっ!! 殺そうっ、もうチリ一つも残さず切り刻んで殺そうッ気絶を許さずに末端からじわじわ肉をこそげ落と」
「ぎゃーっ!! 頼むからそういうスプラッタな台詞やめろってばー!」
なんでそうお前は真剣にエグいことを言えるんだ!
ていうか、俺が腹立ってないのになんでお前が腹立ってんだ。普通怒るなら、お前自身の事に関してだろ、なんで結局嫉妬の方向に怒りが向かってんだ。
つーかお前が嫉妬してどうすんだよ!
「もっ、もう良いんだって、本当大丈夫だから……!」
「よくないっ、ロクショウ君だってそう思うだろ!?」
「グォオン! グォウウッ」
「ろ……ロクまで……」
ロクショウの声は明らかに「そうだそうだ!」と言っている。
俺がどんな状態にあったのかを薄々勘付いているのか、いつもなら温厚で優しくて世界一可愛い準飛竜なロクも、ここぞとばかりに憤慨して鼻息荒く唸っていた。
怒っても可愛い。小さな手をしゃかしゃか動かしてるのがとってもかわいい。
こんな可愛い怒り方が出来るのはドラゴン界広しと言えどもロクだけ……っていやそうじゃなく。理性を保て俺頑張れ俺。ゴホン。
その、ブラック達が怒ってくれるのは嬉しいけど、それはちょっと違うんだよ。
ええと……。
「ロクショウ君、僕がやりたい事は分かるかな!」
「グオォオン!」
「その通り、即時転回してあのクソガキを殺しに行く事だ! さあいざ」
「あーっ待て待て待て! 本当に良いんだってばそういうの! 早く帰ろうよ!!」
「……なんでツカサ君は、アイツをそこまで庇うのさ」
むぅっとフグになるオッサン。可愛いどころか逆に心配になるレベルだったが……まあ、これは言わないと理解して貰えないだろうと思い、俺は頭を掻いた。
自分の考えている事を言うのは照れ臭かったけど……そう言うのって、言わないと解らないもんな。息を吐いて、俺は二人に語った。
「……俺はさ、なにも“ごめん”って言うだけが謝ったって事じゃないと思うんだ」
「……?」
「そりゃ、相手に謝罪するってのは大事だよ。でも……レッドは炎の中で何度も俺に謝って貰ったし……なにより、本当に反省してた。だから俺は、それだけでもう充分なんだよ。ブラックやロクショウにもまた会えたし……それに……」
「それに?」
耳元で問いかけて来るブラックに、また顔が熱くなってくる。
だけど、ぐっと堪えて……俺は、ブラックに答えた。
「……ブラックに、悪いって……そう、思ってくれたから……。それでもう、全部、いいかなって…………そう、思えたんだ」
「ツカサ君……」
驚いたような声に、頬が痛くなってくる。
風が髪の毛をばさばさと動かして、余計にむず痒くなって、だけど言葉を止めてしまったらもう二度と言えなくなりそうだったから、俺は肩をいからせながら、必死で言葉を吐きだした。
「だ……だからっ、もうそれで許しちゃったんだよ! 悪いかばか!」
ああもう恥ずかしい。だけど本当なんだから仕方ないんだ。
そもそも、俺はレッドに対して嫌悪の気持ちはもうなかった。
自分でも変だとは思うけど、あんな風に色々されても、ブラックやクロウに対して攻撃をされた時以上にレッドを憎む事は出来なかったんだ。
どうしてそう思ったのかは……自分でもまだ理解出来てないけど……多分、俺がレッドに対して無意識に似た所を感じていたからかも知れない。
それか、最初からあいつは悪い奴じゃないって思ってたからかもな。
どちらにしろ、俺は謝罪させたいと言う気持ちなんて微塵もなくなっていた。
だから、俺に対しての云々ってのはどうでも良かったんだよ。
と、言う事を理解して欲しかったんだけど……ど、どうかな。
恐る恐るブラックの方を振り返ろうとすると。
「ツカサ君っ、あっあぁっ、ツカサ君んんん~~~!」
何を思ったのか、ブラックは俺に思いっきり体重を掛けて寄りかかって来た。
「うわっ! おっ、落ちるおちる!!」
「あうぅううツカサ君好きだよ好きだ一番好きぃいい!!」
俺の頭にグリグリと顔を押し付けて来ながら、ブラックは興奮して熱い鼻息を吹きかけて来る。冷たい風に当たっていた頭はその熱にゾクゾクしたが、ブラックは俺を離そうとはせず、変な声を漏らしながら感動しているようだった。
「っもう……ばか……」
「もっと言って……あぁ……早くおりたい、降りたらすぐセックスしたいよぉ」
「ばっ、ばか、ロクの前でそんな事言うなって……!!」
「あは、あはぁ……ツカサ君……降りたら“言う通り”だよ、約束だよ……?」
「う……そ、そう言えばそんな約束したな……」
何されるんだろう、ってもう初手は決まったもんだが、その後が怖い。
なにせブラックは「僕が満足するまで」とか言っていた。しかも俺が嫌だと言っても絶対にやめないと言っていたんだ。
今更だが、どう考えても選択を間違った気がしてならない……。
「ツカサ君、楽しみだねぇ……今度こそたっぷりイチャイチャしようねぇ……!」
「………………」
「グオッ?」
ああ、うん。ロク、大丈夫。大丈夫だよ。
恐ろしいけど、これからクロウ達と会えるんだから……なんとかなるよな?
ブラックの暴走だってクロウとシアンさんが止めてくれるだろう。
俺はそう思って心を落ち着けようとしたが……何故か、悪寒が止まらなかった。
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