異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編

  手を伸ばす先2

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「うぐっ……!」」

 熱波とも言える風が一気に部屋の中に渦巻き、バチバチと何かがはじけるような音が鳴り始める。何が起こっているのか解らなくて、思わずブラックの服にすがりついたのだが、ブラックは全く動揺もせずに「あーあ」とつぶやいていた。

「ばっかみたい」

 何が「ばっかみたい」なのか。
 いつも以上に辛辣しんらつなブラックの声音に不安を覚えたが、その前により強い熱波が襲ってきて思わず口を閉じてしまう。熱い。まるでガンガンに熱したこたつの中に頭を突っ込んだ時のようだ。一体何が起こっているんだろうか。

 俺は顔を腕でおおいながら、レッドの方を苦心して振り返る。
 そこには、にわかには信じがたい光景が広がっていた。

「なっ……」

 思わず、絶句する。言葉が出なかった。
 何故なら、俺の目の前に広がっていた光景は……夢でも見てるんじゃないかと思うほど非現実的な光景だったのだから。

 頭を抱えて座り込むレッドを、禍々しい輝きを放つ赤い光が覆っている。まるで炎のようなその光は水の飛沫のような火の粉を散らし、勢いよく天井を舐めていた。
 明らかに、尋常ではない。その光だけで熱波を起こし、空気をビリビリと震わせているのだ。この熱波なら、いつ発火してもおかしくは無かった。

「暴走だよ。グリモアに喰われそうになってるんだ」
「えっ!?」

 思っても見ない言葉につられると、ブラックは目を細めて続けた。

「前に話したと思うけど、グリモアってのは厄介な存在でね。使役者の心がボロボロになったり弱くなると、すぐ使役者を喰い尽くそうとするんだよ。まあ魔導書グリモアは元々みたいなモンだからねぇ。それをムリヤリ吸収して従わせてたんだから、押さえつける力が弱くなるとそりゃあふれ出ても不思議じゃないでしょ?」
「そ、それじゃ、このままだとレッドは……」

 グリモアの力に押し負けて、あの光が一気に…………。
 その先は言いたくなくて、ブラックを見つめると……相手は、さらりと答えた。

「炎のグリモアなら、この村全部消失……いや、この谷全部焦土でやっと治まるかなぁ。巻き込まれない内に逃げよっか。よいしょっと」
「!?」

 なっ、何を言ってるんだ!?
 ブラックお前っ、いくらレッドが嫌いだからってそりゃないだろ!

 おいっ俺を抱き上げるな、逃げようとすんなってば!

「ツカサ君しーっ。ほらほら騒いだら気付かれちゃうってば」
「ばかっ! お前っ、ほっといたらレッドも村の人達も死んじゃうんだろ!? 俺達だけ逃げるなんて出来ないだろこんなの!!」
「別にいいじゃん。遅かれ早かれこうなってたんだし、大体暴走するのはコイツ自身の問題で僕達にとががあるワケじゃないでしょ。むしろツカサ君と僕は被害者だよ? それなのに、ここに居たら更に被害をこうむっちゃうよ。そんなの僕はごめんだね」
「そ、そりゃお前はそうだけど……」

 確かに、この件に関してはブラックは被害者だ。
 片腕を奪われるわ遠路はるばるこんな所まで旅しなきゃ行けなくなるわ、そもそもこの部屋で監禁されて……その……いやなこと、させられてたりしたり……レッドにだって散々かたきだと言われて追い回されてたんだもんな。

 ブラックは忘れようとしてたのに、レッドが思い起こさせてしまったんだ。
 そりゃあブラックは助けたいなんて思えもしないだろう。
 基本的にコイツ、外道だし……。

 でも、俺は違う。被害者でもあるけど、ある意味では加害者なんだ。
 だって、俺はレッドを激昂させたままブラックに引き合わせたし、心のケアとか何も考えてない状態でここに連れて来て、レッドを暴走させてしまったし……俺ががねを引いたと言われれば、否定なんて出来なかった。
 だから、この事態は俺が招いたとも言えるのだ。

 じゃあ俺は逃げる訳には行かないじゃないか。
 それにこのままじゃ、レッドも村の人達も死んでしまう。村長さんやこの村の人達に罪は無いし、レッドだって……。

「ブラック、やっぱ待って。今なら止められるって、暴走する前に止めなきゃ!」

 部屋から出ようとするブラックに慌てて言うが、ブラックは首をかしげるだけで足を止めてくれようともしない。そこまでレッドが嫌いなのかと思うと、何故か俺の方が胸に痛みを感じてしまったが、その辛さに浸っている暇は無かった。

 なんとかブラックの腕から逃れようともがきながら、俺は必死に訴える。
 こうなったらもう泣き落とししかなかった。

「頼むブラック、俺こういう見殺しにするような事ヤなんだよ。だから……」
「ツカサ君は、自分をもてあそんで犯そうとまでした犯罪者まで助けたいの?」
「アンタがそれ言う……?」

 あの、今はもうチャラみたいなもんだけど、アンタも俺に対して結構酷い事してた事を忘れてませんかね。いや、まあ、俺だって、べ……別に、嫌がってなかった所もあったし……それは、その、良いけど……じゃなくて。
 とにかくアンタがそれを言うんじゃないよ。

 いい加減にしろと睨むと、ブラックも自覚は有ったようで顔を歪める。
 自覚があるなら結構だと思い、俺は畳みかけた。

「なあ、アンタがレッドの事を放っておきたいって思うのはもっともだけどさ……でも、ここで逃げたら駄目だと思うんだ。それじゃ何も変わらないよ。ブラックの過去との決着をつける機会にもなるし、なにより……嫌いだからって見捨てたら、アンタが嫌ってる奴らとなんにも変らないよ。俺はそんな風になりたくない」
「ツカサ君……」

 目の前のブラックの表情が、何とも言い難い風に歪む。
 あきれたような困惑したような、弱ったような顔だ。
 そんな表情をさせてしまった事には罪悪感が有ったけど、心を鬼にして続けた。

「俺は、アンタをそんな格好悪い奴にしたくない。……だからお願いだ。俺だけでも置いて行ってくれ。つらいなら、俺が代わりにやる。ブラックを悪者にはしないから」

 ブラックは逃げたって仕方がない。だって、辛い事が有ったんだ。
 無理して助けたって心が晴れる訳もないだろう。だけど、レッドを見捨てたら結局ブラックも新しい傷を負うかも知れない。
 それじゃ、ブラックもレッドも救われないじゃないか。

 だったら、俺が代わりに死ぬまで足掻く。俺が代わりに動いてやる。
 俺は、ブラックの恋人、だ。こっ……婚約、してるんだ。例えブラックがレッドを許せずに置いて行ったとしても、俺がその尻拭いをすればいい。
 だって、俺とブラックの関係は……そういうことだと、思うから。

 俺は、ブラックの半身で、追いかけて来て貰えるくらいに大事に思って貰えている存在なんだ。……なら、俺が誰かを助ける事は、ブラックが誰かを助けた事になっても良いはず。婆ちゃんだって、そういう物だって言ってたんだ。
 ふ……ふう、ふ……うぅ……ふっ、夫婦って、そういうの、だって、言ってたし!
 支え合って、出来ない事をお互いにおぎなって、一緒に生きるって。だから婆ちゃんは、爺ちゃんとずっと一緒に居られたって言ってたんだ。

 だ、だから、婚約した俺だって、同じ事の……はず……!
 レッドは嫌いだけど、やっぱり放っておけない。ブラックにだって、もう後悔するような事をさせたくない。だから。

「ブラック、お願い……」

 子供のように懇願して、目の前のしらけたような顔を見つめる。
 ブラックは大いに不満げで機嫌が悪そうだった。でも、俺の真剣さを解ってくれたのか、低く怒ったような声で俺に問いかけて来た。

「……アイツを助けたら、僕はツカサ君に何をするか分からないよ。……それでも、助けるの? ツカサ君はそれでいいの?」

 その言葉に、俺は緩く笑った。

「アンタがする事なら、いいよ」

 それで気が済むなら、それでいい。
 例え殺されたって、俺はブラックの事を恨むなんて出来ないだろう。
 だって、ブラックだから。初めて「好きだ」って自分から言えた、恋人、だから。

 ブラックになら、何をされても良い。
 例え怒るような事をされても……本当には、怒れないと思うから。

「…………ハァ。分かったよ……でも、一人では行かせないからね。僕がツカサ君を良いようにする前に、これ以上火傷が広がったら凄くムカツクし」

 今でも火傷の痕が有るのが不満なのに、と、俺の所有者であるがごとくブツブツというブラックに苦笑して、俺はレッドの方を振り返った。
 レッドはいまだに苦しんでいる。早く助けなければ。

 ブラックの腕から降りて、近付こうとする。と。

「うあっ!?」

 ゴォッという凄まじい音がして、レッドの周囲に炎の鎖が唐突に出現する。
 それらは何重にも地面から現れて、レッドを檻で囲むように螺旋状になり天井へと昇った。これは、ヤバい。光ではなくとうとう炎が出現してしまった。
 このままでは地下室が焼けるどころか、崩壊すらしかねないぞ。

「ブラック!」
「ッ、クソが……! ツカサ君、僕が障壁を張るから、今度は逃げないでね!」

 俺を抱えて、ブラックが何事かを呟く。
 障壁って……あの、非情に狭い範囲しか発動しないバリアのことか。
 それで炎が防げるのかと一瞬思ったが、信じなければどうしようもない。それに、俺を手伝ってくれるだけでもうありがたいのだ。

 ブラックはやっぱり、そう言う奴だ。
 その事に、心が少し暖かくなって、俺は冷静になる事が出来た。

 ……レッドも、こうやって落ちつけてやらなければ。

 改めて決意を固め、俺はブラックに抱えられながら炎の檻に近付いた。












 
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