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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
42.真実は玻璃の鏡1
しおりを挟む「な……何故、ツカサがその名を……俺の、父の名を、知っている……?」
ありえない、とでも言いたげに呆然とするレッド。
完全に虚を突かれたのか、今まで周囲を強く照らすほどの炎を纏っていたと言うのに、すっかりその炎も消え去ってしまっていた。
どんな感情にせよ、レッドは戦意を失っている。
なんとか全員無事で済んだとホッとしながら、俺はブラック達が一塊になっている所に近付いた。が、俺の動きがあまりにフラフラついていたのか、辿り着く前にロクショウとペコリア達が駆け寄って来てしまった。
う、うう、肩を借りるなんて申し訳ない。ちっちゃい可愛い動物に足を支えて貰うのも情けないにもほどがある。俺はペコリア達よりでっかいのに。
でも、そうやって確かに助けられると体中から一気に力が抜けてしまって。
先程まで我慢していた痛みや疲れが噴出してしまい、俺はロクに思いっきり寄りかかってしまった。ううう……返す返すも情けない……。
だけど、そんな事を言っている場合じゃないんだ。
ロクショウ達に支えられつつブラックとレッドの所に近付くと、二人は俺を見てギョッとしたようだったが、構わずに言葉を続けた。
「俺は……ブラウンさんに、頼まれたんだ」
「頼まれた?」
尻餅をついてはいたものの、ブラックは怪我も無く無事だったようで、訝しげに俺の方を振り返って来る。その姿にちょっと胸がぎゅっとなったが、俺は堪えて真剣な表情でその言葉に頷いた。
「俺は今まで、何の事か解らなかったし……なんで俺に話したんだろうって思ってたけど……やっと解ったんだよ。レッドの部屋で……レッドとその両親が描かれている絵画を見て。……あの人は、俺にレッドへの伝言を頼んだんだって」
「……!」
見たのか、と言わんばかりに目を丸くするレッド。
確かに信じられない事だろう。俺だって、すぐ傍にあの絵画が落ちて来なければ、恐らく永遠に気付けなかったはずだ。
あの別荘には、レッドの父親の顔や名前を残した物は何も無かった。何か思う所があって母親が全て処分したのだろうから、目につくような物は尽く排除されてしまったに違いない。だけど、唯一、レッドの部屋に有った家族の肖像は処分されずにあの部屋に置かれていた。いや、あれは多分……レッドが、あの絵だけはと思い必死に母親から隠していたんだろう。それを、俺は見たのだ。
またとない偶然だ。けれど、今の俺にはそれがブラウンさんの授けてくれた必然のような気がしてならなかった。そう、こうなることを、彼は予想していたんだ。
きっと、俺達が何者かって事を知った時から。
……思えば、ブラウンさんは不思議な人だった。
プレイン共和国の片隅にある巨岩の上の村で出会った時、彼は行商人を装っていたラトテップさんの用心棒をやっていて、一言も喋らなかったんだよな。だけど、ダンジョンに入って、俺達の事を命がけで助けてくれて……ブラックの事を知ると、凄く驚いていたっけ。それで、何かを知っているような感じで、ブラックが元気にしてるのを「良かった」と言ってくれたんだよな。
今思えば、その時からブラウンさんはこうなる事を予測していたのかも知れない。
ブラックと一緒に居れば、いずれは一族と関わる事になるだろう。
その時には必ず自分の話題が出ると確信して……自分の息子への伝言を俺に託したんだ。そしてそれは、現実の物となった。
…………でも、あの手紙を見る限り、それが良い事とは言えなかったけど。
「ね、ねえツカサ君、話が見えないんだけど……ブラウンって誰の事?」
「あっ……そっか、ブラックには話してなかったっけ……」
ブラウンさんは名前を呼ばれたくなかったみたいだから、自分の心の中に留めて置いたんだけど……そっか、ブラックはそもそもブラウンさんがどんな顔で、どういう名前だったのかすら知らないんだっけか。
でも、今そこを説明しても良い物だろうか。ちらりとレッドを見ると、相手は未だに「信じられない」とでも言うような顔をして、俺を見つめていた。
……やっぱり、信じて貰えないだろうか。
そりゃそうだよな。名前と顔を知っていると言っても、そんなの家の中に手がかりが有ったなら、いくらでも嘘がつけるワケだし。
だけど、これ以上真実である証拠が出せない。一緒に来て貰えさえすれば、きっとレッドにも解って貰えると思うのに。
どう信じて貰えばいいのだろうと迷っていると、レッドが俺を見た。
その表情はもう、戸惑ってはいない。
「……ツカサは……どこで俺の父と出会ったんだ」
「プレインで……」
「…………もし仮にお前の言う事が正しいとして……どう正しいと証明する。それに俺の母を殺した真犯人とどう関係があると言うんだ。母上の葬儀にすらも参加せず、突然消えた男の……どこに信用に値するものがある……!」
「レッド……」
そんな事になってたのか……。
……そう言えば、彼は息子に二度と会えないかのような事を言っていた。
今となってはその言葉の意味も胸が痛くなるほど理解出来たが、しかし俺の口から全てを語る事も憚られた。言ったってレッドは納得しないだろうし、それに……俺が説明するだけでは、ブラウンさんの本意が伝わらない。
何としてでも、レッドをあの場所に連れていかなければ。だけどどうやって。
考えて、俺は嫌な事を思いついたが……拒否するなら、それでいい。
ごくりと唾を飲んで、俺は一歩踏み出した。
「じゃあ……俺の事を……信用してくれないか」
「……記憶は戻っていないと嘘を吐いたお前を、今更信用しろと?」
冷たく切り捨てられたが、それでもと俺は訴えた。
「もし俺がまた嘘をついてたら……俺を、煮るなり焼くなり……好きにして、いい」
その言葉に、訝しげに細められていたレッドの目が再び見開かれる。
しかしそれはブラックも同じで、立ち上がりながら「何を言ってるんだ」と言わんばかりの驚愕したような顔をしていた。
だけど、これしかないんだから仕方ないじゃないか。自分の身を賭ける以外に、俺には何も無い。レッドには一笑に付されるかもしれないけど、でもそれだけ俺が本気なんだと言う事は解って欲しかった。
そんな俺の覚悟を少しは感じてくれたのか、レッドは一歩こちらに近付いた。
「…………好きにして、いい? 本当に好きにしていいのか」
「う……」
「殺しても、犯しても、その首輪を付けたままでも良いのかと聞いている」
「…………」
「ツカサ君そんな約束しなくたっていいよ! こんな奴殴って言う事聞かせなよ!」
確かに、ブラックの言う通りかも知れない。男同士なんだから、武力で解決する事だって悪い方法じゃ無いはずだ。俺だってそう出来るならしたいよ。
けれど、あの手紙を知ってしまったら……レッドを不必要に傷付ける行為なんて、もう俺には出来なくなってしまっていた。
「ごめん、ブラック……俺、今はそこまでは出来ない」
「ツカサ君……」
「ツカサ……」
赤い髪の二人から名前を呼ばれて、何だか妙な気分になる。
だけどその感情を押し込めて、俺はレッドをしっかりと見返した。
「……何でもするよ。真犯人が解らなかったり、俺が嘘をついてたら……今度こそ、レッドの好きにして良い。俺がブラウンさんと会った事も本当だし、真犯人の手がかりを見つけたのだって本当だ。ブラックが犯人じゃないと断定できるだけのモノを、見つけたんだよ。だから……今だけは、俺を信用してくれないか。頼む」
深々と頭を下げる。そんな俺に、レッドは――――
「分かった。今は信用しよう。……だが、約束は絶対だ。これで嘘をついていたら、俺は今度こそお前を奴隷以下の存在に堕とす。いいな」
真剣な表情で、俺にそう言いきった。
「なっ……!」
思わず激昂しそうになったブラックを抑えて、俺は頷く。
こんな場面では、感情に流された方が不利だ。心を出来るだけ落ち着かせて、俺は無茶な要求にただ頷いて見せた。
「……解った。それでいい」
「……!」
その言葉に、ブラックが人を殺すような目でレッドを見ている。
だけど、今はこれしか信じて貰う方法が無いんだ。俺はブラックを抑えつつ、もう一度レッドに懇願するように見上げた。
「別荘に戻ろう。そこに、真実があるから」
俺の目を、レッドの青い瞳がじっと見返してくる。
その目にどんな感情が宿っているかなんて、見当もつかないけれど……俺の言葉を信じてくれた相手の瞳には、俺らしき影が映っているのが見えた。
「この男が犯人でないと言い切れる何かが、俺の別荘に……? はははっ。ツカサ、滅多な事なんていうもんじゃない」
「本当だってば! だ、だから……とにかく来て」
今は幽霊も怖い事象も関係が無い。だけど、手は微かに震えていて。
何一つやましい事はしていないのに、酷く後ろめたくて、何故か怖かった。
「……お前は本当に正直だな」
低い声で愚痴るようにレッドが呟いたが、きっと彼は俺が震えている意味を勘違いしているんだ。ちゃんと、違うって言わないと。
だけど……俺の言葉なんて、今のレッドは聞く耳を持たないだろう。
それが「信頼を裏切った」代償だと思えば、もう何も言えなかった。
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