異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編

37.真実は衝撃を伴う

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「れ……れ、っど……」

 かすれた声がこぼれる。
 思わず後退あとずさりしようとすると、レッドがこちらにゆっくりと歩き出した。

「お前が」

 ぐしゃり、と、丸めた紙を遠慮も無しに踏みながら、レッドが一歩ずつ床を踏みしめて俺に近付いて来る。鼻の少し先を、何か……嗅ぎ慣れたような嫌な臭いが通った気がしたが、レッドが次に発した低い声に意識を奪われてしまった。

「お前が、受け入れてくれるまで、待つつもりだったんだ」

 また、目の前で丸まった紙がつぶれる。
 その音が嫌に耳に残って、俺の背筋をぞわぞわと逆撫さかなでた。

 だけど、俺がそんな事を気にする合間にもレッドは目を見開いたまま、まるで幽霊にでもなったかのような顔をして、足を踏み出してくる。

「お前が、生まれて初めて、一緒に寝たいと思う相手だった。だから、今までお前が求めてくれるまで待って、待ちきれなくて、お前が隣にいるだけで心が急いて、すぐにでも自分の物にしたくて、だから寝ているお前をこんな風に何枚も何枚も何枚も絵で描いて何回も汚した」
「ぅ…………ぁ……」
「この部屋をお前で埋め尽くしていつか本当にお前が俺のものになるのを待ちびて俺の下で可愛く乱れるお前を数えきれないくらい想像して、描き出して、何度も何度もお前と一つになる事を考えてこの部屋に余分な欲望を置いて来ていたんだ。……眠ったお前をこの絵のような格好にさせて、毎日」

 そう言いながら、レッドはキャンバスを掴んで、その絵を俺に見せる。
 先程見た全裸の俺が、月光に照らしだされる。だけど、今はもうその絵すらも何か邪悪な物にしか思えなくなって、俺は思わず口を手で覆ってしまった。

「う゛……っ」

 何故か吐き気が込み上げてくる。
 じゃあ、嫌でも視界に入る数々の恥ずかしいポーズを決めた俺の絵は、寝ている間にさせられていた格好で……レッドはそれを模写していたって言うのか。
 あ、あんな、ブラックにさせられるような、恥ずかしい恰好を……。

 いや、違うだろ、嘘だって言ってくれよ。これは想像しただけだって。そのほうが万倍マシだ。自分が実際にこんな格好をさせられて、レッドに股間どころか……その……隅々まで見られていたと思うと、それだけで激しい悪寒が襲ってくる。
 思っても見ない事実を伝えられて、俺は完全に混乱していた。

 どうして、こんな。
 お互い手だけで達して、それだけで満足だってレッドは言ってたのに。
 なのに、俺に内緒で、嘘をついて、こんな……こんな、こと……。

「幻滅したか? だがそれはお前だってそうだろう。お前は俺の言いつけを破って、俺の部屋に入った。入らないでほしいと言ったのに、好奇心に負けてお前は部屋に入ったんだ。……俺に薬まで盛って」
「……!」
「気付いていないと思ったか? 二度も盛られれば流石さすがに気付くさ。薬が混ざった時の味の微妙な変化にまで気を配っていなかったのは、失敗だったな」

 皮肉っぽくレッドの顔がわらうが、それでも目は見開いたままだ。
 白く浮かび上がった目の中心で、丸い瞳が寒々しい程の青色に光っている。自分が描いた絵を見もせずにポイと捨て去り、また近付いてきた。
 その様子は、もう尋常では無くて。逃げようとする体が壁にぶつかり、俺は無意識に、横にずれてレッドから距離を取ろうとしていた。

 壁に、家具に後ろ手で触れる手が、ガタガタと震えている。
 何がそんなに怖いんだと俺のなけなしの理性は言うが、自分にだって解らない事を理解出来るはずもない。怖いから、逃げる事しか考えられなかった。
 だけどレッドは俺を更に恐怖させるように、ゆっくりと方向を変えて追ってくる。

 俺は必死になって足を動かし、壁にくっついている家具に手を這わせて逃げた。最早もはや今は背後が安全であると言う事でしか、平静をたもてない。
 そんな俺に、レッドはさらに問いかけて来た。

「いつから記憶を全て取り戻していたんだ? その目がおかしくなってからか? 俺を恋人だと思っていたのも嘘か。どうなんだ。どうなんだツカサ……」

 俺をののしるように何度も「お前」と言っていたレッドが、俺の名前を呼ぶ。
 だけど、答えられなくて、俺はひっひっと情けない息を吐きながら体を動かした。
 どうしても、立ち止まれない。レッドから目を離す事も出来なかった。
 そんな風に逃げていたら、相手が激昂する事も予想が付いたはずなのに。

「…………答えられないのか……?」

 レッド眉間にしわが寄って行く。明らかに、怒っている。
 怖い。何をされるか分からないことがどうしようもなく怖くて、体中から汗が噴き出して歯が鳴りそうになっていた。
 だけど、もう、今更。

「ッ!!」

 がこん、と、足が唐突に何かにぶつかる。
 初めてレッドから目を逸らし下に視線を向けると、そこにはゴミ箱のような円筒形の物と、そこからまるで満杯だった液体のように転がり出た丸い紙が――――。

「っ、ぁ…………あっ、ぁあ゛……!!」

 意味が解って、この部屋が何なのかやっと解って、俺は今度こそ全身に怖気おぞけが走り悲鳴を上げた。
 知りたくなかったこんなの。想像もしないで外に出たかった。でも、同じ男として知ってしまったら、こんな異常な事をしってしまったら、もう。

「……何を怖がっている……俺がお前に欲情して何が悪い……何が悪いと言うんだお前はァあ゛ぁああ゛あ゛!!」
「――――!!」

 声にならない悲鳴がのどから出るが、ゴミ箱に足を取られて逃げ出せない。
 そんな俺に、レッドは手を伸ばして――首輪を、掴んできた。瞬間。
 俺の体に、激痛をともなう衝撃が襲ってきた。

「ぎゃあ゛あぁあ゛!!」

 まるで鞭で打たれた猿のような無様な悲鳴が勝手に出て来て、俺は暴れながら床に倒れ込む。あまりの強烈な衝撃に色々な物を手で払ってしまったのか、地面に突っ伏した俺の周りに様々な音で何かが落ちて来た。

 だけど、それを全て確認するまでの意識が保てない。
 何が起こったのか解らず、けれども俺の体はレッドから距離を取ろうと動き出す。それはもう、無意識としか言いようが無かった。腕も足も痺れて、動かない。
 顔すら上げる事も出来ずに地面に伏す俺の首輪を、レッドは掴んで引っ張った。

「う……っ、ぐ……っ」

 簡単に仰向あおむけにされて、地面に乱暴に落とされる。
 さっきので感覚がマヒしていて、痛みすら感じなかった。

「もう、いい」
「ぅ゛、あ……」

 あごが上を向いたままで、レッドの顔が見えない。のどを曝した状態になっている事に危機感を覚え、正気を取り戻そうとするが、目がかすんでいてうまくいかない。
 右を向こうとしてわずかに首を動かすと、そこには四角い何かが見えた。

「あの男の言う通りに支配しても、上手くいかなかった。お前じゃないお前を愛する事すら俺は上手くいかなかった。俺はただお前と穏やかに暮らしたかっただけなのに上手くいかなかった……ッ」

 目の焦点が、徐々に戻って行く。
 視界に映る四角い物が徐々に輪郭を取り戻して、形を明確にして……ああ、これは枠に入った絵だ。色鮮やかで、まるで写真みたいな、絵……。

「あの男と出会ったのが駄目だと言うのか。もう、それすらも“お前”だというのか。だとしたら、もう、何もかもが無駄なんだな。ああ、そう言う事か……」

 ……あれ……?
 今、俺が見ている物に「描かれている」物って……――――

「あ…………」
「だったら……最初からこうすれば良かったんだよな……」

 気付いた、瞬間。

 俺は顎を強く掴まれて、無理矢理レッドの顔の方へと視界を向けさせられた。
 まるで狂人のような目付きで俺を見つめる、レッドの方へ。

「ぅ……ぁ……」

 うめき声しか、出ない。
 息が荒くなって、また体が震えはじめる。
 だがレッドは目を見開いたまま、辛いのか悲しいのかあざけっているのか笑っているのか解らない歪んだ表情で口を開き、顎を持つ手に力を込めた。

「最初から、欲望に従ってお前を犯し尽くせば良かった」

 その目から、一筋何か光るものが流れ落ちたと思った、刹那。

「う゛あ゛ぁあ゛あぁあ゛!! ひっがっ、あ゛っ、あぁあ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 体がまたあの強い痛みと痺れにさいなまれる。何かが焼き切れるようなじりじりと言う音が耳の奥でせわしなく聞こえて体が痙攣けいれんした。痛い、何だ、なんなんだこれは。
 まさかこれが首輪の「奴隷をいましめる機能」だとでも言うのか。

 考えるけど、でも、止められない。
 体が暴れる事すらも出来ず、動けないまま痛みにビクビクと痙攣する俺を見下ろし、レッドがその手を伸ばす。そうして、俺のシャツを襟元から掴んで思いっきり下へと引っ張った。簡単に、手が動いて行く。痛みに支配されているはずなのに、それだけは解るのがとても嫌で、まるで主人がする事だけは近くしなければいけないとでも言われているようで、俺は自分が奴隷なのだと今更自覚して息を吸った。

 くやしい。でも、どうしようもない。痛い、逃げられない。苦しい、辛い、怖い。
 自分の力で逃げなくちゃいけないのに、心が助けを呼ぼうとする。
 誰か助けて、なんて言っても、誰にも聞こえないのに。

「今度こそ、お前を……俺の物にする……」

 俺自身の叫び声と、耳の奥で響く焼き切れる音だけしか聞こえないはずなのに、レッドの低くて怖い声だけはハッキリと耳に届いてくる。
 どうして聞こえちまうんだ。こんな風に苦しめられているのに、何故。

 泣きそうになるけど、もう、レッドの手はズボンを掴んでいて。
 その手が、再び俺から服を剥ぎ取ろうとした。
 はず、だったが。

「ぐあっ!?」

 何かが弾けるような音が響いたと思ったと同時、レッドが目の前に居る感覚が無くなった。それと同時、俺を苦しめていた強烈な痛みと痺れが消え去る。
 やはり首輪があの電撃のような物を生み出していたのか、俺は多少痺れているものの、さっきみたいに全然動けないと言う事はなくなっている。
 だけど、一体何が起こったんだろう。

「う゛……う、ぅ……」

 必死に起き上がると、真正面には苦しそうに顔を歪めてして座り込んでいるレッドが見えた。右手首を抑えているが、一体どうしたのだろう。
 訳が解らなくて眉根を寄せると、レッドは顔を顰めつつ俺を睨む。

「つ、かさ……ッ……! なんの、罠を……張った……!!」
「わ……わな……?」

 なにそれ、何の事だよ。
 わけが解らない。いや、だけど、コレはチャンスだ。何が起こったのかは解らないけど、レッドと距離が取れた。今の内に逃げ出すんだ。
 もうこうなっては、ここには居られないんだから。

「ご……ごめん……!」

 なんで謝ったのか、俺にも解らない。
 だけど俺は震える体を必死に奮い起こして、部屋から駆けだした。












※ツカサが何を理解して怖いと思ったのかは、解る人だけ解って頂けると嬉しい…
 
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