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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
36.知らなければ良かったのに
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「…………寝た、かな……?」
ベッドの中ですやすやと眠るレッドの顔を覗き込んで、俺は息を吐く。
ああ、今日もやっぱりレッドに睡眠薬を盛ってしまった。だけど、掃除が終わった後は大抵レッドと一緒に居なくちゃいけないし、俺があの部屋を覗くタイミングって言ったら、もう夜中しかないんだよ。明日は出かけないみたいだし。
睡眠薬だってそう何度も使えないし、レッドもおかしいと思い始めているかも知れない。疑い出せばきりがないんだ。疑心暗鬼になる前に決着付けないと。
……とはいえ、良心が痛むなぁ……。
「ごめん、レッド……」
謝っても、相手は寝てるんだから聞きようがない。
なにより、こんな状態で謝るなんて卑怯だ。これじゃ謝ってないのと一緒だろう。だけど、一度はそう言わずにはいられなかった。
……こんなの、ただの自己満足なんだけどな。
「…………」
レッドが寒くないように肩までしっかり布団を掛けてやって、俺は出来るだけ音を立てないように動き、ゆっくりとドアを開けて部屋から脱出した。
我ながらうまく音を立てずに出来たと思う。
ドアノブが回る音が少し響いてしまったが、これくらいは許容範囲内だろう。
よし、気持ちを切り替えて開かずの部屋の探索に向かうぞ。
「今日は月明かりが強いし……灯りなしで行けるかな……?」
部屋で寝ていた時は、カーテンを閉めていても月の光が部屋に入って来ていた。
これなら、蝋燭を使わなくたって大丈夫なはずだ。そう思い、俺は今まで入った事の無かった最後の部屋の扉に近付いて、ゆっくりと手を触れた。
…………なんか変な曜術とかが掛かってる感じは無いな。
試しに小さく手を捻ってみると、ドアノブは簡単に動いてしまった。ま、まさか、鍵すら掛かっていないのか? どんだけセキュリティー薄いんだよレッド!
いや待て、これは、俺の事を信用しているから鍵をかけてなかったって事なのかも知れない……あぁあ……だとしたら凄く申し訳ない……。
レッドなんて嫌いだけど、ヤだけど、やっぱそれでも信用されてるって解ると心がズキズキするぅう……何で嫌いな奴に信用されてるのに心が痛むんだよ……。
そりゃ、レッドは可哀想だと思うけど、でもアイツは敵なんだ。目覚めろ俺。
申し訳なく思うのは、信用して貰っているのにそれを裏切ろうとしている事にであって、それはレッドに対してだけの感情ではないはずだ。ブラックにだってクロウにだって、俺は申し訳ないと思うだろう。だから、そう言うんじゃないんだ。
心が痛いなんて、欺瞞だ。俺の馬鹿野郎、また偽善者になってるじゃねえか。
こんなの、良心なんかじゃない。ただ悪人になりたくなくて逃げてるだけだ。
そんな風に立ち止まっているんじゃ、覚悟なんて出来てないも同然じゃないか。
レッドは敵だ。それ以上でもそれ以下でもない。
相手に悲しい過去があろうとも、対立すると言うのなら立ち向かうしかないんだ。だって、何の罪もないブラックが殺されて良いはずがないんだから。それに、俺が今やっている事がバレてしまえば、俺だって殺されるかもしれないんだぞ。
だから、同情なんて薄っぺらい気持ちを抱いている暇なんてない。
記憶を失っていた時の甘い気持ちに引き摺られるわけにもいかないんだ。
このままレッドと平穏な暮らしを続けていても、何も変わらない。寧ろ、日が経つにつれてどんどん隠し事が出来なくなって、いずれはブラックの事も知られてしまうだろう。そうなってしまえば、約束を破った時以上に俺達の関係は険悪になる。
どっちにしろ俺はレッドを騙していた事になり、辿り着くのは同じ泥沼だ。
だったら、今動くしかない。
例えレッドに見つかって激昂されたとしても、殺されたとしても、手がかりが有るのか無いのかだけは確かめないと。
相手に「裏切り者」と罵られる覚悟を持って、動くべきなんだ。
「…………よ……よし……っ」
瞳の色がこうなってしまった時から、もうどの道結末は決まっていた。
だったらその間に出来るだけ足掻くしかない。
俺は大きく息を吸い込んで、ゆっくりとドアを開いた。
ぎ……と小さく音が鳴ったが、なんとか抑えて中を見やる。……だけど、部屋の中は廊下よりも非常に真っ暗で、何があるのかが陰でしか解らなかった。
これは……蝋燭を持って来たほうが良いんだろうか……。
でも、暗闇に居る内に目が慣れるかも知れないしなあと思っていると、暗闇に少し目が慣れて来たのか、薄らと光が差しこんでいる場所が見えた。
あそこが窓かな。じゃあ、カーテンを縛れば部屋の中が明るくなるかもしれない。
蝋燭を持ってくる時間も惜しいし、とにかく入ろう。
そう決心し、俺は音を立てずに部屋の中に入ると、ゆっくりとドアを閉じた。
「…………」
冷えた空気が沈黙を更に重くして、喉がじりじりと疼く。
立ち止まっているだけで肌寒くて思わず動きたくなったけど、大きな動きは余計な物を動かしてしまうかも知れない。慌てずに暗闇に目が慣れるのを待って、俺は改めて周囲をゆっくりと見回した。
……うん、さっきより何があるか解るようになってきた。
あくまでも形だけだけど……なんか、壁が階段みたいに段になってたり、隙間があったりして変な部屋だな。デザインルームって奴か?
でも、壁じゃない所には普通に家具が有ったり色々置いてあったりするな。
壁が変なだけで普通の部屋っぽい。家具は何か低めの物ばっかりだけど……。
「……ん?」
不思議な部屋だなあと思いながらふと部屋の中央を見ると、キャンバスのような物が見えた。良く見ると、床には何かたくさん転がっている。
おっとあぶねえ。踏む前に気付いてよかった。……でもこれ、なんだろう?
謎の丸い物を踏まないように近付いて、キャンバスに近付く。
「んん……?」
薄暗いけど、ここまで近付いたらなんとなく分かるぞ。
ええとこれは……絵だな。何か描かれてるけど……ああもう、よくわかんない。
やっぱりちゃんと窓を開けないと駄目だな。俺はブラックみたいに夜目が効かないから、どうしようもない。あーちくしょう、俺にも暗視スキルとかあればいいのに。
考えながら、必死に「丸っぽい何か」を避けて窓に近付く。
ほんの少しだけ光が漏れていた窓……らしきものだったが……。
「…………あれ……」
これは、普通のカーテンではない。
どういうことか、窓の型枠に鋲が撃ち込まれていて、その鋲にボタン穴が開いたカーテンを繋いでいくという特殊な閉じ方をされており、何十個もある鋲によって、窓は固く閉じられていた。
これは……風でカーテンが広がるのを防ぐためなんだろうか……?
よく解らないけど、なんだか見ていて気味が悪い。
何故この部屋だけこのような厳重な閉じられ方をしているのかが解らないが、壁が妙にデコボコしているのと関係があるのだろうか。
解らないながらも、とにかくカーテンを解放していく。下から順番に外していくと、床の方にだけ光が差しこんできてキャンバスに当たった。おお、なんかギミックを解いたみたいな感じになってちょっと楽しいぞ。
ふむふむ、床に転がっていたのは紙を丸めた物だったみたいだな。
描き損じか何かかな?
爆弾とかじゃなくて良かったけど、踏んだらどの道危なかったぞ。
どこまでも慎重に動いてよかったと思いつつ、俺は一旦キャンバスを見るために戻った。そうして、何が描かれているのかとその画面をみやると。
「…………ん……?」
なんか見た事有るなこれ。いや、見た事有るなんてもんじゃないぞ。
これ、俺だ。
「…………え?」
寝てる俺が描かれてる。セピアな色遣いで俺の姿が、ってか、あの、これ……。
……俺…………素っ裸なんですけど…………。
「………………」
ま……――――。
待て、待って待って、ちょっと待って。落ち着こう、ちょっと落ち着こうか俺。
ええと、あの、セピア色の絵の具……ていうかこれ焦げ跡だよな。焦げ跡で、俺が素っ裸で寝ている姿が描かれてるよね。それは間違いないよね。うん、オーケー。
で、これなに。何のための絵なの?
これどう考えてもレッドが描いてるよね。俺の左腕は火傷の痕が無くて綺麗だけど完全に最近の俺の事見てレッドが描いてるよね?
……え……えっと…………こういう時って……どういう反応、したら、いい……?
笑えば良いんじゃないかなとかもうそういう次元じゃないぞこれ。
「う……下までしっかり描かれてる……」
犬のように体を横たえて寝ている、とかならまだ「芸術性のあるポーズだから描きたくなったんだな?」とか納得出来たんだけど、絵の中の俺は下半身だけはキッチリ正面を向いていて、恥ずかしい部分まで詳細に描かれている。真上からしか見て無いけど、これは紛れもなく俺の息子だ……誇張一切なしの。
こんなの別荘に来てからじゃないと詳細に描けないだろう。
なに、じゃあアイツ、俺の事を裸婦像みたいに考えてたの。裸婦でラフってかおいバカヤロー! ちくしょう落ち着け俺、自分の痴態を記録に残されたからって混乱すんな! 音を立てたら白いキャンバスに血が降る事になるぞ!!
あぁあああまあそりゃモデルは身近で済ませたいってのは解るし、多分そう言う事なんだろうけど、でもだからって俺の恥ずかしい所までなんで写実主義で描いちゃうんですか、やめてせめて抽象的にしといてよむしろ誇張してよ……。
「ま、まあでも、これは……絵の練習、ってことだよな、そうだよな?」
レッドは【工場】でも「俺の絵を描きたい」って言って俺の肖像なんて描いちゃってたし、芸術を嗜むタイプの青年だったのだろう。うむ、解る。解るぞ。レッドはそっち方面の文系だよな。だから絵を描いたんだろう。親父さんの影響だろうな。
裸婦画は、こう、多分……あの……まあ……芸術ってエロみたいな所も有るし、俺だって男だから、そういうの描きたくなるのは解らんでもないし……。
その欲望の矛先が俺って言うのはちょっとゾワゾワしてしまったが、でも、レッドだって健全な青年なんだから、俺を別の美女に置き換えたら納得できるからな。
うむ、仕方ない。仕方ないんだ。こりゃ見せたくなくても仕方ないわ。
レッドがこの部屋を見せたくなかったのはきっとこういう事だったのだ。
誰だって、自室に堂々とエロ本が置いてある状態では、人を呼びたくない物だ。
じゃあ……ここはやっぱレッドの私室ってだけで、何もやましい事は無かったのかなあ。いやまあやましい物は有ったけども。
「しかし、他には別に変な物なんて……」
ないよな、と、光が差しこんで少し見えるようになった部屋を見渡すと、俺の胸下あたりまでしかないチェストの上に、写真立てのような物が在るのが見えた。
そのサイズを見て、俺はハッとする。
あれって、隣の部屋から消えた絵画と同じサイズじゃないか?
もしかしたら、レッドが持って来てここに置いてたのかも知れない。
思わず近付きそうになって、俺は待てよと立ち止まる。
ターゲットは微妙に光からずれていて詳細が解らん。これ以上何かを動かすのはバレる確率が高くなるから危ないし、他の場所をきっちり見る為にもカーテンを完全に開けたほうが手間が無いな。
そう思い直すと、俺は再び丸めた紙を踏まないように慎重に窓に近づき、ぽちぽちと残りの鋲からカーテンを外した。
徐々に月の光が漏れて来て、部屋が明るくなり始める。
壁がデコボコで変だと思った部屋だったが、一体どんな感じなのだろう。
ちょっとドキドキしながら、最後の鋲を外して、俺は強い月の光を直で浴びた。
「っ……!」
一気に外れたカーテンに虚を突かれて思わず面食らってしまったが、目を擦って俺はゆっくりと部屋を振り返った。
ぐぬぬ、急に目を明るい所に向けたせいか、暗順応が上手くいかないぞ。
これだから暗視スキルゼロは……などと思いながら、やっと目がシパシパしなくなってきたのを確認して、床を見る。俺の影が月光によって長く伸びていて、家具を伝い向こう側の壁にまで伸びていた。
何の気なしに視線を動かして、家具の上にある壁を見やる。
と。
「――――――……え?」
目の前に飛び込んできたものに、俺は思わず、声を漏らしてしまった。
「…………っ」
だけど、次に来るのは声じゃなくて、言い知れない震えで。
視界に広がった光景を暫く理解できなかった俺は、ただ震える息を吐いて、必死に目の前の現実を受け入れようと自分を叱咤するしかなかった。
だって、目の前には。
俺が、見た、部屋の壁一面には
あられもない姿の俺の絵が何枚も、所狭しと貼り付けられていたいたのだから。
「っ……ひ……っ……ひ、ぃ……っ」
体が、一気に冷える。
がくがくと膝が震えて来て、顔から汗がどっと溢れて、思わず足が後退した。
今目の前に広がっている光景が信じられなくて、逃げたくなる。だけど、月の光が照らしだした部屋は、最早見間違いなど許さない、ほどに……俺が、恥ずかしい格好をしてる、裸の絵、とか……変な、赤い顔、してる……絵が……壁に、ぎゅうぎゅうに、はりつけられて…………――
「見た な?」
ひっ……――!?
なっ、なに、この声。まさか。
「ッ……!」
咄嗟に見たそこには。ドアの、方向には……
「見たんだな? ツカサ……」
狂気を孕んだ光で青い瞳を染め上げている、無表情のレッドが……幽霊のように、立っていた。
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