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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編
12.買収
しおりを挟む暗黒都市ガルデピュタン。その名は何度となく聞いた事が有った。
しかしその名に良い印象は無い。
昔旅をしていた頃ですら、近寄る事は無かった場所だった。
さもありなん。ガルデピュタンは、アランベール帝国内における悪の吹き溜まり、モンスターに最も近い者どもが集う人外魔境の模型とも言われている。
それはすなわち、その都市に住む人々が人族扱いされていない事に他ならない。
故に、噂を聞いた事がある物しか立ち寄る事のない街とされている。
そう、ガルデピュタンは都市の名を貰って都市として機能しているように見えるが、実際は地図上に存在しない「否定された街」なのだ。
だからこそ、無法も悪行も黙認されている。街を守る兵士達も、帝王の意向を示すためだけにそこに駐在しているただの“お飾り”であり、正規の通行証など無くとも、金を積めば簡単に通してくれる有様だ。街自体も、悪鬼悪人共の隠れ家から増築に増築を重ねた結果、街壁は歪に重なり合い広がって、街の中はそこかしこに路地や無用な建物が散らばり道が連なってしまっている。
こんな街は、頭が良いとされる連中が造る街ではない。
悪人達が悪人なりに創り上げた「無法の街」だからこそ、この街を治める者達や、兵士までが腐り切っているというわけだ。
しかし、そうは言ってもこれは「腐敗」ではない。
最初から腐り切っている物が、更に腐る訳がないのだから。
(だけど……この街にツカサ君が居る…………のか……)
綺麗に舗装されている煉瓦敷きの大通りを歩きながら、ブラックは周囲を見回して目を細める。馬車で移動するためか、大通りだけは整えられているようだが、しかし馬車が入らない道は大体が悪路と化しており、貴族の靴なら歩くだけで傷みそうだ。まあ、こんな場所に着飾った者が来る訳も無いから、それでいいのだろうが。
しかし、ここにツカサが居るかもしれないとなったら話は違ってくる。
まさかその危険な路地で飼われてやしないだろうかと思うだけで焦って、まだ見ぬ何者かに怒りが湧いてくるし、手が無意識に剣を握ろうとしてしまう。
ツカサはこの街で、どんな事になっているのか。
己の冷静な部分が考える選択肢は、どれも最悪な物でしかなかった。
……弱いツカサの事だ。悪党に捕まって奴隷にされ、過酷な労働をさせられているかもしれない。もしくは彼の幼さを残す容姿に目を付けた好色家が召し上げて、夜な夜な犯されているかもしれない。そうでなければ、何か見世物にされているか。
何にせよ、良い扱いを受けている訳ではないというのは確実だろう。
この街は醜悪だ。弱者は生き残れないし、心優しい奴ほど損をする。
ツカサのような者は騙されて搾取され続け、街からは生きて出られない。
それを理解しているからこそ、心が急いて仕方が無かった。
(別に、どんな状態になってもツカサ君を手放す気はないけど……もし性奴隷なんかにされてたら、冷静で居られる自信が無いな)
ツカサの目の前で人を切り捨てる真似だけはしたくないが、どうなることか。
考えても仕方のない事を考えつつ、ブラックは拳を握って自分の指にはまっている指輪の感触を確かめる。飾り気は少なくともしっかりと指に纏わりつく指輪は、もう近い場所にある片割れの指輪を感じ、小さく震えていた。
(追跡機能も、感知機能も問題ないみたいだな。うまく機能しなかったらどうしようかと思ったけど……ちゃんと動いてるみたいで、本当に良かった。ツカサ君が落下した時は頭が真っ白になったけど……でも、婚約指輪があるからと思ってなんとか冷静でいられたんだ。……本当に、プロポーズしておいて良かった……)
思えば、自分達の間には“二人だけが持つもの”が少なすぎた。
(旅また旅で逗留する事も少なかったし、そう言う事を考える意識も今まで無かったからなぁ……。ツカサ君が居るだけで満足だったし)
だが、こうなって見ると「繋がっている証」と言う物がいかに重要だったか解る。
幸せな記憶はいくつもあるが、しかしそれは目に見える物ではなく、このように彼が失踪した時などには役にも立たない。記憶自体は大事だが、それとツカサを助けるための手段は全く別問題だった。
……結婚などと言う物を意識しなければ、彼との間にはなんの「証」もなかった。
それを考えると、婚約指輪を作って「ツカサと自分は深く結ばれた物である」と示すと同時に、悪い虫が寄ってこないように“細工”をしようと考えた事は、まさに英断だと言えるだろう。結果的に、こうしてツカサを失わずに済んでいるのだから。
(ちょっとやりすぎかなって自分でも思ってたけど、やっぱり問題なかったな……。早くツカサ君を助けて、こんな街抜け出さなくちゃ)
そう思って、ブラックは不届きものばかりの道を、指輪が導く方向へ進む。
強盗を考え追尾して来る者やスリを働くものを視線でいなしながら、暫く舗装されている道を歩いていくと、少しだけ周囲の雰囲気が変わって来た。
今は大通りから別れた少しだけ細い道なのだが、それでも地面はささくれておらず整えられており、周囲の建物も塗装や漆喰が剥がれぼろぼろになった感じは無い。
みな普通の街のようにある程度は綺麗に保たれていて、この街でいえば、身なりの良い者が訪れる高級街のように思えてくる。
ただ単に新興地域という可能性もあるが、しかし他の区域よりはだいぶん清潔感があった。そう言えば、先程までこちらを遠巻きに見ていた雑魚がいつの間にか居なくなっている。ここは彼らの縄張りではないらしい。
(という事は……チンケな悪人を黙らせるほどの財力や能力を持っている奴がここに集まっているって事だよな……。ツカサ君、やっぱり性奴隷にされてるのかな)
……別に、ツカサが誰かに穢されたからといって、ツカサを嫌う事は無い。
そもそも、今まで散々襲われて駄熊にも体を開いているような子なのだ。いつも駄熊に対して「犯すな」と言ってはいるが、本当は、今更誰かに侵入を許されたとて、ツカサを怒る気にはなれなかった。
彼が犯されるのは相手の力に負けたせいであり、ツカサの心がブラックから離れたせいではない。例え犯されていようが、ブラックの物であると思ってくれていれば、それだけでブラックは良かった。駄熊との事だって、何だかんだツカサがブラックを一番に思ってくれているからこそ許せるのだ。
人族は基本的に肉欲や快楽に流されやすく、凄まじい快楽に体を拓かれれば簡単に心が揺らいでしまう。それが当たり前なのだ。だから、彼の一途な純真はそれだけで尊い物だった。少なくともブラックは、今までツカサのような「子供らしさ」を残した者に会った事が無い。それだけ、ツカサは稀有な存在だった。
だが、そう思うのも仕方は無いだろう。ツカサは、今までどんな物に誘惑されても決してブラックを裏切らなかった。あのクズガキに恫喝され、左腕を燃やされても、ツカサはブラックがプレゼントした指輪を手離す事は無かったのだから。
……あの状況で指輪を捨てても、誰も彼を責めはしなかっただろうに。
なのに、ツカサは指輪を捨てるよりも、ブラックとの思い出を守るために焼かれる苦痛を選んだのだ。
それくらい、ツカサは自分を思ってくれている。
博愛主義とは言え、ツカサのブラックへの愛情は、他の者へ向ける感情とは一線を画しているのだ。普段の彼を見ていると、それが嫌と言うほど理解出来た。
だから、ブラックはツカサがどんな状態であろうと、どうでも良かったのである。
ツカサが自分を一番に思ってくれてさえいればそれでいい。
ブラックの恋人だと、唯一無二の伴侶なのだと頷いてくれたその気持ちさえあればどんな状態だって、優しさを持って彼を抱き締めてやれた。
それだけの愛情を、ツカサはくれたのだから。
(…………だけど……もし本当にツカサ君が奴隷になっていたとしたら、指輪の所在は移ってるかも知れないな……)
――――この最低な街に指輪の反応が有った。という事は、ツカサの地位は絶対に低い位置に設定されているだろう。となれば、ツカサが持っている物品は略奪され、ツカサ自身が身に着けていない可能性もある。それに、まだ傷も癒えていない状態だったのなら、身ぐるみを剥がされ放置された可能性だってあった。
つまり、指輪の所在が解ってもツカサがその場にいない可能性がある。
それを考えると、はらわたが煮えくり返りそうだったが……しかし、そこで怒りを抑え冷静にならなければ、ツカサの居場所は永遠に解らないだろう。
段々と縮まる距離に、いやに心臓が動くのを感じながら歩いていると――ふと、前から細身の男二人組が歩いて来るのが見えた。
人通りが少ないこの道で、別の街と同じように手ぶらで歩いている彼らは一種異様にも思えたが……首を戒めている華美な装飾の首輪を見て、ブラックは納得した。
彼らは、奴隷。しかも、かなり可愛がられている愛玩用奴隷に違いない。
本来なら隷属の象徴である首輪を首飾りのような物として装飾されて、男にしては珍しく女のように細身で、服装も女性的な感じになっている。
彼らがその女性的な細さと磨き上げられた肌を保てている事と、自由に外を歩いている様を見れば、主人からとても可愛がられている事がすぐに知れた。成人済らしい男が健康的で女性のようにすらりとした腕を保つということは、それだけ難しいのだ。なにせ、男はもう十二三から大人の体つきになる者も少なくないのだから。
だから、娼姫になる男性でも女性的な体格を持っている物は珍しく、ツカサのように少年らしさを残した物は更に珍重されるのである。
そこから考えると、彼らはこの街でも良い御身分になっているようだ。
……願わくば、ツカサもああして可愛がられていれば、まだ辛くないのだが。
(…………いや、それはそれで、困るな……。だって、優しくされていたらツカサ君はまた情を移してしまうだろうし……。ツカサ君は僕の恋人なのに……)
誰かにツカサが懐いている。
そんな場面を見るのだと思うと、すぐにツカサを攫って逃げてしまいそうだった。
愛しい恋人が幸せで在って欲しいと願う気持ちは有るのに、そんな事を考えると、己の中の卑しい感情が「どうか、普通の奴隷のように虐げられていてくれ」と思ってしまう。その考え方はさすがに人としてどうかと思うが……それを自分で批判できていれば、ブラックはこんな性格になってはいなかっただろう。
(はぁ……。ツカサ君……本当に、どこにいるんだろう……)
願わくば、すぐに救出できる場所に居て欲しい物だが。
そう思いながら歩いていると、愛玩用奴隷らしい二人と段々距離が近付いてくる。と、彼らの会話が耳に入って来た。
「…………だよねえ……」
「ほんと、あの成金ガストンがあそこまでになるなんて……」
二人の顔が確認できるくらいの距離になった。
やはり見目麗しく、昔のブラックだったら一晩ベッドを共にしていたかも知れない。
残念な事に、今はもう何とも思わなくなってしまったが。
「さすがに可哀想かもぉ……」
「……まあ、アイツここじゃ珍しく“まとも”だったもんなぁ。いつもなら、冷たい目で僕達のことギラーッて睨んでくるのに、あれだもんなあ」
二人と、すれ違う。
よくある世間話だと思いながら、目的地を目指そうと意識を切り替えようとした。
と、同時。
「あの黒髪の奴隷のこと、ほんとに大事にしてたっぽいもんね……」
「好きだったんじゃない? だって、番号じゃなく名前で呼んでたしさ。……なんだか相思相愛っぽかったし……ああいうの見ると、なんかさすがに可哀想で……」
「だよねぇ……。あのツカサって子、ホントに今頃どうしてるんだろ。早く成金ガストンの所に戻れるといいんだけどね……」
――――――今、何と言った?
「お……おい、お前ら」
振り返って、早足ですぐに二人に追いつく。
回り込んで足を止めさせると、奴隷達は少し驚いたようにブラックを見上げた。
「え? あ、あ~オジサンごめんね~。ボク達ウリはしてないんだよ~」
「店に来てくれれば、女将さんと交渉もできるけど……」
「そうじゃない。今の話、僕に聞かせて欲しいんだ」
ブラックがそう言うと、二人はキョトンとした顔を互いに見合わせた。
さもありなん。彼らはただ世間話をしていただけなのに、突然見知らぬ男に話しかけられて、会話を聞かせろと言われたのだ。驚いても仕方ないだろう。
だが、ブラックは何としてもその話を聞かねばならないのだ。
「話してくれれば、情報料として金貨一枚くれてやる」
懐から金貨を一枚取り出して見せると、二人の顔色がすぐに変わった。
そう、この街の住人は金には誠実で、正直だ。
だからこそ、こうやって金ですべてが解決する事も有る。
「…………話してくれるな」
半ば強制するような声音で、二人に言う。
だが、金貨の輝きに取り憑かれた奴隷の二人は、ブラックの強引な口調すらも既に許容範囲内になっていたようで、目を輝かせて何度も卑しく頷いていた。
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