異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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暗黒都市ガルデピュタン、消えぬ縛鎖の因業編

12.何かを思い出す事もきっと怖い事

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 何だか最近ガストンさんがおかしい気がする。

 いやまあ、おかしいと言ったってまだ働かせて貰って一か月も経ってないし、俺の思い過ごしって事も有るんだろうけど……でもなんか気になるんだ。

 だってさ、いつもみたいにガストンさんと喋ってると、何が引っ掛かったのか唐突に妙な顔をするし、それに執務室では机の中の物を見て何度も溜息を吐くんだよ。
 どう考えても何か思う所があるとしか思えないんだよなあ。

 だから、俺も俺なりに「自分に悪い所は無いか?」とみんなに確認したり、それとなくガストンさんに訊いてみたりしたんだけど、でも反応はかんばしくない。
 適当にあしらわれてるのかも知れないが、みんな「悪い所などない」とか言うし、ガストンさんはガストンさんで言葉をにごすし……ああもう、どうしたってんだよ。
 何か嫌な所とか有ったら言って欲しいし直す気マンマンなのに、何でそう言う時に限って誰も教えてくれないんだあああ!

 みんなが何も言ってくれないのも優しさなのかも知れないけど、俺としては大事な人に嫌な顔をされ続けるのは嫌なんだけどなあ。
 でも、誰も教えてくれないのなら俺にはもうどうしようもない。
 本当に何が引き金になるのか解らなくて、何だか会話もおぼつかなかった。

 ……なのに、ガストンさんの態度は変わらないんだよな。
 それどころか、最近ちょっとだけ距離が近くなったような気がする。

 と言っても、一緒に机に並んで本を読んだり、隣同士で並んで食事をしたりとか、仕事が終わったらずっと一緒に居るって程度なんだけど……まあでも、あの人寡黙かもくなカンジだから、これも凄い仲が良いって事だよな!

 だってほら、仲が良く無かったら、一緒に本を読んでて俺がつい寝ちまった時とかに、肩を貸してくれたりなんかしてなかっただろうし……。
 ………………恥ずかしいな。男に肩を貸して貰うってなんかこう、どうなの。

 電車でつい転寝うたたねして、横の人の肩に思いっきり頭乗っけててスゲー恥ずかしかった時の事を思い出すんだが、でもそれを許してくれてるって事は仲良いって事だよな?
 あの時は赤の他人だったからめっちゃ気まずかったけど、ガストンさんの場合は俺に上着まで掛けてくれてたし、起きたら「別にいい」とか言ってくれたんだ。

 ……ガストンさん、ほんと正統派の貴族ですって感じの紳士すぎる……。
 くそー、俺も見習いたい、そうだよ格好良さって内面からにじみ出るものなんだよ。
 ああいう風にスマートになれたら、俺だって女の子に相手して貰えるのに!

 普通に寄りかかっちゃうような大人な紳士なら、俺だって……うん……。
 でも、不思議だなあ。
 知り合いですらなかった人と急にこんな風に距離が近くなる事ってあるんだろうか。しかも、相手は大人だし正直悪い人だ。まあ奴隷商人にも色々なタイプがいるし、この世界じゃあそれも必要悪なのかも知れないから、俺には悪いって断じる事は出来ないんだが……にしたって、少しは抵抗が有りそうなもんなのにな。

 どっちかってえと、そばかすお兄さんのマルセルの方が俺は苦手なんだけどな。
 だって典型的チャラ男だし、俺の事を奴隷としてしか見てないし、ガストンさんの事が嫌いなだけに飽き足らず、俺に対して窃盗しろとかすすめて来るような奴だし。

 そりゃ、嫌いなのは本人の自由だけど、俺を巻き込まないでほしいよ。
 最近だと何度も「まだ盗まないのか」とかせっつかれてるし「しません」と言っても聞いちゃくれないし……もうなんなんだあの人は。

「……っと、いかんいかん。こんな事を考えてたら余計にイライラしちまう」

 そんな事より早く掃除を終わらせなければと思い、俺はガストンさんの寝室を徹底的に綺麗にすべく、行動を開始した。
 とは言っても、ガストンさんは普段から綺麗に部屋を使ってるみたいで、俺がやる事と言ったら、シーツの取り換えと簡単な掃き掃除拭き掃除ぐらいしかなかったが。
 でもレトロで高そうな調度品が多いから、毎回慎重しんちょうにやるんだけどな。

「よし、次はシーツっと……」

 掛け布団を剥ぎ、あまりしわが寄っていないシーツを剥ぎ取ろうとするが、毎回この動作がキツイ。何故かは知らないが、この世界のマットレスって異様に重いんだよな……スプリングとか入ってないみたいだけど、ガストンさんのマットはそれなりに弾力があるから、恐らく何らかの弾力のある毛とか素材が入ってるんだろうな。

 ……しかし、マットレスのスプリング代わりになる素材って何なんだろう……。
 中身を考えるとあまり触りたくなくなってくるが、そこは気にせずシーツを取り、後で持って行きやすいようにまとめる。

 すると、シーツにガストンさんの髪の毛が何本か付いているのに気付いた。

「…………」

 何だか気になって、一本を手に取り光に透かして見る。
 別におかしい所は無い、色せた煉瓦れんがに近い暗い赤に染まった髪の毛だ。
 だけど、俺はそれを何故か何度も角度を変えて光にさらしていた。

「……おかしいな……。赤毛って、こんな感じだっけ……」

 赤毛って、もっとこう……すっごく鮮やかで、太陽の光に透かしたらキラキラ光るような感じの綺麗な色じゃなかったっけ。
 それにもっとこう……うねうねしてたような……。

「…………?」

 でも、俺の世界の赤毛もそんな鮮烈って感じの色じゃない人が多いしな。
 何でそんな事思ったんだろう。天然の赤毛なんて異世界に来て初めて見たし、そもそも赤毛の人なんてガストンさんしか知らない。
 他のものと比べるような事なんて、ないような気がするんだけど。

「うーん……?」

 これって、失くした記憶に関係があるのかな。
 そう言えばここ最近、何だか変な夢を見るんだよなあ。

「……でも、なんだっけな……」

 窓の外の光を見ながら、夢の内容を思い出そうとする。
 だけどその内容はジェットコースターみたいで、夢の内容全てを思い出そうとするのはとても難しかった。

 という生々しい感触は有るのに、全てがぼやけていて明確にならない。
 凄く感情が動くのにどうしようもなく他人事のように思えて、もどかしくてたまらないのに何も解らない事が当たり前のように思えて、頭がただ混乱する。
 結局目が覚めて理解しているのは、自分が泣いている事だけだった。

 おかげで、毎朝毎朝ノドがカラカラだ。
 いつも胸元を握り締めて起きるから手も痛いし、動悸どうき息切れも凄い。
 それに、あの夢を見るようになってから、なんだか妙な違和感を覚えるようになって仕方がない。なんというか……ふとした時に肩が軽いなぁとかモフモフが足りないなぁとか思っちゃったり、ふとしたときに腰に手を回そうとしてスカしたり……。

 それに、なんか……その……。

「…………うぅ……」

 そこまで考えると急に恥ずかしくなって、思わずシーツを抱き締めてしまう。
 だって、その違和感の最たるものって言うのが……。

「変だよ絶対…………だ……抱き締められるの、足りないって、思うとか……」

 ……そう。自分でも本当に気持ち悪いし恥ずかしいとは思うのだが、どういう事か俺は何かに包まれるような感覚に非常に敏感になっていて、ガストンさんに抱き締められてからずっと、その感覚を求めるようになってしまっていた。

 一言で言えば、もっと抱き締められたいと思ってしまっているのだ、俺は。

「……………」

 おかしい。絶対こんなのおかしい。自分でも変だと解っている。
 だけど、体が言う事を聞いちゃくれないんだ。気付けばガストンさんの事を見てて、あの手を広げて「おいで」って言ってくれないかなとか考えちゃって、そんなの俺みたいな奴が考えるこっちゃないのについ物欲しげに視線を向けたりして……。
 あぁああ……やっぱ変だよな、頭おかしいよな……。

 俺どうしちゃったんだろう、何でこんな事思っちまうのかな。
 普通男に抱き締められたいとかおかしくない?
 そんなケなかったのに、俺ってば一体どうしちまったんだろう……。

 まさか、記憶喪失の時に色々あったのか。
 いやでも今の所そんなことを思うのはガストンさんにだけだし、もしかしたら俺は記憶を失う前にガストンさんと何かあったのかもしれない。
 しかし「抱き締められたい」と思う記憶って一体……いかん怖くなってきた。やめようこんな事を考えるのは。

 俺は人間的な意味でガストンさんを好いているのであって、女の子達に抱くような感情を持っている訳ではない。そりゃ抱き締められたりもするけど、それだって相手が外国人風だからで、普通の野郎にこんなこと許すはずがない。
 つーかガストンさんじゃ無きゃ抱き着かれたら殴ってるって絶対。

 なのに、そんな事を思うなんて……。

「俺、やっぱし何かおかしいのかなあ……」

 思わず溜息が出てしまって、俺は抱えたシーツに顔を埋めた。
 ……記憶が戻ったら、この違和感もモヤモヤした気持ちの正体も解るのかな。
 だけど……思い出してしまったら、ガストンさんの事を忘れてしまったりしないだろうか。黒狼館での事をちゃんと覚えていられるのかな。

 解らない。記憶喪失なんて今までなったことがなかったから、本当に怖いよ。
 また何かを忘れてしまったらどうしよう。
 大切な人を忘れてしまったら、その相手を悲しませてしまうのだろうか。失くした記憶を取り戻したら、誰かが悲しむかも知れない。元々の俺が実は極悪人だったら、ガストンさん達も流石に俺に近寄りたくないと思ってしまうかも知れない。

 とても、怖い。
 違和感を失くしたいとも、記憶を取り戻したいとも思うのに、その事を考えると、もう忘れてしまった方が良いんじゃないかと俺は考えてしまう。
 だけどそう思うたびに夜な夜な見る夢に泣く事が多くなって、気が付けば俺はいつも胸元の“なにか”を探していて、ガストンさんにまで変な事を思うようになって……。

「……どうすれば良いんだろう……」

 俺は、記憶を取り戻してるのかな。取り戻して良いのかな。
 取り戻す代わりに何かを失ってしまうとしたら、どうすればいいんだろう。
 解らない。初めての事が多すぎて、どうしたらいいのか見当もつかないよ。

 このままじゃ駄目だって、解ってるのに……。

「…………」

 シーツを強く抱きしめたまま黙っていると、不意にドアが開く音がした。
 ガストンさんが帰って来たのかな、と、反射的にドアの方を見やると。

「……え……」

 そこには何故か、そばかすお兄さんことマルセルが機嫌悪そうに立っていた。
 ドアに寄り掛かって、俺を睨むかのように。

「おい。いつまで待たせる気だよ」

 そう言いながら入って来ようとする相手に、思わず体が警戒するように動く。
 警戒……そうだ、コイツは危ない。ガストンさんから盗みを働こうとする不届き者なんだ。あまりにも他力本願で実行しそうにないから黙っていたけど、ついに部屋の中にまで入って来たということは、相当イラついているに違いない。

 だけど、なんとかしてこの部屋のモノは守らなければ。
 部屋の掃除を任されている者として、信頼を裏切る訳には行かない。そう思い直し心をふるい立たせると、俺はマルセルに注意した。

「ここはガストンさんの部屋なので、外に出て貰えませんか」
「ほー……一丁前に言うようになったじゃねえか。それもしつけの成せる技か」
「しつけって……」
「あのオヤジに何をされたんだ? 従順になるくらいだから凄い事されたんだろ?」

 部屋に入って来て、どんどん俺に近付いて来ようとする。
 すぐに逃げ出したくなったけど、でもこの部屋に彼をおいて行く訳には行かない。
 何かを盗まれたら、悲しむのはガストンさんだ。
 この人の話を聞かない自己中男をなんとかして部屋から出さなければ。そう思い、俺は相手の胸を両手で押して、部屋の外に出そうとつとめた。

「たのみ、ますっ、から、ここから出て下さい……っ!」

 そう言いながら部屋の外に出そうとするけど、相手は少しもひるまない。
 動かそうとしてるのになんで動かないんだよ。体格差有り過ぎなんだけど!!

「うるせえなあ。真面目に仕事なんかしてるんじゃねえよ」
「良いからっ、早く外に……!」

 ぐいぐいと押して、相手を必死に押す

 だけど、そんな俺に――相手は冷たい声で一言返してきた。

「ああもういいや、面倒臭せえ」
「え……――――」

 耳にその言葉が聞こえたと思ったと、同時。

 腹に何かものすごい衝撃を受けて、俺の視界は一気に黒に染まった。














※またもやだいぶ遅れて申し訳ないです…

 
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