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暗黒都市ガルデピュタン、消えぬ縛鎖の因業編
9.特別な少年
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「それにしても、わざわざ弔いに来てくれるなんて珍しいわねえ」
薄暗く冷たい地下室。そこに安置されている棺桶の中を見ながら、女将が言う。
その狭い空間の中で眠る主人の顔をじっと見つめるその様は、一言では言い表せないほどの複雑な表情が見える。それでも気丈に振る舞って泣く事もしない相手に、ガストンは深い敬意を持って棺桶の中の同業者に軽く礼をした。
「アンタらは俺に対して悪さはしなかったし、手引きをしてくれたからな。それに、あの馬車が襲われた事は俺の責任でもある」
あの時逃げ出さなければ……とは思わないが、対策ならもっと考えられたろう。
こちらも甘かったのだと素直に言えば、女将は困ったように笑った。
「そんな風に言ってくれるのは、アンタだけだろうねえ。ウチの方式に賛同してくれる同業は少ないから。だからこの人も、アンタには特に目を掛けてたんだろうさ。……まったく、この街じゃあ良い人ばかりがすぐ死ぬよ」
「それが本当なら、こいつも長く生きられただろうにな」
「ハハハ、本当だねえ。……ああ、本当に……」
中の死人が酷い有様のため、棺桶は顔だけを曝して首から下は閉じられている。あの襲撃の当事者の一人だったガストンには、その中身がどのようになっているか昨日の事のように思い出せた。
豊かな腹を切り裂かれ、四肢を潰された。腹を斬られた頃には、もう意識は朦朧としていたから、潰された痛みは既になかっただろう。それだけが救いだ。
だが、死んでしまった事には変わりない。
悲しい出来事に胸が痛む……と言えば嘘になるが、それでもこの【桃羽鳥の館】の主人に多々助けられたのは事実だ。心の中でどう思っていようが、縁者を弔うと言う事は礼儀として必要な事だろう。
女将を騙しているようで気分は良くなかったが、この街はそう言う街で、住人は皆、多かれ少なかれ堕落している。そして、この女将もその事は知っているだろう。自分が弔いに来たのだって、ただの善意から来る行為ではないと知っているはずだ。
まあ、知っているからこそ、こうやって協力してくれているのだろうが。
「…………せめて、安らかな転生を」
葬儀にお決まりの文言を呟いて、先端から根元に掛けて桃色と白の美しい染め色をしている花びらを棺桶に散らす。
蓮の花は天空にも咲き、人々を導く梅、桃、桜といった東に存在する花と同様に、死者を魂の拠り所である天界へ導いてくれる役割があると言う。どのような仕組みで導くのかは知らないが、次の世に人に生まれる事が有るのなら、その時はこのような最悪な場所に生まれる事が無いようにとガストンは祈った。
「宗教なんて信じてなかったけど……でも、祈られるのは悪い気がしないね」
「俺だって神なんか信じちゃいないが、見えない誰かに見えない物を託すのは悪い事じゃないだろう。届くならめっけもんだ」
使える者は死体でも使う。この街の流儀はそう言う物だ。神とて例外ではない。
そう嘯いたガストンに、女将は心底救われたような顔をしてただ頷いていた。
――――と、沈黙を破るかのように粗雑に地下室のドアが開かれて、二人の青年が騒がしく入って来た。
「は~、マジあのガキむかつくし」
「女将さぁん、言う通りして来たよー」
そんな事を言いつつ、見目麗しい二人の青年は女将に近付き猫のように甘える。
この二人は、まさに愛玩用の奴隷だ。美しい首輪を付けられている奴隷は、大体が主人に気に入られて着飾っている。もちろん、普通は娼姫のように主人に体を委ねるような行為も奴隷の仕事の一つなのだが……この愛玩用奴隷達の場合は、女将も主人も二人に体を求めることはせず、もっぱら接客をやらせているようだった。
まあ、その「接客」の中には、客に対して媚びたり体を委ねると言う事もあるので、ある意味では体を求めているのかもしれないが。
しかし、この二人は青年の中でも筋肉を減らし細く女性的な肉体を保っている稀有な存在なので、そのような使い方をされるのも仕方がないのかも知れない。
ガストンとしては、お抱えの娼姫とどこが違うのだろうかと思うばかりだったが。
「よしよし、悪い事を引き受けさせちまって悪かったね」
「ほんとだよぉ。ボク頑張ったんだからね?」
「僕も撫でて僕も~」
仕事を頑張ったから褒めろ、などと言えるのは、やはりこういう類だけだろう。
普通の男なら、こうして媚びて頭を撫でろなどという事は言わない。このように恥も外聞もなく甘えるのも、奴隷の特権とも言えた。
とは言え、ガストンのような者には、その媚びる光景はうすら寒く気味が悪い光景にしか見えなかったが。
(愛玩用ってのは、本当に別の意味で頭が悪い……)
媚びる事に特化した存在であるがゆえ、子供のように振る舞うのは仕方がないが、しかし年相応の振る舞いをしていない相手を見ると頭痛がして来る。
だが、それもまた自分の過去がそう思わせる事なのだろう。
まだガストンは己の立場に納得していないのかも知れない。それはそれで問題だ。
いつかは慣れねばと思っていると、今まで媚びていた奴隷達がこちらを向いた。
「それよりさぁ、アンタ本当性格悪いっていうか、人傷付けるの好きだよね」
「ほんとだよ。僕らのご主人様と大違い」
「あ?」
急に何だと睨むと、奴隷たちは不機嫌そうな顔でぶうぶうと不満を漏らす。
「女将さんの命令だからやったけど、ボクら悪者みたいで気分悪かったんですけど」
「大体さあ、自分の連れてる奴隷に自分の悪口言えって意味わかんなくない?」
「そうそう、あんた被虐趣味でもあんの?」
女将に懐きながらとんでもない事を言うが、しかし頼んだのはこちらだ。
軽く息を吐くと、当の女将からも心配そうに声を掛けられてしまった。
「ガストン、別に私はアンタのやり方を非難する訳じゃないがね、あの子はアンタを慕ってそうだったじゃないか。なのに、どうして……どうして、自分に都合が悪い事実をあの子に教えて、傷つけるような事をするんだい」
信じている存在の悪意を知る事は、その者にとっては毒に等しい。
そうじゃないのかと心配しているような目で自分を見て来る相手に、何と答えた物かと考えたが……今更取り繕う仲でもあるまいと思い、ガストンは正直に話した。
「……あの奴隷は、純粋すぎる。なんの確証もないのに、俺に対して甘っちょろい事ばかり言って、自分が今後どんな目に遭わされるかも判らんというのに馬鹿みたいに信用してくるんだ。愛玩用でも小間使いでも、そんな考えでは勤まらん。だから、心を散々に壊して従順にすべきなんだ。そうでなければ、奴隷としてふさわしくない」
そう。全ては、あの奴隷を金に換える為だ。
奴隷らしくない物を奴隷にする為には、徹底的に叩きのめして全てに絶望させねばならない。自尊心も反発心すらも壊してまっさらな状態にしないと、従順な奴隷と言う物は決して出来上がらないのだ。
奉仕する心根があるのであれば、最初から奴隷になぞならなくても済む。
希望を失った状態で売られるからこそ、主に希望を見出して従順になるのだ。人は所詮、自分の利益の為に人を思いやる醜い生き物だ。だからこそ、奴隷商人は醜い部分を徹底的に利用しなければならないのである。
しかし、あの少年は違う。
こんな自分に、希望を持っている。
助けてくれた恩人だと勝手に思い込み、奴隷である自覚も無いままガストンの言葉を全て信じ込んで信頼してしまっているのだ。
そんな感情は、奴隷に相応しくない。
奴隷に必要なのは「信頼」ではなく「信奉」だ。
人が神に対して従順で疑う事を知らぬように、長く使う予定の奴隷であればその事を徹底的に教え込まねばならないのだ。
だからガストンは彼を突き放す事に決めて、徐々に不信感を抱かせるようにする為に、敢えてこんな方法を選んだのである。
あの手の愚かな子供は、自分から酷い事をしても決して折れようとしない。
だったら、自分が知らない面を他人を使って吹き込めばいいのだ。あの年頃の子供なら、すぐに考えが揺らぐはず。どうせ、子供とはそう言う物なのだから。
(だから、こんな所まで来て、こいつらを使ったが……)
何故今、手伝った側の女将にそんな事を言われなければならないのだろう。
意味が解らなくて顔を顰めながら女将を見やると、相手は悲しそうな顔をした。
「だったら何故、てっとり早く犯したり拷問したりして壊さないんだい。そういう方法で従えた方が簡単で楽なはずだろう?」
「…………」
「アンタね、思いきれもしない癖に中途半端に突き放すような真似をするんじゃないよ。本当に売るつもりなら、生温い策略を考えたり傍に置いたりしないで、潔く自分から切り離しなさい。それが出来ないなら、意地を張ってないで受け入れなさいよ」
「受け、入れ……」
思っても見ない言葉に目を見開くと、女将は呆れを含んだ顔で緩く笑った。
「卑屈になるのも結構だけどね、自分を慕ってくれる物は大事にしな。こんな街じゃ、あんなに素直にアンタを慕う子なんて滅多に見つからないわよ」
「…………」
――受け入れる。この自分が、人を受け入れる?
考えても見なかった事に、ガストンは目を泳がせた。
何故なら、そんな事は考えもしなかったからだ。
自分の人生にそんな物は無かった。ただ奪われ、拒まれ、あらゆることを蔑まれて生きて来た自分には、そんな単語を思い起こさせる存在すらいなかったのだ。
誰も自分を受け入れはしなかった。だから、自分もその言葉を忘れた。
嫌われ者は一生嫌われ者であり、笑われる事も仕方のない事だと思っていた。
そんな自分が、誰かを受け入れる。
慕ってくれる存在を、自分の意思で、受け入れるか決める。
(…………そんな、こと……出来るのか……?)
よく解らない。そもそも、ガストンはあのように純粋な目を向けられた事も無かったのだ。けれど彼は、少しだけ己を取り戻しても自分を変な目では見なかった。
この醜く大きな鷲鼻も、悪人のような目つきも、彼は笑いは無しなかった。
ただ、自分を真っ直ぐ見て……良い人だと、言ったのだ。
そんな相手を、自分が主導権を持って受け入れるなんて。
(俺が……決めて良いような、ことなのか……?)
解らない。
何もかもが、解らなかった。
「えっ、ちょっと待ってよ。成金って、あの奴隷のこと大事にしてたの?」
「う……嘘……」
考えている最中に、不意に女将の奴隷達が焦ったような声を漏らし始める。
何をそんなに慌てているんだと目をやると、二人は叱られた子供のように肩を竦めながら、こちらを上目遣いで見つめて来た。
「なんだ、その顔は」
頭の中は混乱しているのに、声は自分でも驚くほど冷静で不機嫌だ。
だがそんな顔も今は脅す程度の効果もあったようで、二人の奴隷は女将にしがみ付きながら、震えつつ答えた。
「あ、あの……その……」
「ぼ……僕達、その……あいつ、人が忠告してやったのに『憶測だ』とか言って納得しようとしないし、あんまり馬鹿でムカツクから……外に、出しちゃったんだ……」
「なっ……!」
外に出した。
あの自分の身を守るすべも知らないような子供を、外に出しただと!?
考えて、ガストンは全身が震えるのを感じた。
「ばっ、バカ! なんでそんな事をしたんだい!」
これには流石の女将も慌てて、二人の奴隷の耳を引っ張る。
しかし彼らも悪いと思っているのか、弱り顔で女将とこちらを見比べていた。
「だっ、だってぇ、成金が『悪い話をして猜疑心を植え付けろ』なんて言うから、僕達てっきりアイツの事を手放したいのかと思って……」
「そうだよ! アイツを最初から手放したくなかったんなら、ボク達に変なコト命令しなきゃ良かったじゃん! ボク達悪くないんだからね~!?」
「クッ……!」
子供のような頭しか持たない癖に責任転嫁だけは一人前だなと罵りたかった。
だが、そんな時間も惜しい。
「ここは良いから、早く行きな」
「っ……」
「この街で礼儀なんかあったもんかね。さあ早く!」
「ぐっ……し、失礼する……!」
言葉ばかりの礼儀だが、今回は致し方ない。
ガストンは身をひるがえして地下室から上がると、そのまま外へ飛び出した。
ドアを開けっ放しにしたような気がするが、最早どうだっていい。今は一刻も早く彼を探さねばとしか思えなかった。自分でも何故そう思うのか解らない。だけど、玄関に居たはずの彼がいないことに、ガストンは酷く動揺していた。
こんな事は初めてだ。
どこへ行ってしまったのかと焦る度に、彼が今まで自分に向けていた表情が次々に頭の中に思い浮かんでくる。
一刻たりとも自分に対して嫌な顔をしなかった、あの幼い顔が。
(どうかしてる、俺はどうかしてるんだ)
奴隷をこんなに必死に探すなんてどうかしている。
利用しようと思って連れて来たのに、何故今になって必死に探そうとしているのか。最初はあんなに冷酷な判断が出来たのに、自分はどうしてしまったのだろうか。
これでは奴隷商人としては失格だ。どうしようもない。けれど、それでも。
「どこだ……どこにいる!」
それでも自分は――必死になって叫ぶのを、止められなかった。
「――――!」
呼ぶ声の合間に、少し遠い所から何かが聞こえた気がして、ガストンは藁にも縋る思いでそちらへと走った。どうも路地裏のようだ。
もしそこにあの子が居るのだと思ったら、知らずの内に肝が冷えた。
ガルデピュタンの路地裏は、とても危険な場所だ。様々な犯罪が大っぴらに行われており、入れば殺されたって文句は言えない。
犯罪を取り締まるという事が無いこの場所では、危険な場所に立ち入る方が悪いと断じられる。それほどに危ない所ではあるのだが……もしその場所に迷い込んでいたとしたら、行かぬ訳にはいかないだろう。
……たかが奴隷一人と、心の中の冷静な自分は言う。
けれども、そんな冷静な自分を抑え込んでしまう程に、今のガストンには“あの子に似た声”の主の正体を見極めたいと言う気持ちしかなかった。
(違っていればそれで良い、逃げれば良い)
そんな事を思いながら、早足で声がする方に進む。
悲鳴が段々と大きくなる。「やめろ」や「離せ」と言った威勢のいい声が聞こえるが、その声を封じようとするかのように時折乾いた音や、呻き声が聞こえていた。
見るのが段々恐ろしくなってくる。だが、構っていられない。
「……ッ」
ごくりと唾を飲み込むと、ガストンは懐にしまっていた短刀を抜いた。
この短刀の刃には、毒が塗ってある。死ぬほどの物ではないが、一目で見て「毒が塗ってある」と解る紫色の模様が滴った刃は、毒の効果以上に視覚に訴える見た目の効果が強い。元々脅す為の短刀だが、今はその柄を強く握り締めていた。
頼む、人違いであってくれ。
そう思いながら、路地裏に差し掛かる。そうして、狭く汚く薄暗いその場所で見た物は――――地面に這い蹲っている男と……その下に見える、組み敷かれた誰かの艶めかしい足だった。
「っ、ぅ……う゛、ぅ」
「ハァッ、は……やっと大人しくなりやがったな……へへ……」
組み敷かれている誰かが、呻いている。
男の背中が覆い隠しているためその姿は見えないが、端から酷い火傷の痕がある左腕が見える。それだけでもう、誰がいるのかは明白だった。
――――犯されているのか。
そう考え、一瞬で頭が白くなったと、同時。
ガストンはその短刀を大男の背中に思い切り突き立てていた。
「ぐあぁあッ!?」
情けない声を上げて、男が体を起こそうとする。
その動きに慌てて短刀を引き抜くと、その反動で尻餅をついてしまった。
無様だ。だが、今はそんな事などどうでもいい。
こちらに気付いて襲って来ようとする相手を躱し、ガストンはなんとか組み敷かれている少年の腕を引いて引き摺り出すと、そのまま路地裏から逃げた。
相手が引き摺られて動けない様子だったが、それでも構わず逃げる。
用心棒を連れて帰るのを忘れたと今更考えても、最早あの場所には戻れない。
ただ、今は、逃げなければいけなかった。
「はぁっ、はぁっ、は……っ、はぁっ……」
どちらの物か解らない荒い呼吸が聞こえる。
普段これほど走る事も無い貧弱な体はすぐに悲鳴を上げたが、それでもガストンは少年の手を引いて安全な場所まで走り続けた。
自分達が安心できる、黒狼館に、辿り着くまで。
「ぅっ、う、うぅっ」
少年が呻く。そう言えば、彼のシャツは中央から引き裂かれていて、ズボンも半ば寛げられていた。ぱっと見ただけだから解らないが、怪我もしていたような。
そう思うと心が急いて、ガストンはやっと黒狼館に辿り着くと、門を閉めてすぐに壁際に彼を座らせ、何がどうなっているのか確認した。
「ッ……!」
ぼろぼろと涙を流して青ざめている少年は、また酷い有様になっている。
最初に出会った頃のような凄惨さは無いが、しかし頬を叩かれたのか片方は赤くなって軽く腫れており、引き裂かれたシャツの間から見える素肌の腹には打撲痕が見えた。シャツは前も後ろも土で汚れて、髪の毛はいつも以上に乱れている。
……明らかに、強姦されかけた姿だった。
「…………何か、されたのか」
自分でも信じられない程の、低く怖い声。
こんな事を言うはずでは無かったのに、そう言ってしまったガストンに、少年は体を震わせると、先程の恐怖に染まった表情を必死に元に戻そうとしながら、ぎこちなく笑って首を振った。
「さ、幸い、抵抗してた……から……される、前……でした……」
「…………何故あの場所から離れた」
「あの人に、無理矢理……。俺、娼姫じゃないって、言ったんだけど……」
ああ、そうか、無理矢理連れて行かれたのか。
あの男との体格差を考えれば、そうなるのも仕方がないだろう。何せこの少年の体は幼く細い。抱えられたらどうしようもなかったはずだ。
しかしそれでも、ガストンは何故か心の中の憤りを抑えられなかった。
連れ去られたのは仕方ない。そうは思うが、どうしても心は納得しないのだ。
けれど自分は何に怒っているのかすら、今はもう判断が付かない。ただ、目の前で震えている少年を見て、どうすれば良いのかと沈黙する事しか出来なかった。
そんなガストンに、少年は躊躇うように目を泳がせると……小さく、言葉を漏らした。
「あ……あの……ごめん、なさい……」
「……?」
「俺……ガストンさんから貰った、服……こんなにして……。洗濯とかじゃもう、元には戻せないですよね……。あは……お、俺、抵抗したんですけど全然だめで、そのせいでこんな事になっちゃって……外に出なきゃよかったのに、なのに、俺、外に出て……。本当に、すみませんでした……」
――――何を言っているのだろうか、この子は。
他人に無理矢理外に出されたと言うのに、何故その事を言わない。
ガストンが自分勝手に突き放そうとしたから起きた事なのに、何故問わない。
連れて行かれた事に己の非力さを嘆くのであれば、非力な少年だなと判断していたくせに放置したガストンにも責任は有るのだ。こちらを批判したって、誰も文句は言わないだろう。なのに、どうして。
どうして、自分を責めて謝るんだ。
「……何故、そこまで謝る…………」
本心からの言葉を零したガストンに、少年は縋るような目を向ける。
純粋すぎる、美しい琥珀色の瞳を。
そんな、目を、まだ自分に向けてくれるのか。
どうしてそんな風に、自分の事を見るのだろう。
酷い奴だと言われたのに。自分を奴隷として売ろうとしていた悪人なのに。
なのに、どうして。
答えが出せずに混乱するガストンに、少年は……笑った。
「助けに、来てくれて……嬉しかった、から……」
掠れた涙声で、自分を見上げて笑う。
だが、その顔は怯えと悲しみが混じった、笑顔になり切れていない切ない顔で。
「………………」
蔑む目でもない。嘲笑う目でも無い。ただ、求める目。
自分の事を、容姿や肩書など関係も無く求めてくれる……幼い、目だ。
――そこまで認識して、ガストンは……いつの間にか、彼を抱き締めていた。
「ぁ……」
温かさと、その体の小さく幼い感覚。
そして、柔らかで自分を怖がることも無い、少年そのものの……体。
抱き締めているだけで自分まで泣きたくなってくるような尊さに押し黙っていると、少年は気が緩んだのか、再び泣き出してしまった。
ごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝りながら。
「……良い、良いんだ。俺も、悪かった……」
背中まで手を回して抱き締めると、少年は同じように自分に手を伸ばし、必死に涙を堪えようとしながら頭を胸に押し当てて来た。
ガストンの事を少しも怖いと思わず、それどころか……心の拠り所にするように。
(…………ああ……そうか……そうだったんだな……)
そこまで認識して、やっとガストンは自分の思いに気付いて息を呑んだ。
全て、理解してしまったのだ。
自分が何を求め、どうしてこの少年に対してはこんな事をしていたのかも。
(……本当に俺は、馬鹿だ。昔から何も変わらなかった。結局、商人にすら……)
もう二度と「大切な物」は作るまいと思っていたのに、また、出来てしまった。
いつから彼の事を大事に想っていたのかは、判断が付かない。もしかしたら、あの渓谷で出会って、一緒に歩いていたときから特別視していたのかも知れない。
自分の容姿や職業の事など気にもせず、懐いて来てくれる、この少年に。
「……中に、入ろう。湯を入れてやる。……今回だけは特別だ」
背中を擦りながらそう言うと、少年は胸から顔を離して、ガストンを見上げて来る。
涙と鼻水で情けない顔になっていた少年だったが、それを聞いて余程嬉しかったのか……心底嬉しそうに、笑ってくれた。
ああ、この笑顔がそうさせたんだ。
そう思うと悔しい気持ちが無いでもなかったが……もう二度と、彼を突き放そうとは思えなくなってしまっていた。
→
※めちゃくちゃ遅れてすみません…
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