異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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暗黒都市ガルデピュタン、消えぬ縛鎖の因業編

5.最初から貴方は

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 全裸でお屋敷を歩くのはある意味拷問だ、などとあせっていた俺だったが、衣裳部屋のような所に連行され、あれよあれよという間に吊りズボンとシャツという品の良い服装を押し付けられて、何故か洋館の食堂で食事をする事になってしまった。

 ……なんだこれは。どういうことだ。

 どうして俺はガストンさんと向かい合わせで何かソコソコ良い感じの食事を食べているのだろう。急展開過ぎてもうわからん。でもパン美味しい。

 今まで豆っぽいモノが入った薄すぎるトマトスープのような物ばっかりだったので、そりゃあこんな白いパンがあったり丸焼きの鳥がドンと置かれている食事なんか出されたら、無心でムシャムシャしてしまうでしょう。俺は悪くない。
 でも何故いきなりこんな食事をさせて貰えるようになったのか。

「全部食えよ」
「は、はい……」

 そうは言うが、今の俺的にはこの食事はもうお腹いっぱいだ。
 うっすいスープ毎日二食で慣れて来た体には正直塩辛いんだが、食べさせてくれる人に文句を言う訳にも行かない。俺も怪我のせいか食事量が前より控えめになってたから、ぶっちゃけ急に大量に喰うと胃が苦しいんだが、食える時に食っとかないとと思って詰め込むしかないか。

 それに、ガストンさんの機嫌をそこねたらまた厄介やっかいな事になりそうだし。
 てな事を思いながら黙々と塩味が効いている鳥の丸焼きを食べていると、ガストンさんが再び俺に話しかけて来た。

「ところでお前、いつそんな掃除の仕方や洗濯の仕方を覚えた?」
「んが?」
「下男達が、お前の掃除は几帳面きちょうめんすぎると言っていた。奴隷部屋を綺麗にし過ぎだと。……だが、逆に言えば貴族の家に売り渡すに当たってその几帳面さは悪い物ではない。しかしその性質の原因が解らなければ、価値と言う物は上がらん。……お前も楽がしたいだろう? 解る事があれば、話しても良いんだが」
「…………」

 良いんだがって、絶対これ「言わないと罰を与える」って事ですよね。
 どう考えても答えを強要してますよね。

 思わずナイフを持ったまま口を開けて固まってしまったが、答えねばどうしようもないので、俺はナイフを降ろして素直に答えた。
 と言っても、異世界の事なんて話しても解らないだろうし、頭が狂ってると思われちゃうだろうから、そこらへんは語らずに誤魔化すつもりだけどな!

「えーと……俺が学んでたトコでは、生徒が学舎を掃除するのが普通で……だから、俺もちゃんと掃除できるって言うか……」
「お前、そんな地位の子供だったのか」
「えっ……普通は……そういうの無いんですか?」

 やべえ、田舎に学校が無いタイプの異世界だったのか。
 最近だと辺鄙へんぴな田舎にも学校が有ったりする小説が多いから油断していた!
 ここはやはり「ワタシ東方カラ来マシタ」作戦で行くしかない。幸い、この国では黒髪の人間は生まれないらしいし、異国の人間って一目で分かるんだから多少変な事を言っても乗り切れるだろう。乗り切れるはず……。

「お前の国は貧民でも学術院に通えるのか?」
「あ、はい。細かい事とか授業の内容は曖昧あいまいで、覚えてるかは微妙なんですけど……少なくとも俺は平民でしたし、同じような子供達で集まって勉強してました」
「授業の内容は思い出せんのか」
「は、はい……まあ俺、あんまり頭よくないみたいだし、そもそも記憶喪失じゃなくてもハッキリ思い出せるかどうかは……」

 そこは嘘は言ってないぞ。確かにノートを取ったはずなのに俺は数学も苦手だし、化学だって水平リーベ―僕の船で精一杯だ。
 国語は何とかやれるけど、生物ナニソレって感じだし。
 つーか国語も何の授業を受けましたかと言われると怪しい……。
 ……ははは、赤点スレスレの頭脳を舐めるなよ!

「何をニヤついとるんだお前は」
「すみません」
「……頭が悪いのは確かなようだな」

 キイッ、このオッサン本当嫌味で辛辣しんらつだな!
 まあ第一印象からそう思ってたから別に良いんですけどね!

 しかし……良く考えたら、奴隷商人とこんな風に話してるのも変だよなあ。
 そもそもの話、奴隷って買われるまで本当にモノ扱いで、あの牢屋みたいな部屋に収納されたり雑巾のように絞られて無理矢理仕事をさせられるもんだよな。そんで、喋る事すら許されなくて、地面につくばってお慈悲をう立場だったはずだ。
 美少女奴隷はそりゃ違うだろうけど、それでも大抵はそんな感じのはず。

 なのに俺は監視役の人がついてるけど自由に掃除や洗濯もさせて貰えるし、その監視役の人と喋ったりしても許される。生意気な口を利くなとか鬱陶うっとうしいとかの理由でゲンコツされる事はあるけど、喋るなとは言われない。
 それどころか、大ボスである奴隷商人のガストンさんとすら話せているのだ。
 罰も今のところは考えられていないようだし、なんか食事もさせて貰えてるし……本当、どういうことなんだろう。

 マルセルが「黒髪なんか愛玩用にはならない」と言ってたし、ガストンさんも俺を小間使い用の奴隷として雑務をさせてるみたいだけど……そういや決めかねてるとか言ってたよな。

「あの……一つ質問しても良いですか」
「なんだ」

 喋るなと言われるかと思ったら、やっぱり言われなかった。
 とにかく、先程の事を詳しく訊いてみる。

「結局俺、どんな用途の奴隷になる予定だったんですか?」

 そう問いかけた俺に、ガストンさんは眉間にしわを寄せながら肉を口に入れた。

「元々は、愛玩奴隷だ。愛玩……解らんか。金持ちの変態に性的に可愛がられる用の奴隷にするつもりだった。お前のような良い肉付きの奴隷は滅多に居ないし、それに加えて少年ともなると希少だからな」
「は、はぁ……」

 気の抜けた返事を漏らす俺に、ガストンさんは何が気に入らなかったのか、二又のフォークを置いて、俺に向かって片眉をしかめて見せる。

「なんだ、性的に可愛がられるという意味も解らんのか?」
「そのくらいは解りますよ!」
「じゃあ何故そんな風に平然としていられるんだ」
「いや、まあ……そう言う奴隷も有るだろうなっては思ってましたし……マルセル、さんが、俺じゃ売れないだろうって言ってたから……俺には縁遠い話かと……」

 だって、俺はこの国(名前が解らん)では忌み嫌われる黒髪だし、そもそも左腕には酷い火傷やけどの痕がある。脇腹にだって同じような痕があるのだ。

 生まれてこのかた童貞だしある意味綺麗な体ではあるが、しかしこんな傷があったんじゃあ売れる物も売れないだろう。そんな風に認識していた俺に、ガストンさんは何を思ったのか不機嫌そうに顔を歪めると、イライラしながらフォークの絵をゴツゴツとテーブルにぶつけ始めた。

「お前は、俺の審美眼を愚弄する気か? 下男がどう言ったか知らんが、その傷など後でどうにでもなるし、お前の真の価値を下げるほどのものではない。その顔と体を“売れる”と思ったのは俺だ。自分を卑下ひげする事は俺への反逆だと思え」
「…………」

 それって……怪我が有ろうが俺はイケてるって事で、それをガストンさんが一番買ってくれているってことか?
 外国人風の顔ばっかりのこの世界基準で見たら、ガキで平均身長以下……いやちょっと、ほんの少し足りない俺なんて、ちんちくりんの変な生物みたいに見えたって仕方がないってのに、ガストンさんは俺は売れると確信してくれているんだ。

 「奴隷として」という一言が前置きされちゃうのは解ってるけど、でも……俺の事をそれだけ買ってくれている人なんて、俺の世界にいたかな。
 そりゃ、性格が良いとかそういうのは有るけどさ、でもやっぱ誰だって人に容姿を褒められたら嬉しいし、格好良いって言われたいもんじゃん。奴隷としてって枕詞が有ったって、結局容姿を褒めている事には変わりないだろう?

 今までの俺は、ほとんどの場合頭をポンポン叩かれたり、語尾に(笑)と付きそうな感じで「格好いい」とかしか言われなかったからか、ガストンさんの率直な評価に妙な感動を覚えてしまっていた。
 本当は、こんな事で喜んじゃいけないのに。ああ、俺ってば日本では本当にコンプレックスばっかり抱えて生きて来たんだなあ……異世界って優しい……。

「おい、なんでそんなしみじみした顔をしている」
「だって、容姿を褒められたんですからそりゃ嬉しいですよ……」

 エヘエヘと締まりのない笑い方をしながら肩を揺らす俺に、ガストンさんは理解が出来ないと言わんばかりにあきれた顔をして溜息を吐いた。

「お前な、奴隷として売られるのに何を嬉しがってんだ」

 まあそう言われたらそうなんですけど、でも嬉しいんだから仕方ないじゃん。
 それに、なんていうか正直……自分が奴隷って感覚が全然しないんだもの。こうやってガストンさんと普通に話せてるし、掃除も洗濯も別に苦じゃないし。
 まあ、首輪やかせは重いし鉄臭いけど、臭いベッドと同様で慣れればどうってことは無いし……考えてみたら、やっぱりガストンさんって変な人だ。

「なんだその顔は」

 考えている事が顔に出てしまったのか、相手に嫌そうに指摘される。
 だけど、怒ってないんだよな。
 人相が悪い人だけど、本当にただそれだけで、俺を見下したり物のように扱ったりなど決してしない。奴隷商人だって言って悪ぶってるけど、本当はきっと思慮深くて、人に対して真摯で、だけどそれを伝えるのが下手なだけの人なんだろう。

 じゃなければ、やっぱり今俺と普通に会話してる訳が無いんだしな。

「おい。何を笑ってるんだと言っている。答えろ」

 「命令」じゃなく、ただ不機嫌そうに問いかけるガストンさんに、俺は笑みを抑えながら正直に答えた。

「ガストンさん、良い人だなって思って」

 悪い人だってのは解ってるけど、でも、今は良い人だと思う。
 正直にそう言うと、ガストンさんはまた瞠目してじっと俺を見つめて来た。

 だけど今度は、なんだか動揺したように視線がわずかに揺れていて。
 どうしたんだろうかと見返す俺に、ガストンさんは視線を逸らして泳がせると――再び俺の方へと目を向けて、ぽつりと呟いた。

「何故、そう思う」
「え……」
「お前は俺に奴隷として連れて来られた。自由も無く、毎日働かされていて、それに愛玩用として売るとまで言われてるんだぞ。大体、俺の人相からして良い奴じゃないと解るだろう。なのに何故、俺を良く思うんだ。お前はまだ頭がおかしいのか?」

 散々な言われようだなあ。
 そりゃまあ、投げかけられた言葉は普通ならショックだろうけど、俺はチート小説を読み漁ってて大体の展開は予測できてたし……それに、そんなにひどい扱いだって受けてないからなあ。今だってそうだし。

 本当に劣悪な環境にいる奴隷になっていたなら、俺だってきっと奴隷商人を恨んで居ただろう。でもそうじゃないんだから、無理に恨む必要なんてないよな。
 衣食住が揃ってるだけでも、まだありがたいんだし。
 ……まあ、ベッドと食事は仕方がないし、そこは鬼畜だとは思うけどさ。

 でも、俺の世界にも居た昔の奴隷の環境を考えると、俺なんてまだ恵まれてるんだ。それに、今は清潔な服を着せて貰って食事も与えられている。これで文句なんか言ってたら、それこそ贅沢モンでしょうよ。

「俺はある程度自由に掃除させて貰ってるし、ちゃんと休憩も貰ってますから。それに、さっきも言ったけど『愛玩用になれるくらい容姿はいい』って評価してくれてるのは単純に嬉しかったし……。顔は……まあ、確かにガストンさんは少し悪人みたいに見える顔付きだけど、俺は別に何とも思わないし……何より、俺をちゃんと“人”として見てくれてるから……俺は、ガストンさんを怖いと思った事は無いです」

 むしろ、今のところすらしないガストンさんは恩人にも思える。
 その事を素直に伝えると、相手は何故か硬直した。

 ……あ、あれ、俺また何か変な事言った?
 やっぱり悪人みたいな人相って言ったのはヤバかったかな。でも、そう言う部分は思った事を正直に言わないとウソになるし……お世辞じゃ無く、本当に俺を評価してくれている相手なら、俺だって正直に言葉を伝えなきゃって思ったんだよ。

 だから、恥ずかしげもなくそう答えたんだけど、やっぱマズかったかな。

 三白眼の目をこれ以上ないくらいに丸くして俺を見やるガストンさんに、居たたまれなくなっていると、相手は不意に緊張を解いて片手で顔を覆った。
 そうして数秒沈黙すると。

「…………そうか」

 それだけ言って、ガストンさんはそれきり黙ってしまった。
 食事もせずに、ただ顔を片手で覆って。

 ――――その時は、ガストンさんの機嫌を損ねてしまったのだろうかと思ったのだが……そうでは無かった事を、俺は翌日に知る事となった。












 
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