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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
幸せな時間というものは2
しおりを挟む※また遅れて申し訳ない……_| ̄|○
末端が少し重なるように作られた指輪は、その重なる部分に楕円形の宝石を食んでいる。明るい中で見ると改めてよく解るけど、俺の指輪には本当に美しい紫色の石がぴったりと嵌っていた。
……ほんとに凄くキラキラしてる……。
なんか、ブラックの目みたい…………っ、じゃっ、じゃなくて!
慌てて平静を装いながら、ベッドの近くまで椅子を近付けて来たクロウにその指輪を見せてやると、相手はふんふんと鼻を動かしながら指輪を嗅いだ。
何をしているんだろうと不思議に思っていると、クロウは目を何度か瞬かせ軽く驚いたような顔をすると、再び俺達を見て来た。
「紫水晶でもただの鉱石でも無いな。黒籠石と似たニオイがするが、別物か?」
「えっ……こ、これ、アメジストとかじゃないの!?」
てっきり俺はそういう宝石だと思っていたんだが、俺を膝に乗せているブラックの顔を見るとそうではないらしい。ていうかムカツク。ニヤニヤすんな。
「ふっふ~ん。解っちゃう? 土の曜術師だったらそういうのやっぱり解っちゃう~? ふふふ、その通りこれは黒籠石さ!」
「えっ、ええ!? 俺のだけ!?」
「いや、僕のもそうだよ」
そう言いながら、ブラックは誇らしげに指輪の嵌った指を見せつけて来る。
だけど、何かが吸い取られるような感じはしないし、ブラックも平気そうだし……一体どういう事なんだろうか。訳が解らなくてブラックを見上げると、相手は宝石のような菫色の瞳を瞼で弧に歪めた。
「ツカサ君たら忘れちゃった? 黒籠石は原石からそのまま切り出した水晶の状態じゃあ危ないけど、きちんと加工をしたら物凄い可能性を秘めた宝石になるんだよ。ほら、僕がいつも付けてるでっかい宝石みたいなのがついた飾りがあるでしょ。アレも黒籠石で出来てるって言わなかったっけ」
あれ、そうだったっけ。
確かに、いつもブラックが装備している、昔のファンタジー漫画に出てくるようなデカい肩当てがついたマントの左っ側には、これまた昔の漫画で良く見かける拳ほどの大きさも有る円形の宝石のブローチが付けられている。
いかにも漫画的な装飾品だったので、俺的には肩当てマントを含めていいなぁ俺もそう言う装備が欲しいなあと常々思っていたのだが、思い返してみればそんなことを説明されたような気がしないでもない。
えーと、ブラックのでっかい宝石ブローチは金の曜気と炎の曜気が無限収納されていて、ブラックだけが自由に引き出せるんだっけ?
だから、ブラックは曜気が無い場所でも曜術を使えるって話だったような気が……そうだったっけ。なんか一度か二度説明されただけだから曖昧だ。
しかし、ブラックの説明も大体同じ感じだったので、俺は胸をなでおろした。
よかった、ブラックの話をド忘れしてはいなかったんだな、俺も!
「……ってなワケで、悪魔の如き黒籠石も、ちゃんと加工さえすれば他の鉱石なんかメじゃないくらいの逸品に変身するんだよ」
「なるほど……でも、どうして黒じゃなくて紫とかの色になってんの?」
確かクロウが働かされていた鉱山で見た黒籠石の結晶は、普通の水晶みたいに透明で綺麗な奴だったよな。アレが加工されて色が付くってのは解るんだけど、どう色を付けているのかが想像出来ない。
疑問符を浮かべながらブラックを見上げる取れに、相手はニコニコと笑いながら、機嫌良さそうに答えてくれた。
「ツカサ君、僕が作った隠蔽の術が籠った水晶のこと覚えてるかな。あれも黒籠石の水晶に術を入れて作ったんだけど……」
「あ、そう言えばそんなのあったな。あれってブラックが作ったんだっけか」
「うん。といっても、アレの場合僕は術を籠めただけだったんだけどね。でも今回の黒籠石は……えーと……難しい工程が色々あるんだけど、とにかく僕が根元っから術を籠めて“そういう色になるように”調整をしたんだ」
そう言う色……。
改めてブラックの指輪と自分が持っている指輪を見比べる。
琥珀色の鼈甲飴みたいな綺麗な宝石と、俺が持っているブラックの目とおんなじ、深くて鮮やかで煌めいている美しい菫色の宝石。
これを、ブラックはたくさん頑張って作ってくれたんだ。
俺との婚約指輪のために…………。
「…………」
「ツカサ、顔が赤いぞ。絆されたか」
「えへ、えへへ、ツカサくぅうん」
せ、赤面ったって仕方ないじゃないか。
だって、その……う、嬉しいって思ったもんは、嬉しいん、だし……。
こ、こういう時は、素直に喜ばないと失礼だし、俺ツンデレ美少女じゃないし、すっ、素直にプレゼントに喜んだ方が……ブラックも、喜ぶと、思うし……。
「ツカサ君、好きぃ……愛してるぅ。えへ、えへへ……僕の婚約指輪、そんなに気に入ってくれたんだね!」
「う……だ、だって、こんな大変なモンを貰ったら、そりゃ……」
「嬉しい? ねえ嬉しい!? 僕に惚れ直しちゃったぁ!?」
俺の動きが鈍いのを良いように取りやがって、ブラックは顔のすぐ横から俺を覗き込んでくる。無精髭がチクチクして痛い。生暖かい息を吹きかけるのはやめろ。
どうしてお前はそうモブおじさんみたいな事しか出来ないんだと思わず冷静になりかけたが、なんとか気を持ち直す。いつもの俺ならば鬱陶しいと顔を押しのけている所だが、今日は違うぞ。俺だって、そういうのを頑張るって決めたんだし、その、ぶ、ブラックと恋人だって、認めたんだからな。
それに今日はその……き……記念とかする感じの日だし!?
記念とかになる日ならそりゃ、まあ、なんだ。俺だって男らしくだなあ!
お……男らしく、ブラックに言ってやるくらい、出来るんだからな。
息を吸って、横から煩いオッサンに耐えつつ、俺はぐっと気合を込めて自分の中の恥ずかしさを抑え込むと……覚悟を決めて、言ってやった。
「う……うれ、しい」
「えっ」
「うむっ」
きぃっ、あからさまに驚くんじゃねーよオッサンどもっ!
せっかく素直に言おうとしてるのにそんな驚かれたら言えなくなるだろうが!!
落ちつけ俺、今日くらいはちゃんと言うんだ。
クロウが目の前にいるけど、なんだその、ほら、やっぱりこういうのはちゃんと言って、良い気分で眠りたいじゃないか。せっかくの、指輪貰った日なんだし……。
……ろっ、ロマンチックで悪いか! おお俺だってなあ、人並みにロマンチックな所もあるんだよ、良い雰囲気とか考えるんだよ!
でも男がロマンチックじゃ無かったら女の子を喜ばせられないだろうが。だから俺がこういう事に夢を持ってたって別に悪くないはずだ、何も変じゃないはずだ。
男としてどうなのよって恥ずかしさも有るけど、でも、俺だって……俺だって、ブラックの事を大事に想ってるんだし、だったら記念の日くらいは…………。
「ツカサ君……」
ああもう呆気にとられたかのような声を出すんじゃない。
素面の俺が素直に感想を言うのがそんなに珍しいってのか。
……普段からもうちょっと素直になった方が良いのかな……いやだからって性格はすぐに改善できるもんでもないし、まあそのなんだ、とにかく今は言うぞ。
ちゃ、ちゃんと言うんだからな。
そう決めて、俺はもう一度大きく息を吸うと――震えそうになる声を必死の思いで抑えながら、告げた。
「…………指輪……一生懸命作ってくれて……う、嬉しい……あり、がと……」
………………。
顔がカッカしてくる。めちゃくちゃ頬が痛い。目の下が凄く熱くて何だか涙でも出て来そうだ。口だって戦慄いて、もう横にあるブラックの顔なんて冷静に見れたもんじゃない。だけど、言ったぞ。俺は言ってやったんだ。
……なんかあんまり感謝してる感じじゃないかも知れないけど……。
…………うう……でも仕方ないじゃないか。大人にスマートに感謝したかったのに、これしか言葉が出て来なかったんだもん。
なんでこう、素面でお礼を言うのにこんな風になっちまうんだろう。
いつもならお礼なんてすぐに言えるのに……。
「つ……ツカサ君……っ」
あっ、なんだこの声。やっぱ駄目だったか。感謝の気持ち伝わらなかった?
拙すぎなんだよもう、だから俺って奴は……――
「嬉しい……僕も嬉しいよ……っ! あぁ、あぁあ……」
「ふあっ、ぶ、ブラック……っ」
てっきり茶化されるとばかり思っていたのに、ブラックは震えるような声を漏らして、俺の事をより一層抱き締めて来た。
そうして、俺の肩に顔を埋めてぐりぐりと押し付けてくる。
ちゃんと感謝してるのは伝わったのかな。だとしたら、良いんだけど……。
「つかしゃくんすきぃい……」
「発情しないとは珍しいな。それだけ嬉しかったらしい」
クロウの言葉に、俺はハッとする。
そっか。普通に……普通に嬉しかったのか。
じゃあ、さっきの言葉で良かったのかな。ブラックが喜んでくれてるなら、それで良かったんだよな。発情しないってのはよく解らんけど、まあ……喜んでくれたら、それでいいか……。
………………。ま、まあ、結果オーライだな!
よし、今の内にちゃんと指輪にヒモを付けておこう。
失くしたりしたら大変だし。
「クロウ、申し訳ないけど俺のバッグ取ってくれる?」
「ウム。ヒモを付けるんだな。その指輪はお前には大きすぎるし」
「あ、やっぱ分かる?」
「ぐぬっ……」
ブラックが変な声を出す。
やっぱりそこは気にしてるのな……まあ気持ちは解るが……。
そういやあんまり気にした事無かったけど、ブラックって意外と完璧主義なんだよな。本だってきっちり最後まで読むし、呪符探しの時だって自分で全部確かめないと「ヨシ!」しなかったし。身形は凄くだらしないのになあ。
ウェストバッグを取って貰って、俺は余っていた“虹の水滴”の糸を通す。
紐状のものと言ったら今はこれしか無いし、耐久性もこの糸には敵わないだろう。少々勿体ないが、大事な物を失くすよりはマシだからな。
丁寧に指輪を括って、輪にした糸を首に回す。
指輪の重さに糸が耐えられるか少し不安だったけど、意外と大丈夫なようだ。
応急処置という事できちんとはしてないが、まあしばらくは大丈夫だろう。
「ブラック、鎖……よろしく頼むぞ」
ぽんぽんと頭を叩くと、ブラックは軽く頭を上げて嬉しそうに笑う。
クロウもそんなブラックをどことなく喜ばしげな感じで見つめていて、俺達の事を本当に祝福してくれているんだと感じる事が出来た。
今日は本当に嬉しい日だ。
ブラックとずっと一緒に居る約束をして、大切な物を貰って、祝福して貰って。
この嬉しさはどれほどの物だろうかと考えてみるけど、ブラックよりも前に誰かを本気で好きになった事も婚約した事すらも無い俺には、何も比べられる物は無い。
父さんも母さんも……こんな風に、幸せな気持ちになって結婚したのかな。
俺がブラックに抱いている感情を、父さん達も抱いた事が有るんだろうか。
だったら……俺の感情も、きっと…………。
「ツカサ君」
嬉しそうな声が顔の所まで登って来て、太い指が俺の顎を捕える。
ああ、キスされるんだな。そう思って急に体の熱が上がったような気がしたけど、俺の体は動かなくて。それどころか、期待するみたいにドキドキして来て。
クロウも見てるのに、でも、胸が暖かくてぼうっとして、思わず持っている自分のバッグを強く抱え込んでしまうほど胸がぎゅうっとして、思考が停止してしまう。
ブラックの顔が近付いて来て、吐息が先に触れて来て、そして――――
「――――……え?」
目の前が急に、真っ暗になった。
途端、浮遊感と共に体が落ち、硬い地面に叩き付けられる。
「っぐ……ッ!?」
い、痛い。
何が起こったのか解らないけど、でも、寒い。暗い、生暖かい吐息じゃない、冷たい風が体に当たって体が思わず震えた。
だけど、意識が付いて行かない。
周囲がどうして真っ暗になったのか、何故風が体に当たるのか、解らない。
地面に急に叩き付けられた痛みに付いて行けず、バッグを強く抱きしめ冷たい地面にうずくまっていると……目の前に、見た事のない靴が現れた。
「…………」
なに、この靴。
だれ?
「もう少しどうにかならなかったのか? 乱暴すぎるぞ」
靴の主の声が降ってくる。
その声に、別の声が言葉を返した。
「無茶を言わないで下さい。遠隔で人族のみを移送するのは難しいんですよ」
この、声。
忘れられるはずもない。そうだ、この二人の声は。
「ツカサ……やっと会えたな」
咄嗟に見上げたその場所には、外からの光に浮かび上がる人影が在った。
「あ…………」
赤い髪で、青い目をした…………若い、男。
もう二度と会いたくなかった奴が、そこにいた。
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