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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
貴方を失うくらいなら2
しおりを挟む「だがツカサ、水麗候の所に連れて行ってどうするのだ?」
「水の曜術師のシアンさんなら、俺以上に的確に傷を修復してくれる。回復薬だけじゃ駄目だった場合、医者が必要になるだろ? 本当なら俺があの場所で今すぐやりたかったけど、今の俺は術が使えないからな……」
「ムゥ、解った。出来るだけ落とさないように急ぐぞ」
俯せにしてエメロードさんを固定しているけど、この状態は良くない。
これ以上刃が沈み込まないように支えをしてはいるけど、時間が経てばすぐに傷口は深くなって行ってしまうだろう。
早くシアンさんの所に行って、彼女の傷に回復薬を掛けなければ。遅くなれば遅くなるほど生存率は低くなる。しかもこの剣はあまりにも悪趣味だ。重たく、厚い。剣を抜いたら失血死確実だ。クロウやブラックのような手練れならどうにでも出来たのかも知れないが、彼女は女王と言う立場である以外は普通の女性だ。
長生きしていようが、不老だろうが、戦う力は俺達よりも弱い。
そう俺が思えるくらいの、ただの女性なんだ。
例え悪人だったとしても、助けられる命をむざむざ失いたくはない。もう目の前で人が理不尽に死ぬのは沢山だ。戦って死ぬならまだしも、こんなだまし討ちみたいな方法で命を奪うなんて、我慢できない。
何も出来ないからって見ている事しか出来ないなんて、もう嫌だ。
「ツカサ、飛ぶぞ。しっかり捕まっていろ!」
「わっ、わかった!」
地面に何かを打ち付けるような音がして、体が浮きそうになる。
その感覚に必死で耐えクロウにしがみ付くと、どすんと振動が体に伝わって来た。どこに飛び上がったのかと思ったら。
「ひっ……!?」
事も有ろうに、クロウはこの王宮と空を隔てる高い壁の上に着地したのだ。
一歩間違えたら俺達は空に真っ逆さまじゃないか。思わず青ざめたが、そんな俺を尻目にクロウは器用に壁の上を駆けぬけて行く。まるで、ここが一番の近道だとでも言うように。そりゃ、確かに近道には違いないけどさ!!
これでブラックは付いて来れているんだろうか。いや、身軽にもほどがあるアイツの事だから、きっと何らかの手段で追いついてくれるはずだ。
とにかく、一刻を争う事態だ。なんとかクロウには頑張って貰わないと……!!
「見えてきた、シアンさんの鳥籠だ!」
「また飛ぶぞ!」
熊の唸り声をあげて、クロウが壁を蹴る。
何かが少し崩れるような嫌な音がしたが、そんなものを気にする暇もなく、クロウは何故か思いきり高く飛び――――空気を震わせるほどの咆哮を上げた。
「――――!!」
思わず耳を塞ぎそうになるほどの、声と言うよりも雷鳴のような衝撃。
その音に導かれるように、ずり上がる音が聞こえた。
「な……ッ、地上がせり上がってくる!?」
ラセットの裏返った驚きの声に地上を見やると、そこには頂点が平らでかなり背の高い石塔がいくつも出来上がっているのが見えた。
そうか、クロウは土の曜術の【トーラス】を使って地面を隆起させたんだ。
これなら、徐々に下りて行けばエメロードさんにあまり衝撃を受けさせずに済む。
俺の考えが当たったのか、クロウはその石塔の上に軽々と飛び乗って、四つの足を器用に使いながら、階段を降りるかのように徐々に地上へと近付いて行った。
多少角度が付いてエメロードさんを支えるのが難しくなるが、着地の衝撃を受けさせるよりかは随分ましだ。そんな事を思っている間に地上に辿り着き、俺達は無事に鳥籠のすぐそばに降りる事が出来た。
「あとはシアンさんを……」
「僕達が降ろすから、ツカサ君はシアンを呼んで来て」
「わ、わかった! クロウは神霊樹の実を出来るだけ取って来て!」
「うむ、任された」
いつの間にかそばに居たブラックがそう声を掛けたので、俺は頷いて先にクロウの背中から降りた。良く考えたら、俺とラセットじゃ身長が合わなくてエメロードさんを安全に降ろす事が出来ないもんな。
そのブラックの気遣いに有り難く思いながら、俺はすぐ近くにある鳥籠へ走った。
当然、見張りの兵士達は驚いて呆けていたが、そこで必死に説明してシアンさんを外へ出す許可を貰う。と、俺は説明する暇もなくシアンさんの手を取ってブラック達の所へと戻った。
「……! お姉様……!!」
口を手で覆って青ざめたシアンさんだったが、しかしすぐに冷静に戻ると、地面に膝を付いてエメロードさんの傷口の具合を見た。
「良かった……そのままで運んで来てくれたお蔭で、危険な状態になるほどの出血量は無いわ……。ツカサ君、私が一度姉様の血の流動を止めるから、そうしたらすぐに刃を抜いて回復薬を掛けて頂戴」
「は、はい!」
シアンさんは一度大きく息を吸うと、両手を重ね合せてエメロードさんの患部の上に手を翳した。途端、シアンさんの手を中心にして青く美しい光が地面から噴き出しエメロードさんを覆う。
「我が業を示す“諦受”の名に於いて命ず――――【碧水】よ、彼の者の生命の流れを掬い我が手の成すがままに留めよ……!」
そう強く声を発した瞬間。
シアンさんの周囲に沸き起こった光を風が吹き上げ、辺り一帯を竜巻のように包み込む。まるで水の中のように青に染まった空間で、エメロードさんの体が浮いた。
「剣を抜いて!」
シアンさんの言葉にブラックとラセットが動く。
それを見て、俺はバッグから回復薬をありったけ取り出した。
何本だって良い、いっそ全部掛けてやる。ブラックがゆっくりと剣を引き抜いたと同時、シアンさんが俺に「今よ!」と声を発した。栓を引き抜き、背中を切り開いたかのような眩暈がするほどの深く広い傷に回復薬を振りかける。
が、しかし、傷が広いせいなのか、傷口の修復が遅い。
「ラセット、ブラック、お姉様の背中を左右から押して! そうしないと血管も傷も繋ぐ事が出来ない!!」
「なっ……わ、解った!」
ラセットとブラックは慌ててエメロードさんの背中を左右から中央に寄せる。
そこに俺が回復薬を何度も何度も注いだ。
だがその治りはとても遅く、俺が何度も薬を掛け左右から背中の肉を合わせているにも関わらず、エメロードさんの背中の傷は完治する兆しを見せなかった。
「くっ……なんなの、これ……ッ。普通の傷じゃない……!」
精一杯術を発動しているのか、シアンさんは脂汗を顔中から流している。
綺麗な顔が苦痛に歪み、痛みすら感じているような表情。
思わず眉が寄る俺に気付いたのか、シアンさんはそんな表情であるにも関わらず、俺に微笑んで見せた。
「だい……じょうぶ、よ…………ッ、ちょっと、手間取ってる、だけ……っ」
「シアンさん……っ」
どうしよう。回復薬はもうあと一瓶しか残ってない。
このままではシアンさんが倒れてしまう。神をも凌駕するグリモアの能力をもってしても、エメロードさんの傷を治すには力が足りないと言うのだろうか。
まさか、またギアルギン……いや、クロッコが呪いの薬でも塗っていたのか?
グリモアの力に抗うほどの何かなんて、古代の遺物ぐらいしかないだろう。
どうすればいい。俺に、何が出来る?
……俺に出来る事……もしかしたら、その能力すらも封じられているかも知れないけど、一か八かやってみるしかない。
「シアンさん、俺の曜気をどうにかできるか試して!」
そう言いながらシアンさんの肩に手をやると、彼女は動揺して俺を見た。
「それは危険よ! 一歩間違えば、ツカサ君自身の曜気を奪ってしまうかも知れないのよ!? そんなこと……」
「曜気なんて後でどうにでもなる!! だから早く!」
「ッ……! わ……解った……行くわよ、ツカサ君……!」
シアンさんは息を吸い、なにごとか小さく呟く。
すると、肩を掴んでいた俺の手に、唐突に青い光の蔦が撒き上がって来て、俺の首近くまで絡みついて来た。
「ぅ、ぐ……ッ」
急激に血が引いて行くような、痛みとも衝撃とも取れない感覚が襲ってくる。これまで感じたものより強く激しい衝撃に思わず顔を歪めてしまったが、ここで手を引く訳には行かない。肉の内側をびりびりと痺れさせるような嫌な感覚に脂汗が流れ出たが、俺は必死にシアンさんの肩を掴んで力を送った。
大丈夫、まだ倒れる感覚は無い。衝撃だけだ。きっと、俺の“グリモアに力を渡す”能力は封じられてはいないんだ。
「い、ける……大丈夫……なんとかなるわ……!」
銀色の髪を風に靡かせて、シアンさんは眉間に皺を寄せながら笑う。
その表情は穏やかな笑みではなく、精気に満ち溢れた若々しい顔だった。
「ツカサ、神霊樹の実を持って来たぞ!」
いいタイミングで、クロウが駆け戻ってくる。その口には、何個もの光り輝く実が咥えられていて、俺はそれを見て必死に声を出した。
「実の汁を傷口に!」
「うむっ……!」
ぐしゃ、と音が聞こえて、俺の目の前で黄金の色をした半透明の液体がエメロードさんの背中に滝のように流れ落ちて行く。
それはきっと、クロウが口で噛み砕いて流してくれたのだろう。
すると、彼女の体が薄らと金色に輝き始め、シアンさんの青い光も一層強くなる。
「もう、いいわ……手を離しても……!」
シアンさんは、まだ苦しそうだ。だけど……エメロードさんの傷は、まるで逆再生の映像のように、徐々に塞がっていった。
「ツカサ君、ありがとう……もう大丈夫よ……」
「っ、あ……は、はい……」
じんじんと痺れた手を話そうとするが、手の感覚が戻らなくて中々外せない。
やがて周囲の青い光が治まり、シアンさんもようやく体勢を崩したが、俺は反対にガクガクと手が震える有様でどうにも出来なかった。
そんな俺にシアンさんは微笑んで、手を優しく包みゆっくりと外してくれる。まだ汗が頬を伝っていて本調子ではないだろうに、それでも俺を気遣ってくれていた。
「少し貰い過ぎちゃったわね……。最後の回復薬、私がかけるわ」
「お、お願い、します」
若い方の姿でそうやって微笑まれると、ドキドキしてしまう。
俺も額の汗を拭って、シアンさんがエメロードさんの傷痕のない背中に回復薬をゆっくりと掛けて撫ぜ付けるのを静観する。
なんだかマッサージをしているようにも思えたが、そう思えるのもエメロードさんの背中には一ミリの傷も無くなったからだろう。とにかく、やっと助かったのだ。
それを確信すると一気に力が抜けたのか、俺だけではなくブラックとラセットも、その場にどさっと尻餅をついてしまった。
「…………うん、後は失った血や気を補えば心配は無いわね……。傷が残らない内に助ける事が出来て、本当に良かった……」
言いながら、エメロードさんの背中を自分が纏っていた布で隠すシアンさん。
その横顔は本当に安堵している嬉しそうな表情だった。
きっと、お姉さんに後々憂うような傷が残らなくて嬉しかったんだろうな。シアンさんはエメロードさんを嫌っている訳じゃなくて、遠慮していただけなんだから。
しかし、そんな彼女を疑問に思う人も居たようで。
「……何故……助けたの……」
「姫……!」
シアンさんが触れている体が、小さく動いた。
いち早くその反応に気付いたのか、ラセットがエメロードさんを抱き起こす。
やっと顔が見えたエメロードさんは血の気が引いた顔をしていたが、目立った異変は無かったようで、痛みに歪んだりはしていなかった。
だけど、彼女はシアンさんの行動に疑問を呈している。
俺は何か言った方が良いだろうかと思わず視線を彷徨わせたが……しかし、シアンさんはその言葉に動揺する事は無く、ただ姉を見て微笑んだ。
「だって……私の大切な、かけがえのない……家族だもの……」
その言葉に、エメロードさんは目を見開く。
「この、傷……治すなら、下手したら……貴方が、力を……失って……倒れていたのかも、知れないのよ……」
それほどに深い傷だったと言うのか。
思わずシアンさんを見返すが、しかし彼女は静かな顔で笑っていた。
「いいの。……大事な人が、死んでしまうのは…………もう、嫌だから」
静かで、けれど強い意志を持った、言葉。
エメロードさんは信じられないとでも言うような顔でシアンさんを見つめていたが――しかしやがて、その表情を緩めると、目を閉じた。
その目が潤んでいるように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。
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