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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
47.結論を急ぐ
しおりを挟む「え……」
なに、これ。どういうこと。
俺、今さっきまで廊下に居て、ブラック達と一緒に居たはずだよな。
なのに、なんで目の前にエメロードさんとクロッコさんがいるんだよ。ここはどこだ。見覚えが無い。こんな部屋見た事が無い。
教会みたいに天井が高くて、部屋の中には執務机しかない。とても殺風景な部屋で違和感を感じる。どうしてだろう。生活感が無いからか?
でも、机は有る。エメロードさんの背後には縦長の細い嵌め込み窓があって、そこから光が漏れている。薄暗いのはこの空間にその窓しかないからだろう。じゃあ、俺が逃げるとしたらもう、俺の視界の外にある扉しかないってことか?
いや、なんで逃げる事を考えてるんだ。
目の前にいる二人は、俺の敵じゃない、はず……なのに……。
「…………どういうことかしら」
エメロードさんが、紙束を冷静な目で見つめながらぽつりと零す。
その言葉は俺に向けられたものだと思って、口を開こうとしたが……答えたのは、クロッコさんだった。
「そろそろ頃合いかと思いまして」
頃合い?
ということは、俺をここに連れて来たのはクロッコさんって事?
いや、待て、真宮には神のご加護とやらがあるんだ。もしかしたら、彼以外の誰かの手によってここに連れて来られたのかも知れない。
早合点は駄目だ。だけど……。
「……貴方はもう、おおよその見当がついているのでしょう?」
俺の心を呼んだかのように、エメロードさんが言う。
先程まで紙束を見つめていた彼女は、白い羽が美しいペンで何事かを書き記すと、フッとこちらに顔を向けて来た。
「…………っ」
微笑みも何もない、冷静な大人の顔。
少女のような愛らしい美貌を帳消しにするほどの老獪な表情を目の当たりにして、俺は思わず息を呑んだ。
だってその表情は、今まで見た事も無いくらいに……冷たかったから。
「話して下さらないかしら」
「で、でも……証拠が…………」
「証拠ならあるじゃない。そこに」
「え……」
「貴方の手の中にある物は、貴方が思っている以上に重要な証拠よ」
そう言いながら、エメロードさんは俺を指さす。
いや、正確に言うと……握り締めて地面に押し付けていた、俺の拳を。
「でもこれは、証明するだけで証拠には、なりません。もっと……犯人だと、確証が得られる物じゃないと……」
「ソレが犯人と繋がっていると言う保証は無くてよ?」
ハッとして顔を上げると、エメロードさんは目を細めた。
「繋がりか有るかどうか。それが正しいのであれば、わたくしが是と言います。そこに証拠が必要かしら。わたくしを襲った犯人をわたくし自身が知っていると言う事実は、貴方達にはもう解っているのでしょう?」
「じゃあ……本当に……」
「話してみたらいかがかしら。頷くかどうかは、貴方の言葉次第ですけれど」
「だ、だけど……」
今そんな事をしていいんだろうか。
心配になって彼女を凝視するが、相手は一度ゆっくりと瞬きをしてみせた。
まるで、俺が言いたい事を全て解っていて、それを言えと言っているように……。
「言って。頼むから」
エメロードさんの綺麗な瞳が、俺を凝視している。
その言葉は、今まで以上に何故か……俺の胸を、強く突いたような気がした。
…………そうまで言うなら。
そこまで、俺に真剣な言葉を向けてくれるのなら……――
「…………お二人には、二つ名が……ありますよね……?」
問いかける。その言葉に、クロッコさんが薄らと目を開いて俺を見た。
中身の見えない、微笑み。真剣な表情のエメロードさんとは全く違う、何を思っているのかも判らない、穏やかな微笑みだ。
俺はごくりと唾を飲み込むと、彼の口が開くのを見た。
「どんな二つ名が?」
背筋が寒くなる。だけど、怖がるわけにはいかない。
ここにエメロードさんが居るという事は、恐らくこの場所はブラック達が居る地点とはそう離れていないはず。だったら、それまで頑張るんだ。
ブラック達は絶対に、ここに来てくれるんだから。
「黒鋼の伯爵と……湖の畔の、貴婦人。……そうじゃ、ないんですか」
――――そう。
二人には、別の顔が有る。それは、俺達がずっと煮え湯を飲まされてきた存在……今まで数多の人達を狂わせた、謎の存在という顔だった。
「どうしてそう思ったのかしら」
「この、ピンバッジです。これは、リュビー財団の紋章を象っている。こんなものを持っているなんて、少なくともタダのお客じゃないですよね? 明らかに何か懇意にしているという証拠だ。番頭役筆頭のロサードに問い合わせれば、これを誰に渡したかっていう事と……何を取引したかって事くらいは分かると思います。それをどこに運んだのかも……」
俺のその言葉に、クロッコさんの眉が少し動いたような気がした。
当たっていて欲しくない。そう、思ってるけど……もう、どうしようもなかった。
「それに……俺がリュビー財団の本部でぶつかった人は、紛れもなくクロッコさんだった。他にも、色々と理由はあるけど……俺が一番『そうだ』と思った理由は……クロッコさんが“知らない事を知っていた”から」
「……ほう?」
クロッコさんの口が笑みに歪む。
楽しんでいるのだろうか。この状況で、怒るのではなく楽しんでいるというのは、どういう状況なんだろう。俺が見当外れの事を言っているとほくそ笑んでいるのか。
解らない。解らないけど……俺には、推測を話す以上の事は出来なかった。
俺はただ、エメロードさんに考えた事を言うだけだ。
「……クロッコさん、なんで貴方は“六つの神の書”の事を知ってるんですか」
「…………」
「ラセットが言ってました。神の書の事は、限られた物しか知らないって。少なくとも、最初からエメロードさんに付いていたわけでも無く、地上を走り回っていた貴方には読む事なんて出来なかったはずだ。それに貴方はあの霧の中での出来事をライムライトさんがやった幻覚だって言った。……彼にはまだ作れなかった、幻覚だって。嘘を吐く理由なんて、そう選択肢は無いですよね」
「それっぽっちではただのこじつけですね。それに、もし私達が黒鋼の伯爵とかいう存在だったとして、それが犯人とどういう関係が有るんでしょうか」
確かにそうだ。これは、俺が聞いた事を勝手に結び付けたに過ぎない。
だけど、もし二人が後ろ暗い事を共有している関係だとすると……色々と、都合が良く話がまとまるのだ。
「お二人が、オーデル皇国やプレイン共和国に、このディルムに有る物と同じ“大地の気を燃料に変える機械”を齎した張本人……つまり、仲間だとすると……あの事件の犯人も、自然と見当が付きます」
「どうしてかしら」
「二人が共犯なら、不自然さが全部解消されるからです」
そう言うと、エメロードさんの目とクロッコさんの目が見開かれる。
どのような感情によるものかは俺には解らなかったけど、それでも俺は続けた。
「元々、最初からあの約束はおかしかった。話すだけなら室内で良かったはずだし、カスタリアは秘密の話をするのにもってこいの部屋が幾つも有ったはずだ。なのに、エメロードさんは何故か屋外を指定した。……それは、防刃の術が掛かった室内では上手く刃が飛ばないし……人数が限られセキュリティがしっかりしすぎている場所では、誰が貴女を殺すフリをしたか、解ってしまうから。……ですよね……?」
「…………」
黙っている。間違えたんだろうか。
いや、間違えているのなら、二人からこんな……こんなに、肌がひり付くような、強い視線が送られてくるはずもない。
仮に何か間違っていたとしても、何かが合っているのだ。
その視線の意味を必死で探りながらも、俺は二人を見返した。
「貴方達は、最初からお芝居をして俺達に黒籠石探しをさせるつもりだった。その為に、わざわざ俺達の目の前で殺されかけて見せたんでしょう? だから、密室になる部屋では都合が悪かった。犯人の特定を避けたかったから、ブラックの行動を見越して約束を持ちかけ、わざわざ誰かに狙われやすい空中庭園を指定したんだ」
「けれど、わたくしの首を斬ったどこかから飛んできたものではなくて?」
確かに、彼女を襲った凶刃は俺達が認識できない場所から飛んできた。
その刃は未だに見つかってはいない。だが、そこに囚われる必要はないのだ。俺はエメロードさんが敢えて話を逸らそうとしているのだと感じながら、刃による攻撃の先にある事象を隠蔽される前に切り出した。
「この場合、どこから刃が飛んできたかは問題じゃありません。外部の奴が犯人ならあのカスタリアで貴女を殺す事は出来ないと知っているし、内部の人間の犯行だとしたら……あまりにも、目立ち過ぎる。俺達が居る前で殺そうと思わないはずだ。それに、エメロードさんの傍には従者が居たから普通はそんな事しませんよ」
「だから保険としてわたくしに呪いをかけたのではなくて?」
「すぐに死ぬ呪いではなく、眠らせる呪いにして?」
その言葉に、エメロードさんの綺麗に整えられた眉が動いた。
「……殺す為なら、眠らせなくて良かった。むしろ猶予が有るだけ生存確率が高くなっちまう訳だから、毒薬の方がよっぽど良かったはずだ。でも、エメロードさんが犯人と通じていたなら話は違ってくる」
「ほう。それが、黒籠石を君達に持ってこさせるための策だったから、私が女王陛下を刺した、と。だから、私が共犯であり、黒鋼の伯爵であり、何者か、だと」
…………怖い。
俺の予想が、現実のように思えてくる。
ずっとぐるぐる考えて、でも「こんな真実じゃないはずだ」と考えないようにしていた一番最悪な事実を、俺は今話してしまっている。
なのに、止められない。止めようがない。
エメロードさんとクロッコさんは、俺の話を笑って聞いていない。
二人とも……怖いくらいに真剣な目で、俺を……見て、しまっていた。
「……え……エメロードさんに掛かけられた古代の呪いは、刃の傷口からは検出されなかった。貴方が掛かった呪いは、背後から発射された針によるものだったんだ。針に因る物なら、射程距離は短くなる。空中庭園の中に潜んでいなければ、防刃の術やセキュリティが発動するから、屋内からは無理だ。そうなると、エメロードさんの背中に針を打ち込む事が出来たのは……ラセットか、クロッコさんしかいない」
「それで何故、私が共犯者だと?」
クロッコ、さんの、顔が……笑みに、歪んでいる。
笑ってるんじゃない、笑顔のような表情に歪んでいるんだ。
言え、と、言っている。俺が一番言いたくない言葉を。
だけど言わなければいけない。もしそれが本当だとするのなら……。
「……ッ」
だけど、言うのが怖い。
言ってしまえば、俺一人では何かが起こった時に対処できないかも知れない。
もう二度と、凄惨な光景は見たくない。
でも、俺一人では……そう、思ったと同時。
背後から、ドンドンと何かを叩くような音が聞こえた。
「…………」
これは……ブラックだ。ブラック達が、来てくれたんだ。
だったら、もう、怖くない。
俺一人だけじゃない。すぐそばに、ブラックとクロウがいる。
だったら、もう。
「クロッコさん……いや、クロッコ」
声を堪えながら乱暴に呼びかけた俺に、相手は目を細めて悪魔のように笑う。
その悪魔の笑みに――――俺は、険しい顔で声をぶつけた。
「アンタが黒籠石を持って行ったんだよな……?
…………なあ、ギアルギン……!」
黒籠石を集めていた黒幕。
シアンさんに罪をかぶせて苦しめた真犯人。
平和な国に“機械”を齎した“古代の知恵”を持つ悪魔。
俺に【六つの神の書】の内容を教えて、イスタ火山で【白煙壁】を使いレッドと共に黒籠石を奪取し……このディルムでも、そうやって俺を攫おうとした、元凶。
「はは。困りますねえ……説明もなしに、結論から先に言われてしまっては」
だけど、その笑みは全く困ってなんかいない。
――……俺を蔑むような、笑みにも見えるような顔で、顔を歪めていた。
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