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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
44.真実を知る覚悟を求め
しおりを挟む「現実って……」
やっぱり、そうなのかな。
あの不可解な恐ろしい存在は、現実だったのだろうか。
でも……物理的にあんな風な恐ろしい状態になるものなのか?
いや、この世界には“視覚拡張”なんていう術が有るんだ。もしかしたら、人の視界をジャミングさせる術が有るのかも知れない。
だとしたら、俺はブラックと勘違いして変な誰かに連れて行かれそうになったって事になるけど……うわ、なにそれ、今更めっちゃ怖くなってきた。
ライムライトさんが助けてくれなきゃ、俺はあいつに拉致されてたんだよな?
でも、あの感覚なんだったんだろう……全然体が動かなかったって言うか、本当に夢でも見てるみたいに思い通りにならなくて、なのに意識ははっきりしてて……。
「解らないのですか?」
判断しきれない俺に対して、エメロードさんが冷たく言い放つ。
ここは落ちこむ所だと解ってるんだが、俺は以前にもっと辛い視線と言葉をクラスメートの女子軍団に向けられた事が有るので、むしろまだ俺を罵らずに冷静に会話をしようとしてくれているエメロードさんに感動すら覚えてしまう。
そうだよな。本当に嫌われてるなら、相手の反応はもっと苛烈なんだ。
無視なら他の拒否よりはマシだなんてことは絶対にない。それを行われる相手からすれば、心へのダメージは罵倒となんら変わりが無いのだ。無言であろうが、苛烈は苛烈だ。俺は、そのことを痛いほどわかっている。
だから、例え俺の事を嫌っていても普通に話そうとしてくれるエメロードさんは、俺にとっては嫌うべき対象にはなり得なかった。
むしろ、彼女は俺に忠告してくれているのかも知れない。
ライムライトさんが言っていた事を信じるのなら、エメロードさんは俺達に何かを託したがっている。俺を、それなりに信用してくれているんだ。
自惚れだと笑われるかもしれないけど、俺を助けてくれたライムライトさんの言うことを信じてみたい。もしかしたら……彼女から話してくれる事がなにかあるのかも知れないから。
俺は気を引き締めると、真宮へと近付いた。
「返事も出来ないほど驚いたのかしら」
大胆に胸を見せるタイプの寝間着を纏ったエメロードさんは、月の光に照らされているせいか、余計に美しく見えてしまう。エルフの長耳が幻想的な雰囲気をより一層強めているようで、その姿は本当に女神のようだった。
そうだ、彼女は神に準ずる存在。この国の王なんだ。膝をついた方がいいよな。
俺は慌てて姿勢を低くすると、頭を垂れた。
「いえ……。その……」
「なに?」
「どうしてエメ……陛下がここにいらっしゃるのかと思いまして……」
ここではやっぱり女王陛下と呼ぶべきだろう。
しかし、そんな俺の態度にエメロードさんはフウと溜息を吐いた。
「この前普通にお話しましたのに、今更態度を改められましても」
「ウグッ、す……すみませんでした……」
そうだね、そういや石碑の所に行った時に普通に話してたね……ええいもう、バカバカ俺の大マヌケおバカ。
しょうもなさすぎるとガックリ項垂れると、エメロードさんはまた溜息を吐いた。
「下地での態度と同じで構いません。わたくしが許します」
「でも……」
「口ごたえするおつもり?」
ぐ……そ、そう言われると……じゃあ、女王様が言うんだから……うん……。
色々と不安で冷や汗がドッと出てしまったが、俺はよたよたと立ち上がった。
「あの……それで……エメロードさんはどうしてここに」
「あら、真宮はわたくしの家も同然ですよ。家人が家の中を歩き回る事はおかしいのかしら。不思議な事を仰るのね」
「えぅ……で、でもその、危険だし、その……一人で出歩いたら危ないし……」
「貴方はライムライトの力や、ここにいるエーリカの事も信用していないのですか? 彼らの仕事は信用されてこそのもの。ならば、わたくしが信用しなければ、真面目に役目を全うしているエーリカ達に失礼でしょう。どんな事があろうとも、わたくしは自分のやりたい事をするだけです」
そう言われて思わずエメロードさんの背後を見ると、そこには確かに何か変な構えをしてこちらを気まずそうに見つめているエーリカさんの姿が……。
か、陰からエメロードさんを警護していたのか……なんかごめんなさい……。
「す、すみませんでした……」
「……本当に貴方は、謝って許されようとしてばかりね。自分と言う物が無いの?」
「そ、そんなんじゃないです。ただ、その……相手が傷付いたり、そうじゃないって言うのなら、俺は悪い事を言った訳だし謝らなきゃって……」
「相手のため? 自分が許されたいからの間違いではないのかしら」
言葉が鋭い。さっきから、痛い所をザクザクと刺されている。
エメロードさんは俺の事を良くは思ってないし、彼女にとっては俺の性格はソリが合わないタイプの筆頭のようだ。それでいて俺は日本人気質を我慢出来ずにペコペコと謝ってしまうワケだから、物事をはっきり言うエーリカさんにとっては、俺なんて見る度にイライラする存在でしかないのだろう。
でも、彼女が言う事も正しい訳で、俺だって相手に許されたいって気持ちが有って謝るんだし、打算が無いとも言えない。
相手に好かれたいから謝るという気持ちを突かれたら、ぐうの音も出なかった。
だから、そんな自分の浅ましい心を見透かされたのが恥ずかしくて、何も言えないのだ。……情けない事だけど、でも俺はやっぱり人に好かれたいもん……特に、女子には。綺麗な人には、特に。
しかしそれで相手を怒らせてりゃ世話ねえよな……はぁ……。
「……確かに俺は、許されたいと思ってます。でもそれは、エメロードさんに、これ以上嫌われたくないからです」
「……は?」
ああ視線が冷たい。でも、もうここまで来たら本音で話すしかないじゃん。
俺のやる事なんて見透かされてるんだし、取り繕ってもエメロードさんを怒らせるだけで、何も話が進まないんだ。なら、空中庭園での時みたいに何も話せず立ち竦むだけじゃなく、今度は自分の気持ちをちゃんと伝えたい。
甘ったれで我儘で自分本位だったとしても、それが俺だから。
「俺、人に好かれたいんです。女の人にはもっと好かれたい。だから少しでも仲良く出来るなら、素直に自分の非を認めて仲良くして貰いたいと思うんです」
「貴方……正気ですか……? わたくしは貴方の恋敵も同然なのですよ?」
「それならエメロードさんだって、俺を嫌いだ嫌いだって言いながらも、俺と喋ってくれたり、それなりに便宜を図ってくれてるじゃないですか。貴方の国であるここでなら、約束を故意に破らせる事だって出来たのに、貴方はそんな事はしなかった。それは俺達とのことを公平にしようって思ってくれてるからでしょう?」
「…………」
俺の言葉を聞いて、彼女は押し黙る。
やっぱり、エメロードさんは俺達にある程度のハンデをくれてるんだ。
自分が考えていた事が少しは当たっていたのかも知れないと考えると嬉しくて、俺はエメロードさんに伝わって欲しいと思いながら続けた。
「そんな風に、ちゃんと俺達に動ける余地を与えてくれているのに、失礼な事をするなんて俺は出来ません。恋敵とか嫌いとか、関係ないですよ。それとは別です。それに、俺はやっぱり……エメロードさんとも仲良くしたいです。例え嫌われていても」
恋敵だったとしても、何か争わずにいられる方法が有るはずだ。
話し合う余地が残されているのにいがみ合うなんて、そんなの悲しいよ。
だから、エメロードさんが俺を少しでも認めてくれているのなら、話し合いたい。
彼女が納得がいかないと言うのなら、俺も覚悟を決めてブラックへの気持ちを素直に伝える。だから、もし仲良くできるのならそのチャンスを与えて欲しかった。
……でも、こんなのエメロードさんには迷惑な事かも知れない。
伺うようにエメロードさんを見る俺に、彼女は何とも言えない表情をして唇を噛んでいたが……やがて、力を抜いてまた深々と溜息を吐いた。
「貴方のそう言う所が、卑怯なのよ。そうやって純粋な振りをして人を追い詰めるのは、相手にとっては耐え難い苦痛だと考えないの?」
「本当に嫌われていたら、こんなことは言いません」
エメロードさんは俺にヒントまでくれた。
本当に嫌いなら、俺に好き好んで接触なんてしないだろうし、ラセットのことだって酷く叱っていたはずだ。だけど、エメロードさんは俺に「すこし話そう」と言ってくれた。それだけでも、余地が有る証拠にならないだろうか。
俺がそう言うと、エメロードさんは俯いて……それからゆっくりと月を見上げた。
「…………私と仲良くなりたいという事は、ブラック様を放棄するという事かしら」
やっぱり、最後の壁はそこなのか。
でも、俺はもう言い淀んだりしない。ブラックが、応えてくれたから。
「……しません。……俺は……ブラックの事が……一番、大事、だから」
「…………」
「ずっと一緒に居るって、居て欲しいって言ったんです。だから俺は……ブラックの事を、誰にも譲る気は……ありません」
譲るとか、そんな事を言うのは烏滸がましいかも知れない。
だけど俺は、もうアイツとの事をウヤムヤにしたくないんだ。名前まで自分に絡めちまったのに、これでブラックの事をどう思ってるかも言えないだなんて、アイツを元気づけた癖に恥ずかしい。
そう、それこそ男として恥だ。
俺は、ブラックの事を守るって決めた。アイツの名前の意味を奪ってでも、アイツの事を元気付けて受け入れてやりたいって強く思ったんだ。
だから、どう思っているのか言えと言われるのなら……はっきりと、言いたい。
こんな時ぐらいは格好つけて、言ってやりたかった。
俺は、ブラックの恋人だって。
「…………」
「エメロードさんには申し訳ないけど、そこは譲れません。俺……エメロードさんに言われて、あの時は何も言えなかったから……だから、エメロードさんには納得できないかも知れません。でも俺、あなたのお蔭で、覚悟を決められたんです。だから、これだけはきちんと言っておきたかった。……じゃないと、エメロードさんの真剣な気持ちに失礼だと思ったから」
彼女は、本当にブラックの事を思っていた。
俺へのあてつけでも無く、誰かの代替でもない。何かの切欠が有って、彼女なりにブラックの事を本当に愛していたんだ。
……だけど、俺がブラックと恋人になってしまった。
その事を怒るのは当然の事だ。自分の方がより愛していると思うのも当然だろう。
だから、嘘をつかず真正面から自分の気持ちをぶつけたかったんだ。
エメロードさんの気持ちに負けないくらい、俺もブラックの事が好きだって。
それがきっと、彼女のあの時の言葉に対する答えだと思うから。
「…………」
月明かりの下で、エメロードさんは俺を見つめる。
俺はそんな彼女を見つめて、ただ黙る。
しばらく沈黙が続いて、俺達の間を冷たい風が何度も吹き抜けて行った。
視界の端のエーリカさんは、心配するように俺達を交互に見ていたが、やがて沈黙を破ったのはエメロードさんの方だった。
「……彼に、貴方の知らない闇があったとしても、それでも好きと言えるの?」
「はい。……俺、アイツの事はほとんど知らないけど……でも、過去に何かあったんだとしても……俺の中のブラックは、今のブラックしかいないから」
それは、ずっと変わらない。最初からずっと思ってた事だ。
例え大罪人だとしても、過去に人を理不尽に殺していたのだとしても、ブラックはブラックだ。俺の中には、出会ってから今までのブラックしかいない。
だから、ブラックが俺を殺す存在だったとしても……俺は、今更離れられない。
俺はもう、アイツの弱さも優しさも、知ってしまっているから。
それでも「好きだ」って……思って、しまったから……。
「……本当に、嫌な人。どうして貴方はそう子供みたいに全部正直に話すのかしら」
「エメロードさん……」
「わたくしが、馬鹿みたいじゃない……」
不意に、エメロードさんの顔が泣きそうに歪む。
思わず足を一歩踏み出した俺に、エメロードさんはハッとして、顔を拭った。
「あ……」
「……わたくしは、ブラック様を諦めた訳ではありません。……ですが、貴方がわたくしと変わりない感情を抱いている事は、認めて差し上げます。けれど仲良く出来るかどうかは別のことです。人には、分け隔てる事も必要な時がある。神を尊ぶ神族として、ブラック様を慕う物として、貴方と馴れ合う訳には行かない」
「……はい」
そうだよな。俺は、どの方向から見てもエメロードさんの敵だ。
でもはっきりそう言って貰えると、逆に清々しかった。
「……本当に、やりにくい子ね。本題に入る前に無駄な話をしてしまったわ」
「本題?」
なんだ。エメロードさんは偶然通りかかったんじゃないのか?
どういうことか解らず目を瞬かせる俺に、エメロードさんは少し不満げな顔をすると、肩を動かして息を吐いた。
「貴方、分かってないみたいだけれど、さっきは危なかったのよ。ライム……ライムライトが助けてくれなければ、確実に連れ去られていたのはお分かりになって?」
「う……は、はい……」
「そもそも、貴方が何故エーリカも同行させずに、一人でここに立っているのです? それを考えれば、おかしいと気付くのではなくて? 解っているのですか?」
…………え?
あ……そう、言えば……変だよな……。
もし全部が現実の事だとしたら、俺はエーリカさんの目を盗んで部屋を出て、一人でここに辿り着きマヌケに寝転がっていた事になる。
……いやいやいや、そんなの不可能だろう。
俺は曜術が使えない状態だし、おまけに運動音痴だ。
どう考えてもあの部屋からこっそり脱出なんて出来ないだろう。それなのに、ここで寝ていたなんて……確かにおかしすぎる。
でも、一体何が起こったんだろう。
こればかりは考えたって解らない。縋るようにエメロードさんを見上げると、彼女は呆れたような顔をしながら額に指を当てた。
「はぁ……これでブラック様の隣にいるなんて……」
うう、すみませんすみません。
でも解らない事を解るっては言えないし……。
「ああはいはい、責めていませんから変な方向に考えないで頂けます? ……けど、もう何かがおかしいという事は解っているのでしょう?」
「…………はい」
ここでいう「何かがおかしいと思っていた」というのは、多分全般的な事だ。
俺が前から感じていた違和感などに対しての言葉なんだ。
だから素直に頷くと、エメロードさんは軽く頷いて背筋をぴんと伸ばして立った。
「考えないようにしていても、良い事はありませんよ」
「…………」
俺の心の中の事を見透かしているような事を言う、エメロードさん。
……やっぱり彼女は……。
「……あの……良いんでしょうか……。俺……」
「わたくしに遠慮するような情報を、貴方は持っているのかしら。遠慮をするのなら、確固たる理由が必要よ。大した考えも無いのに他人を心配するのは、ただの驕りでしかないわ」
…………そう、だよな。
俺の中にある漠然とした不安や予想は、証拠のない物でしかない。
もしかしたらという思いだけでは、どうしようもないんだ。
だけどエメロードさんと対峙すると何も言えなくなってしまう俺に、彼女は溜息を吐くと、一度目を閉じてゆっくり見開いた。
「あと二日です。本当に彼を手放したくないのなら、考えなさい」
そう言って、エメロードさんは俺に背を向ける。
何故か数秒そのまま立ち竦んでいたが、それでも何かを振り切るように真宮の内部へと帰って行ってしまった。
その姿を見送っていた俺に、エーリカさんが慌てて近付いて来る。
「ツカサ様、お怪我はありませんか?」
「あ、はい……てか、お怪我って……もしかして見てたんですか?」
「……陛下はああ仰っておられますが、本当は……貴方を助けにここまで来られたのだと思います。でなければ、わざわざ私を呼びにいらっしゃるなんて事、ありえないのですから……。どうか、陛下の御心をご理解下さい」
「え……エーリカさんはエメロードさんの護衛で付いて来たんじゃないんですか?」
だって、女王様なんだし、御付きの人を連れて来るのは当然じゃないか。
なのに本当はそうじゃなくて、俺を助けるために連れて来たなんて……それって、つまり…………。
「私には、話の流れは見えませんが……ですが、陛下は私に『いざとなったら、飛び掛かりなさい』とまで仰いました。その事だけはどうか……」
俺の手を取りながら必死に訴えるエーリカさん。
だけど俺はその言葉の持つ別の意味に囚われて、中々頷く事が出来なかった。
→
※すみません寝落ちしてました…昨日の徹夜……_| ̄|○
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