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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
献愛
しおりを挟む※ツイで真夜中って言ったのに早朝になってしまった…_| ̄|○
「はぅ」
ふと、目が覚めた。
その理由はと言えば、腕を預けていた柔らかい感触が急に失われたからだ。
(あれ……ツカサ君……?)
すぐに起き上がり、左隣に居たはずの小さな体を探す。
しかし己の隣には寝乱れたシーツが有るだけで、そのもう少し先にはマヌケにグウグウと音を鳴らしている可愛げの欠片も無い獣人しか居なかった。
(用足しかな……)
しかし、それにしては音がしない。
厠のドアに聞き耳を立てても良いのだが、前にそれをやったらこっぴどく怒られたのでそうも出来ない。数分待ってみたのだが、それでもツカサの気配は無かった。
ということは、部屋を出てどこかに行ったのだろうか。
(……嫌な予感がするな……)
ツカサは先日、酷い夢を見た。
何者かの声がツカサの事を物のように揶揄する不愉快な夢だ。
そのせいか、最近のツカサは少し躊躇ってから目を閉じるようになっていて、ひどく眠り辛そうにしている。それでも、ブラックが隣に居れば安らかに眠れるようで、そこがとても可愛らしくてたまらないのだが……まあ、それはともかく。
あの夢のせいで眠る事が出来なかったのだとしたら、本当に腹立たしいことだ。
(別々の部屋で寝てたらそれすら気付けなかったから、こうなって良かったと思う所も有るんだけどね……。それにしても、僕以外の奴がツカサ君を苛むなんて我慢ならないよ、ほんと……)
どんな感情からであろうとも、ツカサの心の中を支配するような存在は許せない。
出来る事なら、彼の感情の矢印を全て自分にかき集めたい。愛や仲間意識や信頼という暖かい感情だけではなく、怒りや恐怖も、全て支配したかった。
だが、そんな事をすれば待っているのは身の破滅だ。
仮にそれを行うとすれば、それは最後の最後だろう。
ブラックがツカサを恐怖で縛らないのは、彼が自分を愛してくれているからだ。
恐怖や服従からの気持ちではない、完全なる好意である「好き」という感情から紐付けされた、無償の献身を注ぐ「愛」という感情。それは、得難く尊い物だ。
ただ求めるだけでは手に入らず、もがいても得られるような物ではない。生まれた瞬間から与えられる確証は無く、例え得られたとしても……その「愛」が、いつまでも温かい感情を与えてくれる保証はないのだ。
それを知っているからこそ、ブラックは彼を強引に独占したくなかった。
全てを自分の物にしようとすれば、その愛が歪む事を知っているから。
(だけど……こういう事が続くと、無性に全てを独占したくなるよ。だって、ツカサ君は僕の唯一無二の恋人だ。ツカサ君の“いちばん”は、僕だけの席なんだ。それなのにツカサ君が他の奴の事を考えてるなんて……そんなの、我慢できないよ)
本当は、隣で高鼾をかいている獣人も排除したい。
だが、それを行うにはもうあまりにも「出来ない理由」が多すぎる。
ブラックの中の暗い衝動を抑えているのは、ツカサ自身に他ならないのだ。
それを考えると、やはり無茶な事は出来そうになかった。
「はぁ……」
とにかく、ツカサを探しに行かねば。
ベッドを降りて一度脱衣所と厠を見てみるが、人の気配はない。
ならばやはり外だろうかとドアを開けると、部屋のすぐ近くに関わりたくない人影を見つけ、ブラックは思いきり顔を歪めた。
「おや、おでかけですか」
肝心な時にいないなんて、ダメなメイドだ。
いや、これは、ツカサがあのメイドをお供にどこかに行ったという事だろうか。
だとしたら、一人残っているこの男が行方を知っているかも知れない。
聞くかどうすべきか少し悩んだが、他に聞く宛てがないのであれば、嫌悪感を押し殺して聞くしかあるまい。この男に嘲笑されるよりも、ツカサが安全であるかどうかの確認のほうが何万倍も大事だ。不快感はツカサを抱き締めて消せばいい。
だから大丈夫だと自分に言い聞かせながら、ブラックは色々な感情を堪えて、いけ好かない男……クロッコに問いかけた。
「ツカサ君はどこだ」
そう言うと、クロッコはブラックの方を向いて、わざとらしく朗らかな笑みを見せた。
「ああ、眠れないので一回りされるとのことでしたよ。なので、じき帰って来られると思いますよ。エーリカが一緒なので心配は無いでしょう」
そう言いながら微笑むその顔は、ブラックには嫌味にしか見えなかった。
だが帰って来るのなら文句は無い。あのメイドも相当に腕が経つようだし、迷うと言う事もないだろう。それに、過干渉はツカサに怒られる。ならば、行き違いを防ぐためにも部屋に居た方が良いだろう。
嫌味な男の顔を見ているなど耐えられず、ブラックは素直に部屋に戻った。
「……目が冴えちゃったな。どうしよう」
このまま寝ても良かったのだが、どうにも眠れそうにない。
それならと思い、ブラックは衣装掛けに預けていた上着から布の塊を取り出すと、椅子に腰かけてそれを丁寧に開いた。
と、そこには……半円を描く金色の細い棒状の金属と、既に術式と共に色を入れた美しい紫色と琥珀色の小さな宝石が転がっている。
ブラックはそれらを布に乗せたままテーブルへと置くと、金属を指でつまんだ。
「うーむ……本当に難しいなあ……」
驚異の伝動率を誇ると言うだけあって、この【コトシライト】という金属はとても扱いが難しい。ほんの少しの術でも簡単に倍加してしまうが故に、ヘタに曜術で曲げようとすると大きく形が崩れてしまう。
完璧な円形にするには繋がねばならないのだが、それも難しかった。
しかし、難しかった、とは言うが、出来ないと言う訳ではない。
夜中にこっそりと術の伝わり方を確認していた努力が実ったのか、ブラックは数日で扱いが難しい金属の鍛金方法を編み出していた。
(へへ……怪我の功名だな。まだ上手く操れないけど、ツカサ君が居ないうちに早く完成させてしまおう)
やっと、ここまで来た。
最高の材料を揃えて、あとは完成させるだけの所まで来たのだ。
「なんだ、今から作るのか。ツカサが帰って来た時にバレないように出来るのか」
背後から声が聞こえて振り返ると、ボサボサの髪をまとめもせずに寝転がっている熊公の姿が有った。どうやら流石に起きてしまったらしい。
しかし、この男にバレても何の実害も無い。ブラックは眉根を寄せ釘を刺した。
「ツカサ君に言うなよ。驚かせるつもりなんだから」
「承知している。だが、これだけ協力しているのだから、見返りは貰うからな」
「なーにが協力だ。口止め料が欲しいだけのくせして」
「お互い様だろう。オレは二番目の雄としてお前を立ててやっているんだからな」
横恋慕で強引について来たくせに良く言う。
……だがまあ、そこに助かっている部分が無くは無い。
だからこそこの駄熊を始末しきれない所が有るのだが……。
(まあ、それは今はどうでもいいか。ツカサ君が戻って来る前に、なんとかこの指輪を形にしなくっちゃ。もう後は接合するだけだしね」
ツカサはこの贈り物を喜んでくれるだろうか。
……いや、喜んでくれるに違いない。
だからこそ、より一層ツカサのために頑張りたくなる。
今の自分が出来る精一杯の能力で、今の自分にとっての最高の物を作ろう。
そう素直に思えるようになったのも、ツカサのお蔭だ。
彼の事を考えると、他の事などどうでもよくなる。誰に罵られようとも、ツカサが自分を愛してくれているのなら、それで満足だと思える程だった。
何故なら自分は、ツカサにそれだけ愛されているからだ。
(新しい名前の意味を貰った。僕を受け入れてくれた。ツカサ君が一番大事にしていた“男としての自尊心”を投げ出すくらいに……僕を……愛してくれた……。だから、確約が欲しい。一生を僕の隣で暮らすと言う、確かな約束が……)
心だけでなく、体も自分に託すと約束して欲しい。証拠を見せて欲しい。
その証拠を、奴隷の首輪のようにいつも自分に見せて欲しいのだ。奴隷扱いする訳ではない。だが、自由奔放な彼が「ブラックを恋人だと認めている」と認めた証拠が、欲しかったのだ。
自分から「好き」と言い出せない初心のままでも、己が「ブラックの所有物だ」と無言で見せびらかす。そんな、彼にとっては恥ずかしいだろう証拠が。
そんなブラックの思いを、この指輪が叶えてくれる。
自分が心血を注いで創り上げた、この指輪が。
そう考えると少し興奮して来て、ブラックは首を振った。
(よしよし、改めて指輪の大きさを確認しなきゃ)
そう思いながら取り出したのは、ラゴメラ村でツカサに着けさせた、小さな輪。
あの時は「遊びだよ」と誤魔化したが、本当の目的はツカサの指の大きさを測っておきたくて、あんな事を提案したのだ。あれは我ながらうまく嘘を付けたと思う。
あれから随分と経ってしまったが、こんな弱々しい輪をよく持っていたものだ。
それだけツカサに指輪を贈りたいのだなと思い返せば、なんだか自分が酷く軟弱な存在に思えたが、ツカサならそれも笑い飛ばしてくれるだろう。
「さて、本腰入れるか……」
ツカサのために、ツカサが帰って来る前に、なんとか形を整えなければ。
明日の夜からはもう星が降ってしまう。だから、その前に。
ブラックは己の手に金の曜気を纏わせると、早速加工を始めたのだった。
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