異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

43.悪夢とは人に起こりうる現実

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   ◆



「…………あれ。ここ、どこだっけ……」

 視界がぼやけてる。でも、ここは外だって解るぞ。
 天井は暗いし星っぽいにじんだ光がたくさん輝いている。それに、ほおには少し冷たい風が当たって来て、空気も肺に入れた途端にすぅっとするもんな。

 だけど……俺、なんでこんな場所に居るんだろう。
 おかしいな、真宮しんぐうに帰って来た後、エメロードさんと当たりさわりない話をしながら夕食を乗り越え、後は今日の事を振り返りながら、ブラックとクロウと一緒にベッドで狭苦しい感じで寝てたはずなんだが。

 それがどうしてこんな場所に。
 変だな。トイレなら部屋にも簡易のがあったはずだし、外に出るならエーリカさんかクロッコさんが付いて来てるはず。なのに、それもない。
 どうしてこんな場所に俺一人で来てしまったんだろう。早く戻った方が良いよな。

 そう思いきびすを返して、ふと思う。
 “今日は”体が幾分いくぶんかスムーズに動くな、と。

「…………今日は?」

 今日はって……なんでそう思ったんだろう?
 前にも同じ夢を見た事が有るのかな。ああそうか、これは夢か。
 自分で「ゆめ」だと思ったんだから、夢に違いないよな。つーか、そうでもないと、俺一人でこんな場所に来られるはずもないんだし。

 なんだ、じゃあ戻らなきゃ。そう思い、歩き出そうとして……ふと、なんだか王宮の方が気になって振り返る。するとそこには。

「あれ……」

 なんか、人が立ってる。
 なんだっけ。あれって誰だっけ。誰かに似てるような気がするけど、分からない。
 星は滲んでたって星だとわかるのに、どうしてあの人の事は判らないんだろう。

「ツカサ」

 また、名前を呼ばれる。
 ……また?
 こんな事、前にもあったっけ……?

 考えて、首を傾げていると――――不意に、相手の口が何か動いた。
 途端、今まで滲んでいた世界が急に晴れて……誰だかわからなかった相手が、はっきりと解った。なんとなく赤いからブラックのような気がしてたんだけど、やっぱりブラックだったのか。よかった。
 そう思って、名前を呼ぼうとすると。

「…………」

 …………あれ?
 声が出ない……っていうか、口が動かん。
 夢の中だからかな。夢ってたまにこう言う事有るんだよな。喋ってるつもりなんだけど、口が動かなかったり声が出なかったりするんだ。
 でも相手は俺が何を言いたいのか解っているらしく、笑って手を差し出した。

 な、なんか……恥ずかしいんだけど……。
 でも、まあ、夢だし……ブラックは大人だから、たまにはこんな風に紳士な感じで手を差し出して、なんかイケメンっぽく笑うのも良いのかも……。
 …………いやいやいや、何考えてんだ俺。
 何か変だな。夢だから欲望に素直になってるのか。それとも俺の乙女チック回路が誤作動起こしてるのか。いやその回路は女子と小動物にしか働かないはずだぞ。

「おいで」

 ……でも、正直な話、ブラックはちゃんとしてれば格好良いし、背も高いし、体格も良くて大人で、ちゃんとしてれば……その……。
 こ、困る。いつものだらしないブラックじゃないと調子が出ないんだってば。

 ああもう、そのせいで夢の中の俺ってば素直に体だけ動かしちまって。
 バカバカ素直に手を取る奴が有るか。そんなもん許されるのは女の子だけだ。
 なんだこの手の握り方。いつもみたいにねっちょり指絡めて来いよお前はー!

「行 こう 。ツカサ 君」

 どこかに連れて行ってくれるのかな。夜の散歩?
  あれ、でも、エーリカさん達に何も言わないでいいのかな。
 夢だし気にしなくても良いのか?

 でもなんか、変な感じだな。何だろう。なんか変なんだけど……。

「足 元に 、気を 付 けて 」
「うん」

 あれ、声出せるじゃん。でもなんで体が思い通りにならないんだろう。
 重いから思い通りにならないってか? 冗談きついぞ俺の夢。面白くないんだが。

「離れない。で  手を繋 ご う」

 手を差し出されて、握る。
 …………ブラックの手って、こんな感じだったっけ。
 ごつごつしてて、皮が分厚くて、俺より大きいけど……なんだか、感触が違うって言うか……これなんだろ。かな。あいつ剣だことかあったっけ。

「ツカサ 君 が喜ぶ場所に、連れていって あげる ね」
「…………」

 なんか、変な感じがする。
 ブラックなのに、何か変だ。なんだろう。一度立ち止まった方が良い気がする。

 もう一回、ちゃんと冷静になって確認した方が良い。ブラックを疑ってるとかじゃなくて、俺の認知が歪んでいる可能性が有る。そんなんじゃ気が散って仕方ない。
 ブラックは上機嫌だ。きっと解ってくれる。
 とにかくもう一回、止まって、深呼吸して。

「ツカサ くん ?」
「ま……っ、て……」

 声がやっと思い通りに出てくる。あれ、さっきのは何だったんだろう。
 それはどうでもいい。早く止まらなくちゃ橋を渡ってしまう。一度戻らなくては。

 思う通りにならない体を必死に立ち止まらせようと満身の力を籠めて、ブラックの手を引く。だけど、足は遅くなっても歩みが止まる事は無い。
 その状況が異常だという事が徐々に頭にみ込んできて、俺はあせりを感じた。

 ……そうだ。これ、駄目な奴だ。
 ブラックが本物でも、こんなのおかしい。絶対に変だ。
 夢なら、覚めなきゃ行けない。こういう展開は絶対に後で怖い事が起こる。

「ツカサ くん  んで?  どうして 来ようとしない  の」

 ブラックの声はこんな風に途切れない。こんな違和感のある呼び方はしない。
 俺の夢なのに変だ。きっとこれは、俺の夢の中でもホラーなものに違いない。
 このブラックは偽物で、俺をあざむこうとしてるんだ。そう思って必死に真宮しんぐうに戻ろうとするが、ブラックなのにブラックじゃない相手は俺の手を離さないまま、無理矢理にどこかへ連れて行こうとする。

 ヤバい。夢だけど、真宮から離れちゃいけない気がする。
 ブラックじゃないかも知れない相手とだけではどこにも行けない。早く、早くあの部屋に戻らなければ。だけど、どんなに体に力を籠めても、思う通りに行かない。
 怖くなってきて、俺を捕まえている相手の顔を見上げると。

「ひっ……――――!!」

 顔が。

 顔が……ぶれて、ずれてる。

 まるで二三にさん枚の顔写真をバラバラに切って貼り付けたような顔が、そこにある。
 見た事があるような顔なのに判別が出来ない。まるで自分の目がおかしくなったかのような相手の表情に思わず目を見開いて固まると、相手の顔がバグッたかのように一瞬ちらつき、合わさった顔がそれぞれ別に動く。

 明らかに、普通じゃない。こんなの絶対おかしい。
 何が起こっているのか見当もつかないけど、でもこれだけは解る。

 コイツはブラックじゃないし、これは完全な悪夢であるということだけは。

「ひ…………ぃ……ッ……!」

 逃げ出そうとする。だけど、体が思うように動かなくて、逃げられない。
 それどころか、顔がモザイクのようにバラバラになった恐ろしい“なにか”が、赤い髪すらも互い違いに繋がる鎖のようにガクガクと揺らし、顔に手を伸ばしてくる。

 怖い。嫌だ。こんなのブラックじゃない。ブラックはこんな事しない。
 バカな夢だ。覚めろ、早く覚めろ、早く覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ!

「畢ク己ッチ=釆以」

 いやだ、言ってる事が解らない、なにこれ、なに、怖い、怖い怖い怖い

「や、だっ、ゃ、あ゛っ、あ、ぁ、あ゛」

 自分の声まで途切れ途切れで、涙が出てくる。
 なんだろう。俺ももしかしてこんな顔になってるのか。こんな風になるのか?
 いやだ、怖い、こんな夢なんで見るんだ、どうして、どうして……!

「これ以上の勝手は許さない。出て行って貰うよ」
「――――ッ……ぇ……」

 なに、この声。
 聞いた事のない、声だ。

「========」

 雑音の混じる古い警報機のような音が聞こえる。
 それが間違いなく俺を捕えている相手であることを察したと同時、不可思議な声が聞こえて来た王宮の方から、唐突な突風が吹いて来た。
 その風の強さに思わず足を取られて転んだ拍子に、完全にこちらに意識が行っていなかったらしい相手の手が離れた。瞬間、耳をつんざくような風の音と共に白い霧が辺り一帯を包み込み……唐突に、消えた。

「…………え……? あ……あれ……動ける……」

 声が出る。思わず体を動かすと、簡単に動いた。
 慌てて周囲を見るが、あの怖いなにかはどこにも見当たらない。
 とりあえず、助かったらしい。ホッとして息を吐くと、また王宮の方から風が吹いて来た。……そうだ。誰か知らない人の声が聞こえたんだっけ。

 もしかしたら誰かが助けてくれたのかも知れない。
 自分の夢だとしたら随分ずいぶんと都合がいい感じもしたが、夢だからこそそう言う物なのかも知れないと思い直し、俺は橋の終点がある王宮の廊下を見やった。と。

「……あれ?」

 王宮が、ない。ていうか、真宮しんぐうの庭が見える。
 慌てて背後を見てみるが、そっちも真宮への入口しか見えない。
 どういうことだと再び向き直ると、そこは今自分がいる夜の世界とは違い、明るいの光が差す昼間の空間であることが解った。その限られた空間だけが、昼なのだ。

 ということは、あっちが幻想ってことか。
 俺の夢って……こんなファンタジーな光景も想像出来たんだ……。
 けどなんにせよ、リアルさは痛しかゆしだ。夢の中でまで怖がりたくない。
 もうこれ以上変な事が起きずに目が覚めますようにと願っていると、昼の空間から何やら楽しげな声が聞こえてきた。これは、幼い子の声だろうか。

「あはははっ」
「きゃーっ、ふふっ、あははっ」

 可愛い声だ。きっと、女の子二人の声だろう。
 仲がいいのか、片方が楽しそうに笑うともう片方の声も笑い、その空間の中で走り回っているようだった。見えずとも分かる相手の様子に、何だか微笑ましくなる。
 そうそう、夢はこんなので良いんだよ。やっぱ子供の楽しげな声は癒しだ。

 一気に気分が落ち着いて来たなと思っていると、その空間に小さななにかが走って来た。柔らかい芝生の向こう側から現れたのは、二人の女の子。
 一人は綺麗な金色の髪を伸ばした愛らしい女の子で、もう一人は少し気弱そうな、青を含んだ銀の髪の女の子だ。二人とも綺麗な服を着て、金細工の美しい髪飾りをしている。二人でお揃いだな。

 思わず和んで二人が駆けまわる様を見ていると、二人は日の当たる場所の真ん中に座り、いつの間にかそこに咲いていた花をんで、互いの髪に花を差した。

『おねえちゃん、にあいます』
『シアンも似合いますよ。本当に可愛い』

 そう言いながら、金色の髪の子はシアンと呼んだ気弱そうな子を抱き締める。
 シアン。おねえちゃん。ということは、この二人は……。
 でもどうしてこんな……俺は二人の過去なんて知らないぞ。

「距離を置いた切欠きっかけは、きっと二人とも今も解ってないと思う」

 また、知らない人の声。
 気弱そうで細い、だけど男の人だと解る声だ。
 その声が聞こえた途端、目の前の景色が目まぐるしく変わり、その中に居たシアンさんとエメロードさんの容姿も徐々に成長していく。子供の姿から少女、そして俺と同い年くらいの姿になる。だけど、その時にはもう彼女達の表情は暗くなっていた。

「エメロードは重圧に押し潰されそうになり、シアンが歩む選択の自由がある人生をうらやんだ。反対に、シアンは姉に憧れながらも周囲に期待されていない自分の存在をあきらめ、何もかも流されるようになっていた」

 確かに、めまぐるしく変わる映像の中のエメロードさんは、周囲に笑顔を振りまいていつものように可憐で清楚に振る舞っていたけど、時折見せる一人きりの光景の中では、彼女の顔はいつも沈んでいた。
 まるで、王女になりたくないとでも言いそうなくらいに。

 その顔を見て心配しているラセットの姿も、何度も何度も画面の端に移っていて、彼女の苦悩は相当に長い物だった事なのだろうと知れた。

 しかし、だからと言ってシアンさんが反対に元気だったと言う事も無い。
 周囲の「期待していない目」を受けたシアンさんは、部屋にこもり勉強にのめりこんで、少女の頃の笑顔を失くした無表情の文官になり、エメロードさんのそばに就く度に、誰も居ない所でうつむいていた。
 そこに姉妹の会話など無く、本当に、他人のようで。
 幼い頃の映像とは全く違う二人の姿に、俺はのどがジワリと痛くなってつばを飲んだ。

「でもね、それでも、二人は互いを思っていた。思っていたから、シアンは王宮から逃げなかったし、エメロードもシアンの苦悩を思ってうらやましいという事は無かった」
「それが、どうして今みたいに……」

 思わず問いかけると、声は数秒黙って――――答えた。

「エメロードは、シアンが“自分の希望を全て奪った”と思ったからさ」
「希望……」

 鸚鵡おうむ返しをした俺の目の前で、陽の光に照らされた空間が再び動く。
 早送りをするかのようにめまぐるしく映像が代わり、更に時間が進んでシアンさんは少し老け、その代わりに子供を連れて来るようになった。
 その子供は徐々に成長し、シアンさんと一緒にエメロードさんに謁見し……その時だけは、全員が家族みたいで幸せそうな顔をしていた。

「彼が……エメロードさんが好きだった、シアンさんの息子ですか」

 そう。アイスローズさんが言っていた。
 エメロードさんはシアンさんの息子を想っていたが、モンスター達との戦争でその人は命を失い、その事で彼女は完全にシアンさんを恨むようになったのだと。

 俺の言葉を肯定するように、声は続けた。

「今から数百年くらい、前かな……その昔、大陸に魔物があふれて世界が危機におちいったとき、シアンの息子は立派な青年に成長していた。君もアイスローズに話を聞いたと思うが、彼は本当に優秀で、王の器に相応しい存在だった。それに、とてもいい奴でね。姉妹の仲を取り持とうともしていたんだ」
「じゃあ……その時に、エメロードさんと……」
「ああ。とても純粋で、美しい恋だった。エメロードもシアンの息子も、これ以上ない程にお互いを思い、彼はエメロードの空っぽだった部分を埋めて行った。全ては、二人が結ばれる事で修復されようとしていたんだ」
「だけど……彼は、戦死してしまった」

 俺の呟きに、また画面が動く。何かを諦めたように、虚ろな目をしながら立派な男の背を見送るシアンさんに、組み合わせた手を額に押しつけながら誰かの無事を祈るエメロードさん。そして、風景がまた早送りになって、現れたのは――――
 棺に入ったあまりにもひどい状態の男と、泣き叫ぶエメロードさんだった。

「う…………」

 むごい。あまりにも惨い光景だ。
 愛した人がこんな状態で帰って来たなんて、耐えられるはずがない。様々な衝動に襲われて思わず口を塞いだ俺に、声は悲しそうに音を下げた。

「エメロードは、その事に耐え切れなかった。唯一自分の意思で行った、人を愛するという行為。その“自由”で手に入れた恋人を失くしたことで、抑え込んでいた全ての衝動を噴出させてしまったんだ。そして……母親であるにも関わらず、大事な存在のはずの息子をいくさに駆り出したシアンを酷く恨み始めた。挙句あげくの果てには自暴自棄になって、なんて言われるようになってしまったんだ」

 じゃあ、エメロードさんが誰彼かまわず受け入れるようになったのは、シアンさんの息子さんが亡くなってしまったからってこと……?

「恨んだってどうしようもない。だけど、今まで抑圧されてきた者には、どうやって心を晴らすべきかなんて解らないんだ。流された己を恨めと言われるかもしれないが、失った年月をやむ者に追い打ちをかけるなんて、それこそ悪魔の所業だろう」
「それは解るけど……でも……シアンさんを恨む事は筋違いだって、エメロードさん自身が一番解ってる事なんじゃないかな……」

 彼女は分からず屋じゃない。ただ我儘なだけじゃないんだ。
 シアンさんが今も元気に生きていて、ブラックが今も俺の傍にいる。
 それを考えれば、俺にだって彼女が憎しみに凝り固まった人じゃないって解る。
 彼女だって、本当なら全てをもう解決したいと願っているんだ。だから、俺達の事だって、こんな風に自由にさせてるんだよ。

 そうに違いない、と声に向かって話すと……目の前の映像が綺麗な光の粒子になって消えて行く。その向こう側にはやはり王宮の壁と廊下があって、そこには――――鮮やかな薄黄緑色の髪で目を隠した、頬が少しこけている男性が立っていた。

 あの人が……今まで俺に色んな事を見せてくれていた人なのか……?

「貴方は……」

 そう問いかけると、相手は少し笑った。

「必死に、君達の言った幻覚を再現してみたんだ。今までのボクには出来ない芸当だったからね。……君を助ける役に立って良かった」
「え…………」
「ツカサ君、ボク達がこんなお願いをするのは筋違いだと思われるかもしれないが、どうか頼む。エメロードを救ってやってくれ。ボクは、この王宮でずっと二人の成長を自分の子供のように見守って来た。でも、彼女達が壊れて行くのも、汚れて行くのも止める事が……出来なかった……。何も出来なかったんだ……」

 悲しそうに俯き、彼は拳を握りしめる。
 前髪の奥に分厚い眼鏡が光ったが、その光は涙のようにも思えた。

「君達は、エメロードが助けを求めて手を伸ばしている最後のあしだ。エメロードは、今まで誰にも明かさなかった事を明かそうとしている。君達が、最後のなんだ。だからどうか、もうあの子から希望を失わせないでやってくれ。頼む……頼む……」

 希望……俺達が……彼女の希望、なのか?
 だけど俺は嫌われているはずだし、彼女にとっては邪魔者のはずだ。

「俺は希望なんかじゃ……」
「いいや希望だ。希望なんだ。だから、頼む……ツカサ君、あの子の意図に気付いてやってくれ。あの子の手を……黒く染めないでやってくれ…………」

 黒く、染める。

 その言葉が急に胸を刺したような気がして固まった俺に、相手はゆっくりと顔を上げると、俺の背後を長細い指で指差した。

「ラセットの部屋を訪ねて、ラセットに話を……。ボクでは、あの侵入者を捕える力は無い……今ので、精一杯だ。どうか君は、君を守る彼らと一緒に……」
「あ、あの……」

 どうしてそんなに教えてくれるんだ。
 もしかして、貴方は全てを知ってるんじゃないのか。
 思わず身を乗り出した俺に、相手は口だけで微笑んだ。

「大丈夫……エメロードは、君が思っている以上に君を信じているんだ。……無意識だろうけどね。でも、ボクにはよく判るよ。だって君は……彼に、似てるから」
「ライム、ライト、さん……」

 恐らく、彼がこの王宮を守って来た存在なのだろう。
 そう思って呟いた名前に、彼は微笑む。
 頬はこけていて不健康そうだけど、それでも穏やかな笑みだった。

「ごめんね、ボクは話すのが上手じゃないから……伝えられない事があったかもしれない……」

 徐々に透明になって行きながらそう言う相手に、俺は首を振った。

「充分な情報でした。ありがとうございます、ライムライトさん」
「……でも、ガッカリしたろう? 迷宮の主がこんな奴で……」
「……俺の友達に、貴方と似たような奴がいるんです。不器用だけど、自分の気持ちに引っ張られ過ぎて損ばかりするような奴だけど……でも、俺は、そいつがいつも真っ正直に生きてるイイ奴だってことを知ってます。貴方は、ソイツに良く似てる」

 そう言うと、ライムライトさんは照れくさそうに頭を掻いた。

「まいっちゃうな……。本当、君はそういう所も似てるよ……」

 足からゆっくりと空気に溶けて、姿が完全に消える。
 誰に似ているのか少し気になったが、最早喋る事は難しいだろう。
 さっき彼は「俺を助けた」と言っていた。という事は、いつもは使わない量の力を使って疲れている可能性が有る。

「だけど、助けたって…………」

 どういうこと、なんだろう。

 月光が照らす橋の中央で座り込み、呟く。だけど、答える人なんて誰もいない。
 思考が静かに混乱している気がする。考えようとしても、頭が働かない。

「……本当、ライムはおせっかいで嫌になるわね」

 そんな俺に、また背後から声が掛かる。
 ゆっくりと真宮しんぐうの方を振り返ると……入口に、扇情的な寝間着を着ている美しい人がつまらなそうな顔をして立っていた。

「エメロード、さん」
「…………いつまで夢の中だと思い込んでいるつもりですか? いくら思い込もうが、現実は消えてはくれませんよ」

 肌寒い。体が、凍る。
 だけどエメロードさんの言葉は聞かねばならない事だ。

 俺はぎこちなく彼女を見るとぐっと口を引き締めた。














※すみませんキリの良い所までと打ってたらかなり遅れてしまいました…
 
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