異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

  月は秘め事の監視者2

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 いや、それにしても上手いこと退出できたな。

 俺にはエルフ神族のマナーとかがよく判らないのだが、離席するのを咎められなかったって事は、食後の歓談とかはすっとばしても問題が無いのかな。だとしたら、やっぱりクロッコさんかエーリカさんに頼んで、二人も連れ出せばよかったなあ……いや、一刻も早く用を足したかったからそんな事考えられなかったんだが。

 とにかくまずは膀胱ぼうこうの平和だと切り替えて、俺はクロッコさんに案内されて客人用の何だか豪華なトイレへと案内して貰った。
 ライクネス王国とか、ラッタディアの地下世界・ジャナハムにあった極悪裏カジノのトイレとかも結構綺麗で豪華だったけど、真宮しんぐうのトイレはその比ではない。

 きん。とにかく金なのだ。
 いや、便座とかにはさすがに金は使って無いんだけども、柱にめ込まれた四角い飾りタイルとか、手洗い場の角の端々とかにも惜しげも無く金細工が施されており、空間自体の雰囲気も暖色の落ち着いた空間と言うか……あれか、これが大人達の言うラグジュアリーとかいう奴なのか。ラグジュアリーってなんだ。

 ともかく、やっぱ神々しい神の島ともなると破格のデザインだな。
 でも良く考えたら、この金ってどっから出て来たんだろう。
 ディルムには街以外にも森や草原があるらしいが、もしかしてその辺りを掘ったら金が出てきたりとかするんだろうか。

 ここには山が無いから変な感じだけど、でも神様の島だしなあ……。
 まあ、神様が依怙贔屓えこひいきして金を沢山出してやったって可能性もあるけど。

「そう言えば、この世界の金属って俺の世界と同じ性質なのかな」

 きんだ金だと騒いではいるが、実際コレが金なのかどうかは俺には分からない。
 もしかしたら金に見えるだけの別の金属なのかも……。うーん、この世界って腐蝕のメカニズムまで俺の世界とちょっと違うみたいだから、比べようがないんだよな。
 ブラックに聞いても、俺が自分の世界の金属の事を詳しく説明出来ないから、何が違うのかきちんと理解出来ないだろうし……。

 こういう時に、知識を蓄えておけば良かったと痛感してしまう。
 俺の場合は鑑定とかそういうスキルがないからなあ。学校……この世界では学術院と言うそうだが、そこに行けば習えるって聞いたんだけど、行くにしても色々な事がひと段落しなきゃゆっくり勉強も出来なさそうだ。

「……勉強って言うとめっちゃやる気失くすんだけどな」

 そんな事を言いながら、俺はすっきりしてトイレの手洗い場に立っていた。
 ここの手洗い場は、流し台の下にあるブレーキペダルのような物を何度か踏むと、蛇口から水が出てくる。恐らくポンプ式になっているのだろう。けっこう便利だな。

 ポンプか……異世界チート系小説なら鉄板だったんだけどな。
 悲しい事に俺には作り方がよくわからん。動かし方なら任せとけと言えるんだが。

「うーん、やっぱ知識って必要だよなあ……」

 ぺっぺと手の水を切って乾かしつつ、ぼやきながら俺はトイレを出る。
 すると、トイレの入り口すぐの所で待っていてくれたクロッコさんが、不思議そうに俺を見て来た。

「知識が必要ですか?」
「あっ、いえ、こっちの話です。俺ほんと何も知らないから……」

 そういえば、クロッコさんは俺が異世界から来たって知ってるんだっけ?
 どうだったかな。俺の事を知ってるエルフと知らないエルフが居るから、よく解らなくなって来たわい。一応話し始めはぼやかしておいた方が良いよな。誤爆防止だ。

 そんな俺の思惑を知ってか知らずか、クロッコさんは柔和な笑みで微笑みながら、俺にハンカチを手渡してくれた。

「あ、すみません。ありがとうございます」
「いえ、何も持たずに食堂に案内されたでしょうから仕方ないですよ。ああ、その布はお持ちください。ズボンに忍ばせておけば何かと役に立ちます」

 それって、俺にこの高そうな良い肌触りのハンカチをくれるってこと?
 いやいやいやコレ絶対高いでしょ。駄目だってこんなの。

「あの、でも、これ、良い物なんじゃ……」
「良いんですよ。何枚も持ってますから。さ、行きましょう」
「う、うう……ありがとうございます……」

 相手が返せと言う気が無い以上、どうしようもないな。
 ならば、ありがたく頂くしか無いだろう。なんかお返ししないとなあ。

「あ、お返しは要りませんからね」

 …………思考を読まれていた。
 思わず目を見開いてマヌケ面になってしまった俺に、クロッコさんは口に手を当て苦笑する。

「まったく、貴方は本当に分かりやすい人ですねえ。先程の知識が云々と言うのも、大方おおかた己の知らない事に対峙したからでしょう」
「いやぁ、その……はい……」

 ハイしか言えねえ。
 バレバレな自分に恥ずかしくなってしまい、顔が熱くなる。そうなると、自分でも絶対に赤くなっているだろうことが解ってしまって、うつむくしかなかった。
 そんな俺に、クロッコさんはクスクスと笑う。

「いえいえ、勉強熱心な事は良い事ですよ。ツカサさんのように向学心がある若者はとても立派です。……しかし、余計な事を知って、あからさまに態度に示すと言うのはいただけませんけどね」
「え……」

 どういう意味だろう。顔を上げると、クロッコさんは既に俺に背を向けていた。
 こちらが動いたのを背中で感じたのか、彼はゆっくり歩きだす。離れたらいけないので、俺は慌ててクロッコさんの背中を追ったのだが……どうしたんだろう急に。
 よく判らないけど、さっき見た背中と何か違う気がする。
 何かに怒っているんだろうか。思わず不安になった俺に、クロッコさんは俺に背中を向けたまま、ぽつりと言葉を吐き出した。

「ツカサさんは、何故“彼”が神族に嫌な顔をされるかご存知ですか?」
「え……」

 彼って、ブラックの事か?
 それは……知らないけど……。

「彼から何も聞いていらっしゃらないようですね。……まあ、話せませんよねえ」

 そっか、ブラックが話したくない事だから、俺は知らなかったんだ。
 あれ、でも、この流れだともしかしてその話聞いちゃうことにならない?
 駄目駄目駄目だって! ブラックが言いたくないから知らなかったのに!

「あっ、あの、それは言わなくていいです! 大丈夫です!!」

 慌てて遮ると、クロッコさんが足を止めて振り返った。
 思わず激突しそうになるのを必死で抑えようとつんのめる俺に、クロッコさんは何を思ったのか手を伸ばしてきて、俺の両手を拘束した。
 強引にクロッコさんの方を見るようにさせられて、何が起こっているのか解らずにただ相手を見上げると、クロッコさんは何か見た事のない表情に顔を歪めていた。

 これは、どういう表情だろう。
 これは……確か……。

「あの男の名前は、なんですよ」

 ――――――え?

 いみな。いみなって、なんだ。
 どういう意味だ?

「黒曜の使者の名前に『黒』が使われているのと同じように、あの男の名前は我々の世界では“決して使ってはいけない名前”なんです」
「ぇ……あ……」

 使っては、いけない、名前って……。

 だ、駄目だ。
 きいちゃいけない。ブラックが話してくれるまで待つって決めたじゃないか。
 「知ってた」なんて言ったら、ブラックはどんな顔をするか解らない。傷つけたくない。言わないようにしていた事なんだ、きっと言いたくないくらい嫌な事なんだ。だったら俺はまだ知っちゃいけない。聞くなら、ブラックから聞きたい。
 こんな風に聞いたら駄目だ……!!

「彼の名前は今では意味が失われていますが……」
「い、いいです、もういいです! 言わないで下さい!!」

 必死にクロッコさんの手から逃げようとするのに、体が動かない。力が強い。
 細い腕なのに、何故振りほどけないんだ。耳を塞ぎたいのに、どうにも出来ない。
 そもそも、俺はなんで両腕を拘束されているんだ。クロッコさんはブラックの事を俺に無理矢理聞かせようとしているのか?
 何で。どうしてそんな事をするんだ。

「何故聞こうとしないんです。知識を得たいと言ったのは貴方でしょう?」
「だっ……だって、それはブラックが言いたくない事かも知れないし、俺、ブラックが言ってくれるまで待つって言ったから、だからごめんなさい、聞けません……!」

 善意で教えてくれようとしたのかも知れない。辛い事実だから、俺が顔をそむけないように、両腕を拘束したのかも知れない。だから、相手を拒否するまでいけない。
 でも、これは聞いちゃいけない事だ。ブラックが教えたくなかった事なんだ。
 他の人からなんて聞きたくない。絶対にそれだけは嫌だ……!

「お願いです、言わないで下さい……っ」

 だから、俺は解って貰おうと必死に声を抑えて、クロッコさんを見上げる。
 けれどクロッコさんの表情は……――――
 思わず硬直してしまうような冷たく恐ろしい表情を、していて。

「っ……ぁ……」
「…………」

 背筋が、総毛立つ。
 冷たい物が下から這い上がってくるような怖気を覚えて、息を飲む。
 目の前のクロッコさんの人形のような綺麗な顔がふと微かに歪んで、口が開こうとした、それとほぼ同時。

「ツカサくーん!」

 俺の名前を呼ぶ、のんきで情けない声。
 呼吸を忘れていたのどが動き、ひゅっと微かに音を立てて口が空気を飲み込んだのを見たのか、クロッコさんは俺の手を離すとにっこりと微笑んだ。
 まるで、さっきの事など夢でしたとでも言うように。

「……それでいいなら、良いと思いますよ。真実を知れば何でも解決する……なんてことは、有り得ない事なのですから」
「…………」

 それ、クロッコさんは前にも言ってたよな。
 でも……だったらなんで今、ブラックが嫌がっている事を話そうとしたんだろう。
 何か意味が有るのか、それともただの嫌がらせなのか?
 けれど今まで俺を助けてくれたクロッコさんが、嫌がらせをするなんて……。

「ツカサ君! も~、僕を置いてくなんて酷いよ!」

 クロッコさんを見上げたままで動けず、ぐるぐると考えている最中に、背中からドンッと大きな衝撃が来て思わず体が傾ぐ。
 しかし俺は倒れる事無く、気付けばブラックに背後から抱き着かれていた。

「ぁ……」
「食堂の前で待っててくれたって……あれ。どうしたのツカサ君……何か有った?」

 俺の様子がおかしい事をすぐに気付いたのか、ブラックは怪訝そうな顔をして俺を見下ろしてくる。だけど俺は何も言えず、目を泳がせるしかなかった。
 ……だって、今聞いたのって……。

「…………お前、ツカサ君に何かしたのか」

 すぐにクロッコさんを睨みつけるブラックに、相手は微笑んだまま肩をすくめる。

「ははは、私が何をするって言うんです? 私は貴方達の護衛を任されているのに」
「護衛じゃなくて監視だろうが」
「言い方をければそう思えるでしょうが、こればかりは見解の相違としか」

 いけしゃあしゃあと、と吐き捨てるブラックに、クロッコさんは微笑むだけだ。
 ……さっきはあんなに優しいと思っていた表情だったのに、今は何故か酷く怖い物のように思えて来て、俺は思わず自分を捕える腕にすがってしまった。

「なんだ。どうしたブラック。ツカサに何かあったのか」
「もぉー! お二人ともマナー違反ですよ!? ちゃんと挨拶あいさつをしてから順番に外に出て下さいと何度も小声で申し上げたはず……あら、どうしたんです?」

 ブラックとクロッコさんの険悪なムードに、後から追い付いて来たエーリカさんとクロウがキョトンとした感じの声を出している。
 そんな二人にクロッコさんは目をやって、小首をかしげて見せた。

「少しご気分を害してしまったようで……私は先に部屋の前に戻っていますね」
「あ、はい……」

 エーリカさんの気の抜けた言葉に再び笑みを向けると、クロッコさんはこちらに背を向けてさっさと行ってしまった。

「…………なんだ、あいつは」

 放って行くなんて職務放棄じゃないのか、と妙な所に怒るクロウに、エーリカさんの困惑したような声が答えた。

「クロッコは、時々……なんというか、つかめない所が有るんです……。彼の一族はもう彼しかいないので、どういう人なのか私もよく判らないのですが、ああいう風にして、時々見せつけるように露悪的な態度をとる事が有るんですよ。……根は悪い人ではないと思うのですけど……」

 俺も、悪い人じゃないと思いたい。
 だけど……さっき言いかけた事がいつまでも頭の中に残って、気分が悪い。
 衝動が込み上げてくる訳じゃないけど、吐き気がする。頭が気持ち悪い……。

 耐え切れなくてうつむくと、ブラックが俺を抱え上げて抱き締めて来た。

「ツカサ君、だ、大丈夫!?」
「う、うん……ちょっと気分が悪いだけ……食い過ぎたかな……」

 寝たら治るから、と、慌てて付け加えたが……誤魔化しきれただろうか。
 そんな事を考える間もなく、ブラックは早足でもう移動を始めていた。











※ちょっと遅れてしまった…申し訳ない……
 
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