異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

  侵食の夜2

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「なにこれ……」
「白いな」
「言ってる場合か! しかしこれ、どういう事だ……外全体が霧に覆われてるのか? それとも、庭周辺だけこうなってんのかな……入ってくるとヤバいぞ」

 今は外に漂っているだけだけど、このまま入って来ないとも限らない。
 そうなると、またあの炎が出て来るかも知れないし、幻覚が現れる可能性もある。なんにせよ、このままボケッとしてたら大変な事になるぞ。

 とにかくまずは……一階にいるはずのエーリカさんの無事を確かめねば。
 ブラックは何かあっても対処できるくらい強いし、何より二階にいるからまだ影響は受けないはずだ。それにアイツは俺より強いから、心配はいらない。
 それより女性のエーリカさんの方が心配だ。いくら怪力を持つ歴戦の勇士とはいえ彼女でも霧の中のには対処できないだろう。

 なにより、彼女の特技は“伝令”であり、攻撃できるような物ではない。もし彼女が曜術を使えなかったら、一番危険に曝されているのは間違いないだろう。
 俺はクロウと一緒に居るんだから平気だが、彼女は今一人だ。
 一人で霧に巻かれたらとても危険だ。早く無事を確認しに行かなければ!

「クロウ、エーリカさんの所に向かうぞ! 無事を確認するんだ!」
「ウ、ウム、わかったぞ」

 俺の勢いに押されてか、クロウがちょっとどもりながら頷く。
 いや、クロウも女子には優しいから、俺の考えに賛同してくれたんだろう。こんな時は、ブラックよりもクロウの方が話が分かるからありがたい。

 とにかく安否を確認しに行かねば……と思っていたら、廊下の奥の方からバタバタと可愛らしい寝間着姿のエーリカさんが走って来た。

「ツカサ様、クロウ様、ご無事でしたか!」

 カーディガンの中にはシルクのドレスのような薄い寝間着に豊満な胸が窮屈そうなのが見えて、思わず目がそこに釘付けになってしまいそうになるが、今はそんな場合では無い。己の邪念を必死に捨て、俺達は彼女に近付いた。

「エーリカさんの方は……」
「私は、嫌な気配を感じて飛び起きまして……外には出ていらっしゃいませんね?」
「は、はい。用を足そうと下に降りて来たら、窓の外が霧だらけだったんで……」

 俺が答えると、エーリカさんはあからさまにホッとしたような顔をした。
 まあそうだよな、彼女は俺達の監視役兼護衛という難しい立場なのだ。俺達に何かあったら、上司に怒られてしまう。
 それにしては安らかに寝ていたようだけど……それだけ俺達が安全な人間だって思ってくれてたのかな。だとしたら何だか嬉しいぞ。

「コレの原因は判るか?」

 クロウがエーリカさんに問いかけるが、彼女は深刻そうな顔をして首を振る。

「いえ……こんなこと数百年生きていて初めてです。いくらライムライト……迷宮を作り出す者でも、ここまで広範囲に霧を作り出す事は出来ないはずです。……こんな事をバラすと怒られるんですが……ライムライトの特技は、侵入者を認識して初めてその存在を対象に行使される術なので、本来なら対象ではない私達にもこのように術が視認出来るようにはならないのですが……」
「えっと、つまり……」
「もし侵入者が現れたのだとしても、迷宮の術の範囲内に入っていないオレ達にも霧が見えるのはおかしい、ということか」

 そういう事か。ナイスクロウ!
 でもじゃあ、それなら余計にヘンだよな。術が暴走したって訳でも無さそうだし。

「そのライムライトって人に何かあったんですかね」
「分かりません……とにかく、バリーウッド様には先程伝令を送りました。無事ならば、すぐに返事が来るはず……」

 と、エーリカさんが言おうとすると、窓ガラスをスイッとすり抜けて白いカラスが館に入って来た。間違いなくエーリカさんの使い魔だな。いや、じゃないけど。

「ご苦労様」

 白いカラスを腕に止まらせて、エーリカさんが言う。
 それに対してカラスは「カァッ」と一言泣いてふわりと白い光を放った。

 数秒エーリカさんは白いカラスを見つめていたが……やがて、顔を上げる。

「やはり、王宮全体に霧が広がっているようです。バリーウッド様は女王陛下の護衛にあたられているようですが、今の所侵入者は現れていないと……」
「シアンさんの方は大丈夫かな」
「バリーウッド様によると、守護の泉には霧がおよんでいないようですよ。ですので、泉の中にあるシアン様のお部屋は無事なようです」
「そっか、良かった……」

 王宮全体にっていうから、もしかしてシアンさんの所にも霧が出ていて、何か変な奴が現れたんじゃないかと心配だったんだよ。無事で良かった。
 ……それにしても……どうしてこんな事に……。

「一応この子の目を使って高い場所まで飛んでみましたが、やはりこの霧が出現しているのは王宮だけのようです。しかし、バリーウッド様によるとライムライトもどうしてこうなったのか解らないらしくて……」
「では、この霧はその“迷宮”の主は全く関係が無いということなのだな」
「はい。それだけは確かです」

 じゃあ、今出ているこの霧は一体何なんだろう。
 俺達三人は思わず黙り込んでしまったが、しかしこの場で悩んでいても仕方ない。

「とにかく二階に避難しましょう。外が霧だらけなら、無暗に出るのは危険だ」
「そうですね……このままだと館の中に入ってくるかもしれませんし」

 エーリカさんが不安そうに外を見てそう言った、と、同時。
 霧がこちらに気付いたのか、はたまた庭を覆う量が飽和ほうわしてしまったのか、館の中まで侵入してきた。
 思わず狼狽した俺達だったが、ぐずぐずしてはいられない。
 ゆっくりと入って来ている内に逃げなければ。

「最悪、屋根の上まで登れば問題ない」
「そうですね、そこから壁を伝って避難してもいいわけですから」

 大人二人がとんでもない事を言っているが、壁ってもしかして空とこの島を区切るあのでっかくて高い壁ですか。あそこを歩くってヘタしたら落ちて死にませんか。
 仮に俺が死なないとしてもmそんな滅茶苦茶痛そうな死に方はいやだ……。いや、落ちなければいいんだろうけど、俺は運動はからっきしだめだからなあ……。
 いざとなったら柘榴ざくろに助けて貰えないだろうか、ああ情けない。

 自分の駄目さに落ちこみながらも、三人で階段を登ろうときびすを返す。
 しかし俺達の足よりも霧の浸食度は早く、一段目に足を掛けた時にはもう周囲は霧に囲まれてしまっていた。

「うわっ……!」
「ツカサ、手を!」
「こちらです!」

 クロウとエーリカさんが俺に手を伸ばしてくれる。
 すぐそばに居た二人の手は、俺の目の前にしっかりとした輪郭を持って現れた。
 良かった。そう思って手を取ろうとした途端、俺は急に後ろに引っ張られたような力を感じ、思いっきりその場に引き倒されてしまった。

「うがっ!!」
「つ、ツカサ!?」
「大丈夫ですか!?」

 無様な声を出して後頭部から地面に激突してしまったが、しかし床には絨毯じゅうたんが敷き詰められていたおかげで、俺はそれほど痛みを感じずに済んだ。
 しかし、なんで急に後ろに……平衡へいこう感覚でも狂ったのかな。

「いてて……だ、大丈夫です……」

 もううっすらとも二人が見えなくなってしまったが、目の前に気配が有るのは解る。
 早く体勢を立て直さねばとズキズキ痛む頭を抑えながら起き上がる。
 起き上がった、はずだったのだが。

「――――ッ?!」

 体が起き上がらない。
 何故こんな事になるのか解らず、混乱しながらも再度起き上がろうとするが、足というか体が起き上がらない。訳が解らなくて、地面に手を付きもう一度体を起こそうと体に力をこめる。と――――

「いっ……」

 肩が、痛い。
 そう思ったと同時。

「ひっ!?」

 何かにうなじを撫でられたような気がして、思わず体が緊張する。
 反射的に逃げようとするが、何故か体が動かず逃げられない。必死に立ち上がろうとするのに、やはり体が動かなくて……。

「ツカサ、どうした!」
「クロウ!」

 声が聞こえて、霧が動く。
 瞬間、目の前に浅黒い肌の大きな手が突き出て来て、俺は思わずそれにすがった。

「クロウごめん、引っ張って!」

 そう叫んだと同時、手が俺を握って強い力で引き寄せてくれる。
 すると、今まで動けなかったはずの体がすんなりと動き、俺は勢いよく何かにぶつかってしまった。これクロウの体だな。

「ごめん、クロウ。ありがと……」
「構わん。だが、どうしたんだツカサ。すぐに反応できなかったようだが」

 体は判るけど、見上げる顔はかすんでいてよく分からない。
 だが、これだけ近かったら考えなくてもクロウだって分かる。
 しかし……すぐに引き寄せられた所からして、俺とクロウはそう離れていない距離に居たはずなんだけど、どうして解らなかったんだろう……。

「行くぞ、ブラックと合流して避難するんだ」
「はい」

 クロウは軽々と俺を抱え上げて、エーリカさんに言う。
 エーリカさんは、霧で周囲が見えなくなっても近くにはいるらしい。そのことにホッと安堵あんどしつつ、俺達はまだ霧が薄い二階へと上がった。

「ツカサ君!」
「あっ、ブラック」

 さすがにこの事態にはブラックも気付いたようで、クロウに抱えられた俺めがけて走って来た。

「どこ行ってたの」
「いや、かわやだよ厠。独りじゃ危ないと思ってクロウについて行って貰ってたら、急に外が霧に囲まれてて……」
「そ、そうか……いや、なんか嫌な予感がしたからさ」

 俺の答えにバツが悪そうに頭を掻くブラックだが、一体何を予感したのだろうか。
 しかし今そこにツッコミをいれているヒマはない。
 階段を振り返ると、霧はまだどんどん濃くなって上がって来ようとしているのだ。
 こうなってしまっては、本当に屋根の上に逃げないといけないかも知れない。そう思って覚悟を決めた俺だったのだが。

「あれ……霧が……」

 もう階段の所にまで上がって来ていた霧が、何故か急に引き始めた。

「なんだ……?」
「霧が薄まって行くぞ」
「た、助かったんでしょうか……」

 俺達が困惑している間にも、霧はどんどん後退して屋敷の中から逃げて行く。
 その姿は白い煙のような塊が逆再生で戻って行くような感じにも見えたが、またも襲い掛かってくると言うような事も無く、外へと逃げて行ってしまった。

「……なんだかよく分かんないけど、もう大丈夫なのかな」
「まだ安心できないけどね」
「……ム。鼻も少しだけ利くようになってきた」
「お前はさっさとツカサ君を離さんかい!!」

 落ち着いたら俺がクロウに抱き上げられているのが気になったのか、ブラックはぎゃーすか言いながら俺をクロウから引っぺがした。
 いや、お前、クロウは俺を守ってくれたのにそりゃないだろ。

「クロウはブラックの代わりに俺を運んでくれただけだって、そんな怒るなよ」
「ぐぅう……」

 自分が寝室を離れていた事は流石に棚上げできなかったのか、ブラックはクロウをじりじりと睨んでいたが、それ以上は何も言わなかった。
 まあ、何も言わずに離れたのはブラックだもんなあ……でもこんな事になるなんて誰も思っちゃいなかったんだから、離れてたくせにと怒るのも何か違うだろう。
 とにかくブラックが解らず屋じゃなくてよかったって事だな、うん。

「ブラック、今日は四人で部屋に居よう。何かあったら危険だし」
「そ、そうだね。ここにまで変な霧が入ってきた以上、ほんとに安心できるような場所なんて無くなっちゃったんだし……交代で眠るようにしよう」
「なんだか野宿と変わらんな」

 気の抜けた声でそう言うクロウに、俺はちょっと安心してしまって苦笑した。

「気持ち良いベッドが有るし、野宿よりは百倍マシだよ。とにかく朝まで頑張ろう」

 夜中は動きに制限が出る。夜目が効くブラックやクロウは何があっても平気だろうけど、俺は平凡な人間なので動きにかなりの制限が出てしまう。
 昼間だって霧が出たなら関係ないかもしれないが、明るいぶん夜よりマシだ。動くなら昼間しかない。情けない事だけど、弱いなら弱いなりに考えて動かないと。
 もうさっきみたいにコケて迷惑かける訳にも行かないし……。

「…………」

 それにしても、さっきのは何だったんだろう。

 うなじを自分の手で覆ってみるが、あの時のような気持ち悪さは無い。
 ……霧が出て来た原因もよく解らないし、ライムライトって人がこんな事をする訳が無いらしいし……本当によくわからない。
 明日になったらバリーウッドさんに色々と訊いてみなければ。

 そう思いながら、俺達とエーリカさんはブラックの部屋へと戻ったのだった。













※ちょっと大雨で色々有って遅れました_| ̄|○すみません
 
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