異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

  永遠に存在する記憶などない2

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「な、なんだ、ただのきり……?」

 俺を抱き抱えて飛び退いたブラックは、珍しく拍子抜けしたような声を漏らす。
 だけど霧はどんどん濃くなって行ってるようで、既に真向かいに座っていたバリーウッドさんの姿はかすんでしまっていた。

「む……変ですな。部屋の中には“迷宮”の力はおよばないようになっているはず……。ライムライトが設定をミスりましたかな」

 老人らしくない言葉を発しながら、バリーウッドさんが立ち上がる。
 と、その手には何か細長い物が握られていて、バリーウッドさんは軽くソレを持ち上げた。あれは……もしかして、杖か何かかな?

「ふんっ」

 気合を入れたような声と共に、杖のような物が勢いよく地面に突き立てられる。
 瞬間、バリーウッドさんの周囲に金色の光がバッと散ったかと思うと、彼を中心にして強い突風が一気に駆け抜けた。

「うわっ!!」
「詠唱もせずに術だと……!?」

 思わず叫んだ俺を抱えながら、ブラックは信じられないと言うような声を漏らす。
 曜術は詠唱で範囲を絞るのが正攻法だもんな。でもエルフ神族が使うのは基本的に“特技”だというから、もしかしたらこの突風はバリーウッドさん特有の能力なのかも知れない。だがしかし、本棚をガタつかせるほどの突風だったと言うのに、霧はその風の流れに流動しただけで、掻き消える事は無かった。

 それだけ霧の濃度が濃くなっているってことか?
 いやでも、霧の逃げ場所がなければ渦巻くだけって事なのかも……。

「バリーウッドさん、扉を開いた方がいいんじゃ……!」
「うむ……このままではどうしようもない、仕方ない開くぞ!」

 再びバリーウッドさんが杖で地面を突く。
 刹那、また金色の光が周囲に散ってドアの方へと飛んで行った。
 霧の中に光が消える。と、ガチャンという音が聞こえて、小さな軋むような音と共に霧が少し動いた。ドアが開いたんだ。

「ぬっ……!」

 再び低い声が短く声を発し、バリーウッドさんが杖を振るう。
 すると一気に霧が流れ、ドアの方へと吸い込まれるように風が霧を連れて行く。

「うおお、すげえ!」
「すごい?! ちっとも霧が晴れないんだけど!」

 いや、霧を動かすだけでも凄くないか。とは言え、ブラックの言う通り確かに霧は動くものの少しも晴れる様子が無く、むしろ霧は濃くなっていく一方だった。

「いかん、すぐに外に……!」

 出ましょう、と、バリーウッドさんは言おうとしたのだろう。
 しかし、その言葉は思っても見ない物の襲撃によって途切れた。

「……っ?!」

 ドアの方向から、赤い光が見えた。刹那。
 白い世界を分かつように、凄まじい熱量を持った炎が物凄い勢いで一気にこちらに向かって来た。

「うわああ!!」
「ツカサ君伏せて!」

 驚き目を見開いた俺を、ブラックが咄嗟に地面へと押し倒す。
 強制的に天井を見上げた俺の目に、すぐそばの壁にぶち当たり広がる赤々とした光が見えた。だが、それはただの光ではない。頬をじりじりと突くような恐ろしく鋭い熱を持っている。

 ……これも、幻覚だと言うのだろうか。
 現実逃避するかのようにそう思ったが――その火花が机と本棚に散り、新たな火種になったのを見て、俺は驚きに目を見開いた。

 これ、本物の火……!?

「うわっ!! ちょっ、水の曜術とか使えないのか!?」
「儂は曜術は使えんのです!! くっ、仕方ない、ここは退避して人を呼ばねば!」

 先に行く、と言って、バリーウッドさんは俺の視界から消えた。
 霧の中だと言うのに迷いなくドアの方へと向かったらしい。

「ツカサ君僕達も逃げるよ!」
「うっ、あ、あ」

 自分で立ち上がるよりも先に抱え上げられて、そのまま移動させられる。
 情けないが、この状況では仕方ない。
 徐々に本棚を侵食し大きくなり始める火のお蔭か、霧の中だと言うのにぼんやりと周囲が見える。元々感覚が鋭いブラックだからか、俺の体スレスレで倒れた椅子や本棚を避けて、一気に部屋の外に出た。

「うわっ、外も霧!?」
「なんだこれ……どうなってるんだ……?」

 廊下に出たはずなんだが、周囲が見えない。
 ブラックが片手を出しながら直進すると、ほどなく廊下の壁が現れてブラックの手に触れた。……という事は、王宮の形自体は変わっていないのか。

 もし俺達を惑わすための“迷宮”の効果なら、さすがに廊下の形も変えるだろう。
 俺達は“迷宮”の特技に関しては全くのノーガードだ。だから、もしこれが俺達に対しての攻撃であれば、霧よりも王宮自体を変化させて惑わせた方が効果的なはず。
 霧で惑わせて炎を差し向けるなんてことはおかしい。
 これじゃ王宮自体に被害が出てしまうじゃないか。

「俺達をどうこうしようってわけじゃないのか……?」

 だけど、だったらどうして急にこんな事に……。

「ヤバいな……かなり火が回ってる。このままだと本棚が全部燃えてしまうぞ」
「バリーウッドさんもまだ来ないみたいだし……あっ、そうだ、俺が水を出すよ! 黒曜の使者の力だったら、なんとか消せるかも!」
「そうだね、普通の水だと消えないかも知れないし……よし、やってみて」

 おうきた、まかせとけ。
 俺はブラックに抱えられたままで両手を書庫へ向けると、書庫をじわじわと喰らう炎を睨んで全身に力を込めた。

「水よ……視界を喰らい尽くす炎を包み消滅させよ……」

 小さく詠唱し、両掌にイメージを集中させる。
 すると、いつものようにつたのような形をした青い光の線がいくつも腕に絡みつき、俺の肩まで伸びあがって来た。
 この感覚はもう知っている。あとは発動するだけだ。
 そう思って、俺は声を張るために大きく口を開けた。
 ――――が。

「――――ッ!?」

 パァンッ、と耳元でガラス瓶が唐突に割れたような音が響いたと思った瞬間。
 俺の両手が弾かれたようにばらばらの場所へと離れ、巻き付いていた光の蔦が破片のように周囲に散った。

「え……!?」
「なに、ツカサ君どうしたの?」

 俺の異変を感じ取ったのか、ブラックが問いかけて来る。
 だけど何が起こったか自分でも解らなくて、俺は軽く頭を振った。

「わ、分かんない……術を発動しようとしたら、光が飛び散って消えて……」
「術が発動しなかったの?」
「うん……も、もう一回やってみる」

 俺は再び両手を向けて同じ文言で術を発動させようとするが――やっぱり、出そうとする途中でガラスが割れるような音が鳴って、光が散ってしまう。
 力が使えない。ならばと思い曜術を発動しようとするが、これも不発だった。

「う……嘘……術が使えなくなってる……」
「もしかして、王宮だからじゃないかな。ここは神の力が一番強い場所なんだろう? なら、神族を守るために黒曜の使者の術を無効化する結界を張ったのかも」
「じゃあ、俺には何も出来ないって事か!?」
「多分……。やっぱりこのままじゃ駄目だね。ツカサ君、人を呼びに行こう」
「うん……」

 だけど、離れて大丈夫かな。
 炎は燃え広がっているしもう中には入れない。書庫の中はあんなに燃えて……。

「……あれ……」
「どうしたの」
「あんなに酷い火事になってるのに、なんでこっちに炎が来ないんだ? 普通なら、こっちにも流れてくるはずじゃないか?」

 俺の世界と色々違うから、酸素を求めて燃え広がる……なんてことがこの世界でも起こるのかは謎だが、しかし書庫の中だけ燃えると言うのはおかしいはずだ。
 俺のその疑問に、ブラックも「確かに」と片眉を顰めた。

「無作為な炎なら、場所に関係なく燃えるはず……ということは、術が関係してるのかな……だとしたら、困った事になるかも……」
「なあブラック、お前の力で炎を操って消すと事か出来ないかな」
「うーん……出来ない事は無いけど……相手が相当の手練れだったら、失敗して更に火を強くしてしまうかも知れないよ」

 そんな事になるのか。
 でも、ブラックがそう言うって事は、他人が発した炎を操るのは手練てだれのブラックでも難しいって事なんだよな……失敗する可能性が有るなら、使わない方が良いかも知れない。まだ他にも手が有るはずなんだから。
 だけどどうしよう。このままじゃ本が燃えてしまう。あの一番奥の本だって……。

「そこの二人下がって!」

 俺達が呆然ぼうぜんとしていると、バリーウッドさんが見知らぬエルフを連れて来た。
 二人で書庫の前に立つと、見知らぬ人は掌から水を出現させ、バリーウッドさんがその水を風を起こして書庫へと運んだ。
 しかし、炎は一向に小さくなる事は無い。

「そんな馬鹿な……!!」
「これは……普通の炎ではないぞ……」

 驚く見知らぬエルフと、どこか焦りを感じる声を漏らすバリーウッドさん。
 普通の炎じゃないって……それってまさか、本当に誰かが操ってるってこと?

「バリーウッド様、ライムライトは何を考えてるんですか!?」
「いや、これは彼の仕業ではない。“迷宮”ではこんな事など出来ないし、第一曜術を使えないはずだ。なにより、王宮をこんな風にするわけがない」

 水を出し続ける見知らぬエルフは、反論できなかったのか口籠くちごもった。
 しかし、炎はまったく鎮火する気配が無い。
 俺達も手伝わなければと思い、近くの水場から水を持ってきたりして加勢したのだが……結局、炎の勢いは止まず……書庫は、ボロボロになってしまった。

「あ、ああぁ……代々たまわったった歴史の書が……」

 知らぬ間に集まって来ていた見知らぬエルフ達が、口々にそう言ってなげく。
 だが、冷静な……というかドライな人も一定数いるようで、冷静な顔で「しかし、書庫の本は誰も見る事は無かったではないか」と言い放ち、暗に「無くなろうが構わない物だった」と言わんばかりの態度を見せていた。

 確かに、バリーウッドさんも「滅多に人が来ない場所だ」って言ってたし、王宮に居る神族達にとってはもう必要のない本だったのかも知れないけど……でも、知識を求める人だって絶対に居たはずだ。俺はその意見には納得できなかった。
 ……とは言え……火事をどうにも出来なかった俺には、何も言えないが……。

「…………残っている本を持ち出そう。みんな、手伝ってくれ」

 バリーウッドさんがそう言うと、集まっていたエルフ神族達は静かに頷いて、ぞろぞろと書庫に入り始めた。俺達も手伝うべきだろうと思ったのだが、動く前にバリーウッドさんがこちらにやって来て、俺達を押し留めた。

「今は、お戻りください。エーリカを呼んでおりますので、皆に気付かれぬうちに」
「え……でも、俺……」
「貴方がたが何故ここに居るのかに誰もが気付いた時、どうなります? 我々が何を話していたかは、他の者には知られてはなりません。……この火事のことは、我々でなんとかします。ですから、こらえて下され」
「…………はい……」

 そう言われると、頷くしかなかった。
 俺達がここに留まっている事で事態が悪化するのなら、去るしかない。
 何の力にもなれなかった事に対してのつぐないをしたい気持ちは山々だったが、それは俺のエゴと言うものだと自分を制し、俺はブラックと共にエーリカさんに連れられて別荘の館に戻る事にした。

「…………」

 そういえば、もう霧は消えている。
 あの霧は一体なんだったんだろう。それに、あの炎も……。

「ツカサ君……今日、一緒に寝よう」
「え」

 考えている途中で不意にそう言われて、俺は思わず変な声を出してしまう。
 いま真面目な事を考えてたのに、なんでそんな事を言うんだよ。
 冗談は落ち着いてからにしろ、と小声で怒ろうとブラックを見上げると。

「……何か嫌な予感がするんだ。駄熊も一緒で良いから、寝よう。ね?」

 ブラックは、冗談を言うつもりなど欠片も無いと言わんばかりの真剣な表情で、俺をじっと見つめていた。……まあ、そうだよな。あの炎は俺達を狙ってきたようにも見えたし、それに……。

「…………わ、解った。念には念を入れた方が良いもんな……」

 それに、霧の中で俺は……誰かに追いかけられた。
 ……部屋の中にまで霧が入って来たとなると……もしかしたら、もうどこにも安全な場所なんて無いのかも知れない。

 そうでなくとも、またどこかで不可解な炎による火事が起こるかも知れないのだ。
 俺はトロいから、ブラック達にそう言われても仕方がない。
 心配をかけないで済むのなら、素直に一緒に寝た方が良いだろう。

「じゃあ、僕の部屋に。ツカサ君のとこのベッドより広いから」
「うん。……それが一番、安全だもんな」

 素直に頷いた俺に、ブラックは嬉しそうに笑って頷いた。











 
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