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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
例え世界が最悪なものだとしても2
しおりを挟むべ……別に、二人きりなんだし……まあこのくらいは良いよな……。
えっちな事しなきゃ、そりゃ、俺だってイチャイチャするのはやぶさかでは……じゃなくて。何で急に部屋にやって来たんだ。
ブラックも何かやってたって言ってたけど、気分転換しに来たのかな。
いや、コイツのことだ。もしかしたら聞き耳を立てていたのかも知れない。でも、今の所は俺が何をやっていたかは勘付いていないようだし……。
さっきの独り言とかは聞いてなかったのかな。ホントかな?
まあ、それならそれで良いんだけど……しかしチマチマした作業ってなんだろう。
「ブラック、何してたんだ?」
少し気になって問いかけると、ブラックは何故か急にドヤ顔でニヤニヤと笑い出し俺を抱え上げた。何をそんなに笑う事が有るのかと俺が眉間に皺を寄せている内に、そのままベッドに連れて行かれる。
「えへへ、それは秘密っ」
ふざけた事を言いながら、ベッドに座るとそのまま俺を膝に乗せる。
……まあいつもの事なんだけど、なんというか当然だとでも言わんばかりに座らされると、なんというか気恥ずかしいと言うか……。いや、今更なんだけどな。
「それよりさ、ツカサ君大丈夫?」
「え?」
「ツカサ君、昨日からずっと疲れた顔してるよ」
疲れた顔って……やっぱ、何かあったって事はバレてるのかな。
何とも言えずに口籠ると、ブラックは背後から俺の肩口に顔を埋めて来た。
いつもと変わらないチクチクした無精髭が痛くすぐったい。
頬の髭が首筋に当たる感触にも体がゾクゾクしてしまって、俺は身じろいでしまいそうになるのを必死でこらえてぐっと力を込めた。
「そ……そりゃ、色々してたし……」
「嘘だ」
「っ…………」
はっきり断言されて、言葉が喉につっかえる。
だけどブラックはそんな俺の沈黙を攫うように肩の窪みにキスをして来た。
「ぅあ……っ」
布越しなのに、ブラックの唇の感覚が解る。
口の動きにつられて頬が動くたびに首筋がヒゲでざりざりと擦られて、思わず声が出てしまった。布が薄いせいか、嫌でも唇の厚みを感じてしまう。
そんな簡単な俺に、ブラックは息だけで笑うと頭を摺り寄せて来た。
ふわふわしている赤い髪と、独特のにおい。
人の髪のにおいなんてほとんど嗅いだ事もなかったけど、ブラックのだけは毎回ひっつくせいか嗅ぎ慣れてしまっていて、今更ながらに妙な感じだ。
自分の髪のにおいすらよく分かんないのに、ブラックのにおいだけは、なんか色々感じ取っちゃって……なんていうか、その……は、恥ずかしい……。
だって、普通は人の体臭なんて嗅ごうとも思わないし、こう言う風に引っ付かないと知る事が出来ない事を知ってるってのは、こ……恋人だからなわけで……。
………………。
ああもうっ! そういうのは気にしなくていいんだよ!
「ツカサ君が嘘をついても僕には判るって、前にも言ったよね。忘れてた?」
「う……」
変な事を気にしている俺に少しムッとしたのか、ブラックは先程の言葉を継ぐように不機嫌そうな声を出す。
相手の口が喉元に近いせいか、余計にブラックの低い声が喉に響いて来て、とても心臓に悪い。ただでさえ背中をぴったりと胸に密着させられてるってのに、こんな風に至近距離で囁かれたら、余計にドキドキしてしまう。
そのせいかまともに反論も出来なくて、俺は口を噤むしかなかった。
しかし、ブラックは沈黙を許さず言葉を続ける。
「ねえ、ツカサ君。話してよ。どうせツカサ君の事だから、僕に何か悪い事が有るんじゃないかって心配してるんだろうけど、そんなの大丈夫だって前にも言ったでしょ? そんなに僕の事、信用出来ない?」
「い、いや、そうじゃないけど……」
「じゃあ話してくれても良いじゃないか」
「でも……その……」
荒唐無稽な内容に思えるだろうし、それに……自分の世界を俺のような異世界人が良いように改変しまくってたって聞いたら、ショックだろうし……。
……でも、本当にそうなのかな……。
「ツカサ君、何がそんなに心配なのさ。僕のこと? あの駄熊の事? それとも……他に何か、心配するようなことが有るの?」
「他に…………」
言われて、俺は俯いて視線を泳がせる。
何故かそう言われて、虚を突かれたような感じがしたからだ。
でも、どうして。そう考えて俺は――――やっと、自分の中にある思いに至った。
「…………っ」
そっか。俺、ブラックの事が心配なだけじゃなかったんだ。
俺は、また……自分一人で怖がってたんだ。
“俺と同じ異世界の人間”がこの世界をめちゃくちゃにしたことで……俺に対して、ブラック達が嫌悪感を抱くんじゃないかって……。
「ツカサ君……答えは?」
そう言いながらも、ブラックは催促するようなことはせずに、俺の服の詰襟をゆっくりと楽しむように解き首を根元まで露出させると、そこにキスをして来る。
ちゅっ、と何度も音を立てて吸い付かれると酷く腰の奥の所が疼いて、俺はとても恥ずかしい気持ちになったけど、でも……それ以上に、ブラックへの心配という思いを隠れ蓑にしていた自分の臆病な考えが恥ずかしかった。
だって、情けないじゃないか。
直球で不安に思うなら、まだいい。だけど俺は怖がることが恥ずかしかったから、その事を考えたくなかったから、ブラック達の心配をしてるって自分に言い聞かせてその恐ろしさを無かった事にしようとしていたんだ。
そんなの、ブラック達に全部罪をおっかぶせる事と同じじゃないか。
俺が怖がった「ブラック達から向けられる嫌悪感」は、彼らには何の非も無い。
むしろ、今までこの世界を自分達の都合で改変して来た俺達を非難するのは当然のことで、嫌われても仕方がない事なのだから。
……だけど、俺はそう思われたくなかった。
例えそれが一億分の一の確率だったとしても、その確率が有る事が嫌だった。
そのくらい、ブラックに暗い思いを抱かれる事が……悲しかったんだ。
誰だって、自分の持ち物である家を、持ち主の意思に関係なく己の都合の良いように造り変える神様という存在なんて、胸糞悪いだけだろう。
そもそも俺は……俺達は、この世界じゃイレギュラーな存在なんだ。
……ブラックやクロウだって、自分の故郷が外の人間に勝手に作り変えられるのは嫌なはずだ。自分が住んでた街の事すら良く知らない俺だって嫌なんだから、これは誰だって思う事だろう。だからこそ、怖かったんだ。
俺にはどうしようもない事でブラックに嫌われたとしたら……それは、俺にはもう修復する事なんて出来ないんじゃないかって……。
…………でもそんなの、俺の勝手な都合や思い込みに過ぎないんだよな。
ブラックは信じてくれているのに、俺は隠し事ばっかりしてたんだから、嫌われるならそれは仕方がない。それに、神様が異世界人だったって事を教えて俺が遠巻きにされたって、それは自分がまた頑張ってしがみつけば良かっただけじゃないか。
ああ。俺って奴は、本当に見下げ果てた奴だ。
ブラックは、今までずっと俺を支えてくれた。俺が面倒な異世界人だと知っていても、黒曜の使者という災厄だと言われていても、俺の傍に居てくれた。
俺がブラックに迷惑をかけた時だって、愛想を尽かさずにいてくれたんだ。
そこまでしてくれた相手に、俺を守るとまで言ってくれたブラックの言葉に、俺はまた背く所だった。
ブラックが知りたいと言うのなら、話す事こそが信頼の証なんじゃないのか。
このままじゃ、また俺はブラックの信頼をないがしろにすることになる。
今までそれで散々ブラックを傷つけて来たじゃないか。
ブラックが知りたいと言うのなら、心配でも、怖くても、話すべきじゃないのか。
男として、仲間として……大事な……恋人として……。
「…………ブラック……」
「ん?」
「もし、この世界が、俺みたいな異世界人のせいで変な事になったって聞いたら……どう、思う……?」
切り出した言葉が、震える。
だけど、ブラックはその言葉を聞いて、俺を抱えたままベッドに倒れ込んだ。
「うおぉっ!?」
視界が回って思いきりベッドに倒れ込んだ俺だったが、すぐにブラックが俺の体を少し引き上げて、ベッドに横たわる自分の顔を見えやすいようにと引き上げた。
その顔は……俺が考えていた顔とは全く違う、穏やかで優しい物で。
思わず息を呑んだ俺に、ブラックは目を細めて笑った。
「馬鹿だなあ、ツカサ君たら」
「む……」
馬鹿とはなんだ馬鹿とは。
俺だって俺なりに一生懸命考えてるのにと眉間に皺を寄せると、ブラックは何故か言葉とは裏腹に嬉しそうに笑みを深めると、俺の頭を撫でて来た。
「僕はさ、ツカサ君さえいればどうでも良いんだよ」
その言葉に反射的に目を瞬かせた俺に、ブラックは菫色の目を細めた。
「正直、世界とかどうでも良いんだ。なんだか大事になって来て、異世界がどうとか神と黒曜の使者がどうのって話になって来たけど……そんなの、ツカサ君が関わってなきゃ、別に誰が戦おうが死のうがどうでもいいんだよ」
「ど、どうでも良いって、お前……」
「どうでも良いんだ。世界が滅ぶんなら滅んだって良いし、興味も無い」
涼しい顔で微笑むブラックに、どう答えて良いのか解らず混乱する。
だって、まさかそんな言葉が返って来るなんて思わなかったから。
思考停止して固まる俺に、ブラックはどこか怖気を感じさせる眼を歪めて笑った。
「僕はツカサ君さえそばに居れば、それでいいよ。そもそも、僕はツカサ君と出会うまで、世界を呪うことはあっても素晴らしいだなんて思う事は一度もなかったんだ。……だけど、ツカサ君がこの世界に落ちて来てくれて……それで、僕はこの世界にも楽しい物がたくさん有ったんだって思い直す事が出来た」
「……ブラック……」
「だからね、ツカサ君が僕の隣に居ないなら、僕の世界もそこで終わりだし、それに君以外の異世界人が関わっていたとしても、心底どうでも良いんだ。変な事になってようが、世界を壊していようが、ツカサ君がいるなら……僕は、それで良いんだよ」
笑っているはずなのに、どこか怖いと思ってしまうような微笑み。
菫色の目がギラギラしていて、明らかに普通の状態じゃないって解る。解ってる。
それなのに、俺……。
……どう、しよう。
凄く怖い事を言われてるような気がするのに……俺……嬉しがってる、気がする。
本当なら、怒らなきゃ行けないのかも知れない。大人なら、男なら、何か相手を律するような言葉を掛けてやらなきゃ行けないのかも知れない。
だけど、それでも俺は――――どうしても、涙が出るくらい……嬉しかった。
自分が怖がっていた言葉じゃない。ただそれだけの事だったのかも知れないけど、でも、今の俺にはブラックの「他のことなんてどうでもいい」って言葉が、嬉しくて仕方なかったんだ。例えそれが、間違っていたとしても。
…………きっと俺も、どうしようもない人間なんだろうな……。
でも、一番離れたくなかったブラックから軽蔑の言葉を投げつけられなかった事に露骨に安心してしまって、つい体が緩んでしまっていた。
そんな俺にブラックは笑って、頭を撫でていた手を頬に滑らせる。
「ツカサ君が僕のことを好きでいてくれるなら、僕は人も殺すし世界だって壊す。だから……ツカサ君も、そのくらい僕のこと好きって思って? 怖がらずに、辛い事も話してよ。僕はツカサ君のためなら……その異世界人と同じ事だって、してみせる。ツカサ君のためなら、悪魔にだってなってみせるから」
「ブラック……」
震える声で名前を呼ぶと、ブラックは先ほどとは違う心底嬉しそうな満面の笑みを見せて、顔を近付けて来た。
「ん……っ」
触れるだけの、優しいキス。
こういう時だけ大人らしい真っ当なキスをして来るなんて、ずるい。
そうは思うけど、それだけ俺の事を気遣ってくれたんだと思うと、心の中でどろどろと渦巻いていた重い感情が一気に流れて行くような気がした。
今なら、言える。
もう隠さなくたっていい。充分に解った。
ブラックは、ちゃんと“俺の全部”を受け止めてくれるんだって。
「…………ブラック、あのな……」
口火にした言葉は、自分でも呆れるほどに普通だったけど……ブラックは、そんな俺の言葉をただ静かに、嬉しそうに聞いてくれていた。
→
※諸々の事情で朝方更新になってしまいましたすみません…_| ̄|○
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