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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
浮き沈みが激しいとかなりしんどい2
しおりを挟む俺のためにやってくれるんだし、俺も手伝った方が良いのではと思ってエーリカさんに「手伝います」と言おうと追いかけたのだが、これは給仕である自分の役目だと言って俺の手伝いは丁寧にお断りされてしまった。
そう言われてしまうと仕方がないので、手持無沙汰で庭に面する外廊下でお茶の時間が来るまで待っていたのだが……その用意の方法が中々荒々しかった。
お茶の時間って言うと普通にイギリスとかのお貴族様な光景とか、それを涼しい顔でフォローするメイドさん達が思い浮かぶんだが、エーリカさんの支度の仕方は俺の想像を超えていた。
何が荒々しいって、運んでくるのだ。テーブルを。
いや、普通に手で持ってじゃなくて、片手で掴んで軽々と持ち上げて来るのだ。
まるで軽いダンベルを頭の上まで振り上げたみたいに、そりゃもう軽々と……。
…………エーリカさんが歴戦の勇士って事は解っていたけど、それにしたってこの力強さはハンパないんですが……。ピンク髪ソバカス眼鏡っ子美少女とか、普通ならか弱いキャラなのに……いや、そうでもないのか?
大人しそうなキャラが怪力ってのはよくある設定だしな……しかし、実際に見ると、その違和感は物凄い。あの細腕で軽々とテーブルと椅子を運んでいるとか、よくよく考えたらえらいこっちゃだぞ。二次元の属性を三次元に当てはめたら、こんな違和感があるのか……。
クロウが腕力に見合うくらいムキムキしてるから、余計にそう思うのかな。
うーむ、異世界の筋肉量っていまだによく分からない……。
そんな事を考えている内に、庭が一望できる外廊下にはテーブルがセットされ、テーブルクロスやらお茶のセットやらがあっという間に並べられる。
俺がちょっと見ている間に、立派なテラス席が出来上がってしまった。
「さ、お座りください」
「はっ、はい」
促されるままに座ると、目の前に白磁に金の装飾が有るカップが置かれ、ティーポットから何やら独特の色をしたお茶が注がれる。
お茶、と言えば、暖色系の色で、寒色系の色は滅多に見かけないものだが、カップに注がれた物は群青色っぽい飲み物とは思えない色をしていた。
……ちょっとビックリしてしまったが、しかし香りは素晴らしい。
朝の清々しい空気というか、そこにほんの少しだけ花の香りが混じっているような感じの良い香りだ。すうっとするような感じなのは、ミントみたいな物を使っているからなんだろうか?
だけど、ミントより刺激が少ない感じというか……不思議な香りだ。
「それは空睡蓮の花を加工したお茶ですの。口の中がすっとして気分が晴れます」
「い、頂きます」
飲んでみると、確かに口の中に清々しい清涼感が流れ込んで来た。しかしそれは、ミントのように鼻に抜けるような刺激が有る訳では無く、それこそ本当に朝の綺麗な空気を吸い込んだ時のような感覚が有る。
味はというと香りが主体で、そこまで強い物ではない。だけど、舌にほのかに甘みと香ばしさを感じる事が出来た。後味はお茶だな。初めての味だけど中々にウマイ。
「ふふ。こちらのレッヒートもどうぞ。甘くておいしいですよ」
そう言いながらエーリカさんが差し出したのは、四角いバスケットに積み重ねるように入れられていた、何やら……茶色くて平べったい、木の皮のような物だ。
というか木の皮にしか見えないのだが、間違いなく食べ物だよな。
恐る恐る教科書サイズの木の皮っぽい“レッヒート”を一枚とって、端に齧りついてみると……なんと、サクッと音がして簡単に割れたではないか。
「んんっ」
それこそ、木の皮みたいに薄いから、簡単に割れるだろうとは思っていたが、でもサクッなんて音がするなんて思っても見なかった。
と、割った途端に何か懐かしいような甘い香りが漂って来て、俺は目を丸くした。
こ……この香りは……チョコレート……!?
「う、うまっ……! これチョコレートじゃないっすか!」
「異世界にもそう言うお菓子があるらしいですね! ふふ、美味しいですか?」
「めちゃくちゃウマいです! うわぁあ、まさかこんな所でチョコを食えるとは……!」
サクサクしてて触感はポテトチップスみたいだが、味はチョコレートだ。しかも、このレッヒートという物はずっと手に持っていても溶けない。
溶けないのにしっかりチョコレートの味がするのだ。なんだこれ、異世界すぎる!
しかも味はほんのりビターな感じのミルクチョコで、自然界にあっていい味じゃない。くっ……さすが異世界……こんな味があるなんて……!
ああ、このレッヒートに空睡蓮のお茶が非常にウマい……。
会わせて楽しむとお茶の仄かな甘さが消えて、逆にレッヒートの甘さを洗い流し胸をスウッとさせてくれる。お菓子を食べているのに、こんな感覚は初めてだ。
異世界には俺の知らないウマい物がまだ沢山あるんだなぁ……。
「少しは落ち着きましたか?」
笑いを含んだ声でそう言われて、俺はハッとする。
そういえば、さっきはあれだけ落ち込んでいたのに、今は全然だ。
むしろ、お菓子とお茶のおかげで元気満タンっていうか……なんか恥ずかしいぞ。これじゃあ俺が簡単なヤツみたいじゃないか。
しかし、エーリカさんは俺を元気付けるために美味しいお茶とお菓子を用意してくれたんだし、ここは素直に肯定しておいた方が良いだろう。
男の意地だって、場合によっては捨てなければならない時も有る。
女性が俺を慰めようとしてくれているというのなら、そこは素直に喜んで感謝を伝えないといけないのだ。うむ、それが真の格好いい男って奴だな。
そうと決めると、俺は頷いてエーリカさんの言葉に頷いた。
「正直、落ち着いたって言うか、美味しいっていう気持ちしかなかったです」
「うふふ、それはよろしゅうございました。どんなに気分を切り替えようと頑張っても、自分一人では上手くいかない事もありますもの。気分を変えたい時は、一杯のお茶や一欠片の御香を嗜んで現在の状況から少し変えてみる事が一番です」
「そう、ですよね……気分を変えて、か……」
確かに、今までも一人で部屋に居て悶々としているよりは、気分を変えた方が心も落ち着いて自分なりに冷静に考えようとすることが出来たっけ。
散歩やお茶の時間って、普段はただの休憩としか思えないけど……でも、こういう時に助けになるようなものなんだよな。
「少しは、お役に立てたでしょうか」
「少しなんてとんでもない、凄く助かりました。ありがとうございます、エーリカさん」
……うん。そうだよな。
結局は、俺の心次第なんだ。ブラック達に話そうと覚悟を決めるのも、二人に迷惑を掛けたままでいる事に対して、申し訳なく思うのも。
だから、考え過ぎてはいけない。
自分の気持ちなんて、決める時には必ず決まる物なんだ。
曖昧にして置けないと自分が思うのなら、覚悟は自然と決まる物なのだから……今は、忘れないようにして考え続けるしかない。
深みにはまらないように、冷静に自分の気持ちを見極められるように。
……だから今は、俺がやるべき事を考えよう。
さしあたって、俺がやるべき事と言えば、やっぱり……。
「あの、エーリカさん……俺、気分転換に“凌天閣”に行きたいんですけど……あの塔に一人で登るのって駄目でしょうか」
「さすがに一人では……ああでも、塔の下で待っているというのなら大丈夫ですよ。あの塔には扉が一つしかありませんから。でも……どうして急に?」
「あ、えっと……ちょっと、風に吹かれてみたくなりまして……」
ぐぬぬ、我ながら言い訳がクサい。
でも仕方ないじゃないか。「一人になりたいから」と言えば「この館には沢山部屋があるので、好きな所を使って下さい」とか言われそうだし……。
しかしこの言い方じゃなんか中二病っぽくて凄く恥ずかしくないか。
別に俺は風に呼ばれてもないし、風が泣いてるのを感じ取れる訳でもないぞ。
中二病は嫌いじゃないけど、そういうクサい台詞を言いたかったんじゃないんだ。
あああエーリカさんに微妙な顔されたらどうしよう……なんて思ったのだが、相手は流石の異世界人だからか特に変な顔もせず、すぐに了承してくれた。
い、良いんだ……。
やっぱ俺に気を使ってくれてるんだよなあ、これって……ぐう……申し訳ない、でも俺にもやらなきゃ行けない事が有るんです。
ブラック達と一緒に行くと、俺は塔を調べられない。コソコソと塔を調べていたとしても、絶対に気付かれてしまうだろう。だから、チャンスは今しかない。
引き延ばすとまた決心が鈍りそうだし……落ち着いている今行かないとな。
――――という訳で、俺達はあわただしくテーブルを片付けると、ブラックとクロウが気付かない内に館を離れることにした。
庭の方から向かえば、凌天閣はそこまで遠くは無い。
エーリカさんに案内して貰った後は、彼女の使い魔……じゃなくて、伝言係である白カラスに一応扉を監視してもらい、俺はエーリカさんと別れた。
今別荘にはブラック達しかいないからな。聞き分けの良い俺のそばにいるよりは、危険なオッサン達の傍に居た方がいいだろう。
……まあ、俺にはカラスで充分、みたいな感じだとちょっと悲しいのだが。
「ふー……。んじゃ、ここは一発気合を入れて、地道に探しましょうか」
「クワッ」
カラスちゃんシー、ね。シー。
俺が人差し指を立てて口に当てると、白いカラスちゃんは不思議そうに首を傾げて目をしぱしぱさせる。
“特技”で出現させた存在だから、てっきりロボットっていうか分身って言うか、そう言う生気が無い存在だとばかり思っていたのだが、エーリカさんのメッセンジャーである白カラス君は、ある程度の意思疎通は出来るらしい。
「うーん、やっぱエルフ神族の“特技”って不思議だなあ……」
本当に不思議だったが、今は考えている場合じゃないか。
俺は頭を振って妄想を蹴散らすと、木製エレベーターに乗ってレバーをがしゃこんと降ろした。途端に、木の箱が浮き上がり歯車が勢いよく動き出す。
煉瓦の壁が下降する様を数十秒ほど眺めていると、さほど待った感覚も無く最上階のフロアに止まる。いつもながら、俺の世界のエレベーターと同じ快適さだ。
この世界のエレベーター……昇降機は、デザインが古臭いけど乗り心地が悪いってワケじゃないんだよなあ。
「カタが古いから、色々と危うそうだなと思ってたんだけど……こういうのもやっぱり術の力で上手いこと動いてるんだろうか」
この世界では、曜術が全てだ。
科学の法則は似ているけど、それでもそこに魔法のような力が加わっているせいで、額面通りに動くだけじゃない挙動がしょっちゅう起こる。
それこそがファンタジーの世界と認められる所以なのかも知れないが……こっちの人にしてみれば、思いが介在しない物が正常に動く事こそが変なんだもんな。
だから【機械】だって気持ち悪いって思われるわけだし……。
「環境が違うと、本当色々違ってくるよなあ……」
エレベーターを降りて、殺風景なフロアをぐるりと見渡す。
「さて、最上階だが……やっぱり探し物は外かな?」
あまり時間はかけられない。あのメモにある「文明神アスカーの残した物」を探って早く帰らなければ。そうしないと、ブラック達が何を言うか解らない。
どうせ傷が付くなら、心が凪いだ今挑むのが一番だ。明日こういう風に落ち着く事が出来るって保証がない以上、なんとしてでも探し当てないと……。
「外の風景は凄いって話だったよな……む……じゃあ、満を持して行ってみるか」
そう思い、俺は外へと続く扉に近付こうとした。のだが……
目の端に何か光る物を視止めて、俺はそちらに近付いた。
「…………なんだこれ、ガラスのボタン?」
ダイアモンドみたいな彫り込みがされた透明な石が、壁からちょっと出ている。
最初に来た時は気付かなかったけど、どういうことだろう。フラグでも立った?
いや、これは「見ようとしたから見えた」って奴かも知れない。
とにかく、ちょっと弄ってみるか。
そう思い、ダイアモンドのような透明な石を親指と人差し指で掴み、漫画などでよく見かける金庫の鍵開けのように、適当に右とか左に動かしてみると。
「…………――?」
何か、カチリと音がした。刹那。
「うおおお!?」
いきなり轟音を立てて、目の前の壁が動き――――なんと、金属の梯子が上から垂れ下がっている一畳も無い小さな部屋が現れたではないか。
なんという予想外。というか、なんというガバガバセキュリティ……。
いや、ここは神様の味方しかいない場所だから、神様も別にセキュリティ厳重にしなくても良っかと思っていたんだろうな。そうでもなければ無防備過ぎだ。
まあ、何かの罠だとしても俺は平気だし……とにかく、行ってみるか。
善は急げだと自分を奮い立たせ、俺は少しも錆びついていない不可思議な梯子を掴み、上へと登り始めた。
→
※くぅっ…元の時間に戻すの中々難しい……
あと何も進んでなくて申し訳ない…次もまたツカサショッキング
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