異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

22.たった一言で変わるものがあるのなら

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「あ……い、いやこれは……その、おっ俺が人族の石碑を見たいって言って、無理にラセットにせがんだからなんです! すみませんすぐに出て行きま……」
「貴方はそうやってすぐ早合点はやがてんするのね。……別に、居てはいけないと言いたかったのではありませんよ」
「え……」

 だって、スゲー嫌そうな顔してたから、てっきり俺がいること自体が不快だったのかと思ったんだけど……そうじゃなかったのか。
 なら、どうしてそんな顔をしたんだろう。
 やっぱ俺が侵入してきたこと自体は怒っていらっしゃるのでは……。

「…………貴方はどうして、そんな風に人を引き寄せて味方にしてしまうのかしら」
「…………」

 そんな聖女ヒロインを揶揄やゆするような事を言われましても、実際はそうではないんだから困る。だって、もしそれが真実だったら、俺は自分の世界でも女子に好かれてモテモテでボコられることだってなかっただろうし、今こんな風にエメロードさんと色々こじれたりはしなかったはずだ。

「このラセットだって、貴方の為に動いたのでしょう? ……本来なら敵同士なのに、わたくしに叱られるかもしれないのに、それでも協力をするなんて……それは、相手に思われている証拠よ。好かれている以外に何か言い方があって?」
「それは……確かに、俺はラセットに助けて貰いましたけど……でも、ラセットが俺に良くしてくれる行為は、貴方に行う行為よりもずっと軽い行動だと思います」
「……?」

 言っている事の意味がよく分からない、とばかりにエメロードさんは首を傾げる。
 さもありなん。俺だって唐突だと思う。だけど、ラセットがエメロードさんを好きだって気持ちを知っているからこそ、つい言葉が口を突いて出ちまったんだ。

 ……だって、くやしかったんだ。
 ラセットは本当にエメロードさんの事を信じて愛してるのに、エメロードさんにはその気持ちが全然伝わって無くて……そのうえ、俺の味方になったのかってなじられてるんだぞ。そんなの見てたら「そうじゃない」とも言いたくなるじゃないか。

 ラセットは良い奴だ。そりゃあだいぶ人族を見下してるしイケメンで嫌な奴だけど、それを差し引いてもコイツは友達を素直に心配する良い奴だし、なにより一途いちずで……本当にエメロードさんの事を考えている。

 ブラックが本当にエメロードさんを幸せにするのならそれで良いと思って、俺達に同行したような男気のある奴なんだぞ。エメロードさんが幸せなら、身を引こうとも思ってたんだ。そんな気持ちをせめていちミリでも解って欲しいんだよ。
 出しゃばりだってのは解ってるけど、でも、その気持ちを知って欲しかった。

「ラセットは、俺を裏切れるけど……エメロードさんは、絶対に裏切れない。それは、忠義の心からじゃない。それだけじゃないんです。だから、もしラセットが俺の味方になってくれたとしても……コイツは、最後は絶対に貴方の傍にいます」
「つ、ツカサ……」
「ラセットは、俺じゃなくてエメロードさんの方がずっと大事だと思ってます。これは俺を可哀想に思ってやってくれただけで……それ以上のものはありません。彼は、俺と貴方なら、絶対に貴方を取ります。だから、俺は彼を味方にしたわけじゃない」

 ラセットの気持ちを、少しでも解って欲しい。
 コイツは、俺なんかよりアンタの事がずっと大事で、大切に思ってるんだって。
 幸せにしてやりたいなって素直に思うくらい……好きなんだってことを。

 ……だけど、ちょっと色々恥ずかしい台詞だったかもしれない。
 ………………。
 うん、いや、なんだよ今の。めっちゃ恥ずかしくないか? 
 っていうか、俺マジで出しゃばり過ぎてラセットにまで迷惑をかけてるのでは……あああ、あああああ……。

「赤くなったり青くなったり、お忙しい事で」

 ぎゃっ、また顔に出てたのか。
 慌てて冷静になろうとするが、しかし指摘したエメロードさんは呆れたかのように目を細めて、小さく肩を揺らした。

「解りました。とにかく、貴方が真心から言っているのは伝わりましたから、そんなにわたくしに見せつけないで下さい。……ラセット、今回は許しますが、今度からはうかがいに来るように。理由が真っ当なものなら拒否はしません」
「はい」

 ラセットの声はなんだか嬉しそうだ。
 ……やっぱり、エメロードさんなら絶対にそう言うって確信してたんだな。
 だから、彼女がここに来た時も大きく慌てたりはしなかったんだろう。
 いいなあ、そういうの。俺も、ブラックの事をこれくらい信じられているのかな。

 自分じゃ「そうだ」と信じてるけど、ラセットみたいに純粋に相手を想っている人を見ると不安になる。自分が嘘をついてる訳じゃないけど、こんなに純粋に信用しているのかと訊かれたら、それは自分ではわからない。
 うたがった事は無いのかと問われれば、俺は首を縦には触れないだろう。
 だから、真っ直ぐに相手を信じられるラセットが少しうらやましかった。

 そういえば……エメロードさんもそうなんだよな。
 ブラックの事を好きだと宣言しきれるほどに素直で、ひたむきで、真っ直ぐで。
 それをみて俺は自分が卑怯者だと思うくらい、彼女は全力でブラックの事を奪おうと頑張っていた。その姿を見て、俺もやっとブラックに素直な自分の気持ちを伝える事が出来たんだ。純粋でひたむきな気持ちは、そういう力を持っているんだよな。
 ……だから俺は、ラセットの事も、エメロードさんの事も、嫌えないんだろうか。

 そんな事を考えている俺に、エメロードさんが問いかけて来た。

「ところで……そこで何か見つかりましたか?」
「あ、いえ……特には……」

 キュウマの事は絶対に隠さなければ。黒曜の使者とバレたらまずい。
 ただでさえ現在の黒曜の使者である俺がエメロードさんに嫌われてるんだ、これで偉大なる人族の恩人まで黒曜の使者ってバレたら、石碑が引き倒されかねない。
 俺は嫌だぞ、そんな偉い人の彫像を引き倒すみたいな展開になるの。 

 なんとか気を張ってそう答えると、エメロードさんは数秒沈黙して、一歩こちらへと近付いてきた。

「少し、お話をしませんこと?」
「あ……は、はい……」

 お話、と聞いて、あのカスタリアの空中庭園での苦い思い出が蘇るが……今度は俺だって負けはしない。覚悟を決めて、恥ずかしい思いまでしてブラックにすがりついたんだ。今度は真正面から俺もはっきり言ってやる。

 ブラックに言うんじゃないんだし、だから俺だって……す、好きとか、恋人とか……そう言うのもちゃんと言えるはず。だって事実を伝えるだけなんだから。
 気合を入れろ俺。負けて泣いたまま終わってたんじゃ、男がすたるってもんじゃないか。なんとしてでも、ぐうの音も出ないように納得して貰わねば。

 ……うん、納得だ。
 だって俺、エメロードさんのこと嫌いって訳じゃないもん。それに、本音を言えば好ましい女性と口喧嘩なんてしたくない。俺は女子が好きなんだ。出来る事なら相手を傷つけずに穏便に済ませたい。女の子には優しくするのが強い男なのだ。

 余裕があったり心がしっかりしてる強い男は、他人に優しい。
 この異世界でくらいはそんな風な格好いい男になったっていいだろう。

「では、少し回廊を歩きましょうか」

 エメロードさんが「ついて来なさい」とこちらに背を向けたのを見て、俺は慌てて丘を降りる。ラセットと一緒に部屋を出ると、彼女は直線の廊下の途中で曲がる。
 普通の廊下だ。天井がガラス張りじゃないせいか少し薄暗い。どこへ行くのだろうかとしばらく付いて行くと、少し暗い廊下の先から徐々に光が差し込んできた。

 やがて、廊下が途切れる光の先に足を踏み込むと……そこには、青一色の美しい空がめいっぱいに広がっていた。

「ここが、回廊……」

 外廊下になっている回廊には外壁が無く、島を取り囲む風景が良く見えるようになっている。とは言え、少しばかりの草地の向こうは空と雲しかないのだが、こうも空ばかりだとなんだか空が壁になったみたいで妙な気分になってくる。

 雲がそこかしこに広がっているという奥行きが解る光景が無ければ、逆に閉じ込められているみたいだ。そう思うのも何だか不思議なんだけど……。

「……その顔だと、あまりお気に召さなかったようね」
「あっ、い、いえ、なんだか変な事を考えてしまいまして……」
「変な事って?」

 ちょっと失礼かもしれないけど、正直に言った方が良いよな。
 覚悟を決めて、俺は答えた。

「あの……雲が無かったら、空が広いことも解らなくて、逆に壁みたいに見えちゃうなあって……」

 そう言うと、エメロードさんは俺の方を振り返り少し目を見開いた。
 けれどすぐに顔を表情が見えない微笑みに戻して、口角を上げる。

「……そうね。確かにここは、青空の檻みたいだわ。わたくしが自由に歩ける範囲はこの小さな浮き島だけ。王宮だって、満足に歩けない。……本当に、青い空と言う壁に囲まれた牢獄のよう」

 少し口調が違う気がする。「わたくし」は変わって無いけど、それでも幾分か親近感が湧くような喋り方だ。もしかして、女王様ではない時の彼女はこんな風な喋り方なんだろうか。

「この国の女王様なのに、自由に出歩けないんですか」
「一国の主だから、です。……わたくしは、象徴として常に安全な場所にいなければならない。次代が決まるまで決して倒れてはならない。一人を愛するのではなく、国と全ての者を愛さねばならない……数百年、そう教えられていました。……それが、わたくしを女王たらしめる掟なのです」

 凛として立つ彼女は、空を見ながらつらそうに目を細める。
 そういえば、エメロードさんは小さい頃からずっと女王になるための教育を受けて来たんだっけ。女王以外の道なんてないってくらい、ずっと。

「…………つらい、ですね」
「そうね。辛かったわ。だけど、そんな弱音は吐けないでしょう? 周囲が期待して、祭り上げられてしまったら……子供にはす術なんてない。それに気付いたとしても、最早もはや自分の意思など失われているに等しい状況からは逃げ出せない。なにより自分を高く評価して信じている周囲の事を思えば……つらい、とは、いえなかった」

 エメロードさんはやっぱり、我慢してまでずっと頑張って来たんだ。
 王になる教育しか受けられない事だって、自由に遊べない事だって我慢して、周囲の人達のためにと自分の感情を抑え込んでいたのかも知れない。
 だとしたら……そりゃ、周囲が「出来る妹とどっちを女王にすべきか」なんて話を始めたら、ショックだし黙っちゃいられないだろう。

 俺だったら、そんな時どうしただろう。
 考えてみても、わからない。どうにも出来なかったかもしれない。だって、俺がそうなったら、俺の中には本当に王になるための教育しかないんだ。今更別のことをやれと言われたって、そんな器用な事は出来ない。
 それしか教えられてないのに、どう別の事をやれっていうんだよ。

 だから、エメロードさんも、周囲が女王を決めあぐねている間は、心がすり減っても我慢しなければいけなかったに違いない。
 それを思うと、何だかひどく苦しかった。

「…………やはり貴方は、あまり好きじゃないわ」

 エメロードさんは不意にそう呟いて、再び俺達に背中を向けた。
 何か気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
 どう接したら良いのだろうかと悩んでいると――――彼女は少し沈黙してから再びこちらに振り向いた。

「好きではないし、わたくしはまだ彼をあきらめた訳ではありません。けれど……」
「……?」
「…………一つ、ヒントを差し上げましょう」

 ヒント? 何の事だろう。
 というか、好きじゃないのにヒントなんか貰っちゃって良いんだろうか。
 なんのヒントなのかは解らないが……。

「姫、よろしいのですか」
「ええ……。どのみち知る事かも知れないけれどもね」

 そう言いながらエメロードさんは俺を振り返って、薄く笑った。

「わたくしは、常に守られています。カスタリアでもこの王宮でも、悪意による接触などは本来ならばはじかれて当然のことです。けれども、あの時の空中庭園ではそれが働く事は無かった。それは……どういうことかしら」
「え…………えっ、と……」

 どうしよう、何が言いたいのかよくわからない。
 でも、エメロードさんが俺をからかうための嘘を言っている訳じゃないのは解る。
 きっとこれは大事なヒントなんだ。
 
「プレイン共和国で“あんな事”に巻き込まれてもなお、それを悟る事も思い出す事も出来ないのなら……貴方にはもう、ブラック様の隣に立つ資格は無い」

 ハッキリした口調。核心を突いたような言葉。
 でたらめな事を言っているんじゃないってのは、相手の目を見れば判る。

 だけど……プレインでのことが関係あるって、どういうことだろう。
 それにどうして「約束」があるのに、そんなヒントを俺にくれるんだろうか。

 何もかもが理解出来なくて相手を見つめるが、エメロードさんはどこか寂しそうに微笑むだけで、それ以上は何も教えてはくれなかった。















※熱いと作業効率が落ちてしまうみたいです…_| ̄|○すみませぬ…
 
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