異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

  遠望

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※ちょっとどころじゃなくなったので分割しました…ちょっととは……(困惑

 
 
 
   ◆



「でしたら、やはり黒籠石こくろうせきが良いのではないですか」

 テーブルを挟んで甘ったるい茶をすすりながら、話を続けていた最中さなか
 やはりそれが一番だとでも言わんばかりに結論付けるような事を言うアイスローズに、ブラックはカップを口から話して片眉をひそめた。

「黒籠石って、加工が難しいんだけど……。それに水晶自体、危険だからって今じゃ出回ってないし、ソレを取り寄せるにも国家機関に申請しなきゃ行けないんだぞ」

 無茶を言うなと口を曲げるブラックに、アイスローズは美しい顔をなごやかな笑みに染めて、御茶請けと思われる木の皮のような謎の物体を口に運んだ。
 サクサクと思っても見ない音がする物体に目を剥くブラックに、相手は驚きもせず言葉を返してくる。

「それは、貴方の思い人が解決して下さると思いますよ」
「ん……?」
「黒籠石の原石、たぶんあの子は持ってますよ。私は金の曜術師ではありませんが、神族として“調金”という金属を操作する能力を持っています。ですから、その程度は解りますよ。貴方の思い人なんですし、お願いしたら頂けるんじゃないでしょうか」
「む……」

 神族の言う“特技”がどれほどの能力かはまだ測りかねているが、しかし気を発するどころか吸い込む性質の黒籠石の存在を感じ取れるなんて、この男は只者ただものではない。しかし、本当にツカサは黒籠石を持っているのだろうか。

(あの時素直に全部渡したはずなんだけどな……)

 馬鹿正直なツカサは、治療に足りなかったら困ると言って、あのダンジョンから持って来た原石を全て陰険眼鏡に渡してしまったのだ。
 まあ確かに持っていても使いどころは無いのだが、しかしそれにしたって素直すぎである。一欠片ひとかけらくらい予備として持っていても罰は当たらないだろうに。

(いや、そうじゃなくて)

 余計な所に思考が寄ってしまったなと反省し、ブラックは再びアイスローズに顔を向けて茶を無遠慮に啜った。

「加工するにしたって……どうやって? 僕は黒籠石の水晶は扱った事があるけど、加工なんてしたことが無いし、大体僕はまだ技師としての腕は中の下だぞ。黒籠石は鉱石の中で一番加工が難しいから、加工済みの水晶でも中々出回らないんだ。それを僕が知識も無しに出来るはずがないだろう」

 出来ない、と言い切ってしまうのはくやしいが、貴重な物を技量不足で加工しようとするほどブラックも愚かではない。己の力量は知っているつもりだ。
 だからこそ、目の前に最高の素材が有っても加工に躊躇ためらうのである。
 しかしアイスローズは「何の問題が」とばかりに不思議そうに首を傾げた。

「おや、ご存じありませんでしたか? 黒籠石は意外と簡単に結晶化するんですよ。ただし、それも曜術師……貴方の意思が明確でなければ失敗しますがね」
「…………僕に出来るのか?」
「ええ。必要でしたらお教えいたしますから、ご心配なさらず」

 確信があるかのように力強く頷き、そうして……アイスローズはふっと笑った。

「それにしても、ブラックさんがツカサさんにまだプロポーズしていないだなんて、驚きましたよ。お二人とも仲がよろしいし、人族は手が早いと聞いていますから、てっきりもう婚約も済ませているのだとばかり」
「ぷ、ぷろぽーず?」
「ああ、人族の言葉で【婚約を相手に申し出る】という意味です。しかしこの言葉は、婚約をただ申し出るという事だけでは無く、相手が感動するような気障きざで素晴らしい舞台を用意して行う、特別な儀式という意味も含んでいます」

 なるほど、要するに見栄みえを張って行う婚約のお誘いという訳か。

 たったひとつの単語にそれほどまでの意味を込めるという事は、やはり結婚や婚約という行為はとても重要な事なのだろう。
 それを行えば、ツカサが名実ともに自分だけの存在になる。
 そう考えるだけで、ブラックは興奮してしまいそうだった。

「や、やっぱり、綺麗な場所でやった方がいいよな?」
「そうですね。私も彼女との思い出の場所で告白しましたから。ツカサさんが好きだと言う場所でやった方が好ましいと思いますよ」
「む……好きな場所か……あと、ほかに大事な事は?」
「彼の好きな色とかは聞きました? どうせ黒籠石なんですから、曜気次第で好きな色に染められますし、術式を組み込むのならその前にやった方が良いですよ」
「それは聞いた! つ、ツカサ君、僕の髪の色とかでへっ、目の色っふ、ふへへっ、すっ好きなんだって」

 早速本性が出てでれでれと顔を緩めるブラックに、アイスローズは嫌な顔一つせず苦笑しながら口元を手で覆った。

「ふふ……ブラックさんは、本当にツカサさんの事を愛していらっしゃるのですね」
「まあな!」
「もう石の色も込める術式も決まっているなら、あとは環部かんぶだけですね」
「その事なんだけど……どういう意匠が良いのか解んなくてさ」

 そう。だからこそ、ブラックはツカサと一緒にいる事を我慢して、アイスローズと共にコソコソと指輪の話をしているのだ。
 彼の為に用意する、彼を守るための最高の婚約指輪の話を。

(色々考えたけど、やっぱりコレが一番だよね。【支配】の事も有るし、勝手に曜気を奪われるって言う問題も有る。だから、ツカサ君が意識しなくても身を守れるような指輪を作ろうって思ったんだ。まあ最初からそうするつもりだったけど、こうして指輪を渡せば、守りも強化できるし婚約の証にもなるし一石二鳥だよね!)

 相手が拒否する、なんてことは有り得ない。
 何故ならツカサは「ブラックとずっと一緒にいたい」と涙まで流して懇願してくれたのだ。こんな自分の事を必死につなぎ止めようとして、自尊心をかなぐり捨てて股まで開いてくれたのである。そこまで愛してくれている存在が、今更婚約を拒否するなんて事は有り得ないだろう。

 だが、これは単なる願望でも予想でも無い。
 ツカサが自分の事を愛してくれていると解るからこその、確信だった。

 だから、指輪が欲しいのだ。
 彼を守り、彼がこのブラックという男の所有物……いや、愛する伴侶であるという事を周囲のオス達に解らせるための、小さくて重い拘束具が。

(昨日だって、ちょっと大きかったけど輪っかの拘束具も作れたし、ちゃんと手帳に書いてあった通りに出来たんだもんね。これなら、小さな細工だって頑張って練習すれば、じきに出来るようになるさ)

 美しく出来上がった婚約指輪を渡した時のツカサの反応を、早く見たい。
 喜んでくれるだろうか。どう笑ってくれるのだろう。照れて怒るだろうか。意地っ張りな彼の事だから、顔を真っ赤にして拒否の態度を見せるかもしれない。
 だけどそれは、自分をこばんでいるからではない。
 愛していて、愛しすぎているからこそ、自分のその感情の重さに恥ずかしさを覚えついつい意地を張ってしまうのだ。

 それほどまでに、ブラックを「好きだ」と思っている。
 ツカサのそんな仕草も心も、全てが愛おしくてたまらない。こうやって確信を持って想像出来るくらいに、自分を間違いなく愛してくれているのだと思う事は、ブラックにとっては初めての事で本当に嬉しい事だった。

 だから、完璧な指輪を渡したい。
 たまには大人らしくして、ツカサが思わず赤面するような格好良さを見せつけて、自分こそツカサに相応しい生涯の伴侶なのだと思わせ、プロポーズをしたいのだ。
 そのためにも、美しい意匠の指輪を作る事は絶対にやめられなかった。

(どうせ数日は王宮の別荘にこもりきりなんだし、モンスターの気配だって全然ないんだから、ここで沢山練習して技量を上げておかなくっちゃね)

 どこで渡すかは、まだ決めていない。
 だが、どうせ渡すのなら……あの【凌天閣】のような美しい場所が良い。
 何もさえぎる事のない透き通るような青空と、手の内に収めてしまえるほどに小さくなった下界に広がる世界を見ながら、ツカサに言うのだ。

 ――僕の生涯の伴侶になってください、と。

(…………ッ、だはー! 伴侶だって、伴侶だってー! あはっ、ははははうわっ、ヤバい興奮して来たっ、は、は、伴侶っ、伴侶だってっお嫁さんだってっ!)

 恋人、の、更に上にある存在である伴侶。もしくはお嫁さんか妻。
 自分の隣に立って「この人の妻です」と恥じらいながら言うツカサは、どれほどに愛らしいだろう。その姿が早く見たい。早く妻になったツカサを犯したい。この子が僕の奥さんですと他人に紹介した後のセックスはどのくらい気持ちが良いだろうか。どれほど征服欲を満たすのか早く味わって見たい。すぐに、今すぐにでも。

「ブラックさん、大丈夫ですか」
「あへっ! あっ、あひゃ、大丈夫れす!」

 おっといけない、よだれが出ていた。
 ツカサに持たされた“ハンカチ”とか言う名前の小さな布で口を拭うと、ブラックは話を戻した。早くツカサを自分の未来の花嫁にする為にも、完成を急がねば。

「ええとそれで環部の金属のことなんですけど」
「あっ、あ。はい。それなら私が良い物を持っておりますので、お渡ししますよ」
「えっ……いくらで?」

 神族が所蔵している物ならきっと高価なものだろう。
 しかし、今は持ち合わせがない。大陸に帰れば幾らでも支払う事が出来るのだが、と眉根を寄せると、アイスローズは苦笑しながら席を立った。

「いえいえ、お代は要りませんよ。正直私も持てあましていたので」

 そう言いながら、アイスローズはかたわらに置いていた袋からなにやら手のひらに乗る大きさの塊を取り出した。
 基礎は金、だが光に当たると白い光沢を見せる清らかな色をしている。
 明らかに安物ではないが、見た事も無い鉱石だ。

「それは……」
「この鉱石は【コトシライト】と言います。遥か昔に文明の神アスカーが生み出したと言う、万能の“伝動体”ですよ」
……。つまり、力を伝達するという事か?」
「ええ。加工が難しい鉱石ですが、この鉱石を環部に使えば威力が増しますよ。それに、耐久性は私が保証します」

 そう言いながら、アイスローズは自分の左手を見せる。するとそこには、飾り気がない意匠だが見事な輪を作る指輪がめられていた。

(うわ……凄いな……完璧な円形だ……)

 実を言うと、鉱物を加工するうえで一番難しいのが真円……つまり、何のかども無く歪みも無い完璧な輪だ。こればかりは術でどうにかなる物でも無い。十年ほど鍛金をおこなってやっと迷いなく円を描く事が出来ると言われるほどに難しいのだ。

 昔、人伝ひとづてに聞いた話だが、装飾も継ぎ目すらもない完璧な円の指輪は、とても高価なのだという。指輪自体は希少というわけではないが、そんな完璧な指輪を渡す事が永遠の愛の証とされて人気なのだと言っていた。
 その時のブラックは「興味が無いな」としか思っていなかったが、今ならその真円の指輪を渡す事の重大さがわかる。

 ゆがみのない完璧な愛を贈るというその行為こそが、愛を示す行為なのだ。
 ならば、自分も。
 せめて指輪だけでも、まともなものを贈ってやりたかった。

「…………僕に作れるかな」
「貴方なら大丈夫ですよ」

 言い切ったアイスローズに、ブラックは顔を上げた。

「……何故、そうだと分かる?」
「貴方が、母の認める男だからです」

 随分ずいぶんと母親思いの息子だ。
 そうまで己の身内を信じていられるアイスローズがうらやましい。
 ふとそう思ったが、ブラックは緩く首を振ってゆっくりと頷いた。

「わかった。この鉱石で台座を作ってみる」
「判らない事が有ったら私が教えますので、エーリカを通して連絡をください。手紙を寄越しますから」

 にっこりと笑うアイスローズは、彼の母親によく似ている。
 だがやはりその笑顔はシアンとは少し違っていて、ブラックは何故かその事が少し残念なような気がしていた。











 
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