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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
16.真面目に話をしても聞かない奴もいる1
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一応、エーリカさんに「凌天閣にまつわる怖い話を聞いたことは無いか」とそれとなく聞いてみたのだが、あの塔が出来てから一度も事故などは起こっておらず、また血腥い逸話も無いらしい。
塔には転落防止の術か何かが掛かっているのか、それとも神のみぞ知る技術などが使われているのか、数万年の時を刻んでいてもあの塔に関係する死者の話は聞いた事がないのだそうな。何度か飛行型モンスターによる襲撃も有り、その時は凌天閣から迎撃したとの記録も有るらしいが、神のご加護か死者は出なかったとのことで。
……となると……アレって、なんだ……?
やっぱ俺の幻覚なのかな……。まさか、お化け……いやまさか……。
……なんだかちょっと怖くなってしまったので、深くは考えない事にした。
だってほら、夕食の時まで暗いの嫌じゃん。いや、別に怖いってんじゃないけど。お化けとかそんな非科学的なモノなんて俺は全然怖くないけどさ。でも、こういう話をしていると暗くなるからね。そこはみんなに配慮してさ、ね?
「あ、でも不思議な話は聞きますよ?」
「へ?」
デザートの水菓子として酸味が強めの小さいリンゴを齧っていると、何を思ったかエーリカさんが不意にとんでもない事を言い出した。
いや、別にとんでもない事ではないかも知れない。落ちつけ俺。
蜜珠のお茶を飲んで甘味と水分を補い、さっきのマヌケな声を洗い流すようにゴクゴクと喉を鳴らした。ええいブラックこっちを見るな。ニヤニヤするな! クロウも興味津々に俺とエーリカさんを見比べて耳をぴこぴこさせるんじゃない。
なんだお前ら俺が怖がってるってのか。
おう上等だ怖がってないってのをビシッと見せてやろうじゃねえか!
「エーリカしゃん不思議な話ってなんですか!」
「ツカサ君声上擦ってるよ」
それはお前が上擦っていると思い込んでるだけだ!
よーし話を聞こうじゃないかっ。怖くないぞ、別に怖くないんだからな。ええいカップめカチャカチャ言うんじゃない。
「それがですねえ……つい先日から、どうも王宮で妙な事ばっかり起こってまして」
「例えば?」
「通常、王宮の者達にはセキュリティ装置である“迷宮”は発動しないはずなんですが……時々迷ってしまったり、霧が出てきたりして道を見失うことが有るんですよ。そう言う機能は不審な物が侵入して来た時だけなんですけどねえ……。それに、夜中まで仕事をしていた同僚たちが、変なものを見たとかで……」
「へへへへへんなもの!?」
なにそれ、なにそれなにそれオバケじゃないよねお化けじゃないよねえ!?
い、いや、あれだっそうだっ迷宮なんだからきっと幻覚だ。霧も出るんだから幻覚も出て来るかも知れないじゃないかそうだきっとそうだ!
必死に心を落ち着ける俺に構わず、エーリカさんはさらっと話を続けた。
「なんでも、霧の奥にふわーっと影が見えて消えるとか……目の前に人がいたような気がするのに、すぐに消えてしまったり……そう言うことが多々あるんだそうですの。でもおかしいですよねえ、幽霊なんてここに居るはずがないのに」
ヒ――――ッ!! ゆーれええええええっ!!
ゆっゆっゆうれっぇっえ、え……ゆうれ……い、は……ここに、いない?
お化けとかそう言うのじゃないの……?
「幽霊が居ない? そんなことあるの?」
ブラックとクロウは幽霊肯定派らしい。何だよお前ら非科学的な……と思ったが、よく考えればここはファンタジーな異世界だ。科学でバンザイな俺の世界ではない。そもそもモンスターの中にも「ゴースト」なんて種類が存在するんだし、幽霊はいるだろうって思うのは普通だよな。まあでも俺は遭遇したことは無いけど。したら失神するけど。
……ゴ、ゴホン。
とにかく、幽霊とかじゃないなら安心だ。モンスターとかならもっと安心だな!
だってあいつら「モンスター」だし! 幽霊とかお化けじゃないし!
「人族の皆さまはこの世に未練を残した魂が“霊”となるとお考えのようですが、私達エルフには通常そのような事はありませんし……それに、我々の魂は神による運命に定められた天寿を全うする事で、天国へと登り神の住まう“新たな地”へと転生するのです。それはとても名誉な事なのに、この世に留まるなんておかしいでしょう?」
「そういうもんかねえ」
「オレは地に還り自然の一部となると聞いたが」
ふーむ……?
やっぱり種族により「死んだ後のこと」への考え方は違うみたいだな。
エルフ神族は神様に近いからか、そのまま「死後は天国に行って神様と暮らす」という神話的な考え方に忠実で、ブラックは俺達に近い輪廻転生とか天国地獄の考え方をしているらしい。そんで、獣人族は神道とか自然信仰と同じく「大地に還る」ってことが普通の事のように思えてるんだな。
まあ、俺の世界では同じ種族なのにこの三人みたいに「死後のこと」の認識が分散してるから、それを考えれば見分けやすいんだけども……神様に一番近いエルフ達が「天国」しか知らないってのは興味深いな。
争いを好まない人がほとんどだから、地獄は必要無かったんだろうか。
しかしそうなると、その幽霊みたいなものって何なんだろう?
普通に考えると“迷宮”を管理している人が作った幻覚って事になるけど……。
「あの……その変なモノについて、迷宮を造ってる人はどう言ってるんですか?」
「それが、ライムライト……あ、迷宮の主ですが、彼は幻覚など起こしていないと言っているんです。ライムライトは変わり者で、女王陛下にすら滅多に顔を見せないので、色々怪しくは有るんですが……その代わりに正直者で嘘はつかない人なので、違うと思うんです。なので、どういう事なのか我々も困惑しておりまして……」
「そんなの女王陛下サマが男でも連れ込んだんじゃないのー」
「こらブラック!」
お前は俺もちょっと思った事をそうやすやすと口に!
……いやすみません、俺もちょっと考えました。ごめん、汚れた男でごめん。
でも性的な意味の聖女なエメロードさんだし、ちょっと口には出せない相手と逢引するみたいな事になってもおかしくは無いと思うじゃん普通。
いや駄目だ、それ駄目じゃん! ラセットが可哀想すぎる!
でもそれが一番妥当なセンでもあるし……ううん……。
「あの……実際どう思います?」
「ツカサお前もか」
似たものスケベだと笑ってくれ。やっぱそう思ってしまうのだ俺も。
というかクロウはどう思ってるんだよ。ツッコミ入れてるけどお前もそんな感じの事を考えてるんだろうなってのは俺にも解るんだからな!
一人だけ紳士面は許さんぞと睨んでいると、エーリカさんが「う~ん」と悩むように腕を組んで首を傾げた。
「有り得ない事ではありませんが……そのあたりはラセット様やクロッコ様にお伺いしてみない事には何とも言えませんね……。女王陛下の動向を一から十まで把握していらっしゃるのはあの御二方だけですから」
「そっか……じゃあ、おいそれと聞く訳にも行きませんね……」
ラセット達とはカスタリアでは気軽に話せていたけど、女王陛下の御付として日々彼女の傍にいるこの王宮では、あの頃とは全然立場が違う。そもそも俺達とラセット達は完全に敵同士だ。こうなってしまっては会う事すら出来ない。
うーん……せっかく友達になれたのに、なんだか悲しいなあ。
そう言えば俺に【六つの神の書】を読めと提案してくれたのもクロッコさんだったし、考えてみれば俺はあの二人にかなり世話になっているワケで……もう一度会えるなら色々とお礼も言いたいぞ。しかし、どうやって会ったもんかな。
「必ず会える、という保証は有りませんが……枢候院に通っていれば、いずれは接触出来るかも知れません。彼らは報告書などを取りに不定期に現れますので」
「なるほど……」
「皆様の予定が無ければ、明日も枢候院にご案内しますがいかがなさいますか」
「じゃあ、よろしくお願いします」
俺がそう言って頭を下げると、ブラックが「えー」と面倒臭そうな声を漏らした。
「またあの息苦しい所に行くのぉ~」
「嫌ならお前だけ残ってても良いんだぞ」
そう言うと、ブラックは少し考えたが首を振った。おい、なんだ今の間は。
一人になっても良いかなって思ったって事か?
まあでも苦手な場所に行くくらいならってのは仕方ないか。無理に連れて行くより待っていて貰った方が良いかも知れない。明日出る前にもう一度確認するか。
色々と思う所はあったが、とりあえず今日は寝る事にして俺達は身支度を整えるとそれぞれの部屋に戻る事にした。
戻る事に、したんだが。
「…………あの、二人ともなんで俺の部屋に集まって来てるのかな?」
俺はてっきり二人は自分の部屋に戻る物だと思っていたのだが、何故か今、自室のドアを開けようとしている俺の背後に大柄な男が無言で立っている。
これでは怖くて自室に入れないのだがと思っていると、ブラックが急にニッコリと笑って、ドアノブを握っている俺の手に大きな手を添えた。
「なんでって、決まってるじゃないか。ちゃんと話を聞かせて貰うって約束したでしょ~? んもうツカサ君たら忘れっぽいんだから」
そういいながら、ブラックはドアを開けて俺の背中を自分の体でぐいぐいと押す。
当然、体格差が有る俺はそのまま中に強引に連れ込まれてしまい、クロウがドアに鍵をかける所も抵抗できずに眺めているしかなかった。
おい。やばくねーか。これ完全にヤバくねーか?
「ほらツカサ君、一緒に座ろうねえ」
「うわっ!?」
ブラックはいきなり俺を抱え上げて、ベッドに座る。
俺は膝の上に座らされ、クロウがガタガタと椅子を持って来て真正面に……って、これ完全に今日回避したポジションじゃん。これ絶対あとでとんでもない事になる奴じゃんかあああああ!
「さて、ツカサ君。聞かせて貰おうかな? このクソ駄熊となにしたんだって?」
…………あ、ああ……完全に「言い辛い事をした」ってバレてる……。
この状態で色々喋らされるって、どう考えてもヤバいんだけど。でも、ブラックに「ちゃんと話す」と言ってしまったのは俺だしなあ……はあ……。
「分かったよ……。ちゃんと話す……でも、その最中で変な事するなよ!?」
頼むから話の腰を折るような真似はしてくれるなよと背後のオッサンの顔を見ると、相手はニヤリと笑った。
→
※だいぶ遅れてしまって申し訳ない…(´・ω・)
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