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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
15.空の上はめっちゃ寒い
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神族を創造した神は、彼らに「私が新たな世界を造った」とのたまったらしい。
その世界をあまねく監視するために作られたのが、現王宮である“観測台”で、神は当初彼らを天使と同等の扱いとして、エルフを世界の統治者と考えていた。
曰く「自然と共に生きるその姿こそ、世界の統治者に相応しい」という事らしく。
……そんな種族を何故大地じゃなくて天空の限られた場所に産んだのは謎だったが、神様がいう事に神族は何も疑問を持たない。だから、そのまま数千年いやもしかすると数万年くらいはこうやって平穏に過ごして来たらしいのだが……。
まあ、それは置いといて。
そんな神様が天空に浮かぶこの島で一番高いとされる場所が、島の端っこにある、高い高い“展望台”らしい。この展望台は、遠方の空を監視するだけでは無く、島の中で何か争いが起こっていないかを遠目で見る為にも機能していたそうだ。
今となっては便利な術や特技が有るし、エルフ達も全然喧嘩しないので、もっぱら王宮の人達の気分転換の場所としてしか使われていないらしいのだが……そんな歴史ある建物が残っているなんて、本当に凄いな。
数万年のシロモノかもしれないのに、風化しないってどんな技術なんだよ。
色々おかしい所は有るけど、まあこの異世界じゃ今更だよな……。
「それで……その展望台ってのは王宮のどこらへんにあるの?」
つまらなそうな顔で腕を頭の後ろにやりながら、ブラックが問う。
もう何度目かの王宮の廊下は相変わらず荘厳で美しかったが、ブラック達オッサンは微塵も興味がないようだ。
そんな二人にも、エーリカさんはツンケンした態度など一度も取らずに答える。
「展望台は、王宮の端っこ……つまり、島の末端にございます。普段は“迷宮”の術が掛けられているので外からは見えませんが、自立式の煉瓦塔であり、しかも十二階と言う大建築です。そのような建物、あまり地上ではみかけませんでしょう?」
「まあなくはないけど……かなり前の建造物と考えたら、凄い遺物ではあるな」
「ム……十二階は確かに凄い」
魔法で建築しちゃうクロウでも、やっぱり十二階は凄いと思うらしい。
各国にある国境の砦の事を考えると、俺としてはそう珍しいモノでも無いのではと思うのだが、こういうのはやっぱり歴史が古いというのがポイントなのだろうか。
そう言えば、東京の浅草には明治のころに“凌雲閣”という十二階建ての凄い建物が存在していたらしいな。アレは当時としては高層ビルレベルの建物で、スカイ○リー並に大人気だったと婆ちゃんが言っていた。
昔は色んな理由で軒が低い建物が多かったらしいし、きっと画期的だったんだろうなあ……。きっと建築技術だって当時の最先端だっただろうし。
エルフの国も空中に浮かぶ島ってことで色々制限も有るだろうから、そこを考えると彼らが今も“展望台”を大事にしているのは納得できる。
でも、使わなくなったから壊す……にならなかったのは、きっと神様が造ったからなんだろう。誰が造ったかってのも後々響いて来るなんて、世知辛い話だけどさ。
「ちなみに“展望台”は、遥か昔“凌天閣”と呼ばれていたそうですよ」
「ブッ」
なにその通天閣と凌雲閣を足して一文字ずつ取ったみたいな名前!
神様ほんと色々日本文化から持ってき過ぎじゃないのか!
どうせ日本から色々持って来るんなら、オスメスの区別なんてない平穏な世界を造って頂きたかったんですがね。エロゲでもねえよこんな世界!
「うふふ、ナトラ様も名前を聞いてそんな風に笑いを堪えていらしたそうですわ」
「え」
「私はその頃まだ子供でしたので伝え聞きですが、ナトラ様が降臨なさった際、彼女も同じように凌天閣の説明を聞いて、笑いをこらえていらしたそうですよ。そのお姿私も拝見したかったです。きっと可愛らしかったに違いないですぅ……」
エーリカさんがうっとりしながら言う。
だけど俺は別の部分に強烈な違和感を覚えて、思考が完全に停止していた。
……ナトラも、凌天閣の名前を聞いて噴き出したって?
なにそれ。どういうこと。
ナトラってこの世界の神様じゃないの?
いや、でも、不思議じゃないのか。異世界を知ってる神様だもんな。俺達の世界の事を知っていても不思議じゃない。不思議じゃ、ないんだが……。
「ツカサ君?」
だけど凌雲閣の名前で噴き出したとしたら、その名前を付けたのも彼らエルフを造ったのも彼女じゃないって事にならないか。
そもそも、俺達が知っているこの世界の神様って、どのくらいいるんだ。
エルフを造った神とナトラという神が別の存在だとしたら、一体だれがこの空の島を創造したのだろう。いや、そもそも……エルフ神族の言う“異世界を知っている神”って、誰の事を指していたんだ?
今まで俺は漠然と「神様=異世界を知っている」ということしか考えなかったが、今知っている五柱の神全てが異世界のことを知っていて、それぞれ別に動いていたとしたら、なんだか妙な事になる。
この世界の神様って……そもそも、なんで異世界の事を知ってるんだ?
それに、なんで同時に姿を現さないんだろう……。
「…………変だよな……」
エルフの話では、ナトラは間違いなくオーデル皇国の前身である【真紅の帝国】の時代に存在していて、降臨までしてモンスターの大氾濫を止めようとした。
その後、オーデル皇国の言い伝えでは混沌の神であるリンが降臨したという。
……じゃあ、ナトラが戦争に関わるまで他の神は何をしていたんだろう?
静観していた? 武力の神は何もしてなかったのか?
文明の神は自分が作った文明を潰す黒曜の使者を消滅させようとしたのに、魔物が世界を蹂躙する事には何も思わなかったんだろうか。
それに、名前だけ出て未だに情報も無い創世の神というのも、謎だらけだ。
どうして沢山の神がいるのに、一度に出て来なかったんだろう……。
「ツカサ君。ツカサ君ったらー! ほら、昇降機乗るよ?」
「えっ! えっ、えあ? うおお目の前に木製エレベーター!?」
「ツカサ大丈夫か」
いつの間にか真正面に出現していた、歯車が沢山組み込まれている木製昇降機に、思わず慄いてしまう。何だかよく分からんが、凌天閣に到着してしまったらしい。
ううむ……神様の事はひとまず置いておくか……。
そういうのも、今閲覧できるように交渉している【七つの神の書】を見れば判るかもしれないんだし……。と、とにかく今日は気分転換が大事だからな!
アイスローズさんもコーラルさんも、軟禁状態の俺達のためにココを教えてくれたんだから、愉しまなければ二人に申し訳ない!
「よ、よし、大丈夫。行こう」
四人分の体重にぎしりぎしりと音が鳴るのが恐ろしかったが、木製のエレベーターはレバーを下に降ろすと思った以上にスムーズに上昇を始めた。
床と骨組みだけの箱は、下部や上部で歯車が忙しなく回っているが、この構造だけでもかなり高度でめんどくさそうな感じがする。動力が何なのかは分からないけど、エルフの国もやっぱり技術は凄そうだな……。
そんなことを思いながら、煉瓦の壁が一気に下へと流れて行く様をぼーっと眺めていると……がこん、と大きな音がして昇降機が唐突に止まった。
「うごおっ」
「つ、ツカサ君危ないってばっ」
思わずつんのめりそうになったのを、ブラックが何とか抱きとめてくれた。
「う、うおぉ……ありがと……」
「ツカサ君ホントに大丈夫……? 熱とかないよね」
「熱……はっ、もしかしたら知恵熱が出ているのかも知れない……!」
「そこまで難しい話などあったか?」
キイッ、クロウちゃんうるさいよ!
こんにゃろ、遠慮がなくなったら言うようになりやがって。まあ気安い感じだし別に良いんだけどさ。……って、そういやクロウとの事もこれから話さなきゃいけないんだっけか……ああ、そう思うとまた熱が上がりそうだ……。
「お熱があるなら、外の風に当たるのはおやめになった方がよろしいですわ。展望台は術も特技も及ばない場所ですから、外は雪の中のように冷たいのです」
「じゃあ……このまま降りる?」
ちょっと残念そうなブラック。
なんだ、案外お前も外の景色を見て見たかったのか。
「俺はこのフロアで待ってるから、先に二人で確認してきなよ。どうせ二三日は絶対ここに居る事になるんだろうし、体調万全になったらまた見に来ればいいんだから」
「左様でございますね! 展望台には何も制限はありませんから、仰って頂ければ私がいつでもお連れ致します!」
本当に風邪を引いていたら困るので、俺が遠慮しながらブラックとクロウに言うと、エーリカさんも援護射撃をしてくれた。
そんなこっちの態度にブラックとクロウはなんだか残念そうな顔をしたが、やはり好奇心には勝てなかったのか、エーリカさんに連れられて昇降機の真正面にある重厚な扉を開いて外へと出て行ってしまった。
まあ、なんだかんだブラック達も子供っぽいからな。
外から「うわー!」とか「おぉ」とか聞こえるけど、一体何を見てるんだろうか。
「…………きになる……」
でも、もし熱が有ったんなら寒い所に行くのはイカンだろうし、ブラックもクロウも俺を気遣ってくれてたのに、送り出したのは俺なんだし……。
「……先に下に降りてようかな……」
なんだか疎外感。
いや、俺が行けって言ったんだから当然なんだけどね。
でも……前はこんな風にすぐ寂しくなる事なんてなかったんだけどなあ。
……つい先日まで色々あったし、それ紆余曲折あってやっと元鞘に収まったもんだから、また離れ離れになったらいやだなーとか思ってんのかな、俺。
そりゃまあ……ブラックと離れ離れになるのはもう嫌だし、クロウとだって今までみたいに仲良くしたり、じゃれあったりしたいし……その二人と離れて、自分だけが楽しんでないというのは、まあ、寂しいと思っても…………。
「……い、いかんいかん。何を考えてるんだ俺は。乙女か」
好きな人……ぐっ……す、好きな人ってそう言う意味じゃないけど、その、好きな人と離れ離れになったらなんか寂しいじゃん。そんだけ、そんだけだから!
別に俺がブラックとクロウの事好き過ぎるとかそういう訳じゃないから!!
「う、ううう……自分に寒気がして来た……やっぱ下に降りよう……」
別荘に帰ったら温かい麦茶でも淹れて啜ろう。
そんな事を思いながら、ふと何気なく昇降機の隙間から見える遠い地面を見る。
と……――――
「…………ん?」
十二階から下を見ると、地上の光景は思ったより小さく見える。
その、塔の最下層のフロア。ちょうど昇降機が降りる場所に、何か赤い物が見えているような気がするのだが。
「……?」
目を擦って、もう一度見る。
だが、そこには赤いものなど何も無かった。あれ……おかしいな……。
でも赤い物って何だろう。赤い……赤……も、もしかして血……!?
「ヒッ……! いっ、いやあれだ、気のせいだ、気のせいだよな!! ここここんな赤茶けた所だから、めっ、目が錯覚を起こして、赤い物が見えたんだ……」
それに俺は今熱っぽい。ぼーっとしてたから幻覚を見たのだろう。
これは危ない。こんな高い場所に居たら俺が赤い物を作る事になってしまう。
死にはしないらしいが、それでも俺の体は痛みを感じるのだ。幻覚が見えるくらいにボケてるんなら、うっかり足を滑らせて転落なんてことも有り得てしまうだろう。
もうこれはいかん。さっさと下に降りてブラック達を待っていよう。
そう思い、俺は四つん這いでへろへろになりながら昇降機に乗りこむと、一階へと戻るレバーをがちゃこんと下ろしたのだった。
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