異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編

  例え血を分けたとしても2

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 神に愛され、最高の美貌と聡明で平穏な頭脳、そして不老の姿を与えられた種族。

 エルフという真名を与えられた麗しい人々は、創成主である神に「人族の地を監視せよ」と命じられ、数千年の間、地上に広がる大陸を監視して来た。

 だが、その役割は年を追うごとに一握りの物だけに許されるようになり、神の手により生まれた“真祖しんそ”達の腹から出でる多くの子孫たちは、この空を浮遊する島の中何不自由なく平穏な暮らしをし、天に召される日を待つ緩やかな生活を送るようになった。それはひとえに真祖のエルフ達が、子孫たる者達に重責を背負わせたくなかったが故である。

 そのため、次第に真祖の家系及びその家系に仕える者達のみが“観測台”につどい――地上に明確な国が出来るようになった頃には、その“観測台”は神によって姿を変え【王宮】となり、真祖の名を継ぐ三つの家系から代々の王が選出される事となった。

 人族の世界では奇妙な事に見えるかもしれないが、争いを好むこと無く何事も平穏に済ませて来たエルフ神族は、その事に不満を覚えるものなどいない。
 神がそう定めたのであれば、誰もが疑うことなく従う。

 その王族を輩出する家系に指定された三家のうちの一つが、エメロード女王陛下と彼女の妹であるシアンが生まれたオブ・セル・ウァンティアである。

 オブ・セル・ウァンティアは、三家の中で最も術にひいでている家系だった。
 “特技”というにはあまりにも超常的な能力を備え、それに加えて聡明。エルフ達の中では王族の中の王族として尊ばれ、その家から出て名を変えたエルフすらも、敬われる存在として子孫の民達に慕われていた。

 無論、エメロードとシアンも例外ではなかった。
 エルフ達は例外なく美形であるが、姉妹の美貌は当時では群を抜いており、王宮の者達は「これは神に愛された姉妹だ。きっと次の王はどちらかになるに違いない」と国中を上げて祝福したという。

 この国では、より美しい者は必ず素晴らしい特技を授かる。
 そこに筋力や精神力などは関係なく、神が愛した容貌が更に美しく極まる事こそが、神族の中での力の証明とされていた。
 エメロードとシアンも、王に相応しい素晴らしい“特技”を発現する事を期待されていたのである。

 当初、彼らは日々幼さを失わずに美しくなっていくエメロードを王の器であると思い、あまり自己主張をしなかったシアンを高官になる子として、別々の教育を施していた。神が好む美しさに近ければ近いほど、この国では尊い。
 ゆえに、王宮の者達は全てエメロードこそが王たる器だと確信していたのである。

 実際、エメロードは非の打ち所のない娘で、博愛を尊ぶその心は神族の中でも最も美しいとされ誰もが王の器であると認めていた。
 聡明ではあるが口数が少なく引っ込み思案な妹のシアンとも仲が良く、エメロードが王位に就きシアンがその補佐を務めれば、数千年の安泰が生まれるのだと大人達は信じて疑わなかったのである。

 しかしそれも――――シアンがある“特技”を発現させたことで、急転回した。

 “特技”が発現するきざしすらないエメロードよりも先にシアンは目覚め、そして……未だかつて誰も得た事のない“予知”という特技を、その場で披露した。

 ――――それからだ。王宮の空気が変化したのは。

 誰もが、エメロードこそが時期女王とうそぶきながらも心に迷いを抱き始めていた。
 この数千年の歴史において、完全なる“予知”を発現したエルフなど一人もいない。それを、シアンが覆した。考えてみれば彼女もまた美しく聡明であり、姉であるエメロードとは違って老獪な枢候院すうこういんの者達と渡り合えるほどの知恵を付けていた。
 その魅力は、エメロードとは全く違う物だったのである。
 だからこそ、周囲の物は大いに悩んだ。

 エメロードが感情面で人を引くことが得意なら、シアンは理性と知恵をって人を引くことに長けている。ならば、王として必要な資質とはどちらであろうか。

 王宮は深く悩んだ。五十年の間悩み続けた。
 エルフは争いを嫌う。身内同士で喧嘩する事など野蛮だと考えて生きて来た。そのため、彼女達を争わせる事も出来ず、女王を決めようとする全ての者がどちらを王にえるべきかという結論が出せなかったのである。
 どちらの娘も平等に“尊い存在である”と認めていたが故に。

 だがその間に姉と妹は周囲の空気に押され、次第に疎遠になっていた。
 王宮のみならず島全土に伝わるほどの姉妹仲だったエメロードとシアンは、己の家の中ですらも顔を合わせる事が少なくなり、会話もなくなってしまった。
 既に婚姻も行える年齢になっていた彼女達からすれば、周囲の大人の変化を敏感に感じ取って、どう相手に接して良いのか解らなくなっていたのであろう。

 その状態が何十年続くだろうか、と考えたのだろうか。
 あれほど引っ込み思案なシアンが、その時一言だけ親に願ったという。
 「私はお嫁に行きたいです」と。

 シアンは最年少で枢候院の高官見習いとなり働いていたが、彼女はその名誉ある地位を捨てて王宮を去ってしまったのである。
 これにより最早百年以上続くのではと言われていた議論は終結し、エメロードが王の座に就く事になった。それで全てが収まるはずだったのだ。

 だが、事はそう簡単には行かなかった。

 エメロードが女王として冠を頂き、シアンが母親として子供を産み育てて長い年月が経った頃。地上で再び戦乱が巻き起こった。
 かつて白の国であった【真紅の帝国】が他国への進攻を開始した事により、各地の眠れるモンスターが目覚めて未曽有の大氾濫が始まったのだ。それを天から見守っていた慈愛の神たるナトラは、大いに嘆き悲しんだ。

 神族と同じく平和と愛を尊ぶ女神ナトラにとって、地上の諍いは心が軋むほど辛い事だったのであろう。その嘆きに応え、エルフも戦いに加勢する事となった。
 もとより神族たるエルフは神の意思に従うもの。戦いを収めるために武力を示せと言われれば、喜んでその身を差し出した。そうすることが、神族の誇りだからだ。

 その時に、シアンの息子の内の一人が地上へ下りた。
 彼はシアンの三人の息子の中でも一番聡明で、もしエメロードがいなければ彼が王となっていただろうと言われるような、特技も力も申し分ない美しい青年だった。

 しかし彼は戦いの中で命を失い――――
 そのことで、シアンは再び枢候院の高官として王宮に上がる事となった。




「……その頃には、母と姉上の絆はあまりにも遠く離れてしまっていました」

 そこまで話し、アイスローズさんは蜜珠のお茶を一口飲んだ。
 あまりにも時間の流れが違うその話に、俺達はただ耳を傾けることしか出来ない。だがそれでもアイスローズさんは根気よく話を続けてくれた。

「母は何も語ってはくれませんが、姉上が母の才覚を妬み、己の平凡さを恨んだが故に絆が離れたことは明確です。それに、彼女は……母の息子を…………私の兄のことを、密かに思っていました」
「え……」

 それって……近親相姦とかって奴じゃないの……?
 でも、アイスローズさんが対して気にしてないって事は普通の事なのかな。

「なのに、母は兄の思いを引き留める事が出来ず、送り出してしまった。その事すらも恨んでいたのでしょう。それに……」

 俺が妙な所に引っかかっているのを余所に、アイスローズさんはちらりとブラックの方を見やった。

「貴方がたグリモアをこの王宮にお連れした時、我々の所有していた【碧水へきすいの書】は母を選び、貴方がたは母を地上へと連れて行くことになった。最早、こうなれば……溝は決定的になったも同然でしょう」
「……女王陛下からしてみれば、何もかもを水麗候が奪い得たように見える訳か」

 クロウの言葉に、アイスローズさんは沈痛な面持ちで頷く。
 そうとは言いたくない様子だったけど、それでも肯定しなければならないほど……シアンさんとエメロードさんの姉妹仲は、決定的にこじれてしまったのだろう。

「母は、姉上が得られなかった物を全て持っています。それが、姉上をあのような心に駆り立てるのでしょう。……ですが、どうか姉上を恨まないでやって下さい。彼女もまた、運命に抗えなかった身……優しい棘に包まれれば、人は動けません」
「優しい、棘……」

 一見、相反する言葉だと思う。だけど……エメロードさんとシアンさんは、まさにそういう物に雁字搦がんじがらめにされていたのかも知れない。
 生まれた時から地位を決められ教育を受けて来た二人が、一方は期待され過ぎて心が病み、一方は期待されずに心を痛めた。それだけじゃなく、周囲が急に真逆の事をしだして、それで今まで保って来た関係が崩れたせいでシアンさんは家を去らざるを得なくなったんだ。きっとシアンさんは、これ以上エメロードさんと不仲になりたくなかったんだろう。

 だけど、結局はそれも上手くいかなかった。女王と高官になっても、変わらない。それどころか、今度は二人の立場が逆転して……高い地位にありながら、エメロードさんはただ失っていくだけになってしまった。
 
「…………」

 だからと言って、エメロードさんがやったことが正当だとは言えない。
 シアンさんに対しての徹底的な攻撃は、笑って許せることでは無かった。
 だけど、それを糾弾したってエメロードさんの心は更に深く沈んでいくだけで、きっとシアンさんに対しての憎しみも消える事は無いだろう。

 糾弾するだけで終われば、彼女はまた「自分は失っただけだ」と嘆く事になる。
 独りよがりな感情であっても、それに囚われてしまえば動けない。
 何が悪かったかすらも解らなくなってしまうんだ。

 そんな相手を言い負かす事は簡単だろう。でも……それで良いワケが無い。
 エメロードさんだって、足掻いて来たはずだ。その努力は全て無駄で、結局お前は妹には敵わなかったのだと突き付けられたら……そんなの、辛すぎる。
 少なくとも俺には、彼女を真っ向から糾弾なんて出来なかった。

 …………どうしよう……エメロードさんからどうにか情報を掠め取ってやろうと思っただけなのに、どうしてこんな……躊躇ためらうような話を聞いちゃったんだ。
 いや、これは彼女を知るために必要な話だった。それは解っている。
 だけど…………

「どうして何もかもが……悪い方向に転がってしまったんでしょうか……」

 思わず、そう言ってしまった。
 ……だって、辛すぎるよこんなの。

 シアンさんは、今もずっとエメロードさんが好きだ。けれど、嫌われていると確信して、ずっと口を閉じている。
 エメロードさんだって、昔はシアンさんと仲が良かったんだから……本当は、実の妹を憎みたくなんて無いはずだ。そうに決まっている。そうでもなければ、ラセットが恋をするはずがない。人が慕うはずがない。今も女王で居るはずがないんだ。

 彼女だって、人を慈しむ。その心を持っている。
 シアンさんは今でもそんなエメロードさんの事を信じている。
 ただ、線が途切れているだけなんだ。それなのに……。

「…………本当に、母が言った通りの人なんですね」
「え……」

 声が自分の方に向いた気がして思わず顔を上げると、アイスローズさんは綺麗な顔で優しく微笑んだ。

「……みなさん、少し……外を歩きませんか? 私が許可を貰ってきますので、街に出ましょう。案内しますよ。母の大事な仲間に、私の子供達も紹介したいですしね」

 気遣ってくれているんだと、はっきり分かった。
 今俺が心を痛めた話は、アイスローズさんにとっては何十倍も辛い話だろう。自分の母親とその姉がたどった道を知り、そして今も修復できない膿んだ傷を持っている事を知っているんだ。
 そしてその最悪な関係になってしまった二人は、今もすぐそばにいる。

 ……俺なら、逃げ出したくなるかもしれない。
 自分の親の暗い話なんて、子供なら誰もが聞きたくないと思うだろう。
 なのに、それを知って、俺達に話してくれて、その上励ましてくれるなんて。

「……アイスローズさんは、お母さんに似て優しいんですね」

 思わずそう言うと、彼は少し驚いたように目を丸くしたが――心底嬉しそうに、頬を仄かに赤らめて満面の微笑みを見せてくれた。












 
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