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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
10.情報を得るためには努力が必要1
しおりを挟む仮に人から聞き込みを行うとして、自分に「聞き込みを行えるだけの地位と威厳」が無いのであれば、その対象を十分に調査して対策を行うしかない。
簡単に言うと、相手のご機嫌を伺いつつ、不快にさせないようになるべく低姿勢で話を聞けという事だ。刑事ドラマやなんかで高圧的な聞き込みが出来るのは、刑事という職業についているからであって、俺がそんな事をしたら話が余計にこじれるだけで良い事なんて何も無い。
それに、俺が今から話し掛けようとしている人達は、人族を悪気なくナチュラルに見下しているエルフ神族の方々だ。そんな人達に高圧的な態度なんて見せつけたら、話しすらしてくれなくなるだろう。
犬嫌いなのに、犬に吠えられても近付こうとする……なんて人いないもんな。
そんなことするなんて芸人かよ。芸人魂強すぎだよ。
だから、俺は今、新たな協力者であるエーリカさんに王宮の人達に関しての情報を教えて貰っているのである。……が。
「そもそもの話、ツカサ君は上から目線にしても子供が背伸びしてるようにしか見えないけどねえ。うーん可愛い」
うるさいクソ中年。お前らが身長高すぎるだけで俺は立派な十七歳だ。
つーかせっかくエーリカさんと話してるのに、横から口を挟んで来るんじゃない!
お前らは大人しく麦茶を啜ってろ!
……ゴホン。ええと。
それで、エーリカさんが話してくれたところによると、今現在王宮には三つの派閥があって、それぞれ「女王派」「枢候院派」「灰色」とこれまた解りやすく分かれているらしい。枢候院はシアンさんが“長”として取り仕切っている実質的な中枢だな。
どこでもそういう図式は有るものだが、この王宮ではちょっと事情が違っていた。
なんでも、派閥は存在するがそれで何か軋轢が怒るワケでも無く、むしろ目立った衝突が起こらないからこそ、王宮の現在の状況はかなり憂鬱なものになってしまっているらしい。それも全て、この国のすべての国民が「血族」だからだった。
「つまり……身内には甘いって事か?」
食卓にだらっと肘をつきながらブラックが言うのに、エーリカさんは困ったように眉根を寄せて眼鏡を軽く上げ直す。
「お恥ずかしい話ですが、端的に言ってしまえばそうです。誰かしらどこかで繋がっていて、別派閥だが数代前にはお互いの血族が結婚している……などという関わりがある者も多いのです。それに加えて、身内には甘いと言う国民性なので……何か議論をするにしろ、どうもお互い強く出られず議論にならないといいますか……」
「なんだそれは。親しき仲にも礼儀ありとは言うが、礼儀と甘いのとは違うぞ」
何だか怒っているクロウに、エーリカさんは深く頷く。
「仰る通りです。ですが、元々神族は争いを好まない平穏な種族……下地に住んでいる人族の方々のように、真っ向から鍔迫り合いを行う事は恥と考えるのです。人を傷付けて行う議論なんて、みっともないし品性が下劣でしょう?」
とか言いつつエーリカさんはクロウをじっと見つめるが、それは遠回しに獣人を貶っているのだろうか。そう言えば獣人は力で白黒つけるもんな……まあ友愛主義の神族から見れば俺達はなんともしょうもない存在に見えるのかも知れない。
でも、仕方ないよな。人間嫌いなものは嫌いなんだし、何の因果かそれを排除するためにパワーを使うって本能すら持ってるんだから、衝突は避けられないだろう。
俺だって相手が優しく諭してくれるなら従いたいけど、そんな人ばっかりじゃないし、どうしたって高圧的になってしまう人だっている。誰もが大人しく話を聞く訳では無い。だから「力尽く」なんて野蛮な解決法が人間には備わっているんだと思う。
そんな存在と友愛の心で平穏に話し合うなんて現実に不可能だ。こっちが優しい心で接したとしても、それは相手を図に乗らせる事になる可能性もあるんだから。
仮に話し合いが成功するとすれば、それは相手がこちらの話を聞こうと言う気持ちが有る時か……もしくは、こちらの話術で相手を飲み込んだ時だけ。
完全な融和による話し合いなんて、普通は有り得ない。お互いに譲り合う事で渋々合意する事ばっかりじゃないか。結局どっちかがスッキリしない事になる。
詰まる所、話し合いの決着なんて、相手がこちらの話に1ミリでも傾いている場合じゃないと、成功なんてしないんだ。それはもう「敵対」じゃないと俺は思う。
こっちを完全に敵視したり見下していたら、和解や議論なんて無理だよ無理。
女子にリンチに遭った俺が言うんだから間違いない。
ブラックだって怒ってたら人の話なんて聞いてくれないし、俺だって……そういう時も有るんだから、そんなことないぞ! とは言い切れないんだよなあ。
それに、神族は完全に無意識で人族を見下しているから、思想を全とっかえしないとムリだろう。そう言う意味では人ってのは本当に難しい。
俺達みたいに争わない神族の人達だって、身内に甘いせいで「敵対」が出来ず強く言い出せないんだしね。
だから逆に「話し合い」が進まないんだ。
仲が良過ぎても駄目。かと言って、仲が悪すぎて完全に敵対しても駄目。
頭の作りがかけ離れていてもダメ。
……うん。まあ、俺はアホなので相手の言ってる事なんて十分の一も解らない時も有るし、簡単に丸め込まれたりもするからな。それってもう議論じゃないし。
それはもうただの「意見を布教する場」だ。それもダメなんだよ、多分。
うーん……本当に難しいな、人と人が言葉だけでぶつかるのって。
もう面倒臭いから獣人式の「拳で解決」というのじゃ駄目なんだろうか。駄目なんだろうな。俺痛いのも嫌だしな。まったくままならない。
「優しいだけじゃ発展しない事も有るんですね」
「その結果が、この数千年の停滞だ……と、バリーウッド様は仰っておられました」
「バリーウッド?」
「枢候院の中でも“真祖”と呼ばれる最長老です。元々はバリーウッド様が実質的な統治者で在らせられたのですが、同じ“真祖”の一族であるオブ・セル・ウァンティアの一族からシアン様が院にお上がりになられて、右腕として研鑽を積まれてからは、立場を逆転してバリーウッド様がシアン様の右腕としてご公務をなさっておられます。古老と呼ばれる方々の中で最も民に愛されているお方なのですよ」
という事は……シアンさんのお師匠様……みたいな人なのかな?
階段で並んでいる人達の中にはそれっぽい人が居なかったようだけど……。
「あの、枢候院の人達は今日のお出迎えには来てなかったんですか?」
「ええ。女王陛下をお迎えするのは、基本的に女王陛下をお世話するものだけです。枢候院は職務を最優先にしておりますので、公務を終えた時の御帰りでなければ、基本は管轄する区域でお仕事をなさっています」
なるほど、今回は完全にプライベートだったもんな。
となると……少なくともエメロードさん支持派ってわけじゃないんだよな?
シアンさんのお師匠様だし、色々と教えてくれるかな。
「あの、エーリカさん……バリーウッドさんとお話する事って出来ます……?」
「うーん……お忙しい方ですので、私からは何とも言えませんね……宜しければこれから使いを出してお伺いしてみますが……」
「ほ、ほんとですか!? お願いします!」
さすが味方になってくれるエルフさんっ。
思わず顔を明るくして感謝していると、彼女は急に手を伸ばして掌を上に向けた。
「ドラス=ティ=リオスの血の名のもとに命ず、我が盟約の獣よ今ここに……」
エーリカさんが家名を名乗り詠唱をすると――――なんと、掌の上に光球が現れ、それが形を成して白いカラスの姿になったではないか。
どういう事だと三人で目を丸くしていると、エーリカさんはニッコリと微笑んだ。
「これは私の家の“特技”で、伝言を誰よりも早く相手に伝える事が出来ますの。相手が忙しくなければ、すぐにでも返事が参りますわ」
そう言いながら、エーリカさんはしばし綺麗な白いカラスを見つめて空へ離す。
すると、カラスはとてもカラスとは思えないような綺麗な声で一啼きして、いつの間にか開け放たれていた窓から外へ飛び出して行ってしまった。
わざわざ窓が空いている所から出て行ったって事は……実体が有るのかな?
「恐らく返事は夜中か明け方になると思うので……それまで、お茶でも飲んでお待ち下さい。ああ、食後の水菓子はいかがですか? 果実もとても美味しいですよ」
今持ってまいりますね、と食堂を出て行ったエーリカさんを目で見送りながら、俺達は溜めこんでいた息を吐いた。
これは緊張感とかそう言うのではなく、ただ単に長く会話していて疲れたからだ。
「とりあえず……足がかりは出来たかな……?」
「まだ何の情報を得られるのかどうかも解らんがな」
力とかが半減しているせいか、クロウはいつもよりダウナーな感じだ。
やさぐれ熊さんになってしまっているが、まあ言わんとする所は解る。今の状況は、本当に手探り状態って感じだからな。
「でも、とりあえず話してみて損はないんじゃないか? どこから手がかりが見つかるかも解らない訳だし……それに、エメロードさんがシアンさんを嫌っている詳しい理由が見つかれば、別の方向から解決できる可能性もあるしさ」
エメロードさんの提示した約束を正攻法で崩せないのなら、少しの邪道も必要だ。
それはブラックとクロウも解っているのだろうが、うんざりしたように顔を歪めていた。ああたぶん「面倒臭いなあ」とか思ってるんだろうなあ。
まあ……問題が解決したと思ったらまた問題だもんな……。俺も気が滅入るけど、でもここでへこたれている訳には行くまい。ここはガッツを見せなきゃな!
……とか気合入れてたらちょっとトイレ行きたくなってきた。
「俺ちょっとしょんべん」
「あ、じゃあ僕も行く」
おいおいブラックもかい。連れションする趣味は無いぞ俺は。
でもまあさっき麦茶ガブガブ飲んでたし仕方ないよな。
「クロウ、エーリカさんが戻ってきたら、トイレ行ったって言っといて」
「ウム」
テーブルに頬をべったりくっつけたまま、熊耳を「いってらっしゃい」とピコピコ動かすクロウにちょっとキュンとしたりしながらも、俺は早く戻って来ようと食堂を後にした。
→
※話を進めるのが先かスケベをさせるのが先か
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