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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
4.敵が入れない=簡単には脱出できない
しおりを挟む独特の足音を立てて黄土色の石畳を踏む緑の鱗馬は、開け放たれた高く伸びた門を越え、宮殿の中へと入る。遂に到着してしまったかと思いつつ宮殿の道の先を見て、俺はギョッとした。
なんでって、道が無いのだ。
目の前は蓮の花っぽいものが沢山咲いている広い池が有り、遥か向こう側に見える宮殿への道は何も無い。さては迂回するのかと思って左右を見たが、どちらも途中で行き止まりになっているようで宮殿には行けそうになかった。
だったらどうやって宮殿に行くのか。いや待て、もしかしたらこれは見えないだけで道があるってパターンじゃなかろうか。この国は俺の予想を超えるファンタジーな展開が巻き起こってるんだから、そのくらい出来ても不思議じゃないぞ。
ダンジョンにだってよくあるパターンだもんな!
某インディな考古学者の映画でだって見えない道ってのがあった訳だし!
きっとこういうのは古典だし、誰もが考え付く事なんだ。だから水の上に見えない道が有っても不思議じゃない、そうだと思わせてください。これでもし変な術とか使ってたら逃げ道がなさすぎる。万が一の時危ないってこれ。
しかし俺のささやかな願いも叶わず、馬車はそのまま池へと突っ込んでしまった。
「ああ……ああぁあ……い、池の上を走ってる……」
「仔竜馬は短時間なら水の上を駆ける事が出来るからな。それに、この池の水は特殊な水で、曜術師が操るのも難しい代物だ。池の四方もそれぞれ一里程度の距離があり、人が駆けるにも苦労する深さだから、侵入者はまず五体満足で宮殿には辿り着く事が出来ないようになっている。まさに守護の泉だ」
何故か鼻高々のラセットに、俺はゆるくツッコミを入れる。
「でも、敵が仔竜馬を飼っていたら、簡単に突破されちゃうんじゃ……。それに、仔竜馬と同じように水の上を移動できるモンスターや、空を飛べる獣を使役してる奴がいたらヤバくない?」
仔竜馬がどこに何頭存在するかは解らないけど、同じ子を持って来られたらこっちは守りを破られたも同然なんだから、凄くマズいはずだ。
これじゃ壁よりもセキュリティが甘いんじゃなかろうか。
しかし、そんな俺の問いにラセットは更にふんぞり返り「ちっちっ」と指を振る。
「ふふん、安心しろ。仔竜馬は滅多に見つからない、神龍にも近しい存在だ。それに、この神域では全ての魔物が力を失う。神の加護を受けた存在……つまり、私達の味方だけが近付く事が出来るのだ。神の加護を失い下民の犬と成り果てた馬など、加護から外れている。この泉に入った途端に沈むだろう」
「え……そ、そんな効果が……」
「なるほど、やけに怠いわけだ」
「え!?」
さらっととんでもない事を言うクロウに振り返るが、相手は相変わらずの無表情で、ほんの少しだけ首を捻っている。どうも冗談ではないらしい。
そ、そうか、クロウは獣人、つまり半分はモンスターだもんな……ということは、あの“本気モード”も封印されてしまっているって言う事なんだろうか。
だとすると、切り札がまた一つ減ってしまったな……いや、待てよ。クロウで駄目なら、ロクやペコリア達はどうなるんだ。
「あの、ラセット……もしかして、召喚珠とかも使えなかったりする?」
「モンスターに関連する物は概ね使い物にならんぞ。ここは神の加護が最も強く働く領域だからな。人族が使う召喚珠も、邪な気配が有れば無力化されるだろう」
「そ……そうなんだ……」
そんなあ、と言いそうになってしまった。危ねえ危ねえ。
という事は……ペコリア達はおろかロクショウにも会えないって事なのか。
くうっ、エメロードさんも元気になったし、シアンさんも一時的に釈放されてるんだから、一日くらいは思いっきり遊んだっていいよねって思ってたのに……。
ああもう、何故こう次から次へと厄介な問題が湧いて出るんだ。
いや、神の寵愛を受けるエルフ神族の郷なんだから、自分達の敵であるモンスターを退ける術が有って当然だけどさあ。
ロクショウ達を呼び出せないなんて俺のやる気が八割減なんですが。
いやまあまだ何させられるか解ってないから、今からやる気減とか言ってる場合じゃないんだけどね。
内心ガックリしながらそんな事を考えていると、水の上を滑るように走っていた馬車がゆっくりと減速を始めた。気が付けば宮殿はもう目の前だ。
真四角の大きなタイルが規則正しく並べられた階段前の小さな広場に、仔竜馬達は難なくカーブしつつ止まると、ぶるるると鼻息を漏らした。
そう言う所はディオメデの藍鉄とあんまり変わらないんだなあ。
「お前達はここで待て」
俺が考えている間にラセットが立ち上がり外に出て行く。何をするのかと思ったら、階段型の小さなタラップを持って来て出口の下に置いた。
その先には紅いカーペットが敷かれていて、その奥……宮殿に入るための入り口がある広い階段には、ずらっと美男美女が並んでいた。
あれは……宮殿の人達かな……?
「わたくしの後に下車して下さい」
そう言いながら、エメロードさんが先陣を切った。と、外からはわあっと声がして、様々な声がエメロードさんの帰還を喜ぶ言葉を口にしているのが聞こえた。
さすがは女王様で聖母様だ。あれはきっと彼女自身の地位だけでは無く、それだけ部下に慕われているという事なのだろう。
エメロードさんは暫くなにごとか話していたようだったが、それを黙って見ていると、ラセットが「降りてこい」と外からジェスチャーで指示してきた。
別段拒否する理由も無かったので、俺達は素直にタラップを降りる。
すると……その場にいたエルフ達が一瞬言葉を失って――それぞれにネガティブな表情をこちらへと向けて来た。
ああ、予想通りです。エルフは人間を見下してるんだもんな。
しかしこうも多種多様で真っ向からの見下しの視線を大量に送られると、さすがに俺もナイーブにならざるを得ない。エルフがそういう種族だってのは解っているけどやっぱり傷付くものは傷付くんだい。
まあ、クラスの女子からの殺意にも似た軽蔑の目よりはマシかもだけど……。
「この者達は、わたくしの客人です。例え人族であろうとも礼儀を欠く言動は許しません。神族として、恥じないで済むようなおもてなしをしなさい。良いですね」
エメロードさんが厳しい口調でそう言うと、部下らしきエルフ軍団は両手を胸の所で組むと、そのまま片膝を前に出すような仕草をしつつ軽くお辞儀をしてみせた。
これがこの国独特の敬礼のようなものなのだろうか。
「それと………くれぐれも、彼女に対して何かを言おうとしないように」
そう言いながら、エメロードさんはチラリとこちらを……いや、俺達の背後にいるシアンさんを見た。その顔は何処となく勝ち誇っているようにも思えて、俺は何だか悲しくなってしまった。自分でもよく分からないんだけど……なんか、今の笑顔だけは、例え美少女だろうとなんかヤだったんだ。
「では……エーリカ・ドラス=ティ=リオス、こちらへ」
「は、はい!」
名前らしき単語を呼ばれて慌てて出て来たのは、ピンク色の髪をした、そばかすが可愛い純朴っぽい眼鏡をかけた女の子。使用人っぽい地味で露出のない服を着ているから、もしかしたらメイドさんだろうか。
呼ばれて出て来た彼女に、エメロードさんは思いがけない事を言った。
「彼らをご案内して差し上げて。ではわたくし達はその間に、滞っていた事を片付けましょう。……貴女もいいわね? シアン」
そう言うと、背後でシアンさんが頷いたような布ずれの音が聞こえた。
もしかしなくても、シアンさんが俺達より前に出て、エメロードさんに近付く。その姿にザワついた周囲だったけど、エメロードさんが歩き始めると、それぞれが手を叩き口々にエメロードさんを持ち上げるような事ばっかり言い始めた。
俺達だって部下ならそうするかもしれないが……さっきの見下しマックスな視線の群れが忘れられない。なんかアレを見た後だと素直に凄いって言えないぞ。
「シアン、大丈夫なのか?」
憤っている俺を余所に、ブラックが心配するような声を出した。
すると、シアンさんは苦笑して肩を軽く上げて見せた。
「まあ、身内には甘いのが神族の特徴だから。私の方はなんとかなるでしょう。……だけど、ブラック、貴方は気を付けなさい。彼らは“貴方のこと”は知らないけれど、名前は知っているわ。それに、ツカサ君は、すぐ嫌がらせに引っかかるでしょうから……二人とも、くれぐれもツカサ君から目を離さないように」
「解ってるよ」
「おう」
おう、じゃないが。
いやシアンさんが俺を心配してくれているのは分かるが、何故に俺を子供扱いするんだ。やはり身長か、身長が足りないのか。それともトシか。いや違う絶対身長だ。ちくしょう長身だらけの異世界なんて大嫌いだぁ。
「ツカサ君……酷いことを言われるだろうけど、彼らは貴方達を知らないだけなの。だから……怒らないであげてね。……私もどうにかして後から会いに行くから」
心配だと言わんばかりの顔でそう言われると、頷く事しか出来ない。
なんたってお婆ちゃんを悲しませるような事は言えないからな。絶対にそうしないとは言えないが、努力はしなければ。そうでないと、シアンさんを悲しませるし。
シアンさんは今大変な立場なのに、それでも俺達を気遣ってくれてるんだから。
こうなりゃ……目的とか何とかは置いといて、早くエメロードさんの言う“襲撃した犯人”とやらの正体を掴んで、シアンさんの疑いを晴らさなくっちゃな。
任せて下さいと力強く頷いた俺に、シアンさんは安心したかのような微笑みを見せて、少し距離を置いてエメロードさんについて行った。
それにラセットも付いて行く。馬車もタラップを片付けて行ってしまった。
後に遺されたのは、俺達三人とピンク髪そばかす眼鏡っ子なメイドのエーリカさんだけである。しかしまあ、この子も確かにエルフな訳で……。
こんな純朴そうで可愛い美少女にまで見下されたら、俺相当へこむぞ。
痛みを分散させるために精神が二つ欲しい、などと変な事を思っている俺達に、エーリカさんは深い赤紫色のつぶらな瞳を向けて……にっこりと笑った。
「さ、参りましょう。皆様のお部屋はご用意してございます」
あれ、フレンドリー?
もしくは見下す対象ですらないと思われているんだろうか。なにそれ一番つらい。
エーリカさんの後について歩きながらも、なんだか悲しくなってしまって俺は一気に意気消沈してしまった。いや、なんつうかさ、エネさんが恋しいよ。
だってあの人は確かに俺達を見下しているけど、でも隠すことはせずに爆弾をぼんぼん投げてくるような正直な美女なんだ。何も飾らず、何も笑う事は無く。
……今思えば、エネさんはとても優しかったんだなあ。
人間ってのは、歪曲で心のない優しい態度よりも、率直に示してくれる態度にありがたさを感じる事も有るのである。
「…………」
それにしても、たわわな胸を持つメイドさんには辛そうな階段だ。最初に見た時もすげー長い階段だなと思ったけど、一体何段あるんだよ。
これだから神殿風の建物は嫌なんだと思うが、エーリカさんは文句ひとつ言わない。というか日常茶飯事なのか、すいすいと登っていた。
……そういや健全な方のメイドさんって、実はけっこう体力が必要なんだっけ。
もしかしたら、エーリカさんは冒険者並に鍛えていたりして……いやいや、そんな事を考えている場合ではない。
ヒイコラ言いながらも階段を上がって宮殿の中に入ると、そこはやはり「宮殿」という名に恥じない荘厳な装飾や天井絵がきっちり配置されており、どおかから入ってくる陽光にキラキラと輝いていた。
ううむ、やっぱこういう所は人族と変わりないんだな……。
どんどん奥へ奥へと突き進み中庭に面した外廊下を突っ切って、広い庭園のような場所に出る。そこからまた奥へと進むと、離れのような建物が見えた。
三階建てで、古いアパートみたいに外に廊下と階段が有るタイプの建物だ。
広さからして恐らく中にも階段などはあるのだろうが、しかし妙に開放的だな。
「あの建物は、通常ですと中天季に陛下が避暑に訪れる別荘になりますの。お掃除は月に二三度きっちり行っておりますのでご心配なさらず」
「あの、女王陛下の別荘って……そんな所に俺達が滞在して大丈夫なんですか」
どう考えても不敬というか、後で「どこ泊めてんねん」て怒られそうなんだが。
心配になって問いかけると、エーリカさんはにっこりと笑った。
「陛下のご命令は絶対ですので。下地とは少し勝手が違うかも知れませんが、私が責任をもってお世話させて頂きますので、分からない事が有ればその都度気軽に仰って下さいませ」
ううん、流石はメイドさんを志した人……俺みたいなのでも敬ってくれているな。
内心はどうであれ、彼女はきっときっちりお仕事をしてくれる人だ。
そう確信すると幾分か気が楽になって、俺は息を深く吐いたのだった。
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