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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
49.まことの姿は ※だいぶ遅れて申し訳ない…
しおりを挟む「私の事を気にするよりも、他の事に気を配った方が良いんじゃありませんか?」
分かっている。今は驚いている暇はないんだ。
だけど、俺の頭は混乱していて、何故と考えるだけで頭がいっぱいだった。
何故ここにモンスターがいる。何故ここにレッドがいる。何故ここに、ギアルギンまで現れたんだ。あいつらはこの場所を知ってたってのか。
でもどうやって。あのダンジョンの他に、ここに入る方法が有ったってのか。それともまさか国境の山から来る道を見つけて来たとか……?
そもそも何故こいつらがここに来る必要がある。ここが黒曜の使者が関係しているかも知れない遺跡だからか。それとも、何かほかに目的が有るのか。
だけどそれを問いかけても誰も答えてくれないだろう。
こいつらは現れた。それ以上の事実は無い。今あの二人がどうやって現れたのかを考えても時間の無駄なのだ。ギアルギンに従うのは嫌だし、背を向けるのだって言いなりになってるみたいで癪だけど……でも、何故か今ラスターとアドニスが動けなくなっている。もしかしたら、ブラックまでそうなるかもしれない。
クロウだって、今はラスターとアドニスを守るために、必死でトライデンスの気を逸らして戦ってくれているが、いつひざを折るか解らない状態だった。
だとしたら、俺達が一番先にやらなければいけない事は、あのトライデンスというモンスターを退治する事だ。相手は人間みたいに殺しを躊躇ってはくれない。こちらが弱ったと知れば一気に攻撃を仕掛けて来るだろう。
そうなれば、今のラスターとアドニスでは危ないかも知れない。
「クソッ……!!」
何が何だか分からないが、とにかく二人を助けなければ。
そう思って一歩足を踏み出そうとした、と、足がガクンと力を失った。
「――――ッ!?」
なんだ、これ。
どうして急に足の力が……。
「おやおや、以前見た事が有るのにもう忘れてしまったんですか」
ニヤニヤとした声が背後からぶつかってくる。
聞きたくないけど以前見た事が有るってなんだなんのことだコラァ!!
もしかして、この突然降って来た無数の水晶か。でも水晶なんて街を歩いていれば店に置いてあるを見るし普通の曜術師なら杖やアクセサリーとして自分の属性の色に染めた水晶をもっている。その形は様々で別に決まりはないし、降って来た水晶も小石みたいに荒削りな形で…………。
「…………」
無色の水晶、唐突に人が崩れ落ちる。
…………まてよ、それって……まさか……。
「っ、う……!」
身近にあった小さな水晶に目を向け、炎の曜気を纏った手を近付ける。
すると――――その赤い光が、吸い込まれるように消えた。
「黒籠石の水晶……!!」
そうか、だからラスターとアドニスが急に跪いたんだ。
この無数の水晶は全部黒籠石を加工したもの。原石の数倍の威力を持つ曜気を吸い込む魔性の鉱石だ。触れるだけで吸われる感覚を覚えるような凄まじい魔石なのに、もしこれが全部黒籠石の水晶だとしたら……。
「人族とはかくも脆弱なものなのに、グリモアに選ばれるほどの悍ましい悪徳を有すとは……本当に救えないゴミのような存在ですよねえ」
「うるっ、さい……ッ!」
「動けないのなら大人しくしていた方が良いですよ。私達は貴方を死なせるわけにはいかないんです。いくら貴方でも、瀕死になれば分かりませんからねえ」
ええいこの後ろでゴチャゴチャ言いやがって……ッ!
もういっそ飛び掛かってやろうかと思ったが、そんな場合では無い。とにかく何とかして移動しないと。……コイツ、多分俺達が上手く罠に引っかかったと思って喜んでいるんろう。だから、一番近くにいる俺に対しても何もしないんだ。
もし余裕が無いのなら、俺を人質にするか殺すか……とにかく何かしら一番近くにいる俺に対して行動を起こしているだろう。
それに……なんだか、今のギアルギンには妙な違和感が有って、怖いとかそういう感情が湧かない。本当なら、散々痛い事をされて怖いはずなのに。
でも今はその心地も好都合だ。このチャンスを逃す訳にはいかない。
ギアルギンは今まで見たどんな悪党よりも邪悪で、人が苦しむ様を見て満足そうに笑っているような奴だ。俺が無様に這いつくばっているのを見て喜んでいる所からして、今の状態にとても喜んでいるに違いない。
だとしたら……こいつは、俺があの時よりも能力を使いこなしている事に気付いていないはずだ。コイツの前では俺の創った口伝曜術は使ってないし……なにより、俺の回復力をギアルギンは見誤っている。
俺の自己治癒能力はあの時より強力になっているんだ、黒曜の使者の能力で曜気を巡らせれば、走る事ぐらいはきっと出来る。裏をかいてやれるんだ。
そのためには、チャンスを見つけないと。
俺の力なら、ラスターとアドニスに曜気を分けてやれる。俺の能力でトライデンスの動きを止められるかも知れない。だからこそ、最高のタイミングを見極めないと。
それまでは、無様に地を這いつくばってなんとかラスター達に近付くんだ。
「っ……ぐ……」
「ハハハ無様ですねえ黒曜の使者! 本当に貴方は見ていて気分が良い!!」
背後から声が聞こえる。
その声が近付いて来たと思うと同時、俺は脇腹を横から蹴り上げられて僅かに浮き上がり転がりながら地面に突っ伏した。
「い゛ッ、う゛……!」
「ほらほら、早くしないとお友達が死んでしまいますよ? あの獣人だって、いつまで持ちますかねえ?」
「う゛……ッ」
笑い声を含んだ言葉を吐き捨てながら、ギアルギンが俺の頭を踏みつける。
痛い、が、クロウに付けられた傷に比べれば些細なものだ。こんな事で泣き叫ぶ訳にはいかない。油断させた方が良いとは解っていても、相手に負けたと思われるのはどうしても我慢できなかった。
ちくしょう、すげー悔しいけど、這い蹲りながら動くしかないのか……?
「ツカサ!」
無様な格好でどうするか考えていると、クロウの声が聞こえた。
いや、これはブラックの声だったのか、なんだか声が複数にぶれていて誰が発したのか解らない。頭を踏みつけられたままではどこかを見ることも出来なくて、靴底でぐりぐりと靴底を擦りつけられ唸る事しか出来ない。
「おい、ギアルギン! やりすぎだそれは!」
「お前がそれを言うな!!」
ガキン、と音がする。レッドとブラックの声が聞こえたが、もしかして二人はこの状況の中でも平気で戦っているのか?
そんなばかな。俺ですら一瞬黒籠石に曜気を吸い取られて膝をついたってのに。
「おい熊公!! なにぼさっとしてんだそこの雑魚片づけてクズを殺せ!!」
ブラックが苛ついたようにクロウの事を呼ぶ。
物騒なことを言っているが、意味は解っている。その言葉に応えるように――鋭い咆哮が広場全体に響き渡った。
「ほう……神王の獣がやっと真の姿を見せるのですね」
「真の……姿……?!」
「あなたも見ますか?」
靴で上手く頭を動かされて、クロウの方へと俺の顔を向けさせる。
恐る恐るそっちの方を向くと……――
「え……」
巨大な怪物の目の前に立っているクロウの影が、異様に大きくなって……その体に金を散らした橙色の光が竜巻のようにうねり纏わりついている。
見た事のない光。あまりにも強く輝くその光を見て、思わず息を飲んだ。
そんな俺の目の前で、クロウは上体を曲げて無防備を曝す。だがトライデンスは光に怯えているのか、ただ茫然とその様を六つの目で見つめていた。
怪物からすれば小さな体。恐れるものであるはずのない相手に、怯えているのか。
何が起こるのか解らず、ただ見つめているその姿は、クロウの体……の、はず。
そのはずだったが……曲げたその体が、一瞬どくりと震えたかと思うと……一気に膨張して、金を孕んだ茶の体毛に覆われた。
全てが膨張し、手も、足も、体も角も人間の体では収められない程に膨れ上がっていく。その姿は、猛獣……いや、熊の姿へと変貌していく。だが、クロウは俺が今まで見て来た姿とは違う変化を見せていた。
獣の足と体が出来、金を散らした橙色の瞳が光を孕む。だがその手足の側面には反り返ったナイフのような爪が生えており、背中には鬣のように厳つい黒い棘のようなものが何本も突き出ている。まるで刃の鎧を着こんだような姿を見せていた。
……いつもの熊の姿とは、違う。
あれが本当のクロウの姿だって言うのか?
「なるほど、確かにモンスターそのものですねえ」
ギアルギンが面白そうに言うが、気に入らない。
クロウはモンスターじゃない。そりゃ、今はあんな獣っぽくない姿をしてるけど、でもアイツは自分が獣人である事に誇りを持っているんだ。それを知らないで、簡単に「モンスターのようだ」なんて言って欲しくない。
やっぱり嫌だ。こんな風に、こいつに蹂躙されてるのは……ッ。
「くっ……!」
「おやおや、待って下さいよ。お楽しみはこれからでしょう?」
「……ッ!?」
何を言いたいんだ。そう問いかけようとするが、クロウの鼓膜を震わせるような怒声に全てが掻き消される。いつもの熊の姿の倍以上の大きさになったクロウは、鋭い牙を剥きだしにして、トライデンスに突進した。
どん、と爆発音のような音を響かせ激突したクロウは、そのまま三つの首の一つを噛み切る。そのまま相手を押し倒して、もう一つの首に噛み付いたまま腕の刃で切り裂きトライデンスに次々と攻撃を与えた。
あまりにも一方的な攻撃は、まるで相手を蹂躙しているようだ。
だが、ギアルギンはその事に焦りすら感じず、ただクロウがやる事を観戦しているかのように眺めていた。
……あのモンスターは、ギアルギンが出したんじゃないのか?
黒籠石は間違いなくコイツの仕業なのに、モンスターだけは違うなんて事はあるのかな。でも、そうでもないと平然としている理由が解らない。
まるでこの事が想定内であるような余裕だけど…………まさか……。
「お、まえ……まさか、クロウをあの姿にするために……っ」
「おや、意外と聡いんですね。まあでもこんな解りやすい罠に引っかかるくらいなんですから、それもまぐれなんでしょうか。ふ、フハハ……本当に貴方は黒曜の使者らしくない、素直で愚かなただのヒトだ……とても良いですよ……」
何言ってんだ。それが何の関係が有るってんだ。
でも、クロウをあの姿にした意味も解らない。こいつら一体何が目的なんだ。
「クロウをあの姿にしてどうするつもりだ……!?」
「まあまあ、とにかく今は見守ってあげましょう。ほら、貴方の大事な眷属が、危険なモンスターを倒すようですよ」
その声に再びクロウの方を見やると、クロウは再び咆哮を響かせながら、最後の首を鋭い爪で掴み思いきり引き千切っていた。
あまりにも圧倒的な暴力。竜の姿に似たモンスターは普通のものよりも強いと言われているのに、クロウはそんな相手を簡単に引き千切って打ち負かしてしまった。
とても血だとは思えない紫や青の液体を撒き散らして絶命する相手にも、クロウはその美しい体毛を穢す事は無い。飛び散った物すべてが艶やかな毛並みを滑り落ちて、その姿は決して血に染まる事は無かった。
角と牙と爪、それに刃を持った、巨大な獣。
王と呼ばれても遜色のないその姿に、思わず息を飲む。
本当のクロウはこんなにも強いのだ。それを思うと何故か誇らしいような、心強いような興奮が沸き上がって来て、出来れば相手に駆け寄りたかった。だが。
「まあ、持った方ですかね。最後に好きに暴れられて、彼も満足でしょう」
――――最後に……好きに暴れられて……?
どういう事だとギアルギンを見上げると、相手はマントの奥から黒く光る宝石を取り出した。形は宝玉のように丸いが、中には様々な色の小さな光が閃いていて、その黒い宝玉自体も何故か輝いている。
黒い色だというのに、何故。
戸惑う俺の目の前で、ギアルギンは何か呪文のような言葉を呟き始めた。
「我が混沌の神よ、その御名を持って我は願い奉らん……今こそ交わした盟約を元に、その神意を示したまえ……――!!」
ギアルギンの言葉に、宝玉の中で閃いていた無数の光が強く輝き出す。
と、次の瞬間――――
「ウグッ……!!」
何故か、クロウが大きな声で唸り…………
その場で、地を揺らしながら地面に倒れ込んだ。
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