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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
48.偶然が連続で起こることはない
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何か嫌な予感がする。
道を戻る度にその予感が強くなって行って、心が急いた。
自分でも何でこんな事を思うのかよく分からないけど、でも、ブラック達が居て、その上なにか“妙なニオイ”がするとなれば、何か良くない事態が起こっていると考えても仕方がないだろう。つーかどう考えてもおかしい事になってるよな。
モンスターのニオイってんでもなく、妙なニオイなんだ。
何かが起こっているのは間違いない。だけど……それが何かが解らないんだよ。
ああ、戦闘とかそんな事になってなきゃ良いんだけど……。
「ツカサ、オレは元の姿に戻らなくていいか?」
「うん。クロウの力が必要になるかも知れないし、そのままで居てくれ」
本気モードのクロウなら、俺では対処できない問題もどうにかしてくれるかもしれない。なんてったって、ダンジョンの壁を崩すほどの凄いパワーだもんな。もしモンスターがいても、軽く捻ってくれたりとかしたりして……い、いや、俺も戦うぞ?!
その、俺はアレだ。後方支援型だからな!
と言う訳で、力持ちのクロウに頑張って貰おう。そう思い、親指を立てて「頼んだぞ」と示したのだが、何を思ったのかクロウは俺にすり寄って来た。
「ツカサ……好きだ……」
「ちょっ、な、なんで!? 今そんな事してる場合じゃないだろ!」
だーっ、懐くな!
何で急に抱きつこうとして来るんだよっ、やめろ!
「ツカサがオレの今の姿を必要だと言ってくれたから嬉しくなった……」
「んっ、わ、わかった、後で、後で甘えて良いから……! 今は早く戻ろうって!」
このままではブラック達の事をほっぽっとクロウがまた甘えて来かねない。
無表情なままで目をキラキラさせている様はキュンとしないでもないが、ここは俺がしっかりと気を引き締めないと。
クロウに毅然とした態度で「待て」と言う俺に、クロウは耳をぴこぴこと動かしたが解ってくれたようでゆっくり頷いてくれた。
うーんやっぱりクロウは聞き分けが良くてありがたい。
よし、一件落着したので先を急ごう。クロウと一緒に細いトンネルのような通路を駆け抜け、とにかくあの広場へ戻ろうと走る。
やがてトンネルの出口が見えてくる。俺を守るようにクロウが先行し、俺もその後に続いて脱出した。――――が。
「なっ……」
目の前に広がっていた光景を見た瞬間、息が止まった。
いや、正確に言うと一瞬何を見ているのか理解出来なくて、思考から何から全部が停止してしまったのだ。何故なら……自分の幻覚じゃないかと思うような事ばかりがそこには存在していたから。
「なんだこのモンスターは……!」
クロウが俺の前で驚いたように言う。
三つ首の巨大な赤いドラゴンが、首を自在に動かしながらそれぞれ色の違うビームのような物を吐き出している。その攻撃の先にはラスターとアドニスが居て、二人は謎のモンスターを相手に攻防を繰り広げていた。
どうやら戦い始めてすぐみたいで、二人とも消耗しているようには見えないけど、俺はもう一つの戦いに衝撃を受けて、何も口に出せなかった。
だって。俺の、目の前では……――
ブラックとレッドが剣をかち合わせて、戦っていたのだから。
「なん、で……」
何でブラックとレッドが戦ってるんだ。いや、レッドはどこから来た? どうしてここに居るんだ、何が起こってるんだ。一体どうしてこんな事に……。
「ツカサ、あの小僧がいるぞ。どうする、あいつから先に殺すか?」
「ころっ!? いやいや駄目だって! え、えっと、とにかくクロウはラスター達を手伝ってくれ、ブラックの方はヘタに手出ししない方が良いと思う」
俺達が気を逸らせばブラックに有利かもしれないが、ブラックが一対一でレッドと戦っているという事は、ラスター達に「手を出すな」とか言ってるはずだ。あいつらも余裕が無いわけじゃなさそうだし、だとしたら迂闊に援護するのは危険だろう。
それに、レッドは【紅炎のグリモア】だ。俺達が下手に動いてレッドを更に怒らせたらこのイスタ火山の曜気を使って何か大変な事をしでかすかもしれない。
普通の炎の曜術師には出来ない事でも、グリモアなら出来る。
だからこそ、考えなしに飛び出す事は出来なかった。
つーか、あのレッドが本物かどうかは俺にはまだ判断できないけど……でも、本物だったらと考えると、ブラックが何か言うまでは離れていた方が良い。
それより、まずはあの厄介そうな三つ首ドラゴンをどうにかしないと。
一対二とは言っても、相手は三つの首と三つの攻撃方法を持っている。ラスターとアドニスはグリモアだから、負けるという事は無いだろうが……しかしレッドと一緒にあのモンスターが居るってのがなんだか不安だ。
何故だか判らないが、嫌な予感がする。ここは機動力が高くて瞬発力が有る本気モードのクロウに手助けを頼んだ方が良いだろう。戦闘は長引くと不利だしな。
というわけで、俺はクロウに頼んでモンスターの方へと向かって貰った。
後は、俺だけど……どうしよう。レッドに気付かれたらヤバい気がする。
だけど、戦わないという選択肢は選びたくない。俺だって、パーティーの一員だ。仲間なんだ。俺だけ逃げ回ってるなんてどうしても我慢できない。
「でも……どうしよう……」
ブラックとレッドは、さきほどから何度も剣を打ち合わせている。
薙いで飛んで、離れたかと思ったら凄い速度で近付き、互いに首を狙うように剣を抉り込んでそれを阻止される。地面を擦る足音も、剣が火花を散らす時の鋭い音も、本当はあの巨大なモンスターの立てる音に掻き消されているはずなのに、彼らの決闘はあまりにも凄まじいのか、掻き消されるどころか広場に響いていた。
剣の動きが早過ぎて、目で追うのがやっとだ。
互いに手首を返し上手く相手の件を押し流したりしているが、しかし実力はかなり拮抗しているのか、決定打が出せない。
いや……実力が同等というよりは……レッドの気迫と力任せの動きに、ブラックが受け流しきれず結果的に打ち合いになっていると言うべきか。
何故かは分からないが、ブラックはいつものように身軽に動けないらしい。
あの猛獣のような柔軟な動きこそがブラックの持ち味なのに、それが封印されてしまっているってのはどういう事なんだろう。
まさか毒を盛られたとか……いやでもレッドがそんな事するかな……。
ああもう解らん!
考えていても仕方ない、とにかく俺に出来る事をしなければ。
ブラックとレッドの戦いは俺にはタッチ出来ない。とすると、俺もあのドラゴンっぽいモンスターの方へと向かうのが一番だろう。
攻めあぐねているのだとしたら、俺が三人に力を与える事が出来たらどうにかなるかも知れない。ブラックの方は、ブラックに任せよう。下手に俺が出て行っても、きっと足手まといにしかならないだろうからな。
そう思い、大きく迂回して二人を避けようとした……のだが。
「ツカサ……!!」
ヒッ。こ、この声まさか。
恐る恐る振り返ってみると――ブラックと剣で打ちあい動きながらこちらを見るレッドがそこに……って気付かれちまったじゃねーかあああ。
「ツカサ、なんだその格好は! さてはこいつらに何かを……ッ、この見下げ果てた外道がアァッ!!」
あああ、何か誤解されてる、レッドに誤解されてるううう!
違いますブラックは今回は何もしてません冤罪ですうううう!
「ハァッ!? 何言ってんだこのクズッ、いいからさっさと死ね……!!」
俺の方へと来ようとするレッドを、ブラックが横から阻止して距離を取らせる。
ありがたいけど、死ねって言うのはちょっと過激すぎでは……!
「ツカサ君、あっちの方に走って!」
「おっ!? ぅお、おう!」
やっぱりここは自分にまかせろという事だろう。
俺もレッドに捕まるのはイヤ……というか、支配されたら嫌なのでさっさと逃げる事にする。ブラックが心配だったけど、俺が心配してもどうしようもないもんな。
素直に従ってブラックとレッドから離れようとすると、レッドの声が背後から背中にぶつかって来る。
「待てツカサ! あのトライデンスは……ッ」
え。なに。トライデンスって、あのモンスターの事?
ていうか……もしかして、何かを教えようとしてくれているんだろうか。レッドは嫌いだけど、性根から腐ってる奴って訳じゃないもんな。それに……その……非常に遠慮したいが、どうもレッドは俺に気が有るみたいだし……。
でも、もしかしたら、俺を心配するがあまりモンスターの弱点とかを教えてくれるかもしれない。そう思って思わず立ち止まりブラック達の方を見た。刹那。
「なに……ッ、え…………!?」
何を言おうとしたのか、とブラック達を振り返ったと同時。
目の前に、なにか……きらりと光る無数の“何か”がバラバラと降り注いだ。
「なんだこれ……ッいたっ!?」
驚いていると、頭にごつんと何かが降って来て思わず手で押さえる。
何が当たったのかと地面を見ると、そこには……地面が透き通るほど透明で綺麗な結晶が転がっていた。よく見れば、広場全体に結晶が転がっている。
こんなに大量の結晶、どっから降って来たんだろう。
「ていうか、これ……天井から……?」
でも、天井には何も無かったはず。
思わず見上げたが、何もない。だが確実に――周囲は変化してしまっていた。
「ぐっ……!?」
「ぅ、ぐ……なん、ですか、これは……っ」
向こう側から苦しむ声が聞こえて、咄嗟に振り返る。
するとそこには、地面に膝をつき苦しそうに顔を歪めているラスターとアドニスが居た。まだトライデンスを倒してもいないのに、一体どうしたんだ。
まさか毒にでもやられたのかと近付こうとしたが。
「あまり動かない方が良いと思いますけどね。いくらグリモアでも、純度の高い黒籠石の結晶に囲まれるのは流石にお辛いでしょうし」
レッドでも、クロウでも、ブラックでも無い声がする。
この、声って…………まさか……。いや、そんな。でも……レッドがここにいるんなら、居ない訳が無いなんて言えない。
何故ならそいつは、レッドの雇い主なんだから。
「…………」
恐る恐る、声のした方を……振り返る。
俺達が出て来た、施設を隠す岩壁のあった方向。
そこには……漆黒のマントを羽織り顔の上半分を隠した奇妙な人物が立っていた。
「レッド様、あまり時間が有りませんよ。早めの決着をお願いします」
慇懃無礼なその声。忘れられる訳が無い。
その姿も、声も、俺にとっては忘れられない恐れすら感じるものだった。
「ギアルギン……っ」
思わずつぶやいた俺に、相手は口だけをニヤリと笑わせた。
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