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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
予測可能回避不可能2
しおりを挟む※都合によりブラック視点のみ
◆
白煙に包まれた道を、手探りで歩いて行く。
前方に壁は無いと解っているが故に迷いはないが、しかし歩き辛い。
どうしたものかと思いつつ歩いていると、煙が動く感覚がした。わずかに風が有るようで、周囲の白煙が引っ張られているようだ。出口は近いかも知れない。
ここまでずっと黙ったままで歩き続けていたブラック一行だったが、他の者達も風の動きに気付いたのか、背後から声がした。
「もうすぐ出口でしょうか」
この声は陰険眼鏡だ。
「なんとも面倒な道だな……ツカサは大丈夫だろうか……」
これは傲慢貴族。まるで自分がツカサを一番心配しているとでも言いたげだ。
何様のつもりだと蹴りを入れてやりたかったが、こんな場所で争っても仕方ない。
それだけ元気なら結構だと思い、ブラックは黙って先へと進んだ。と……前方から白煙を仄明るく照らす光が差し込んできた。どうやら出口らしい。
この煙が火山の何かしらによって引き起こされた物なら、【フレイム】で明かりを点けるのは危険だと思って今までやめていたが、やはり明かりが有るとぼんやりでも詳細が解っていい。幸いここには水が無いので反射現象で周囲が見えにくくなる事も無く、警戒をする必要はなかった。
こうなればさっさと出てしまおうと思い、速度を速めて通路から抜けると。
「――――?」
急に、視界が開けた。
「なんだ……? あの通路だけが煙に巻かれていたとでもいうのか?」
「しかし、妙ですね。何故この空間だけ煙が来ていないのでしょう」
背後から二つ分の足音が聞こえてくる。しかしそれに構う事無くブラックは周囲を見回した。どうやらここは幾つかの通路の中継地点らしく、自分が出て来た通路以外にも二三の穴倉が見えた。もしかしたらあのどれかがツカサ達の居る場所に繋がっているかも知れない。
やけに広い半円形の空間だが、中継地点以外に何か使い道が有るのだろうか。
ぱっと見は特に何も見当たらないが……。
「通路がいくつかありますが……別々に調べてみますか?」
「いや、それよりヒルダがまだ来てないぞ。少し待てお前ら」
後ろでごちゃごちゃと言っているが、気にせずブラックは腕を組む。
(うーん、相変わらずニセ手掘りの洞窟みたいだけど……この感じだとツカサ君達が居たマグマの通り道に繋がる通路も有るかも知れないな)
一刻を過ぎても戻らなかった所から考えると、二人はあの場所から続く通路を移動している可能性が高い。イスタ火山の中から出ていなければ、きっとどこかの通路で再会する事が出来るはずだ。
(戻って来れないってことは、戻るのが難しいぐらいの距離を歩いたって事になるし……まあ仮に何かの罠に引っかかったとしても、ツカサ君は大丈夫だろう)
ツカサが死んでしまうと言うならこの火山を崩壊させてでも助けに行くが、彼には超常的な能力が備わっている。平たく言うと、殺しても死なない。
罠にかかった程度であれば、特に問題は無いだろう。
それに、その程度でツカサがへこたれることなどない。彼は意地っ張りで、何事も頑張る性格だ。罠くらいなら、怯えるようになっても最後には乗り越えてしまう。だから、心配ではあったがそう焦る事はしなかった。
まあ罠のあった場所から抜け出せないのであれば、すれ違う事も無いだろう。
なんにせよ、ツカサと会えるのならそれでいい。
とにかくどれか一つ試しに入ってみるか、と思っていると。
「おい中年! 聞いているのか!」
「あ? お前の話なんて聞くわけないだろ」
「この……ッ、お前、雇い主が居なくなったことに少しは気付け!」
雇い主とは誰だろうかと一瞬考えて、女領主の事かと思い至る。
そういえば先程から声がしなかったが、いなくなっていたとは思わなかった。
まいったなあと心無く言うブラックに、傲慢貴族はあからさまに嫌そうな顔をして、侮蔑の目を向けて来る。
「お前……本当に他人の事はどうでも良いんだな……」
「だって居ても居なくても別に困らないし。白煙の中で迷ったって事も無いよな」
「おま……まあいい。最後尾にいた薬師の話では戻る気配はしなかったそうだから、もし居るとすればこっち側だ」
なるほどあの陰険眼鏡はきちんと仕事をしていたらしい。
この貴族もそうだが、律儀な事だ。
などということを敬意も全くなく思いつつ耳をほじくりながら、ブラックは人気のない周囲に目をやった。
「あの女領主は先にココに来たって? じゃあどこかの通路に先に入ったのか」
「それはまだ判らん。だが、いくらモンスターが居ないとは言えこの道の先はどうかも解らんくらい危険だ。一人にさせる訳にはいかん。彼女もそこそこ戦えるが、それでも俺達よりは非力だからな。早く保護しなければ」
「しかし探すって言ったって……」
あの道に入ったかどうかも解らないじゃないか。と、言おうとしたと同時。
どこん、と遠くの方から何かが爆発……いや、衝撃を受けるような音がした。
何事かと思い音がした方へと首をやたっところで、視界の端に何もない岩壁のはずである場所が、水面のように揺らぐのが見えて、硬直する。
音よりもその不可解な現象に反射的に身構えると、そこから――――
厳つい骨格を示す大きなドラゴンのような物の頭が三つ、波紋を描く岩壁から音を立てて這い出てくる。頭の大きさだけでもゆうに大人の男を越えているが、頭の次に出て来た三つの首もかなりの太さが有り、まるで神殿の柱のようだった。
三体ともそれぞれ額に色違いの宝石を頂いている所から、同種だろうということは察しが付くのだが、しかし、三体のモンスター達の体が現れた瞬間、その考えは予想外の方向へと裏切られた。
「三つ首の……ドラゴン、だと……!?」
背後から「信じられない」とでも言いたげな声が聞こえる。
だが、振り返る事は出来ない。岩壁から這い出る三つの首を持つモンスターが赤い鱗を光らせながら、やっとその全貌を現したのだから。
「火山には龍が住むとは言うが……まさか“トライデンス”が出て来るとはね……」
地面に屈強そうな足が押し付けられると同時に、揺れが起こる。
相手がそれほどの重量であると言う事が判るが、それよりも厄介だと思ったのは、三つの首を持つ準竜であるという事だった。
――ツカサのロクショウが“準飛竜”と呼ばれたように、モンスターにおける最終的な到達点を人族の間では「竜」と呼ぶ。
それは、モンスターの中でも最高位と言われるランク8のモンスターのほとんどが龍に似た形をしているからと言われているのだが、そこに至る直前に、ロクショウのように竜に似た姿へ成長する存在が現れる事が有る。
彼らは竜を冠するほど強くはないが、しかしその力は普通の枠には収められない。
なので、それらを便宜上“準竜”と呼ぶのだ。
しかし準竜といえどその力は凄まじい。ランク7でもあれば、一つの国の国土半分ほどを楽々滅ぼせる力を持っているし、能力は間違いなくそこいらのモンスターとは比べ物にならないほど高い。
神に連なる物である龍とは違う存在だが、それでも間違いなく危険で手強い相手だった。しかし何故こんな場所に、唐突に準竜が現れたのか。
(トライデンスは確か魔族の国でしか見られないモンスターのはず……しかもこんなに大きく無かったような……。これじゃまるで本物の竜じゃないか)
ブラックが知っているトライデンスという準竜は、称号の割には体は小さく、それに瘴気の沼でしか生きられない存在のだったはずだ。毒沼が無い場所では生きていけない存在の筈なのに、何故こんな場所で生き生きとしていられるのか。
毒沼は人族の大陸には滅多にないし、トライデンスは水辺の生物だ。このような火山にはいないはずなのだが……やはり、額の宝石が何か関係しているのだろうか。
(赤と青と橙色か……嫌な予感しかしないな……)
どう考えても、それに対応した属性の攻撃を仕掛けて来るとしか思えない。もしくはそれ系の術に対して耐性が有るのかのどちらかだ。
倒せない相手ではないだろうが、倒すには時間が掛かるかも知れない。ツカサの事を思うとこんな相手にかかずらっている暇はないのだが、狙ったように現れたことを考えると、戦わない訳にも行かないだろう。
もしかしたら、あの白煙は罠だったのかも知れない。
どんな意味の罠かは解りかねるが、今それを考えていても仕方がないだろう。
ブラックは剣を抜いて、いつ相手が襲って来ても良いように身構える。
背後の二人も戦う意志を固めたのか、刃を鞘から抜く音と、地面を踏みしめて体勢を整えるかのような音が聞こえた。
「とにかく、あれをどうにかしないと先に進めなさそうですね」
「クッ……何がどうなっている! ツカサもヒルダも消えたなんて……」
「まあでも、グリモア三人ならこのくらいは……」
楽勝だ。
トライデンスを見据えながら、そう言おうとした。と、同時。
「それはどうかな」
トライデンスが出現した方向から、この場に存在しないはずの者の声がした。
「ッ……!?」
この声は、聞き覚えが有る。いや、忘れようと思っても忘れられない。
だが、その男は今この場所にはいないはず。来る事など出来ないはずだ。
しかしトライデンスが出て来た岩壁は揺らぎ、そこからゆっくりと声の主がこちらに姿を見せて来る。その姿は――――確かに、ブラックが知っているものだった。
「お前達三人が束になっても、敵わない。そんな力が存在する」
岩壁を越え、ゆっくりとモンスターの隣に歩いてきた、男。
赤い髪に青い目をしたその男は、ブラック達を見て挑戦的な笑みを見せた。
「レッド……ッ!!」
忘れられるはずが無い。
ツカサを「支配」し、思い通りにしようとした自分よりも見下げ果てたクズ。ブラックの事をいつまでも勘違いで殺そうとして来る、鬱陶しくてな殺す事すら面倒に思うほどの害獣にも劣る存在。肩書と力だけは立派な、一族の最上位の、男。
「レッドって……まさか、あの【紅炎のグリモア】の……!?」
「だが何故ここに……」
背後からの声に頷く事すら出来ず、ブラックは剣を構える。
しかし相手も不敵な笑みで笑いながら、肩を竦めた。
「なるほど、あいつは上手くやったようだな」
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そうは思えど、相手が答えるはずもない。
ただ一つ分かる事が有るとすれば、最悪な事態になったという事だけだった。
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