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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
43.だから、鍵をかけた1
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逃げるって事がこんなに苦しくなる事だなんて思いもしなかった。
追いつかれたら怖い。何が起こるか想像する事すら体が震えて、何も考えられなくなる。なのに足は動かさないと行けなくて、逃げた道が本当にこっちでいいのか、後から後から不安になって足がもつれそうになって。
後ろを振り返る余裕すらない。足音が聞こえるだけで泣きそうになる。
追ってくる相手は決して俺を傷付けるような奴じゃないのに、それでも捕まったら最悪の事態になると解っているから、逃げるしかなかった。
どうしてこうなったんだろう。
俺はクロウの為にご飯を作ろうと思って、クロウが食べたいって言ったからいつものように身を差し出して、そうすれば前みたいな関係に戻れると思っていたのに。
それなのに、どうしてこんな敵同士みたいな事になってしまったんだろう。
「クゥゥッ」
「クゥ!」
不格好ながらもとにかくズボンとシャツだけを着直した俺を、ペコリア達は軽々と抱え統率のとれた動きでいくつもの通路を曲がって行く。
すでに制御室は遠く離れていて、俺自身どこにいるのか解らない状態だった。
だけど、俺の事を考えて逃がしてくれたペコリア達にやめろとは言えない。
悲しくて、情けないくらい涙がボロボロと出てくる目を必死で拭う間も、ペコリアは俺を励ますように鳴いて、走り続けてくれていた。
だけど、やっぱり重い物を担いで走るのは彼らには重労働だったようで、その声も次第に息切れを起こし始めていた。
「くきゅっ、くぅっ、クゥ」
「あ、ああ、もう良い、大丈夫だよ。もう休んでいいから」
遠く離れたし、ここからは自分の足で歩ける。
もうこれ以上乗ってたら駄目だと思い、俺はペコリアから慌てて降りた。息切れをする頃には速度も弱まっていたから、多少足がもつれたけどなんとか転ばずに降りる事が出来たが……思った以上にペコリア達はハァハァ言っていて、今更ながらに凄く申し訳なくなってしまった。
「ごめん、みんな……」
俺のせいで、こんな事させて。
そう言おうとするが、ペコリア達は首を振るようにぶるぶると体を震わせて、ぴょんと俺に飛びついてくる。まるで気にするなよと言っているみたいで、そんなにも気遣ってくれる小さな友達に、また涙が出そうになってしまった。
……そうだよな、泣いてちゃ駄目だよな。
ブラックの時だって、泣いても何も解決しないって立ち上がったじゃないか。
怯えて泣いて混乱してるってだけじゃ駄目だ。泣いても良いけど、落ち着いたらちゃんと何をどうすべきか考えて、クロウにとって一番いい事を考えなければ。
「ありがとう……。でも、もう大丈夫だからみんなは休んでて」
ペコリア達は明らかに疲れている。これ以上協力して貰う訳にはいかない。
他の仲間を呼ぶと彼らは主張したのだが、しかしここまで連れて来て貰ったんだ、これ以上迷惑を掛けられない。
クロウからは充分離れたから大丈夫と念を押して、俺はやっとペコリアに帰って貰った。……まあ、ここがドコだかはよく解らないけど、これだけ離れていたら流石にクロウも冷静になる時間はあるだろうし、そのまえに俺もどこかに隠れよう。
まだよく考えが纏まらない。こんな状態で話し合うのなんて無理だ。
何か落ち着く事をして、考えをまとめなくては……そうだ、もうかなり先の方まで来てしまったようだから、どうせならこのまま黒籠石の洞窟を目指そう。
今どのへんなのかは俺もよく解らないが、確か目星を付けていた場所は入口に近い場所だったはずだ。簡単な地図だったから何がどこにあるかは把握できていないが、とにかく行ってみれば分かるだろう。
今はモンスターもいないから、俺一人でもなんとかなるはずだ。
「…………よし、頑張れ俺」
とにかく立って行動しなきゃ。
壁に手を付いて力が入らない足を奮い立たせると、俺はとにかく道の先に向かって歩き出した。
「…………何の音も聞こえない……」
誰も居ない、モンスターさえも襲って来ない、無機質な壁に囲まれた通路。
長い時間放置されていたせいか、よく見れば壁には薄らと劣化したようなところが有るが、それでも数百年経っているなんて信じられないほど綺麗に保たれている。
モンスターも何も変わらず、ずっとこの施設を守り続けて来たのだ。
それを考えると、何故か妙にその事が羨ましく思えた。
……ずっと変わらず、歪むこと無く保ち続けるなんて、そう出来る事じゃない。
だけどもし何かの力でそんな事が出来るなら、頼ってしまいたかった。
そんなの、本当の解決にはならないって解ってるのに。
「…………」
ブラックの名前を、呼びたい。呼ぶだけで、こんな寂しい場所でも頑張って歩けるような気がしたから。
だけど、クロウの耳に届いたらと思うとそんな事すらも出来なかった。
自分が蒔いた種だ。また俺は楽観視して、人の気持ちを考えられなかった。
こうなる事は解っていただろうに、俺は愚かにも「そんな事にはならない」なんて身勝手な思い込みをしていたんだ。
あんな状態は辛いって、俺だって解ってたはずなのに。
肌に触れる事は出来ても抱く事は出来ないなんて、蛇の生殺しと同じことだって、前にも考えていたはずなのに。
それなのに、俺は……結局、クロウの苦しみを本当には理解してやれなかった。
一緒にいるって約束したくせに、一人にしないって約束したくせに、俺はブラックの事ばかり考えて、クロウと交わした約束の責任を取ろうとしなかった。
何もかも軽く考えすぎていたんだ。
……馬鹿だ俺。今更……こんな事になってから、やっと気付くなんて。
後悔するぐらいなら、クロウの覚悟を聞いた時にもっと踏み込んで話しをするべきだったんだ。クロウの事が大事だと言うのなら、尚更。
大事な人が言う「大丈夫」が「大丈夫」じゃない時も有るって事くらい、俺だって充分解っていたはずなのに。
「俺……クロウに殺されても文句も言えないな……」
物事を許せる上限は人それぞれだ。俺が許せる事だって、誰かにとっては未来永劫許せない罪になってしまったりもする。
相手が大丈夫と言うから大丈夫、だなんて軽々しく考えてはいけなかったんだ。
クロウとのことだって、そうだった。
あいつは、本当は違う事を望んでいたのに、それを行おうとはしなかった。
……俺達の為に、我慢してくれていたんだ…………。
だけど、そうならそうって、言って欲しかったよ。辛かったって、どうしても我慢できないって。我慢してたからこんな風に爆発してしまったのに。
「…………でも、クロウ……本当は、何をして欲しかったんだろう」
ふと、その事が気になった。
――クロウが怒る事はたくさんあった。それが蓄積されて爆発したってのは、俺にも解る。約束を破ったこともそうだし、自分が信頼されてないと思い込んでいる事もそうだけど……でも、クロウは俺を強引に犯そうとはしても、怒ったり自暴自棄になった以外には自分の要求なんか伝えて来なかった。
だったら、クロウは俺に何をして欲しかったんだろう。
一度は許した事が許せなくなったから、我慢をやめた。
でも、本当に俺を許せなくなったのなら、律儀に従おうとはせずここにも付いて来なかったはずだ。信用出来なくなったと相手が「傷が治るまで同行しろ」なんて言っても、どうでもいいと考えるのが普通なんだから。
それなのに、クロウは付いて来てくれた。俺と仲良く会話もしてくれた。
まだ俺の事を完全に見限った訳じゃないんだ。
だったら、クロウは俺に何かをして欲しいと思っているはずだ。
怒っていても触れて来るのは、その「何か」を求めているからかも知れない。
けれど、それは謝る事じゃない。クロウに従順に従う事でも無かった。
クロウが欲しかったものは……俺がただ体を投げ出して済む物じゃないんだ。
…………そう言えば、俺……クロウの言う事にただ従うだけで、何をして欲しいのかなんて真剣に聞かなかった気がする。
クロウだって、もういいと吐き捨てて何かを望む事を拒否していた。
嫌えばいいとすら言っていたんだ。
「何をして欲しかったのか」を言う事すら諦めていたんだとしたら……。
「聞くっきゃないよな……」
このまま怖がって流されてるだけじゃ、何も解決しない。
例えクロウの望みが本当に俺を犯して孕ませる事だったとしても、俺はそれを受け入れて一緒にどうすべきか考えなきゃいけないんだ。
そうじゃないと、後悔する。
俺もだけどクロウだって絶対に。
だってクロウは優しい奴なんだ。真面目で、俺の事をいつも気遣ってくれて、ペコリア達にだって優しかった。俺はそれを嘘や我慢した姿だって思いたくない。
いや、絶対にアレはクロウの本当の姿だった。俺はそう信じる。
「……よし、腹は決まった……」
クロウに本当の事を話して貰おう。
本当は俺にどういう思いを抱いて、どうして欲しかったのかを。
そう考えて、クロウの方へと戻ろうかと思ったと同時。遠くからドンと大きな音がして通路全体が大きく揺れた。
「なっ……!?」
何が起こった。もしかして、何か爆発でもしたのか?
だったらクロウがヤバい。この音は近くで聞こえなかった。クロウの居る所で何かが爆発したのかも知れない。そう思ったら居ても経っても居られ無くて、道を戻ろうと踵を返したが、妙な事に気付いて俺は足を止めた。
……その「ドン」という音が、近付いて来ているような気がする。
不規則で大きかったり小さかったりするが、何かが爆発するような空気を震わせる低い音が聞こえて来るのだ。段々と、音量を上げて。
あ、あれ……もしかしてこれ……俺の方に来てる? 誘爆してる?
ヤバい、クロウを助ける前に俺が生き埋めになっちまうぞこれ。
どうしよう、逃げた方が良いのか。
でもクロウはどうなったんだろう、無事なのか?
ああそう考えている間にもドンドンがどんどん近付いて来ちまう!
「何が爆発……い、いや……この音なんか違うぞ……」
確かに何かが爆発したような音にも思えるが、音が近付くにつれて、それは爆発音ではないと俺はやっと気付いた。
これ……何かが、崩れる音だ。硬い何か……そうだ、壁。壁が崩れる音だ!
「あれ……ってことはまさか……何かのセキュリティがまた発生したのか!?」
ヤバい、なんかのロボットが壁をぶち破って追って来てるのか?
だったら、むしろクロウの方に行かない方がいいのでは。仮に施設が崩壊し始めているんだとしても、このままクロウの方へ行ったって俺が生き埋めになるだけだ。
会える保障も無いのに、もう無鉄砲に飛び出す訳にはいかない。
一旦出た方が良い。施設から出て、俺の能力でどうにかするか、それともブラックを呼びに行ってクロウを助けて貰った方がいいはずだ。
思考が混乱していると、俺は術を発動出来ない。仮にクロウと出会えたとしても、庇われてしまったら助けに行った意味がないし……。
それに、何かの物体がやって来ているのなら、俺が引き付けた方が良いよな。崩壊しないで壁だけ壊れてるとすると、相手は俺に向かって来てる訳だし。
よし、ここはまず施設から脱出する事を考えよう!
即決するなり俺はその場から走って離れた。壁はさっきからボコボコと破壊されているものの、やはり施設自体は崩壊したりはしないようだ。
よしよし、この調子で行こうじゃないか。
背後の壁の音が少し早まったような気がしたが、振り返らずに走る。
不規則に突風が追いかけて来たが、もしかして相手はすぐ近くにいるんだろうか。
ヤバい。とにかく広い所に出ないと。脱出、脱出だ!
先へ先へと走って、やっと通路の先に待合所のような場所が見え始める。どこかのビルのエントランスのような、飾り気のない広い空間だ。
その向こう側に洞窟を映したガラスのドアが見えた。
もしかして、アレが出口だろうか。ダンジョンとは違う場所に出るみたいだけど、まあいい。とにかく脱出してクロウを助けに戻らないと。
そう思って、エントランスホールに足を踏み入れた、刹那。
どん、と突風に押されて体が浮く。瞬間、俺は勢いよく転がった。
「――――ッ!!」
ガツンと強かに背中や頭を打って、そのまま倒れる。
だけど痛がっている暇なんてない。逃げようとして、重たい体を起こし、ふと、今まで振り返る事も無かった方向に目を向ける。
視えたのは、崩壊した壁と、瓦礫の山。
そしてその瓦礫を踏み越えるように、現れたのは……――――
「どうした……鬼ごっこはもうおしまいか?」
橙色の目を爛々と光らせて、地面に這いつくばる俺を見下しているクロウが、そこに立っていた。
だけど、いつものクロウじゃない。
ゆっくりとこっちに近付いて来るクロウの頭には……
捩じれた二本の黒い角が、生えていた。
「あ…………」
「……この姿は、お前も見た事が有るだろう。忘れたとは言わせんぞ」
黒い捩じれた角を冠のように光らせ、クロウは言葉を失くした俺に歩いて来る。
無表情な顔には影が掛かっていて、いつもとは違う怖い表情に見えた。
「く……クロウ……」
「オレの本当の姿は、それほど珍妙で滑稽に見えるのか?」
「っ、ち……ちが……」
違う、そんな事言いたいんじゃない。
言いたいんじゃない、のに。
「もういい、何も聞きたくない……」
怖い顔をしたクロウが、俺の肩を痛いくらいに掴んで引き上げる。
そうして、長く伸びた爪をくいこませた。
「っあ゛ぁ!!」
痛みに思わず声が出るけど、クロウは表情を変えることもなく、俺をそのまま床に叩き付けるようにして仰向けに寝かせた。
「い゛ッ……! ぐ、ぁ……ッ」
爪の鋭敏な痛みとは違う、骨まで伝わる打撃に濁声が喉から出る。
痛みの連続で涙目になったが、ただ痛がっているだけでは駄目だと俺は必死に己を律する。クロウに「何が望みなのか」を聞かなければ。
逃げてるだけじゃ駄目だ、クロウが、本当は何をして欲しいかを、聞か……――
「どうせ、怖いんだろう?」
「え……」
目の前のクロウの瞳が、揺れている。
爛々としていて怖いはずの目なのに、顔には影が掛かっているのに……俺は何故か、一瞬何も考えられずに息を飲んでしまった。
そんな俺の様子を、クロウはじっと見詰めていたが……手を伸ばして、俺のシャツの胸元をぐっと掴んだ。
見上げるその顔は、とても冷めたような顔をしていて。
「もう、たくさんだ」
うんざりしたように言いながら、クロウは俺のシャツを乱暴に破いた。
→
※長くなってるし分けるかどうか悩んだんですが、
次は流血描写アリの性行為があるので一度分けます
ツカサが文章の半分くらい可哀想なので苦手な方はご注意を…
ひどい攻め好きなんです…すみません(´・ω・)
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