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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
36.イスタ火山―分裂―
しおりを挟む慌てて周囲を“視て”みたが、ほんの少し土の曜気と炎の曜気が見えるなってだけで、ダンジョンに存在したような夥しい量の曜気は見えない。
まさかあの隠し扉らしきもので隔てられただけで、曜気は遮断されてしまっていると言う事なのだろうか。にしても、この変化は急すぎるような気がする。
ここには炎の曜気が流れてこない仕組みがあるのだろうか。そこまで考えて、俺はクロウがまだ頭を抱えて蹲っているのに気付き、慌てて声を掛けた。
「クロウ、大丈夫か……?」
頭に響かないようになるべく小さな声で問うと、クロウは唸りながら答える。
「ウグ……ウゥ……少し、すれば……」
「駄目だって、無理しないで休んでて。俺、上に登って開かないか調べて来るから」
外傷は我慢すればどうにかなるのかも知れないが、内臓のダメージは辛い。
特に脳みそに近い部分なんかは、耐え難い痛みだろう。
絶対に無理をするなよと言い聞かせてから、俺は脚力を強化する気の付加術【ラピッド】を使い、緩い坂道を駆けあがった。いや、事は一刻を争うからね。俺が運動神経がないって事じゃないからねこれは!
自分の物とは思えないほど軽やかに動く足で緩い坂道を登ると、先の方に黒い岩壁の行き止まりが見えた。ここから俺達は落ちて来たんだな。
よし、まずは出られるかどうか試してみよう。そう思い、岩壁に触れて……いや、危ないかもな。ここはクロウの言った事を守って……そこら辺の石を使って叩こう。
「コンコンっと……」
むむ……コンコンと音がするって事は、やっぱ出られないって事か?
それともやはり手で触れないと駄目なのかな。
一応この岩壁には火傷しそうな程の炎の曜気は感じられないけど……ま、まあ俺は時間経過で回復するし、回復薬も有るから……よし、いっちょ触れてみっか。
恐る恐る手で触れてみる、が……やはり、突き抜けはしない。
……これ、やっぱ罠ってことなのかなぁ。だけどあんな危ない場所に態々罠を作る必要があるんだろうか。キュウマが造ったダンジョンだとしたら、そんな無駄な事をするとは思えない。あいつ頭良さそうだったし、迷い込んだ奴を排除するのが目的だとしても、こんな緩やかな坂道を転がす訳無いよな。
なら、この道は何か意味が有るんだと思うんだが……それにしたって、何故こんな造りにする必要があったのか。
どういう事なのだろうと壁をペタペタ触りながら唸っていると。
「おい、誰かいるか、聞こえるか!?」
「えっ……ら、ラスター!?」
壁の向こうから声が聞こえて思わず顔を近付ける。
するとラスターも俺に気付いたのか、俺の顔に声が掛かる位置に移動して来た。
「ツカサか!? よかった、無事だったんだな……」
「俺達の方は……えっと、俺は大丈夫なんだけど、クロウがちょっと大変で……な、なあ、ラスターの方は大丈夫なのか? 術が切れたりしてない?」
「今の所は平気だが……それより、そこはどこだ? 戻れないのか?」
良かった、ラスターに掛けている術はまだ解けてはいないようだ。隣の部屋に居るブラック達も大丈夫そうだな。
それに、ラスターと話が出来たんだから、ここは完全に密閉されていると言う訳でもないだろう。やっぱりこの通路は罠じゃなくて、何かの仕掛けなのかも知れない。
でも、こっち側からは開かないみたいで、岩壁の色んな所を触ってみたが結局壁を突き抜けられそうな仕掛けはどこにもなかった。
「……ダメ、どうも一方通行みたい……」
「そっちの熊獣人の馬鹿力でも破れんか」
「いや、壊したらどうなるか解らないし、なによりそっちマグマ部屋だろ! ここに流れこんで来たら凄いヤバそうだからそれはイカンでしょ!」
「そ、それもそうか……だが、こちらも突いてはいるが、ビクともしないしな」
カツカツと向こうから聞こえているが、もしかして剣でやってるんだろうか。
おいおい、それヘタしたら俺に突き刺さるんじゃないのか。
ヘタしたら剣も解けちゃうかもだし、何か別の方法を……とはいっても、これ以上何をするって感じだしな……。
とにかくブラック達を読んで来て貰おうと思い、俺はラスターに使いを頼んだ。
ややあって、ブラックとアドニスも来てくれたが……状況は変わらない。むしろ、マグマの部屋にいるせいかそれとも俺が離れているせいか、みんなの体感温度が徐々に上がって来ているらしくて、ダンジョンに留まるのが難しくなっているようだ。
ヒルダさんを置いて来たのも、彼女にはこのマグマ部屋が酷く熱く感じられたからだとの事で……ヤバいなそれ、マジで術が消えかかってないか。
アドニスが言うには「予想以上の量の炎の曜気を喰らった負荷で、薬の効果が早く切れそう」という原因もあるらしいが……それだとかなり困った事になる。
予備の【斥炎水】のほとんどは俺が所持していて、ブラック達の方には二本ぐらいしかない。それでは全員分が充分な効果を受けられないだろう。
もしここで薬も術の効果も切れてしまったら、ブラック以外はダウンしちまう。
「と、とにかく、みんなは一度戻って。俺達はなんとか出口を探してみるから」
「でもツカサ君……」
「このままココでじっとしてても仕方ないだろ。外に続いてるかどうかは分からないけど、こっちから出られないか俺達も探索してみるよ」
少し気分が良くなったのか、クロウも俺の隣に登って来て頷く。
壁の向こうのブラック達はそれに難色を示しているようだったが、それ以上に選択肢は無いと分かると、渋々納得してくれたようだった。
とにかく、ブラック達には一旦戻って貰うしかない。
【リオート・ウィンド】を掛けられない以上、このダンジョンに出入りできるのはもうブラックだけだ。炎に耐性のないラスター達では、薬だけで最奥部の熱に耐えるなんて事は出来ないだろう。来るにしても、外で材料を揃え【斥炎水】を大量に用意しておかなければいけないだろう。
……と言っても、俺が居ない状態では彼らはもうこの場所に来る事が出来ないんだが……ああ、早く“源泉”を回復させなきゃ行けないのに、どうしてこんな事になってしまったのか。
「ツカサ君、僕は残るからね」
「え、でも……」
「このダンジョンはまだ全部探索してないんだ。ツカサ君の方に行ける方法がなにかあるかも知れない。それに……何もしないままでいるなんて嫌だからね」
「ブラック……」
……そんな風に言われたら、なんか……胸にグッとくるじゃないか。
俺やクロウのために残ってくれるなんて、本当にお前って奴は……。
「私達も残りますよ。……薬はなんとか量産して見ます。休憩した場所まで下がる事にはなりますが、最大限この中年を補助しましょう」
「ごめん、みんな……」
俺の失態で迷惑をかけてしまって本当に申し訳ない。
思わず顔を伏せてしまうと、隣にいたクロウが俺の肩に手を乗せて来た。
「ツカサはオレが守る。出口を見つけたら、何らかの手段で知らせよう」
「ん……じゃあ、とにかく……俺達、ここを調べてみるから」
クロウに肩を掴まれた瞬間、体が何故かびくりと反応したような気がしたんだが……気のせいだろうか。まあいい、とにかく行動しなければ。
俺達は一時間ほど経ったらここに戻ってくると約束して、とりあえずこの緩い坂道の先を探索してみる事にした。
みんなに迷惑をかける事になるけど、動かないでいるよりは色々と調べてみた方が新しい発見も有るかも知れないしな。それに、ここは炎の曜気が少々多いかなくらいの気候なので、俺とクロウでも元気に動けるから。
とはいえ、罠が無いとは言えないから、慎重に行こう。
「クロウ、もう平気か?」
「ム……心配ない」
三半規管がシェイクされてしまって暫く顔を歪めていたクロウだが、今はもう平気なようだ。心なしか、俺とも軽く話してくれているような気がするのだが……まあ、今は喧嘩している場合じゃないからってのもあるのかもな。
でも……やっぱり、謝るべき事は謝っておいた方が良いよな……こんな場所に巻き添えで落としてしまって、また迷惑かけちゃったんだし……。
それに、今まで謝るチャンスがなかったから、今こそ話すべきなのかも。
逃げる場所も無く二人きりであるこの時間が最後のチャンスかもしれない。
だったら、言わないと。クロウにちゃんと謝って、それから次の行動を始めないと。……よ、よし、言うぞ。今度こそちゃんとクロウに謝るんだ。
「く……クロウ……その……本当に、ごめんな」
そう言うと、俺の隣で慎重に坂道を下っていたクロウがこちらを見た。
何を言っているのだろうと言わんばかりの顔だったが、続ける。
「クロウとの約束破ったり、無理矢理同行させるようなこと言ったり、またこんな風に巻き込んで迷惑を掛けたりして……。でも俺、クロウに離れて欲しく無くて……」
「…………もう気にするな」
「え……」
思っても見ない言葉に思わず相手の顔を見上げると、クロウは俺の方を向いて、淡々と答えた。
「オレも悪かった。お前はブラックの恋人だ。唯一の相手であるなら、他人との約束など振り切ってしまうものだと、最初に考えておくべきだったんだ」
「…………」
ぐうの音も出ない。クロウの言葉は端的で、俺の事を悪く言っているのではないと分かる。しかしその言葉は俺の悪い所を指摘しているかのようで、胸が痛くなった。
自分が悪いという事も、その悪い部分も知っているから、余計に。
「高望みをして、お前に散々子供のような罵倒を喚き散らしてしまって、本当にすまないと思っている」
「そ、そんな! 俺だって、クロウにたくさん迷惑かけて、クロウが苦しんでたのに、何も出来なくて……すまないことしてるのに……」
「…………それはもう、良いんだ」
「でも」
「すまないと思うのなら……いつものように、オレに接してくれ」
俺の謝罪の言葉を拒むように、クロウは声を遮る。
いつものようにしてくれと言う要望は、俺にとっては嬉しい物だ。
だけど、本当にそれで良いんだろうか。俺、まだ言葉で一度しか謝ってないのに。
「本当に……それで、いいの……?」
立ち止まって、クロウを見る。
すると相手は俺に向き直って、ゆっくりと頷いた。
「いつものように、オレに笑いかけてくれ。ツカサ」
「うん……」
願っても無い事だ。クロウとまた仲良く出来るなら、それ以上に嬉しい事は無い。
両肩を優しく掴むのも、クロウが俺を近い存在だと思ってくれているからだ。
その手から体がざわつくような感覚を覚えて、俺は何故か少し恥ずかしくなったが、クロウがそう望むのならとただ頷いて微笑んだ。
「ウム。……では行こう」
俺の肩を抱いて、クロウがまた歩き出す。
いつになく距離が近いけど……まあ、その、今は二人きりだし……クロウがやっといつもみたいに俺に触れてくれるようになったんだから、それくらいはいいよな。
そう思いながら、緩く長い坂道を下る。
だけど……肩を抱かれて歩く度に、俺は妙に不安になってしまった。
……クロウ、本当にもう……怒ってないのかな……?
そんな疑問が頭をかすめて、歩く度にどんどんその思いが増していく。
だって、気にするなって言ってくれる割には、クロウの様子は沈んでいる感じだし、それにいつもみたいな雰囲気じゃない。
どこか暗い物があるような風で、まだ何か心の中に溜めこんでいるみたいで……。
…………もしかして、クロウは大人だからって自分を抑えようとしてるのかな。
自分は大人だから、自分から謝ろう、折れようって、そう思って……。
だとしたら、俺……また、クロウに我慢させてるのかな。
我慢なんてして欲しくないのに、我慢させたからあんな事になったのに。
再びそうなってしまったら、もう二度と仲直りできないかも知れない。だったら。
「なあ、クロウ……」
「なんだツカサ」
「何かあったら、今度は我慢せずに言ってくれていいからな」
坂道の向こうに、三つ又の道が見えてくる。
手掘りのようにがたついた三つの通路は、それぞれ何故かぼんやりと明るく、詳細が確認できる。そういえば、何故この洞窟は明るいんだろう。
一瞬その事に気を取られたが、クロウが俺の肩を抱き寄せた事で我に返った。
「ああ、もう我慢はしない」
そう言うと、クロウは俺の肩を掴んだ手に少し強く力を込めた。
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