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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
35.イスタ火山―暗転―
しおりを挟む「これは……入って大丈夫なのか……?」
部屋にマグマが流れ込んでいるのを見て、流石のラスターも尻込みする。
さもありなん。いたる所から黒い岩壁を伝ってマグマが流れて来てて、地面を侵食してるんだ。入るのを躊躇っても仕方ない。
しかし、本当に凄い光景だ。
黒い岩壁から流れ出した赤く光るマグマが幾つもの川のようになり、浸食を逃れている地面の周囲をゆっくり通り過ぎて、一番奥にある池のようになった大きなマグマだまりへと集まって行く。
残った地面は道で繋がった浮島のようになっており、それだけで異様さが知れた。
そりゃ、入って大丈夫なのかって思うよな……。
だけど何故この部屋だけこんな事に。
これほどの量のマグマが溢れないのも不思議だったが、それよりどうしてこんな所にガチの火山っぽいエリアがあるのかが理解不能だ。
いや、ゲームなんかでは、マグマに囲まれている道を通るなんてステージは普通に在りましたけど、しかしそりゃ現実ではやっちゃいかんでしょ。俺の世界とは少々理が違う異世界でだって、マグマが流れている場所に近付くのは危ないだろうに。
炎の曜気が集まり過ぎて発火する事も有る、なんてブラックも言ってたし、周囲が真っ赤っかな状態なのに、これでマグマ部屋に入ったら人体発火しちゃうんじゃ。
そう思うと俺も足が竦んでしまって扉の中に入れない。
だがそんな中、クロウだけは一歩前に出る。何をするのかと思ったら……なんと、扉の中に手を突っ込んだではないか。
「くっクロウ!?」
「……ツカサの術が効いている。【斥炎水】の効果もあるから平気だろう」
「お前が丈夫なだけという話ではないのか」
ラスターのツッコミに、クロウは目を細めた。
「お前はツカサの術を信頼していないのか?」
「まあ、それを言われると……ううむ、分かった。入ってみよう。いつまでもここでウロウロしている訳にも行かないからな」
うおお……! クロウが、俺の術を信頼してるって言ってくれたぞ!
ってことはやっぱりちょっとは俺の事信用してくれてる? もう怒ってない?
いやでもクロウは正直者だし、その人が嫌いかどうかとその人の能力を評価しないのはまったく違う事だから、クロウ的にはただ思っている事を言っただけかも……。
ああぁ……どっちか分からない……どう接したらいいんだろう。
普通に接したいけどそれはそれで「お前反省してないな?」とか思われそうだし、あーもーこんな事なら飛び出す前にちゃんとクロウと話し合ってお互いに納得すれば良かったああああ。
「行くぞ」
「うぇ!? あっ、あ、まって!」
俺が悩んでいるのを知ってか知らずか、クロウが扉の中に入る。
慌ててクロウに続いて部屋の中に入ると、ムワッとするような熱気がぶち当たって来た。サウナ以上に焼けつくような感触が襲ってきて、思わず慄く。しかし、クロウは平気なのかずんずんとマグマに囲まれた道へと進んでいった。
「おい、迂闊に進むな!」
「クロウ待って、ラスターも一緒じゃなきゃ……」
と、言いかけて、俺は思わず声を飲み込んでしまった。
だって、クロウが振り返った横目で睨んでいるような気がして……もしかして、俺がラスターの事を気にしたからなのか。
でも、三人で行くって言ってたんだから一人で進んじゃ危ないじゃないか。
だから全員で慎重に進もうって思ったのに……ああ駄目だ、喋れば喋るほど墓穴を掘ってしまうような気がする……俺はクロウもラスターも心配だっただけなのに。
仕方ない。ラスターには申し訳ないけど、ここはクロウの気持ちを尊重しよう。
クロウがこちらを見ていない間に、背後のラスターに「ごめん」とジェスチャーで謝罪すると、相手もこちらの事情を察したのか「構わない」と軽く頷いてくれた。
ああ、ありがたい。持つべきものは傲慢だけど男気のある仲間だ。
これで憂いなくクロウに集中できる。
少し距離が出来てしまったクロウに近付くために、マグマに囲まれた少し狭い道へと足を踏み入れると……周囲のマグマがぼこっと音を立てて、体が反射的にビクッとなってしまった。これ【リオート・ウィンド】と【斥炎水】の重ね掛けで「蒸し暑い」程度の体感になってるけど……マグマが肌に触れたら火傷じゃ済まなそうだぞ。
俺はともかくとして、二人は大丈夫かな……。
クロウもラスターも反射神経は良いから、マグマが沸き上がって来ても華麗に避けられるだろうけど、ここにモンスターが潜んでないって確証はないもんな。
そういえば、こういうマグマ地帯にはマグマに擬態するモンスターとかもいるし、この世界でも存在しない事は無いよなきっと……だってスライムもいるんだから。
「……壁に近い浮島を調べる」
「う、うん」
俺がラスターを気にしなくなったのを感じたのか、クロウはもう睨んではいない。こちらの返事に対しても怒気は感じないから……抑えてくれたのかな。
すこしホッとしつつ、俺達……というか俺は、マグマの川に気を配りながら、先に進んだ。この部屋っていうかエリアには、マグマがたらたら垂れて来る岩壁に接する浮島がいくつかある。道が曲がりくねっているので、部屋の広さよりはだいぶ道程が長くて、その岩壁に近い浮島に行くのも一苦労だ。
途中、流れを遮らないようにするためか、飛び石のように道が途切れていたりするんだが、マグマを飛び越える時はさすがに股間がヒュンとなってしまった。
だっておめえ、大股開いているタイミングでマグマがボコッてなって、その飛沫が俺の股間にダイレクトアタックしたら本当にもう目も当てられないだろ。怖いって。
俺の息子はまだ女子に触れてすらいないってのに、早々に滅んでたまるかい。
ぽんぽんと飛び石の道を渡って浮島に辿り着くと、クロウが俺達を見た。
「壁が多い、手分けして探すぞ」
「そうだな……ここに長居はしていられない。早々に済ませた方が良いだろう」
ラスターもこの熱さには危機感を感じているのか、クロウの提案に乗る。
たしかに、薬と俺の術を重ねてるのにこの温度だもんな……もしここでどちらかの効果が切れてしまったら、どうなるか分かったもんじゃない。
クロウはそんなラスターに頷くと、俺の方を見た。
「ツカサはオレと一緒に来い」
「分かった」
クロウがそう言うんなら、俺は従うだけだ。
素直に頷いた俺に、クロウはちょっとだけ片耳を動かしたが、すぐに背を向けると歩き出した。耳が動いたって言っても、嬉しいのか不快かなのかは俺にはまだ見極めがつかないからな……出来れば前者であってほしい物だが。
でも、二人きりになればクロウが俺に対してどう思っているか分かるよな。
よしこの時間を大事にしよう。調査をしながらクロウの調査もするんだ。
俺は気合を入れて、クロウの後について行きずんずんと道を進んだ。
……だが、クロウは次の浮島をスルーして、何故か奥へと向かっていく。
「クロウ、あの……今さっきの島の壁はいいの……?」
「手分けするなら一番奥から探した方が効率が良い」
「あっ、そうか……そうだよな、ごめん」
言われてみればそうだ。二手に分かれて調べるなら、俺達は最後の浮島から順々に攻めて行って、最後にラスターと合流するってほうが良い。
ううむ、クロウと調査に意識を取られ過ぎていてアホになってしまっていた。
やることはちゃんとやってるんだから、やっぱクロウも大人だよなあ……。
「道に気を付けろ」
「うん」
二人きりになったせいか、声をかけてくれるのが少し嬉しい。
やっぱり、そこまで怒ってないのかな。そう思うのは早いだろうか。だけど、俺の事を気遣ってくれるのなら俺だってもうちょっと、馴れ馴れしくしていいのかな。
俺だってクロウが心配だし、いざとなったら庇おうと思ってるんだから。
「…………しかし、熱くなってきたな……」
最奥部のマグマの池が近付いて来るたび、ヒリヒリとした熱さが風とともに頬や腕を舐めて来る。熱風を浴びせかけられるのは本当に体に悪い感じがするなあ。
サウナと何が違うんだろうと思うが、サウナは用法容量を守れば具合が悪くなる事はないらしいから、こういうのとは絶対違うよなあ。ううむ……何だか難しい。
「……よし、探るぞ」
そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか目的の浮島に到着していたようで、クロウが俺に対して声をかけてくれた。
そうだ、今は余計な事を考えずに調査しなければ。
クロウと一緒に岩壁にひっついている所へ近付いて、手を触れようとする。が。
「ま、まてツカサ! いくらお前でも直接触ったら火傷するだろうが!」
「うえっ?! そ、そんな熱いのこの壁!?」
クロウに抱えられて壁から引き剥がされたが、そっちより初めて聞かされた岩壁の状態の方にびっくりしてしまった。そ、そうか、素手で触れたら火傷しちゃうのか。
いやでも普通に考えたらそうだよな。熱せられた壁が熱くない訳が無い。
マグマが広がるダンジョン……ていうか、こういう場所自体初めてだから、どうも勝手が解らん。クロウが居なかったらめっちゃ叫んで痛がってた所だな……。
でもクロウ、俺の事助けてくれたんだ……。
怒っていても、クロウはやっぱり俺の事を助けてくれる。それは変わらないんだ。
その事が嬉しくて、俺はクロウの顔を見て笑顔で礼を言った。
「ありがとう、クロウ! 今度は気を付けるよ」
「……ッ、ぅ……今度は、物を使ってつつけ」
「うんっ」
元気よく返事をすると、クロウは目を逸らして口をもごもごと動かす。
あ……もしかして、照れてるのかな?
えへへ、やっぱいつものクロウだと安心するなぁ。たった数日の事なのに、もう長いことクロウとこう言う風に喋ってなかった気がしてたから、いつもみたいに話せて本当に嬉しいよ。
「……そんな事言ってないで、早く探すぞ」
「ああ! しっかり調査を……」
行おう、と、言おうとした所でまた熱風が吹いて来て、俺は思わず口を噤む。
熱風が口に入ってしまったら、体の中まで焼けそうで本当に恐ろしい。それにしてもどうしてこんなに風が吹いてもマグマは零れないのだろう。
「…………ん?」
ちょっと待てよ……風……?
なんで、この密閉された空間で風が吹いて来るんだろう……。
「どうしたツカサ」
「いや……どうして風が吹いて来るんだろうって思って……」
「風? ……確かに、空気が流れているな……熱風にばかりに気を取られていたが、よくよく考えて見るとこの場所に風が吹いているのはおかしい」
「どこから吹いているのか解る?」
クロウに問うと、相手は俺を抱えたままで周囲を見回しながら、熊耳を動かし鼻を利かせて風の流れを探る。
すると、耳が風を感じたようで、クロウは耳が向いた方へと歩き出した。
そこには岩壁……ちょうど俺達がいる浮島が隣接している壁がある。
もしかしてここから風が流れていると言うのだろうか。クロウと一緒に壁を見つめて、近付いて行くと――――
何か、小さな音が聞こえた気がした。
「っ……!?」
刹那、俺を抱えているクロウの体が傾いで壁に激突しそうになる。
思わず息をひきつらせた俺の前に、壁がせまろうと、して……――――いた、はずなのに、俺達は壁を突き抜けて、緩い坂道に放り出されていた。
「えええええええ!?」
なんだこれっ、な、なんだこれええええ!?
訳が解らなくて叫んでしまうがどうしようもない。混乱する俺をクロウは抱えて、坂道を転がり落ちる。受け身は取れているのか心配になってクロウの服の胸元を掴むが、俺には何も出来ずただ下降していくしかなかった。
「――――~~~~~!!」
視界が回転して何度も衝撃が来て、どこが天井でどこが地面なのか解らなくなる。
もう一生転がるんじゃないかと思い始めた所で、やっと……回転が止まった。
お、おおお、おおおお世界がゆれてる……。
「くっ、くろ……だ、だいろおぶか……」
「グゥゥ……ッ」
さすがのクロウも三半規管がやられたのか、唸るだけで答えてくれない。
いかん、獣人って俺達よりも五感が鋭いから、余計に今のは辛かったのかも……。
こ、ここは俺がどうにかしなければ。
俺に覆い被さるクロウから這い出して、転がり落ちて来た方を見る。
そこには長く緩い坂道が続いていて……。
「…………あれ?」
風が、熱くない。というか、風が吹いてる。
変だぞ、さっきまでマグマに熱せられた部屋にいたのに、どうして……。
「ここ……もしかして…………」
俺達が探していた、あの道……じゃないよな……?
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