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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
イスタ火山―同行―2
しおりを挟む一度歩いた道だからなのか、二度目のダンジョンはそれほど困難なものとは思わなかった。これも道を知ったからなのだろうか。
相変わらず蜂やトカゲと言ったモンスターは出現するものの、ブラックとラスターが一発で斃してくれるので、まったくもって心配は無い。
最初はおっかなびっくりだったヒルダさんも、ブラック達の実力に圧倒されてからは、出しゃばらないが何かあれば支援するというような姿勢に変わって行った。
貴族の女性と言うと繊細でたおやかなイメージだったが、こういう臨機応変な所がヒルダさんが「才媛」と呼ばれる所以なのかも知れない。
歩いているだけでも色々な発見が有るなぁと感心しつつ、一度あの休憩所で休みを挟んでヒルダさんに【斥炎水】を飲んで貰い、先を急いだ。
ちょっと急ぎすぎかもしれないけど、ゴシキ温泉郷の命運も掛かってるからな。
ヒルダさんも望むところだって感じだったから、まあ短縮は仕方が無かろう。
しかし、休んでいる途中にクロウと話が出来れば……と思っていたのだが、クロウは俺を避けるかのように視線から逃れてしまうので、それは叶わなかった。やっぱり昨日の事がまだ尾を引いているらしい。……まあ、当然だよな。
付いて来てくれはしたけど、俺を許したと言う訳ではないだろう。
だけど……どう話し掛けたらいいものか。近付いたら避けられるのなら、至近距離はダメってことなのかな。でも付いて来てくれるんだから、一押ししたら話くらいはさせてくれるんじゃなかろうか。
けどなあ、余計なことをするなって怒られるって場合もあるし……本当に難しい。
「謝りたい」という思いだけでグイグイ行っても、迷惑がられて更に嫌われるかもしれないし、ひとりよがりな謝罪なんて、それこそ誰も望まないだろうし……。
気にしつつ、クロウが動いてくれるまで待つしかないのかな。
俺にチラチラ見られるのも迷惑かも知れないけど、それは許して欲しい。
目を離した隙に、クロウがどこかに行ってしまったら嫌だし……。
「……ああ、段々と炎の曜気が増してきたな……」
ブラックの言葉通りに、進むたびに温度が上がって来ている気がする。
あらかじめ【斥炎水】を飲んでおいたので、ヒルダさんもそこまで熱そうにはしていないが、源泉が存在する最奥部は非常に暑いからどうだろうな。
もしかしたら、また昨日みたいになっちゃうかも。
そんな俺の懸念はどうやら当たってしまったらしく、最奥部に近付くにつれて、皆の額に汗が滲んで来てしまっていた。
やはり、この炎の曜気の量は尋常ではないらしい。ヒルダさんも顔に汗を滲ませて必死に耐えているようだった。ううむ、女性を熱がらせるわけにはいかない。ここは俺の術の出番だな。
アドニスとクロウに、俺をさりげなく最後尾に回して隠してくれるように頼むと、二人は頷いてうまく俺を隠してくれた。
……クロウ……。やっぱり怒ってるけど、パーティーとしては真面目に話を聞いてくれるんだな……じゃなくて、今は術だ。
俺はこっそり詠唱すると、自分達に向けて【リオート・ウィンド】を放った。
「…………あら……?」
「どうしました」
「いえ……なんだか急に涼しくなったような気が……」
ヒルダさんには、周囲に流れる銀の光を含んだ青い風が見えていないらしい。
珍しい水色の髪だし水の曜術が使えるのでは……と思っていたが、髪色はあんまり関係ないのかな。それとも氷の術が混じってると見えなかったりするのか。
不思議だなと思いつつも、さほど苦労も無く最奥部に辿り着き、扉を開ける。
“源泉”は昨日と変わらず五つの人工池が水を湛えており、底に埋め込まれた曜気を含んでいる水晶も輝きを放っている。
ヒルダさんはその光景を見て暫し唖然としていたが、ブラックとアドニスに再び説明を受けて我を取り戻すと、屈んで“源泉”の中をじっと見やった。
「まさか、こんな……源泉が、こんなものだったなんて……」
信じられない、と言った様子だが、どのような驚きなのかは俺達には解らない。
人工物だったなんて、というショックの「信じられない」なのか、それともちゃんとした源泉が存在したと言う事に対しての驚きなのか。
どちらにせよネガティブな意味でなければいいのだがと思っていると、ヒルダさんは何かを振り払うように首を振って、ブラックに問いかけた。
「それで……こちらが原因だと……?」
「……か、どうかは解りませんが……。この周辺が原因の可能性は高いかと。湯量が変わらないのであれば、ここから伸びている金属の管が破損したとは考え難い。それに……私達はそれぞれ別の属性の曜術師ですが、特に炎の曜術を操る私の目からすると、この泉の炎の曜気は周囲と比べてかなり微弱に思えたので」
「ここには、熱を感じるほど炎の曜気が満ちているのに……ですか?」
ヒルダさんもそれは流石におかしいと頬に手を当てて思案顔になる。
だよな、部屋は視界が真っ赤になるくらい炎の曜気で満ちているのに、肝心の人工池から湧き出るお湯には炎の曜気が含まれていないなんておかしい。
ブラックはヒルダさんの質問に頷き、言葉を続けた。
「ええ。これほど炎の曜気が満ちているのに、です。明らかにおかしい事態です」
「仰る通りですね。……けれど、何故こうなってしまったのか……ブラックさん、心当たりはありませんか?」
そう問われて、俺の方がギクッとしてしまう。
いやだって、ブラックが変な状態になったすぐ後にゴシキ温泉郷がおかしくなったんだから、そりゃちょっと気にしちゃうよな……。
俺らが原因だったらヤバい事になるんだけど、でも原因じゃなくてもこの“源泉”をどうにか元に戻さなきゃいけない。ここを治せるのは、どうやら俺だけらしいしな。
しかし、原因かも知れないブラックに「心当たりはあります?」なんて、出来すぎだ。ヒルダさんが何も知らなくて本当に良かった……。
アドニス達もそう思ったようで、ヒルダさんの言葉に神妙な顔をしていた。
しかしブラックはと言うと、そんな事はどこ吹く風で話を続ける。
「いえ、私には特段……。とにかく、この“源泉”を復活させる術を見つけなければ。私達だけでは判断できない事も多いので、適宜支持をお願いします」
「え、ええ……」
ブラックだって本当は不安に思っているだろうけど……それをおくびにも出さないで普段通りに話してるんだから、本当凄いよ。
ヒルダさんもブラックの冷静さに少し驚いているみたいだったが、今は源泉を修復する方が先決だと思ったのか、すぐに真剣な顔になった。
「では、一通りの事を……」
――――そう言いながら、ブラックとアドニスは再びヒルダさんに説明を始めた。
こうなっては俺達も手持無沙汰なので、とりあえず昨日のように部屋の中を調べてみようかと思い、ふっとクロウとラスターの方をみやる。と。
「……ここで待っていても、邪魔なだけだ。それより、隣の扉を調べてみないか」
「え……」
クロウが、喋りかけてくれた。
……じゃ、じゃなくて、えと、クロウが提案してくれた。
「隣の部屋?」
思わず近寄ってクロウを見上げると、相手は少し目を泳がせたが、俺をチラチラと見ながら軽く頷いた。
「ココにはもう一つ部屋があっただろう。昨日は“源泉”を見つけただけですぐに戻ってしまったから、もう一つの扉は未確認のままだ。もしかしたら、そちらにも何かの装置が有るかも知れない。それに……」
「俺達の本来の目的も見つけられるかも……?」
言葉を継いだ俺に、クロウは頭を縦に動かす。
話を聞いていたラスターも、クロウの言う事は尤もだと思ったのか頷いた。
「そうだな。ここでただ待機しているより、手分けして調査した方がいい。もしかしたら、他にもこの源泉を操作できる装置があるかもしれんしな」
「じゃあ、ヒルダさんに許可を貰おうか」
黒曜の使者が作ったダンジョンかもしれない場所だけど、現在は領主であるヒルダさんの所有地だ。動く際にはちゃんと許可を取らないとな。
そんな訳で、ブラック&アドニスと一緒に装置を調べていたヒルダさんにオーケーを貰うと、俺はクロウとラスターの三人パーティーで隣の扉へと向かった。
そう、三人。今回はヒルダさんが一緒なので、リオルには戻って貰っている。
どこから出て来たんだと言われると説明できないし……なにより、リオルはこの国でちょっとした騒動を起こしている。もしかしたら、それはヒルダさんにも伝わっているかもしれないからな……。
出て来てくれるように頼むにしても、離れた場所でないと。
まあでも……この最奥部にはモンスターもいないようだし、加勢を頼むような事態にはならないかな。
そんな事を思いながら、一旦“源泉”の部屋を出て、閉じたままの扉に近付く。
こちらも俺の黒曜の使者の力で開くはずだが……なにがあるのだろうか。
源泉の部屋の隣って事は、機関室とか……?
お湯を沸かすためのボイラーとかが有ってもおかしくないよな。
「よし、じゃあ……開けるぞ」
二人が頷いたのを確認して、扉に触れる。
すると、こちらもずごごと音を立てながら奥へと引っ込み、横へスライドした。
「さて、何が有るのか……」
そう俺が言いながら、開いた扉の向こうを見ると――――いきなり熱風が顔にぶち当たって来て、俺達は思わずおののいてしまった。
「なっ、なんだこの熱風は?!」
「めっちゃ熱っ、うわっ、部屋の奥真っ赤なんだけど!?」
「これは……マグマか?」
クロウの呟きに、部屋の奥を見やる。
そこは、赤々とした光が縦横無尽に流れ、部屋中を照らしている光景が有る。更に奥の方には、その光を湛えた赤い水たまりがボコボコと泡を立てていた。
光……いや、これは光じゃない。これって、まさか……本当にマグマなのか?
「マグマが滝のように流れる部屋って……な、なんでこんなものがここに!」
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