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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
33.人でなしだからこそ同調出来る
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――――とても、眠い。
柔らかいベッドにいるみたいで、それから、ずっと頭とか、体が気持ち良くて。
それが誰かの手によって齎されているものだと分かると、俺は自分が寝ている事に気付いてゆっくりと目を開いた。
「…………」
浅黒い腕が、俺の方へ伸びているのが解る。
……ああ、もしかして……クロウがずっと撫でていてくれたのかな。
「クロウ……」
ずっと、一緒に居てくれたんだな。逃げずに、俺の事を面倒見て……。
そんな苦しそうな顔をしてるくせに、本当にもう、お前って奴は。
「…………ツカサ……」
悲しそうな顔だけど、それでもまだ表情にどこか疑うような色が滲んでいる。それはきっと、あれだけじゃ俺に対する疑いなど晴れないという事なのだろう。
まあ、そうだよな。
信頼って言うのは、失う事は簡単にできるくせに取り戻すのは本当に難しい。
一度でも失態を犯せば、また何かしでかすのではないかと疑念が生まれる。それは、下手したら一生付き纏うんだ。たかが噛み付きに耐えたくらいで取り戻せるとは俺だって思っちゃいない。
クロウがあれほど取り乱して俺に牙を剥いたのは、あれが本心だったからだ。
堪える事のない、子供みたいな剥き出しの感情。プライドもかなぐり捨てて拒否をするほど、クロウは怒って泣いたんだ。
あの時、みたいに。
俺を敵と勘違いした時や、染料の入った酒に酔って泣いた時みたいに……。
「……ごめんな、クロウ……」
「何故、お前が…………あやまる……」
ほら、そうやって「自分にも悪い部分が有る」みたいな事を言う。
俺の事を信じられなくなっただろうに、それでもクロウは俺を一方的に責めようとしない。嫌われたいのなら「お前が悪い」と言い続ければいいのに。
……まあ、そう言われても嫌いになったりとかはしないんだけどな。
クロウが優しくて真面目なのは、よく知ってるから。
「…………聞いたら、ダメかな」
真面目だから。耐えるから……こう、なっちまったんだよな。
だったら俺は、知りたい。クロウの気持ちを。
どうしてそこまで耐えたのか、どうして嫌われようとするのかを。
「……」
「こうまでする、理由……きいたら、ダメかな……」
もう一度そう言うと、クロウは耳を伏せて俯いた。
「……聞けば……嫌ってくれるのか」
なんでそうなる。
逃げる事も出来たのに、それも出来なかったんだぞ。嫌えるわけないだろ。
首を振ると、クロウは悲しそうに目を閉じた。
「…………どうしてお前はそこまで許せる。オレの事など、どうでもいいからか」
「クロウが理由も無くこんな事しないって、知ってるからだよ」
けれど、クロウは首を振って立ち上がった。
「お前は、誰にでもそうなんだろうな……。ブラックだけじゃない。お前は、誰かのためにいつも自分を犠牲にする……。オレも、結局はその“誰か”に過ぎない」
「クロウ……」
「…………後は、お前達で充分やれるだろう。オレは降りる」
そう言って立ち上がるクロウの様子に、俺は思わず起き上がる。
クロウは、諦めきっている。だとしたら俺達のパーティーから……いや、俺から、離れるつもりでそう言ったのかも知れない。
約束に効力など無いと、自分から言い切った。そこまで思い詰めているとしたら、今度こそ本当にクロウはどこかへ行ってしまう。何も言わず、俺を、置いて……。
「クロウ……ッ!」
部屋から出て行こうとするクロウに、強い声で呼びかけながら起き上がる。
だが急に激しく動いたせいで傷が痛み、俺は呻いて体を曲げた。
その声に、床を踏み鳴らしていた音が止む。
立ち止まってくれたんだと直感し、俺は震える体を必死で起こした。
「一緒に、いるって……いったの、クロウじゃん……っ」
「…………そんなもの、もうどうでも……」
「よくない……ッ!! じゃ、あ……この、傷……責任とって……!」
痛みを堪えるせいで必死になって、つい顔がしかめっ面になってしまう。
睨んでいるように見えやしないかと心配だったが、クロウは俺と同じような表情をして、そのまま目を逸らした。そんなに俺の顔は醜かっただろうか。
それとも、今更怪我の事を持ち出してくる俺を軽蔑したのか。
だけどもう、何でも良い。ヤケになって離れて行こうとする相手を繋ぎ止めるためなら、今は怪我だってなんだって使う。
このままでお別れなんて、絶対にしたくなかった。
「傷痕……たぶん、二日ぐらい……残るし……ッ、その、間……ブラックに、言い訳する……俺の身にも、なってよ。……だから、責任とって」
「ゥグ……」
こんな事でクロウを完全に引きとめられるとは思っていない。
だけど、切欠も掴まないまま「さよなら」じゃ嫌だ。
一度離れてしまえば、その後会いたいと思っても会えなくなる。俺がどんなに会いたいと言っても、クロウは会ってくれないだろう。
だったら、卑怯者で良い。
クロウが言ったんじゃないか、俺は卑怯者だって。だから。
「俺と、喋らなくても、いい。何もしなくても良いから、近くに居て」
「…………」
返事は無い。
クロウは俺を頑なに見ようとしないまま、出て行ってしまった。
「……今、何時かな」
心配はしてない。クロウはきっとどこかへ行く事は無いだろう。
だって、約束を一番信じていたのはクロウで、一番破りたくないと思っているのもクロウなんだ。何より……自ら破る事などしないくらい、クロウは真面目だからな。
……その思いを利用するなんて、俺は本当に卑怯者のクズかもしれない。
だけどそう罵られたとしても、クロウを引き留めておきたかったんだ。
そこまで考えて、俺は自分の行動の幼さに自嘲した。
「…………俺、必死だな」
――嫌われたくない。独りになりたくない。ずっと、そう思っていた。
だけど今までの俺は誰かに追い縋る事なんてしなかったように思う。
だって、追い縋れば迷惑になるし、下手をすれば更に嫌われる。それが怖かった。だから俺は「相手を尊重する」という言い訳をして……ずっと、逃げていたんだ。
自分が矢面に立てばいい。そんなことばかり思って。
でも、それは大きな思い違いだった。
見放せば離れて行く。そんな当たり前の事を考えもしないで、俺は人に嫌われ許されない事ばかりを考え怯えて……受け入れているつもりで、自分だけを守っていた。
独善的なバカだったんだ。
だからもう、見放したくなかった。
この世界でこんなどうしようもない俺に心を寄せてくれた、大事な人を。まだ俺を嫌いきれていない、大事な……どんな表現に収めようとしても適わない、大事な存在である、クロウを。
「…………ごめん、クロウ。傷なんてもう、本当は……治りかけてるんだ」
綺麗に巻いてくれた包帯を解くのは、申し訳ない。だけど、これをつけてブラックの所に行くわけにはいかなかった。
当て布を取り、既に牙の痕が消え始めた体を眺めて、包帯を綺麗に整え収める。
ベッドを降りる足は少し頼りなかったが、それでも先日倒れた時よりはマシだ。
俺って本当、外傷には強いな。
自己治癒能力もなんか段々強くなってるみたいだし……まあ、ありがたい事か。
「……よし、ブラックんとこ行くか」
クロウの事は心配だけど、今日はこれ以上話してもどうにもならない。
振り返る事も無く部屋を出て行ったのだから、今は付いて行っても逆効果だ。
独りにはなりたくないけれど、一人になりたいという時だってある。クロウにも、俺の卑怯な約束について考える時間が必要だろう。
本当は、クロウを一人にするのは不安だけど……クロウはプライドが高いから、今俺が行っても追い返されるだけだ。それだけは間違いない。
他の奴の事なんて分からないのに、こう言う時だけは不思議と予想できた。
確信できる要素なんてなに一つ無いんだが、どうしてそう思えるんだろうな。
願わくばそれが、相手を理解しているという事であれば良いのだが。
そんな事を思いながら、俺はブラックの部屋へと足を運んだ。
今一度何か変な事になっていないかと体を確認してから、コンコンとノックする。
ややあって、気の抜けた声で「はぁい」と聞こえた。
「ブラック、入っていい?」
そう言うと、中からドタバタと聞こえて来てドアが勢いよく開ッ、うごっ。
「わーっ! ごめんツカサ君!!」
いぎぎぎ……お、思いっきり顔にドアをぶつけやがったコンチクショウ……っ。
わざとだったら殴ってる所だが、まあいい。俺は寛大なんだ。
申し訳なさそうにするブラックに、両腕を引っ張られる。てっきり立ち上がるのを手伝ってくれるのかと思ったが、そのまま部屋に連れ込まれて軽々と抱き上げられてしまった。
……まあ、いつもの事ですけど。いつものことですけどねえ!
「えへへ~、ツカサ君はちゃんと来てくれるって思ってたよぉ」
「う……別に、来なくても良かったんだけど……」
「またまたそんな~。ツカサ君が僕のコト大大大好きなのは解ってるんだからねっ! んもー、本当ツカサ君たら恥ずかしがり屋さんなんだからぁ」
そんな世迷言と共にデレデレと顔を緩ませながら、ブラックは俺の額や頬にちゅうちゅうと吸い付いて来る。
夜も深いせいか、また髭が伸びてちくちくした感じが強くなっていて、俺は思わず摺り寄せて来る顔を手で押しやる。しかし、ブラックは全く気にしていない。
エヘヘヘと変な笑い方をしながら、俺をベッドに連れ込んでそのまま布を被った。
「ぅ……」
布団の中に二人ですっぽり包まれると、ブラックしか見えなくなる。
目の前に菫色の綺麗な瞳が有るのが見えて、俺は思わず口籠ってしまった。
「……ツカサ君、なんかあった?」
「え……な、何かって、なに」
ギクリと体を硬直させた事に目ざとく気付いたらしく、ブラックは目を細める。
顔に掛かる赤い髪をうざったく掻き除け、その手を俺の顔に伸ばした。
「僕に隠し事、出来ると思う?」
「いや……その……」
「あーそー、じゃあ体に訊いちゃおっかな~」
「わーっ! すまんすまん!」
やめんかっ、今裸に剥かれたら傷が見つかってしまうだろ!
くそう……し、仕方ない……。
「…………怒らない?」
「聞いてから考える」
おいそれ俺のやつ……じゃなくて。
ニコニコと笑いつつ語尾にハートマークを付けるブラックだが、この感じだと俺がクロウにされた事を話したら、確実に怒るだろう。だが、怒らないかと聞いた手前、言わない訳にもいかない……。
ううむ……ちょっとオブラートに包んで話すか……。
「……実は……その……」
――そう第一声を発して、俺は数時間前までのことを軽く話した。
俺がクロウの心配を無視してブラックの所へ行ったせいで、俺の事を信用出来なくなったという事と、それに関して喧嘩をした事。
そして、色々有ってクロウを引き留めたってことも話した。
さすがに暴力を振るわれたとは言えなくて「喧嘩」と言ったが、うまいことバレずに伝わっただろうか。チラチラとブラックを見ていたが、クロウの事を話し始めたらすぐに仏頂面になったのでどう思っているか解らない。
現状までを話し終えてじっとブラックを見ると、相手は口を尖らせた。
「…………まあ、解る所は有るよ。あのクソ熊と同じとかすっごく嫌だけどさ」
「ブラック」
「……ツカサ君ってさ、誰にだって優しいだろう? だから、優しくされた時に凄く嬉しくなっても、別の奴に同じレベルで優しくしているのを見せられたら、ああ自分は特別じゃないんだって解っちゃって凄く悲しくなるんだよね」
「え……お、お前そんなこと思ってたの」
そんなの初耳だぞ。
目を丸くしてブラックを見ると、相手はむくれながら俺を睨む。
「そりゃ思うよ。だって、僕はツカサ君が好きなんだよ? 誰だって、好きな子には特別扱いをして欲しいって思うもんさ。……まあ、今はそんなこと思ってないけどね。ツカサ君は僕の一生の恋人だし、通じ合っちゃったし! ねっ」
「う、ウグ……。で、でも、俺別にそんな全員に優しい訳じゃないぞ? アンタにだって拒否るし、嫌な時は嫌って言うじゃん。特別扱いだって……してないことも、ない……んだから……」
クロウだって「ブラックの事は特別扱いだ」って言ってたし……そう、なんだろ?
だから、別に優しい訳じゃないと思うんだけど。
そう思いながらブラックを見るが、相手は呆れたように息を吐いて額に手を当てている。何かもう「あちゃ~」と言わんばかりだ。なんだコラその態度。
「正直なのも、余計にキツいんだよねえ……。まあ……あの熊公には散々っぱら禁欲させまくってたし、僕なら爆発するのも仕方ないかなーとは思うけど……」
「そういう事だけじゃないんだが」
「そう言う事でしょ。要するに、あの熊公は僕みたいになれないのが悔しいんだ」
ブラックはそう言うと微笑んで、俺を抱き締める。
二人きりの場所だからか俺も気が緩んでしまっていて、思わず受け入れてしまったが……相手はそんな俺にクスクスと笑いながら背中に回した手を動かす。
「っあ……」
大きな手が下へと降りて、何をするのかと思ったら……俺の尻の片方を掴んで、指をバラバラに動かしながら揉み始めたではないか。
「ちょっ、やっ……ばっ、ばかっ……!」
アホっ、何やってんだ、えっちしないって言っただろ!
尻肉をぐいぐいと揉まれて、広げられて、下半身に嫌な感覚が昇ってくる。
流されたら終わりだと思ってブラックの頬を引っ張りやめさせようとするが、相手はスケベオヤジ丸出しの顔でニヤニヤと笑うだけで。
「ほら……ツカサ君は僕の手を受け入れて、抱き締める事すら嫌がらない……。あの熊公は、自分がこうしたかったのさ。本当、横恋慕だってのに哀れだよ」
「ぶ、ブラック……」
「…………まあ、でも……同情は、するかな。僕が逆の立場だったら……僕はきっとツカサ君を無理矢理犯して、誰も来ない場所に監禁して永遠に僕だけのモノにしてたかもしれないし……」
「…………」
……お前ならやりかねないのが怖いよ。
逆のバージョンを想像し思わず青ざめてしまった俺に、ブラックはだらしない笑みで笑って、俺の事をまたぎゅうっと抱き締めた。
「んふふ、もしもの話だってば! ……だからさ、まあ……今回は、怒らないでいてやろうかなって。僕にはツカサ君が居るもんね……でも、あいつには何もないんだ」
「…………」
何もない。やっぱり、そう思われてるのかな。
俺の信頼も、大事な仲間だって思いも、クロウにとっては鎖になり得ない物なんだろうか。俺がブラックと恋人である限り、彼の寂しさは癒えないって事なのか?
じゃあ、今の状態では、もう信用して貰えないんだろうか……。
クロウの俺への不信感にその「寂しさ」も含まれているのなら、根が深いぞ。
どうしたら仲良く……なんて言っていられないかも知れない。
そう考えて思わず悩みこんでしまう俺に構わず、ブラックは呑気な声を出した。
「でも……だからこそ、あのクソ熊も離れられないんじゃないかな」
「え……」
よく、意味が解らない。
思わずブラックの顔を見上げると、相手は嬉しそうに微笑んで俺にキスをした。
「僕はあんな駄熊の事なんてどうでもいいけど……まあ、一応世話にはなってるしね。ツカサ君が良いようにやればいいと思うよ。どうせ“本当に困らせる事”なんて、何も出来ないんだから」
「……?」
なんだか意味深な事ばかり言うが、サッパリ意味が解らない。
首を傾げた俺に、ブラックは眩しげに目を細めた。
「ツカサ君が思うようにすれば良い。……あ、でも、ヤらせるとかは絶対ナシだからね。それやったら僕、あのクソ熊殺すからね?」
「そっ、そんなこと言うかよ!!」
ふざけんなと声を荒げたが、ブラックは相変わらず上機嫌で俺を抱き締めていて。
何故だかその「いつもの態度」に妙に安心してしまって……怒りたいのに、何故かもう怒りも霧散してしまった。
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